第15話

 白木院学園中央棟屋上、空中庭園。

 鮮やかな花々が咲き乱れる中庭とはうってかわって、小さな花壇が幾つかあるだけの、シンプルな庭園である。


 専門の職人が手掛ける大花壇と比べれば幾らか見劣りはするが、掃除・手入れがよく行き届いていて、一輪一輪の花がまるで宝石のようにキラキラと輝く顔を天に向けている、美しい花園だった。


 その全ては、によって育てられたものだ。


 源光寺静紅、通称白姫しらひめ

 技能シンボルは【マネージメント】グレードC。

 あらゆる資源を管理・統制し、白木院学園に咲く生徒達という花々を導く、統率のエキスパートである。


 彼女はその他にもプログラマ(D)、アナライザ(E)、キャプテン(D)」を持つ複数技能マルチシンボルの認定者であり、その実力は少ない戦闘経験ながらも超攻撃的部隊である王楼学院をことで、証明された。


「そう……地下に気付いたのね。では打ち合わせ通り、皆を定位置に」

「かしこまりました」

 彼女の脇に付く、初老の執事が返事をする。「紅茶のお替わりは如何致しますか」

「そうね、貰います。それを飲み干した頃が、丁度頃合でしょうから」




 裏庭の倉庫が、地下室への入り口になっていた。


 門番は居ない、ように見える。レーダーを信用しすぎるのは危険だが、校舎に身を隠しながらでは目視に限界がある。


「わ、私が行きます」


 ミネットが囮役を買って出る。

 集結した王楼学院生の見守る中、ヒナギクを従えて堂々と開けた裏庭のど真ん中を歩き出した。


 チカッ、と草むらが光ったかと思うと、青と赤に彩られた弾丸の雨がミネットに放たれた。

 機関銃だ。

 それも、一箇所からではない。倉庫の右、左、そして正面の校舎の二階の窓。


 ミネットは怯まない。

 眼前に迫る無数の光弾を、事前にプログラムされたヒナギクの防壁が弾いた。


 前方二方向、後方一方向。完璧だ。


「今だ、イコナ」


 真鈴から借り受けたNリソースを使って、ナナがスナイパーライフルで射撃を行う。吸い込まれるように正確な弾道が、二発で二躯のドールを仕留めた。


 もう一躯は──頭上で鈍い音がしたかと思うと、巨大なARマシンガンごと白木院学園のドールが落下してきた。


「やったよー」


 満面の笑みは、フランだ。

 油断していた所に、後ろから一撃といった所だろう。


 周囲の安全を確認したあと、真鈴が全員を召集する。


 重たく錆び付いた倉庫の扉を開けると、中には乱雑に置かれた学園の備品と、部屋の中央に巨大な下り階段が設置されていた。先は闇に覆われており、見えない。


「行けそうか? 茅乃」

「……大丈夫、きっとこれです。最近入った形跡があるみたい」


 ドールの目が電灯代わりとなり、行く手を照らした。

 鉄網で出来た渡り廊下が、奥の方へと続いている。


「よし、では進軍する。先頭はイコナとフラン。後ろは私が倉庫の入り口を守る」

「了解」


 イコナは短く応答し、先立って地下室へと降り立とうとした。


 その時。


「ごきげんよう」


 美しく残酷な声が倉庫に響き渡る。

 源光寺静紅だ。


 その後ろに、白木院学園の美しい象牙色の制服が、ずらりと並ぶ。

 その人数は、茅乃の予想していたより遥かに多かった。これほどまでに消耗を抑えていたのだ。全ては、手負いの王楼学院を追い込むために。


「ふふ、流石ですわ。きっと、見つけてくれると思っていました。この先の発電機──もっとも、それを止めて私たちの内臓電池バッテリーが切れる前に、決着は付くでしょう」


 白木院の生徒達が、一斉に銃口を向ける。

 本来ならば撃ち合っても、王楼学院が勝てるだろう。しかし、総力戦を耐えうるほどの余力は、もはや王楼学院に残されていない。


「規模にしては弱小な王楼学院が何故これほどまでに勝ち残ってきたのか……ずっと疑問でしたが、納得がいきました。大胆で緻密な戦略、洗練された統率力。グレードBの【キャプテン】堪能致しましたわ」


