第13話

 迷路のような学園内をうろつき、真鈴は中庭へと行き着く。


 彼女たちを最初に迎えたのは、荒れ果てた東京では久しい、芳しき花の香りだった。彩り鮮やかな草花咲き乱れる円形の花壇に、少女の夢を形にしたかのような可愛らしいベンチ、花壇の中央には明るい緑色の屋根の下、白い円卓と椅子が小洒落たカフェのように三つ並んでいる。


 花壇を挟んで真鈴率いる本隊の反対側には一段高い簡易ステージが敷設され、その上に一人の少女が穏やかな表情で立っていた。

 煌びやかな青い銀髪は源光寺静紅のものとよく似ているが、ストレートのロングで先を縛っている。


「源光寺? いや……妹か!」


 源光寺玲歌。生徒会副会長、通称は百合姫。固有技能ユニークシンボルは「バウンドボイス」グレードDS。

 Sの字は、極めて特殊な能力であることを示す。


 真鈴の背後から、王楼学院の分隊が姿を現す。

 三手に散開して進軍していたはずの王楼チームが、いつの間に誘導され、ここに集められている。


「お前達!? これは、一体……いや。各員、退路を確保しつつ構え」


 彼女の号令で、王楼学院生は一斉に銃口を玲歌へと向ける。


 何か、仕掛けてくるつもりだろう。一対十数の戦力差を覆すなれば、相手の攻撃を全て反射するか、爆発物で自爆するか、周りを囲むように援軍を呼ぶか。


(一対、何で来る気だ?)


 真鈴は警戒しながらも、冷静に玲歌の次の一手を待った。どの手段が取られようとも、既にその対策は講じられているからだ。


 ──しかし、玲歌の取った行動はそのいずれの予想も裏切るものだった。


 彼女は流れるような動作で右手を上げて口元に添える。透き通るような白い手に、何かが握られている。マイクだ。


「ま、まさか……。まずい、全員、退け!!」

『なにはづに──』


 突然、玲歌が歌いだす。


 広がる音の壁が、庭園全体に染み渡った。

 ギラギラと目を光らせていた王楼のドール達が、その音の波に触れた瞬間、眠るように停止し、墜落し始める。


『さくやこのはな 冬ごもり──』


 難波津の歌を美しげな旋律に乗せ、玲歌が続ける。

 避けようのない、音速の攻撃。

 次々と沈黙していくドール達。


 シールドも、カガリのアンビエントモーフも通用しない。一同に介した王楼チームの戦闘員が、一瞬で丸裸にされる。


「声……人間の声がドールに作用している!?」


 それは電脳抗争ドールズウォーでも数少ない、系の技能だった。彼女の喉だけが出せる特殊な音の波形が、ドールの環境マイクから入り込み、システムの誤動作を引き起こすのだ。


「通信機能も遮断されています!」情報班が悲痛な叫びを上げる。

「くそっ、カガリ、マイクをミュート……」


 カガリは既に沈黙している。仕方なく真鈴は手動でスイッチを切ろうとするが、ボタンを押しても何も反応はない。


『ERROR ボリューム・ロック』


 それは玲歌のドール〈エーデルワイス〉のアビリティによる妨害だった。

 周囲のドールのマイク・スピーカーの音量を操作するという悪戯にしか使えなそうな些細なアビリティが、これほどまでのシナジーを得る組み合わせを、誰が考えただろうか。


「リーダー!」


 後方から、フランとイコナの突兵隊が現れる。

 中庭に一歩踏み入れた途端、後部バーニアの力を失って墜落するナナ。さすがのイコナもこれには驚いた表情を見せる。


「二人とも、来るな!」


 真鈴が叫び、フランがあと一歩の所で立ち止まった。

 手遅れとなったナナをイコナが抱きかかえ、遅れて戦況を把握する。


 追い討ちをかけるように、茅乃とミネットの偵察隊から援軍要請。


「こんな時に……いや、違う。フラン、そのまま北東に向かえ。ミネットとスイッチしろ」

「待ってよ、これは一体何が……」と戸惑うフラン。

「いいから、行け!」


 真鈴の声に気圧されて、フランは逃げるようにその場を立ち去る。


 いつの間に、歌が止んでいた。

 残酷な微笑を讃えて、こちらに歩み寄ってくる玲歌。


 水平に刃を構えるエーデルワイス。狩りの時間だ。




「まずいわ」


 茅乃が焦った声で言う。

 手元のマップには、着々と陣形を立て直し始めている白木院チームが映っていた。本隊からの連絡もない。

 茅乃たちがこの鴎宴都を突破しない限り、戦局は刻一刻と悪い方向へ向かっていく。


「茅乃さん、ブレードは使えますか?」


 ミネットが耳打ちする。

 電磁防布は、力の分散しにくいブレードで貫くのが定石だ。が、アメノはあいにく戦闘向きの性能ではない。


「使えるけど、長い間は維持できないわ。アメノは分析タイプだから」

「一瞬で結構です。射程内まで、私のヒナギクが守ります」


 彼女はそう言って、真新しいメモリースティックをヒナギクの背中に差し込む。

 中身は明北学院謹製の高出力バリアシールド。それはヒナギク自身の持つアビリティと相乗し、たとえイコナでさえ貫くのに難儀するであろう強靭な盾を展開した。


「OK。行きましょう」


 選択肢はほかに無い。

 パッチを差し替えたアメノがヒナギクの後ろにぴったりつく。


 地上30センチメートルをつむじ風のように、二躯のドールが邁進まいしんする。


 鴎宴都は表情を崩さない。

 シャンデリアの二発の威嚇射撃をヒナギクのバリアが弾き飛ばすと、再びそれをスカートの裏に回収する。


 高速でモーターの回転する音。

 中でシャンデリアが勢い良くバーニアをふかし、フリルの裾がはためく。迎撃するつもりだ。


「今です!」「アメノ!」


 ヒナギクが身を翻し、スイッチバック。


 ブレードを構えたアメノが突撃する。鴎宴はシャンデリアを繰り出さず、自らのドレスでその一撃を受けた。


 眩い火花が散る。強い電磁干渉力を持つはずのブレードの先が、幾重にも編みこまれたシールドクロスの層に阻まれ、貫くことができない。


「ウフフ、無駄ですわ!」


「そっ、そんな……」「いけない、引いて!!」


 スカートの裏がぶわっと青い光を帯びる。

 拠点攻略にも使われる、特大レーザー砲の充填光だ。


 二人はようやく理解する。

 鴎宴 都は偵察隊を狩るための遊撃隊などではなかった。白木院女学園の要塞の一角を担う、強力な砲台ルークだったのだ。


 砲撃が、来る。

 二人は息を呑んだ。




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