第8話
「イコナ……そうか、お前がグレードAの【アップデータ】神月イコナ、か……」
アップデータ。
イコナもその言葉を、昨日茅乃から聞かされた。
「そう。書道とか剣道とか、それの段位みたいなものよ。試験は要らないけど」
全ての
エンジニア。アナライザ。プログラマ。キャプテン。
ごく普通に存在する技能のうち、特に|抗争に適したものは、「
未成年なら平均はDで、Cなら他人に誇れるレベル、Bは実務級である。
Aは一線で業務をする人々の中でも一握りとなる。
イコナのシンボル、アップデータはドールのパッチを作る能力であり、ごく標準的な──言ってしまえば誰でも持っている──技能だった。C程度なら特に記載されないことも多い。
「でも──まさか、A判定なんてね。グレードAのホルダーは王楼には他にいないわ。もちろん、他の学院にも滅多に」
「滅多に居ないものを、どうやってグレード付けしているの?」
イコナは半信半疑だった。
「さあ?」
「さあ、って」
イコナは呆れたように返すが、茅乃は考えたこともない、といった素振りだ。
今の東京で生きていくためには、多少の疑問は握りつぶして適応する必要があるらしい。
「あたし達も、よく分かってないのよ。【オブザーバ】と呼ばれる何者かが運営してるみたいなんだけど。全ての学生はそこにデータを提供する代わりに、自分の能力水準と、他の学院の情報を得る。なんと言ったらいいのか……
「ふうん……」
つまり勝手にイコナの情報が送信されたことになるが、当然茅乃に悪びれた様子は無い。
「まあ、あくまで目安よ。グレードが高ければ有利ってわけでもないし。
何より、学生の持つ
茅乃はそのまま、幾つかの具体的な例を挙げてドールと
イコナは話半分に聞き流す。
昔から彼女は、こういう細かい話が好きだった。要するに──オタクだ。
一通り喋り終えると、茅乃はインスタントの緑茶を一口啜り、ふうとため息を付く。
「でも、そうね……イコナの他に王楼学院が誇れるものといったら、やっぱり」
「やっぱり?」
「真鈴先輩かしら」
空気の痺れるような音と共に破裂したパルスグレネードが、明北の鉄壁の防衛線に風穴を開けた。
電磁防布を脱ぎ捨てた王楼学院のドール達がすかさず突撃し、混乱した明北の戦線を更にかき乱していく。
「未だ、突撃しろ!」
真鈴の声に従い、王楼学院の本隊が突っ込んだ。
勢いに押された明北は敗走を始め、正門前は阿鼻叫喚の戦場と化した。
「茅乃、明北の防衛第二線をサーチ」
「既に始めてます。固定砲台が四門確認されていますが、イコナ達への援軍で人員が削がれたようですね。十時の方向にスナイパー、距離三百」
「わかった。狙撃隊、射撃開始!」
彼女の号令に従い、狙撃部隊の三躯のドールが一斉に光弾を放つ。ホバーを含む一切の移動能力を犠牲にし、代わりにドール身長の三倍はある長さのロングバレル・スナイパーライフルを持たされた特別仕様だ。
初撃三発のうち二発が命中し、遠くで撃破を知らせる発光エフェクトがかろうじて確認された。
「隊長。北東のαチームがB2地点の援軍に向かう敵小隊に出くわしたようです。数、7」
「牽制しつつ後退、第二正門の第一分隊を援護し、合流しろ」
「二時方向、γチームがC7に到達しました。周囲に敵影なし」
「本隊の進攻ルートとリンクして待機継続、ドールを戦闘モードで起動して臨戦態勢」
「了解」
矢継ぎ早に情報と指令が交錯し、通信兵がフィードバックをチームに転送する。
一様に青い目を瞬かせる通信隊のドールはアメノと同型で、資源効率を高めるために他のドールより一回り小さく、武器の代わりに巨大なアンテナを頭部から展開していた。
「よし、各員に通達。残党狩りはせず、中央棟を目指せ。本隊の
「伝達しました」
哨戒を終えた偵察部隊が、真鈴の元に戻ってきた。
「異常ありません。レーダーの敷設を完了しました」
「ご苦労。これで、窮地は脱したな。私達も移動しよう」
