第14話
砲撃が、来る。
致命打は避けられない。
その窮地に、一人の少女が走りこんでくる。
フランだ。
その表情は──錯乱している。
「フラン!?」
「か、茅乃! どうすればいいの!!」
「ス、スカートを……」
フランの瞳が、鴎宴の青く光るスカートを注視する。
彼女には、この状況が全く飲み込めていない。
このスカートが電磁防布であることも、裏にレーザー砲を充填したドールがいることも、茅乃とミネットが大ピンチなこともわかっていない。
だから、彼女は本能で取るべき行動を選んだ。
ひらひらしていて、めくりやすそうなスカートだ、と。
「でやあ!」
勢い良く、フランが鴎宴のドレスを捲り上げる。「見えたっ、白!」
「きゃあああっ!!」
あまりに突然のことに、鴎宴都は悲鳴をあげ、慌ててドレスの裾を押さえようとする。が、素早くタップを刻む彼女のハイヒールの先が、運悪く反対側の裾を踏んづけた。
バランスを崩した鴎宴はド派手にすっ転ぶ。
ご主人の最後の令を待っていた
一瞬の出来事にミネットと茅乃は怯むも、落ち着いてシャンデリアを無力化し、哀れな姿の鴎宴 都にチェックメイトをかける。
勝負ありだ。
「ふう……ありがとう、フラン」
「え? 何が?」
彼女は未だ、何が起きたかいまいち把握していない。
「話してる時間はありません。先を急ぎましょう」
「も、もう! 誰か説明してよ!」
フランはぶーぶー言いながらも、茅乃、ミネットと共に来た道を引き返す。
「源光寺玲歌、参ります」
玲歌は無力化された王楼学院の本隊を無視し、一直線に真鈴へと突っ込んできた。緑色に輝くブレードをエーデルワイスに装填し、強烈な一太刀を浴びせる。
真鈴は眠ったままのカガリを引っつかみ、後ろに跳ねて回避する。
尾を引く光の刃が空を切った。
が、逃走する間もなくエーデルワイスが真鈴の動きに追従する。
人間はドールの機動性能に勝てない。だからこそ、ドール同士による代理戦争、
エーデルワイスの追撃が真鈴の左手に掠り、ブレスレット型の通信端末を破壊する。
(これ以上は持たないか)
そう心の中で呟いた瞬間、彼女の背後から白銀の筒が投げられる。パルス・グレネード。イコナの持っていた、最後の一発だ。
眩い光と共に空間が震える。
これで、エーデルワイスも無力化された──かに思われた。
戻った視界に、そのドールの姿はない。
ブレードの緑色の光が、玲歌のスカートの内側からあふれ出る。そう、彼女のスカートもまた、簡易な
「お覚悟を」
冷徹な声で言い放つ、玲歌。
再び、エーデルワイスが真鈴に襲い掛かる。
「くっ」
が、イコナの一瞬の時間稼ぎは無駄ではなかった。
「真鈴せんぱあ~い!」
全身にバリアを展開しながら、弾丸の如くアメノが突っ込んでくる。
激しい衝撃音と共にエーデルワイスのブレードを弾き飛ばし、空中で一回転半。全力でエアバーニアを逆噴射し、見事地面に着地した。
「茅乃!」
「ふ、ふう……間に合った」
庭園の入り口で、息をつく茅乃。
足元にはアメノをぶん投げた後のヒナギクと、その後援としてアマンダが居る。
エーデルワイスは体勢を立て直し、玲歌を守るようにしてアメノと対峙した。
動けるドールは3対1、王楼学院が圧倒的に有利である。
が、玲歌は動揺した素振りも見せず、無言で踵を返し、舞台へと向かう。
そう、ドールの数で負けていても、彼女の優勢には揺るぎがない。
歌だ。
「ふ、二人とも、彼女を止めて!」
フランが叫ぶ。
敵に近いアメノが追撃しようと仕掛けるが、エーデルワイスが素早く牽制し、足止めした。決して通さないつもりだ。
万事休すと思われた、その時。
『あ~、あー。ごほん』
突然入るマイクの音。
──ミネットだ。
彼女がいつの間にステージを占拠し、なんだか嬉しそうな顔でマイクスタンドに両手を添えている。びっくりして、歩を早める玲歌。
