第12話

 時刻は、午後三時を回ったばかり。


 シャトルバスが、よく整備された赤いレンガ作りの石畳へと突入した。白木院学園の統治エリアに入ったのだ。


 程なくして、学園の本校舎が見えてくる。

 まるでお城と見紛う煌びやかな造りの大講堂がまず目に入り、続いて豪華に装飾された厳かな雰囲気の正門玄関口が姿を現す。王楼学院の(特に女子生徒は)遊園地に訪れた幼い子供のように目を輝かせた。


 正門にはすらりと背筋の伸びた初老の守衛が立っており、真鈴が昼からのアポイントメントがあることを伝えると、トランシーバで内部と連絡する。


 守衛は正門の扉を開け、「しばしお待ちを」と告げた。


 五分ほどして、大講堂の扉がゆっくりと開き、麗らかな雰囲気を纏った女生徒と二人の付き人が中から現れる。源光寺 静紅げんこうじしずくだ。


 青みがかった銀色の髪を内巻きにロールさせ、芯の強いきりっとした濃紺の瞳が顔をきっぱりと際立たせている。象牙色の白木院学園制服は、有事とは思えぬ優雅さを纏った、ドレス調に仕立てられていた。

 歩みと共に揺れる首元の蒼いスカーフが、一般庶民とは一線を画く格調高さを演出している。


 静紅は真鈴の前まで歩いてくると、ドレスの裾をそっとつまんでお辞儀をし、余裕に満ちた丁寧な口調で名乗った。


「初めまして、源光寺、静紅と申します」

「安城だ。突然の往訪で申し訳ない」

「いいえ。して、どのようなご用件でしょう」


 真鈴は静紅に、明北との一戦は上手く隠しながらも、譲り受けたシールドバスが壊されてしまったため、同系統のものを探している旨を伝えた。


 静紅は目を細めて雅に微笑むと、

「ふふ、シールドバス、ありますわ。それに、わたくし達には無用の長物ですから……お譲りすることもやぶさかではありません」

「ほう、では──」

「しかし」


 交渉成立、と思ったその瞬間、静紅がドレスの内側から何かを取り出す。

 白銀の甲冑を纏いし、小さな近衛騎士。懐中時計クロノドールだ。


「この東京では、こういう言語コトバがあるのでしょう?」

「……ほう」


 静紅の瞳の奥がキラリと光る。所持者ホルダーにも負けず劣らずの貫禄を持つそのドールは、どうにも「嗜む程度」では済まないようだ。

 荒廃した東京でも平時と何ら変わらぬ生活を送るお嬢様たち。さぞ暇を持て余していたことだろう。

 そんな中での王楼学院の来訪は、月並みだが飛んで火にいる冬の虫といった所か。


 予期していなかった戦いだが、ここで怯めば隙を見せることになる。

 真鈴はさも当たり前であるかのように頷き、


「わかった。準備は整っている。今すぐにでも始められるが?」

「ええ、わたくし達もです。それでは後ほど」


 静紅はどこからでも来い、と言わんばかりに躊躇いなく背中を晒し、ドールと共に大講堂へと戻っていく。ピリッとした緊張感が、真鈴の神経を焦がした。




 抗争にもつれ込んだことを聞き、バスで待機していた王楼学院生達が正門前に降り立つ。真鈴からブリーフィングを受ける総勢、約20名。

 対明北学院の時から少し数は減っている。戦線を離脱した者や、交渉成立を見込んで学院で待機している者達の分だ。


「でも、所詮お嬢様方でしょう。楽勝じゃないの?」


 イコナが小声で茅乃に尋ねる。茅乃は大げさに首を振り、


「とんでもない。だって、電脳抗争ドールズウォーなのよ?」

 とジェスチャー付きで表現する。

「金は力! 高価な機器は、相応の性能を持ってるの。研究開発や業務に使う一流品に比べたら、あたし達の電脳端末なんて寄せ集めの玩具よ」


 電脳抗争ドールズウォーの主力であるドールも、所詮は玩具である。

 もっとも、イコナの持つナナだけは研究開発用のもので、市販品とは値段が二桁ほど違うのだが。


「だが、同時に弱点もある」


 真鈴が補足する。茅乃の声が大きすぎたらしい。


「弱点?」

「それらの機器は電力資源の潤沢な平時に運用するためのものだ。動力がNリソースしかない今、エネルギー効率が悪いことは大きな足かせになる」


「まあ、ナナも十分効率悪いけどね」

 茅乃が付け加える。

 ただでさえ高出力な上に、イコナのパッチは瞬発力重視。それを二本差して運用するのだから、恐ろしく大喰らいである。


「あちらもこちらも、消耗戦になればジリ貧だ。だが、電撃戦なら白兵で強いこちらに部がある。三つの班に分かれ、一気に前線を押し上げるんだ。では、行くぞ」




 正門が開かれ、由緒正しいお嬢様たちの楽園へ王楼生が流れ込む。


 真鈴の読みどおり、戦闘開始から十数分は、王楼学院の理想的な立ち回りが場を支配した。


 大講堂の脇に位置するカフェテリアでは、その洒落た雰囲気に全くそぐわぬ無骨な高出力のレーザー砲が王楼学院生を出迎えた。

 対して王楼は作戦通り三人一組のユニットで指向性のシールドを展開し、相手の消耗を図る。

 潤沢なリソースに物を言わせた連射式のレーザー砲はその一発一発が最大級のシールドでも逸らすのが精一杯な程の威力を誇っていたが、旋回速度には難があり、翻弄した所を側撃隊のファインプレーによって突破する。


