第9話
中央棟、大エントランスホール。
過去の明北学院ウェブサイトから茅乃がサルベージした情報によれば、フロアの真ん中にある四基のエレベータが最上階の情報管理室に繋がっている。
つまり、事実上ここが最後の防衛ラインであるはずだった。しかし、そこを守るべき明北学院屈指の精鋭部隊の姿はどこにも見当たらない。
「どういうことだ、これは……」遅れて館内に到達した真鈴が警戒を露にする。
「あたしが行きます」
シールドで身体を覆いながら、茅乃がエレベータへと近づいた。
その様子を、他の王楼学院生達が固唾を呑んで見守る。
その指がエレベータの電子パネルに触れた瞬間。
人間の悪寒を逆撫でするような警告音が、館内に響き渡る。
「……っ!!」
続いて、王楼学院の後方にある一つを残し、中央棟出口の防火シャッターが一斉に閉まり始めた。
「支援部隊、下がれ! 閉じ込められるぞ!」
真鈴の怒号に慄きながらも後方の支援部隊が建物の外に出ようとするが、AR兵器の発する青い光に弾かれ、退路を阻まれる。
見れば、唯一開いたままの出入り口が、散開したはずの明北学院チームで埋め尽くされていた。
その数たるや、あれほど何人も仕留めたはずなのに、まるで手負いの様子は無く、ゆうに王楼学院の二倍以上の数がいる。
罠だとは感づいていた。挟まれても遊撃できるだろうと、高をくくっていた。
だが、甘かった。
これが、人数という絶対的な差の力なのだ。
「……陣形を直せ」
真鈴が伝え、王楼学院が体勢を立て直す。
開かれたエントランスを境に、王楼と明北が睨み合った。
王楼が内側、明北が外側。エレベータは動く気配がない。
追い詰めたつもりが、完全に袋のネズミというわけだ。
その間を割るようにして、玄関の天井から液晶モニタがスルスルと伸びてきた。
そして、見たことのある顔がそこに映し出される。
『明北学院へ、ようこそ』
博物館に初めて訪れた小学生たちに語るような柔らかな声で、彼女は王楼学院を歓迎する。
ミネット・オーネだ。
その表情は穏やかで、緊迫したこの状況を全く意にも介しない。
王楼学院が防衛網を突破し、中央棟に攻め込み、喉元に刃を突きつける所まで、彼女の手のひらの上だったということだ。
──いや、実際にどうかは分からない。
だが、少なくともそう思わせる彼女の無垢な表情は、少なくとも明北学院の自信に繋がり、敵対する学院の士気を大いに削いできたことだろう。
『防衛線の突破、お見事でした。できるならその戦力を是非我が学院の為に役立てて欲しかったのですけど……。特に神月さん。あら、神月さん、いらっしゃいませんか?』
しめた。彼女はまだ、東棟にいるイコナに気付いていない。
僅かな希望が王楼学院に芽生えた次の瞬間、
『あら、東棟ですね。連絡通路のシャッターも閉めておきましょう』
ミネットが無慈悲な処置を告げる。【セキュリティ】には寸分の隙も無い。
『さて、あまり時間を取らせてしまうのもなんですし、お開きに致しましょう。本日はお越しいただき、ありがとうございました』
ブチンと音を立てて、映像が途切れた。
ほぼ同時に、明北学院のドールから放たれた拳大の光弾が、音よりも速く空間を駆け抜け、先頭に立っていた王楼学院のドールの頭部に命中し、青白い爆発エフェクトを散らす。
それを皮切りに、射撃戦が始まった。
真鈴の号令で二列に並んだ王楼チームの前列がシールドを展開し、後列に控えた砲撃部隊が一斉に攻撃する。
大量の資源をつぎ込んだ凄まじいパワーの砲撃は明北学院のバリアをも易々と貫いたが、戦闘不能になったドールは早々に後ろに回され、すぐさま新しいドールが繰り出されてしまう。
そして、明北学院の威力は無いが確かな命中率の攻撃が、じわじわと王楼学院の防壁を削って行くのだ。
まるでヤスリで擦られるように、王楼学院の資源が少しずつ、しかし着実に減って行く。
猪突猛進の王楼学院に、明北のような防衛戦は不可能だった。
一人、また一人と
「イコナとフランは?」
「ジャミングされてます、検知できません!」
茅乃が答える。連絡通路を塞がれた以上、地上を移動するしかないだろう。
が、当然明北も周りを固めている。いくらイコナ達でも陣を敷いた明北学院の防衛を易々と突破することは叶わないだろう。
何より、時間が無い。
「真鈴先輩……もう、持ちません。どうしますか」
真鈴は答えない。
「真鈴先輩!」
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