第10話
突然、外で爆発音が鳴り響く。
戦闘が中断され、一斉に全員が音の鳴った方角を振り向く。
東棟の屋上から、煙が上がっている。
校舎に見慣れた明北生が、先にその違和感に気付いた。
東棟のシンボルともいえる屋上の鉄塔が、根元から捻じ曲がり、まるで橋のように東棟と中央棟を渡っている。
それによじ登る、一人の少女の姿。
赤髪に灰色のキャスケット帽──イコナだ。
明北学徒達がざわめく。
司令室は屋上の直下だ。
しかし、ミネットを救おうにも彼らの位置から司令室直通のエレベータまでの間には、王楼学院が陣を敷いている。
慌てた先頭の明北生がラインを崩して突出し、王楼のスナイパーに仕留められる。
あからさまな明北の動揺を見て、王楼学徒は今、自分が何をすべきか瞬時に理解した。
「ここから先へ通すわけにはいかないな」
真鈴が勝ち誇ったように宣言する。形勢逆転だ。
「ゴホッ、ゴホッ!! ちょっと、大丈夫なの?」
「ええ、スパッツ履いてるから」
「そうじゃなくて!」
イコナは一気に鉄塔を駆け抜け、中央棟の屋上へと降り立つ。
直下は司令室だ。屋上の出入り口から、明北学院の藍色の制服が飛び出してくるが、雑草をなぎ払うかのようにナナがそれを切り捨てる。
「ひ、ひいい」
「下を見ないで」
フランが命からがら鉄塔を渡り終えるのを尻目に、イコナは屋上から建物内へと入った。消灯された薄暗い廊下を足早に駆け、突き当たりにある電子ロックを一瞬で破壊する。
重たく無骨な鉄扉が、ゆっくりと開く。
そこは、明北学院の司令室。
プラネタリウムのような幻想的な暗がりに、燦然と輝く無数のディスプレイ。円を描くように並べられた長テーブル達の中央に、鎮座してこちらを振り向くミネット・オーネの驚いた表情。
攻撃は来ない。もはや、戦闘員はここには居ないらしい。
「あなたのこと、調べていたけど……」
ミネットが弱々しい笑顔を向ける。「色々と規格外ですね、本当」
短いチャイムの音と共に、部屋の反対側にあったエレベータの扉が開く。
三つの扉から王楼生が、残りの一つから明北生が飛び出し、対峙するミネットとイコナの姿を目にする。
「ミネット!」
明北生のうち一人が叫ぶ。アプルを操っていたあの青年、タクマだ。
真鈴はカガリでそれを牽制し、ミネットへと歩み寄る。
「勝負あったようだな、ミネット・オーネ」
しかし、ミネットはどこか寂しそうに目を伏せながら、
「そう……ですね。でも、これは
手元にあった赤色のレバーをガチャンとさげる。
全てのモニタが一瞬にして落ち、少女達の手にしていたドールが一斉に光を失う。
司令室の電灯が非常灯に切り替わり、部屋全体が真紅に染まった。
「め、明北の皆さん、逃げてください!!」
ミネットが叫ぶ。
「何が起こった!?」真鈴が茅乃に聞く。
「ドールが……いや、Nリソースを使う全ての
絶対防壁。
ミネット・オーネが学院そのものに仕込んだ、最後の防壁である。
その強力すぎる
ドールさえ使えなければ、抗争において勝つこともなければ、決して負けることもない。テレビゲームやスポーツなら、まず使ってはいけない禁じ手だ。
しかし、これが
「奴ら、学院を捨てる気か」
「イコナ!」
茅乃の呼びかけに、イコナが応える。
作盤を踏み台に、エレベータの方へと駆けるイコナ。が、その前にミネットが立ちふさがる。
「行かせません! みんな、早く!」
真鈴が舌打ちし、ミネットに向かって走る。
ところが、その前に両腕を広げたタクマが飛び出す。
「
真鈴が怒鳴る。
だが、タクマは退かない。明北生達も一斉に飛び出す。そして彼と共にミネットを庇うようにして、自らの体で肉壁を築いた。
「みんな……何してるんですか。は、早く、早く逃げてください」
ミネットが身を震わせて呻く。しかし、
「もういいんだ、ミネット。いいんだ……」
タクマはそのまま、腕を下げ、膝を折り、二つの手のひらを床に伏しながら、漆黒の床に
「オレらの負けだ。頼む。ミネットだけは許してやってくれ」
「何?」
真鈴は突然の申し出に、思わず怯む。
ミネットが狼狽しながら、
「ちょ、ちょっと……何を言って」
「決めたんだ」
タクマが強い言葉で遮る。
「みんなと話し合って……決めたんだ。ミネット、お前は東京の未来にとって有益な人間だ。オレらとは違う。オレらになんか、付き合わせてはいけなかったんだ。
……だから、生き残って欲しい。生き残って、オレらを倒せるほどの実力を持った彼女たちと──東京を救ってほしい」
彼は顔を上げ、真鈴の目を真っ直ぐ見て言う。
「虫のいい話だと思う。だが、お願いだ。Nリソースは全部渡す。彼女を連れて行ってくれ」
真鈴は何も言わず、彼と、彼と共に懇願する明北生たちの視線を受け止める。
疲労困憊した王楼学院生達も、リソースが尽きて眠るアメノを抱えた茅乃も、泣きそうな顔で状況を必死に呑み込もうとしているミネットも、じっと真鈴を見つめ、その判断を待つ。
「いいんじゃないかしら」
沈黙を破ったのは、イコナだった。
灰色のキャスケット帽を人差し指の先でくるくる回し、もう一度深く被りなおす。
真鈴の口角が緩む。
「そうだな。ミネット・オーネ、宜しく頼む」
そう言って、彼女は右手を差し出した。明北生の壁が二つに割れ、間から送り出される花嫁のように、ミネットが現れる。
不安げな表情で振り返るミネットに、タクマは優しく微笑んだ。
「ありがとう、オレらに夢を見させてくれて」
「いいえ……ごめんなさい、立派なリーダーになれなくて」
そして、ミネットは真鈴の手を握った。
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