 真鈴の口角が僅かに上がる。希望は、まだ潰えていない。


「買い被りすぎさ。私にできるのは最初から──彼女たちを信じることだけだ」


 カガリを目の前に設置し、最後の資源リソースで巨大なバリアを展開した。


「イコナ、フラン! 行け!!」

「白木院全軍、攻撃!!」


 イコナとフランが走り出す。

 同時に、白木院の無数の銃口が火を噴いた。


 資源に糸目を付けない超高出力のバルカン砲が、瞬く間にカガリのバリアを溶かしていく。

 その後ろから、ミネットが更に大きなバリアを展開した。

 茅乃も、そして他の王楼学院の生徒達も。イコナとフランに全てを託して、白木院の猛攻を決死の覚悟で押さえ込む。


「行けーっ!!」


 防壁と衝撃の間に飛び散る火花で、視界が真っ白に染まった。




 鉄の廊下を叩く二つの足音だけが、がらんとした地下通路に響く。


 その先には部屋とも呼べないような少し広い空間があり、無骨な姿をした巨大な発電機が小刻みに振動しながら彼女たちを待っていた。


「あった。フラン」

「はあ……はあ……」


 イコナはナナを電灯代わりに、操作盤を照らす。小難しい操作は分からないが、脇についている赤い巨大なレバーが総電源を司っていることは見て取れた。


「こっ、これね!」

「待って」


 両手でレバーを掴み引き下ろそうとするフランを、イコナが止める。


「言ってたでしょう、今これを止めても、内臓電池バッテリーの限り白木院は動き続ける」

「じゃ、じゃあどうすれば……」


 イコナは考える。真鈴が考えもなしに、彼女たち二人だけを先に行かせるはずはない。そこには、反撃の手段があるはずだ。


 ここに? でも、ここには、発電機しか──。


 彼女の脳裏にひらめきが走る。


「そう、そうだ。フラン、リュック貸して」


 電気をせき止めても無駄なら、。イコナは強奪するようにフランの荷物を奪い、その中から灰色の大きなメモリーボックスを取り出した。


「あっ……休眠リソース!」

「ケーブル、ある?」

「ある! ……ちょっと待って、アンタ、自分のはどうしたのよ」

「置いてきたわ、あんな重いもん」


 ムキー! と怒るフランを尻目にイコナがメモリーにアダプタを差し込む。

 真鈴は、聞いていたのだ。ロッカー室の二人のやり取りを。


 人を見て、人を信じる。それが安城真鈴の技能シンボルを裏付ける強さであり、個性豊かな王楼学院の力を最大限に引き出す秘訣だった。


 電気の満ちていく心地よい音と共にたちまち青白い光が地下室を照らし、豊潤なNリソースが長い眠りから目を覚ました。


 ほぼ同時に、入り口の方から光が漏れる。長くは持たないだろう。


「時間が無い。フラン、アマンダを」

「えっ……どうするの」戸惑いながらも、フランは自分のドールをイコナに託す。

「メモリースティック経由じゃ、到底パワーが足りない。だから、ボックスのリソースからナナで作ったパッチを、直接アマンダとあなたに流し込む」


 アマンダに、専用の細長いケーブルが差し込まれた。もう一方の先はナナへと直結し、ナナからは目覚めたばかりの巨大なメモリーボックスへ架け橋ブリッジが渡る。


 ホログラムディスプレイが起動し、空間を照らす無数のプログラムの欠片。

 それらはイコナの号令に呼応して、一斉に表情を変え始める。


 再び、入り口の方から光が漏れた。

 続いて、怒号にも似た悲鳴、金属製の廊下を叩く靴の音。


 防衛線が決壊したのだ。


「ま、まだ!? イコナ!」

「もう、少し……」


 白木院が、すぐ先まで迫る。イコナのこめかみを、一筋の冷たい汗が流れた。


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