だが、時既に遅し。
『すぅっ……』
「みんな、耳を塞げ!!」叫んだのは、真鈴だ。
『わぁたあしと、あなあ~たの~ おぉお~もいいでえ~おぉ~』
爆撃かと聴き紛うほどの恐ろしい歌声が、庭園に響き渡る。
「~~ッ!?」
その場にいた全員がバチンと耳を塞ぎ、苦悶の表情を浮かべた。めまいと共に美しい庭園の景色が歪む。
音痴だとか、音量だとか、そういう次元の話ではない、ひどい歌──いや、これを歌と呼んでしまえば有史以来の人類の音楽という文化が覆されてしまうような、そんな騒音。
「うう……」
玲歌も、頭を抱えてうずくまる。
壇上まであと一歩という至近距離が災いし、両手でも塞ぎきることができない。
その横で、エーデルワイスが目を回してふらふらと墜落する。
一方、眠りこけていたドール達は何事かとばかりに跳ね起き、一斉に機能を快復し始める。
形勢逆転だ。
やがて、一人だけ予め耳栓を用意していた真鈴が、パンパンと手を叩いてミネットの歌を止める。
復活したカガリと共にうずくまったままの玲歌の元まで歩み寄り、一太刀。
黄色い火花と共に、無力化する。
「良くやった、ミネット」
「どうしてこれを?」痺れた声で茅乃が聞く。
「シャワー室で機嫌良さそうに歌ってるのを聞いてな」
真鈴が笑いながら答える。満足そうな顔で、ミネットが舞台から降りてきた。
「ごめんなさい、お姉さま……」と玲歌は涙を目に浮かべる。
「これで残るは源光寺静紅だけか。彼女はどこにいる?」
「さあ……わたくしには……」
真鈴は曇天の空を仰ぐ。
その表情は幾らか綻んでいたが、直前の勝利に酔いしれてはいない。
玲歌には、バックアップが居なかった。白木院の残存勢力はまだまだ余裕があるはずだ。なら、何故助けに来ない?
「長丁場になりそうだな」
真鈴は部隊を召集し、中庭の奥、本校舎の方へと進んだ。
二時間が経過する。
王楼学院は、焦燥していた。
戦局は圧倒的に有利だ。
王楼学院の作戦は完璧に施行されている。白木院はもはや有効な対抗手段もなく、ただただ学内を敗走し続けるのみである。
戦線も崩壊し、メンバーも殆ど撃破された、はずだ。
──それなのに、決着が付かない。
霧に隠れるように姿を消した源光寺静紅を、捕らえることができないのだ。
「茅乃、白木院の残存勢力は」
「残り……一割程度のはずです。これ以下は、計測できません。相手チームの総人数もわかりませんし」
草むらから、新たなドールが現れる。
迫る光弾をヒナギクのバリアが危なげなく防ぎ、返しの一撃を叩き込んだ。ミネットはメモリーを抜き出し、最後の一本をヒナギクに差し込む。
茅乃は怪訝な目で真鈴を見る。資源にもう余裕はない。
「わかっている。相手も辛いはずだ」
真鈴は考える。
何故、白木院はこの
学院を維持するためのリソースを持ち出している? 考えにくい。降参しても要らないバスを取られるだけの彼女たちが、そこまで必死になる理由がない。
ならば──答えは一つだ。彼女たちはこの状況に持ち込むことで、勝とうとしている。
そうか、そういうことか。
真鈴の中で無造作に散らばった幾つもの状況の欠片が、一筋の線で結ばれた。
「茅乃……シャンデリアを倒した時、黄色い火花が出たと言ったな?」
「ええ……それが何か?」
「エーデルワイスも黄色だった。だが、Nリソースを使った
茅乃が驚いたように口を覆う。
「じゃあ、彼女たちのドールは……」
「そう。
その意図を瞬時に汲み取って、茅乃は学園全体のスキャンを開始する。
建物内は全てマッピングしたはずだ。
唯一取り逃している所といえば──地下である。
「あった! ありました、先輩!! 学園地下に、巨大な発電施設です!」
「入り口を探せ。そこを潰せば勝ちだ」
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