第7話

 一方、正面入り口。


 校門より数十メートル進んだ先に敷かれた堅固な防衛線に、王楼学院は苦戦していた。明北の前線には隙間なくバリアが張られ、消耗したドールはすぐに後方のリソース満タンなものと交換される。

 篭城の態勢が整えば、リソースの限られた王楼が敗北するのは時間の問題である。


 そもそも、抗争がゲームではない以上、明北学院の戦術を打ち破れる方法が必ずあるという保証はどこにもない。


 この絶対的な防壁は、先の勝利でたぎらせた王楼チームの士気をどんどん削っていく。事実、明北学院の周辺にあった学院は皆この戦術の前に絶望し、消耗して敗れ去っていったのだ。


「戦局はどうなっている」


 真鈴が王楼学院の精鋭情報チームに尋ねる。

 マップを持っているのは、茅乃だ。


「第一分隊は別箇所で足止め、第二分隊──イコナ、フランは敵傭兵と遭遇しました」

「そうか」真鈴の表情は動かない。

「第二分隊の対応にどんどん明北の援軍が集っているようです。こちらも援軍を送りますか?」

「いや……まだいい」


 真鈴は厳しい顔で膠着した前線を見据え、深く呼吸すると、祈るように目を閉じた。

 その姿は茅乃から見て、困っているというよりは、何か大切なタイミングをひたすら待ち続けているように感じた。




 アプルが、地を這うような低い挙動でナナに襲い掛かる。


 ナナはライフルを横にし防御の体制をとるが、アプルのブレードがそのガードを弾き飛ばす。


 迫るブレードが、ナナの眼前を斬る。

 ナナはバックスラストを噴射し身を翻すようにしてその一撃をかわすと、すぐさま反転して距離を取り、レーザーを乱射する。


 が、その光線は、またもや宙でかき消された。


 イコナは、アプルの構えている刀剣が淡く光っていることに気付いた。


「気付いたようだな。簡単な吸収能アブソーバだ。抗争で使われるレーザーのプロトコルは単純だからな、頭だけ書き換えればこんな風に」


 アプルが宙を一閃する。

 軌跡をかたどった光の刃が、ナナのすぐ脇をかすめた。


「再利用できるッ」


「ちょっと、こっち無視してんじゃないわよ!!」


 話の聞かないフランが、光弾系の機関銃を乱射する。

 アプルとタクマは難なくそれを避けて、大木の陰に隠れる。


「無視してねえよ。お前こそ、オレの仲間を無視しちゃ困る」


 彼の背後の草むらから、一斉に反撃の弾幕が発せられる。

 援軍だ。


 イコナはすぐに後退して、茂みに隠れた。

 が、フランが退避行動を取ろうとしたその時、左腕につけていた端末デバイスを弾丸の一つが貫く。


 異常作動した端末の振動装置がまるで本物の銃弾を受けたかのように揺れ、弾け飛んだ。


「ぐっ」


 痛みに顔をしかめ、フランは端末のあった場所を押さえる。


「フラン!」


 その背中に、容赦なくアプルが襲い掛かった。


 やむを得ずイコナはナナを自分から離し、アプルの刃を受ける。

 すると、その向こうから明北学院の十数躯のドールが現れ、守りのなくなったイコナ本人に銃口を向けた。


 チェックメイトだ。タクマは勝ち誇ったようにゴーグルを上げた。


「ふん、まるで大したことねーな。コンビネーションすらできねえとは」


『──イコナ?』


 突然、茅乃の声がした。アプルの剣を受ける、ナナのスピーカーからだ。


「チームメイトか? 残念だが、もうこっちはカタが付くよ」

 と彼が勝手に返事をする。

「本隊もそうだろう? 明北学院の防衛線は完全に構築された。これを抜いた学院はいない」


『イコナ? そこにいるの?』

「……ええ」


 イコナは応える。その連絡の意味は既に分かっていた。


『本隊が防衛線を突破したわ。貴女たちがおかげでね』


「……なっ!?」

 タクマが驚き怯んだその隙に、イコナはナナを手元へ返し、背中からメモリースティックを抜き去った。


「そう、良かった。じゃあ、こちらも合流するとしましょう」


 イコナは足のホルスターから真新しい金色のメモリースティックを取り出し、ナナに装填する。

 今まで使っていた王楼学院の汎用兵器ではない、彼女の組み上げたパッチだ。


 ナナの目が虹色に瞬き、握っていたレーザライフルが光を帯びて変形する。

 コンマ一秒で放たれたレーザーはアプルのアブソーバ・ブレードに命中し、その刀身を粉々に砕いた。


「ば、馬鹿なっ、アブソーバが!!」

「量産品と一緒にされちゃ、商売あがったりよ。ナナ、行きなさい」


 よろめくアプル。

 カバーするべく草むらから明北のドール達が弾幕を張るが、体勢を立て直したフランのドールから再び重厚な光弾の雨が放たれ、それを打ち消した。


 ナナがアプルに向かって一直線に突撃しながら、レーザーライフルの引き金を引く。喉元に吸い込まれるように襲い掛かる光弾を、捨て身で飛び出してきた仲間のドールが自らを盾として防いだ。

 一発、二発、三発。

 明北謹製の強固な防壁の層が、ドール諸共砕け散りながらも攻撃を必死に阻む。


『カチッ』

 ふと、ナナのレーザライフルの引き金が空を切った。弾が切れたのだ。


「しめたッ」

 タクマが叫ぶ。


 一つのメモリースティックには一つの武器しか入らない。

 反撃のチャンスだ。

 タクマはアプルを回収しようと、手を伸ばす。


 次の瞬間、ナナがライフルを投げ捨て、くるりと横に一回転した。

 その背中には使い切った黒いメモリースティックと、、深い蒼色のメモリーが燦然と輝いていた。


 向き直るナナ。

 その手には、プラズマブレードが握られている。


「ダブル……スロット、だと!?」


 一閃。


 ワンテンポ遅れて、防壁もろともドール達が弾け飛ぶ。


 力なく回転を止めるモーター達の、無機質な断末魔が鳴り響いた。


 タクマのゴーグルが割れ、中庭の土に膝を付く。

 体中の着用端末ウェアラブルメディアから火花が飛び散り、漏出する青い光が全ての機能を一緒に連れ去っていった。


 彼は踵を返したイコナを向き、独り言のように呟く。


「イコナ……そうか、お前がの【アップデータ】神月イコナ、か……」



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