 南西に位置する運動場では複数の白木院生が高価な装備に身を固めたドールを駆り、散開した王楼チームを遊撃した。

 しかし圧倒的な経験不足故に連携は上手く取れておらず、瞬く間にイコナ・フランを筆頭とする王楼学院の精鋭たちによって撃破される。


 本隊は大講堂を制圧し、早くも白木院学園の三分の一程の距離まで王楼学院の前線が押しあがる。白木院の陣形は総崩れだ。


『こちらは順調だ。茅乃、そちらはどうだ』

「こちら茅乃とミネット。今の所敵との遭遇はなし。資源リソース残量も問題ありません」


 茅乃とミネットは哨戒と内部構造の掌握を主任務として、本隊から若干離れた中庭に続く外廊下を北に進行していた。

 ここまで敵の姿は無い。

 事前情報では白木院学園のチーム総員は明北学院よりはずっと少なく、防衛網を張り巡らせるほどの人員はいなかった。


「あら」


 と声を発したのは廊下の向こうでこちらに気付いた白木院の生徒。

 長身で、茶色のミディアムヘアを肩の先でカールさせている。アイボリーホワイトの制服は静紅と同じドレス調のもので、スカートはやや大げさなお椀型に膨らんでいる。


「ど、どうします?」と不安げなミネット。

「任せて。……おほん」


 茅乃は咳払いをし、背筋をしゃんと伸ばす。

 そしてめいっぱい優雅な微笑を浮かべ、


「ごきげんよう」

「ごきげんよう」白木院の少女がしとやかに返事をする。


 茅乃が得意げな顔でミネットにウインクする。

 そうじゃない。


 少女は、スカートの中からゴシック調の衣装に包まれたドールを射出する。

 識別子〈シャンデリア〉。ホルダーは、鴎宴おうえん みやこ

 日本全国に展開する高級和風旅館、鴎宴ホテルの令嬢である。固有技能ユニークシンボルは【マスキング】グレードD。

 援軍が来る気配はなく、一人だけのようだ。さしずめ、偵察に対する遊撃部隊といった所だろう。


 対して、ミネットは彼女のドール〈ヒナギク〉を起動し、バリアを展開する。


 先制攻撃は、鴎宴都だ。

 シャンデリアのビーム砲が、ミネットを覆うバリアに命中する。空間が陽炎のように歪み、衝撃が四方に分散された。

 攻撃力はかなり高い。


 バリアの影から、茅乃が反撃しようと動く。

 が、それを待たずして、ミネットのヒナギクがレーザーライフルで返しの一撃を放っていた。


「えっ!?」味方である茅乃が驚く。


 通常、一つのパッチは一つのAR兵器ウェポンしか出すことできず、攻撃と防御を一手に担うことはできない。

 そのため多くの白兵戦ドールは編隊を組むか、ガンブレードやシールドガンなど性能を落とす代わりに複数の兵装を携帯できるものを用いている。


 しかし、ヒナギクが展開した高出力バリアはこれとは違うものだった。

 アビリティ【ビルトインバリア】は、ハードウェアレベルで防壁命令を埋め込み、通常のAR兵器とは別に迅速かつ効率の良いバリアを展開できる、唯一無二の彼女のドールアビリティである。

 対王楼戦ではその力を十分に発揮することはなかったが、汎用性の高いバリアを自由に展開できる力は明北学院のそれまでの戦いに大きく貢献してきた。


 鴎宴都は慌ててシャンデリアを回収し、再びスカートの中に収納する。


「しめた、撤退するつもりよ!」

「いいえ、よく見てください」


 シャンデリアを追うレーザーの光の帯が、鴎宴の膨らんだスカートに命中する。

 通常なら侵食波が衣服を伝って体中の着用端末を破壊する所だ。

 が、スカートに刺さったレーザーは黄色い火花を僅かに散らし、掻き消えてしまった。


電磁防布シールドクロス!?」

「ウフフ、ご名答ですわ。わたくしのドレスは、あらゆる電脳兵器を弾きますの」


 マスキングという技能シンボルは「何かを覆い隠す」ことに長けていることを示す。

 通常なら隠蔽工作や隠密行動、或いはカモフラージュを専門とする者に付与させるものだが、を衣服の中に隠すというのは、茅乃のデータベースにも存在しない芸当だった。


 再びシャンデリアが攻勢に転じる。


 攻撃力の高さにも納得が行った。このドールは、自分自身を守る必要がないのだ。全てのリソースは攻撃のために使われ、相手の攻撃が届く前に回収される。


「浦瀬嬢、オーネ嬢とお見受け致しました……ウフフ、お待ちしておりました。決してあなた方を、白姫様の下へは行かせません」


 鴎宴都が宣戦布告する。


「ミネット、あたし達では相性が悪いわ。援軍を呼ぶから」

「わかりました。ぜっ、前衛は任せてください」


 茅乃は本隊にコールする。しかし、誰からも応答が来ない。


 じとりとした、嫌な予感が走る。




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