散らばった部隊の現在地点をマップで確かめ、真鈴が情報班と共に移動を開始する。
と、その時。
倒れていた一人の明北生が突然起き上がり、懐から真新しいドールを取り出す。
伏兵だ。
「っ! 先輩、危ない!!」
茅乃が叫ぶ。
……が、攻撃は真鈴に到達しなかった。
奇襲をかけた明北学徒は目を大きく見開き、胸元に手を当てて硬直していた。
背中側から突き刺された光り輝く刀身が、彼自身と抱えたドールの頭部を正確に貫いている。
「バカな、レーダーには何も……」
ガクリと膝を付き倒れた彼の背後から、真鈴のドール〈カガリ〉が姿を現す。
アビリティの名は【アンビエント・モーフ】。
探知機に映らない装甲を持った、真鈴の矛だ。
卓越した状況判断能力と綿密な作戦、そして隙のない立ち振る舞い。
彼女に与えられた
「さ、私達も急がないと」
イコナは中庭から東棟へと入り、非常用階段を上っていく。
狭く小汚い階段にフランはブツブツ言っていたが、イコナは全て無視した。なるほど、この二人は良いコンビかもしれない。
刺すように冷たい風が高所の二人に容赦なく吹き付けられる。
コートを着ているイコナは大丈夫だが、フランの泥まみれの膝上スカートはやや寒そうに見えた。
屋上が見える。
が、その前に入り口の柵扉があった。
長く誰も使っていなさそうな錆び付いたノブには、無情にもチェーンがぐるぐると巻きついている。
「参ったわね。別の道を選びましょう」
ドールには、現実の物に干渉する力はほとんどない。
電子キーなどものの一秒で破壊できる万能端末も、こういった原始的なガードにはお手上げだ。
と、足早にルートを変更しようとしたイコナを、フランが制する。
「ちょっと、これ持ってて」
フランはそう言って、自分のドールをイコナに押し付ける。
コートの内ポケットから取り出したのは──無機質な銀色の光を帯びた、金属スパナだ。
彼女は鎖をじっと睨みつけ、息をすっと吸い込む。
「……ぃやあっ!」
バキン。少女の正確な一撃が、脆くなった鉄柵の封印を粉々に打ち砕いた。
「ふん」
得意げだ。
(そういえば……)と彼女のプロフィールに書かれていた固有技能の欄を、イコナは思い出す。確か、接続・通行の技能を示す「アクセス」グレードE。
(ああ、そういうのもアリなのね……)
イコナは呆れを通り越して、どこか感心していた。
ちなみに、フランにはこれ以外の
それでも王楼学院で最前線を張れるのだから、技能もグレードもあくまで参考情報ということらしい。
屋上は空調の室外機とアンテナ付の鉄塔以外何もない、がらんとした空間だった。
四方は鉄網で囲まれ、隅にボロボロのブルーシートが打ち捨てられている。最近人が入った形跡はない。
「見て!」
一足先に鉄網に飛びついたフランが指差す。
だだっ広いグラウンドに、白い制服の一団。
猛進する王楼学院チームだ。蜘蛛の子を散らすように逃げる藍色の点は、明北学院の防衛線残党である。
後方に、ひときわ背の高い真鈴と、その傍を歩くひときわ背の低い茅乃の姿が見えた。レーダーで捕らえたのか、彼女は屋上に立つイコナ達に気付き、満面の笑みで大きく手を振る。
イコナは思わず釣られて手を振りそうになるが、見下ろした光景に一点の違和感を覚える。
バラバラに逃げているはずの明北生達が、あまりにも均一に散らばっている。
まるで、予めそう決めてあったかのように。まるで、王楼学院の本隊を内側へと誘いこむかのように。
イコナは上げかけた手を端末に沿え、茅乃に通信を飛ばす。
「気をつけて。誘われている」
『えっ?』
制止する間もなく、王楼学院の先頭が中央棟になだれ込む。こうなってはもう止められない。
「まずいわね」
イコナはフランに目配せし、急いで本隊に合流すべく連絡通路を探し始めた。
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