第一章 明北学院

第5話

 王楼学院、白沢キャンパス本校舎。


 鉄製の自動ドアを開いた先は、イコナの予想を遥かに上回る活気に溢れていた。

 エントランスの大ホールは以後学院を占拠した生徒達の手によって魔改造され、ベンチや工房、ダイニングにキッチン、果てには屋台のようなものまで作られている。

 節電のためか蛍光灯は抜かれ、代わりにかがり火が照らす一帯は学生達の拠点というよりはまるでのようだった。


 総勢、六十名。

 うち戦闘員が三分の一で、残りは非戦闘員だ。


 戦闘員は狩りと発掘で資源を集め、非戦闘員は運営に必要な炊事洗濯や雑務全般、そして懐中時計クロノドールの修理や保守、パッチの作成を担うことで、全員が力を合わせて学院を維持している。


「おっ! お疲れ、浦瀬。頼まれてたレーダーの修理、できてるよ」

「やっほー、茅乃!! あれ、隣は誰? 新入り? あとで紹介してね!!」


 駐屯地のピリピリした雰囲気とはうって変わって和やかな声が飛ぶ。真鈴の補佐として情報班の中核を担う茅乃は、チーム内でかなりの人気者らしい。

 あちらこちらに手を振りながら、彼女はやや緊張した面持ちで隣を歩くイコナに施設の説明を進める。


「稼動してるのはここと、ロッカー・シャワー室が一階と二階。女子は一階ね。あと幾つかの教室が就寝室になっていて、二階の第四会議室が戦略室。食事はここか、B理科室で」


「学生寮は? あっちの方が生活するには快適でしょう」

「んー、試してみたんだけどね。開かなかったの。女子寮はかなり厳重にロックされたみたい」


 茅乃は蝋燭の火を囲んでテキサス・ホールデムを嗜む四人組の脇を抜け、ロッカー室へと入る。


 扉を閉めると、途端にシンとした静寂が二人を包んだ。

 微かに、シャワー室の水の音だけが、天井を伝って降りてくる。


「驚いた。水道が使えるのね」

「ええ、あたし達はそれを一番初めに試したの。なけなしのNリソースを使ってね。多分他の学院もそうしたんだと思う。そして、東京に残れることを知った」


 確かに、ライフラインの大元は他県にある。

 それを各地区に配給するスマートグリッドはトーキョーネット無しでは動かないが、逆にそれさえ稼動させてしまえば、この有様の東京でも以前と同じように電気や水道の使用が可能というわけだ。



 茅乃は自分のロッカーを開き、中から携行には向かないであろう大きなノートパソコンを取り出した。

 今では珍しいキーボード型の入力装置を操り、彼女は次々とアメノへデータをアップロードしていく。


「これ、見て」


 アメノの目が青く瞬き、ナナに二通のメールが送信された。


「──シールドバス?」

「そう。ウチにはただのシャトルバスしかないけど、明北学院は電磁シールドの施された護送ワゴンを持ってるの。これなら、他の学院の占領地だろうと真っ直ぐ突っ切ることができるわ」


 茅乃はエヘンと言わんばかりの得意顔で、イコナに提案する。


 キュッ、キュと水栓を閉める音が響き、曇りガラスの扉が開いた。濡れ髪にバスタオルを被った真鈴が中から現れ、イコナたちに気付くと「おう」と挨拶する。


「お前たちも浴びてきな。泥まみれだぞ」

「……あとで頂きます」


 イコナは愛想の無い返事をして、茅乃の提案に目を戻す。


「どう? イコナはそれに乗って研究所に行く。あたし達は明北学院を倒せる。一石二鳥でしょう? 勿論、この一戦だけ終わったらあとは付き合って貰う必要ないから」

「ふむ」


 彼女は少し考える素振りを見せるが、答えは明白だった。


「まあ、いいでしょう。どうせあなた達を助けたせいで、資源リソースが足りそうもないし」

「ふふ、そう言ってくれると思ってたわ。イコナ」




 明北学院。


 先の駐屯地で激戦を繰り広げた、同じく白沢にキャンパスを持つ強豪である。

 セキュリティを専門とし、電脳抗争ドールズウォーではとりわけ防衛に定評がある。特に本拠地である北白沢校は難攻不落の要塞とされている。


 ……と茅乃のメモ書きが添えられていた。


「リーダーのミネット・オーネは国際的なセキュリティ機関からも声が掛かってるみたい」


 シャワー室の中から、茅乃の声が響く。

 先の戦いで一人だけ異質さを放っていた、あのブロンドがイコナの脳裏で結びついた。


「彼女ね。今日の戦いで仕留めきれてなかったの?」

「うん、イコナがパッチ作ってる間に逃げてた」


 危うきに近寄らないのも自己防衛セキュリティということか。


「勝算はあるの」

「戦力差的には、まずわね。あっちは専科100人以上が参加してるし」


 電子音が聞こえ、ロッカールームに待機するアメノが遠隔でマップを展開する。


 王楼学院は元電子工作部を中心に有志が集った、所詮は烏合の衆だ。対して専科を持ち、数百人が現場の人間から知識を教わる明北学院。校舎の稼働率も王楼とは段違いに高い。


 人数も設備も、そこに圧倒的な差があるのは歴然だった。


「でも、衝突は避けられないわ。それに──貴女イコナが手伝ってくれるなら」

「チーム戦なんでしょう。個人の力は当てにすべきじゃない」


 茅乃は誇らしげに鼻を鳴らす。


電脳抗争ドールズウォーには、ルールがないの。スポーツやゲームのように『強さ』の上でバランスが取れていない。青天井。だから、イコナみたいな存在一つで、戦況は全く変わる。とはいえ、未知数だけど」


「ふうん」


 イコナはをまだ殆ど理解していなかったが、ルール無しの殴り合いなら、確かに茅乃の言う事は道理に適っていた。

 そもそも強いという言葉の尺度さえ、存在しないはずだ。仮想空間での闘いが可視光線で表現される故に何となくゲームのように見えるだけで、その実体はもっと無慈悲でシンプルな、クラッキングとブロッキングの応酬である。


 シャワー室の扉が開き、バスタオルを纏った茅乃が出てくる。


「ま、ともかく。手伝ってくれるなら、二つだけこの東京での【しきたり】を守ってくれる?」

「しきたり?」


 茅乃は頭を拭きながら自分のロッカーを開き、中に貼り付けられた標語の紙を示す。


「一つ、お互いに協力すること。学院はみんなで力を合わせないと維持できない」

「……ええ、努力する」


「二つ、夜は外に出ないこと」

「夜? 何故?」


 茅乃は目を伏せる。いつもとはうって変わった、弱気な震え声で、


「夜は……亡霊ゴーストが出るの。トーキョーネットの亡霊。だから、抗争には夜襲がない」

亡霊ゴースト?」


 知らない情報だ。当然、彼女は夜の間も行動する気でいた。


「実体の無い時計ドール。目撃情報も多いわ。幾つかの、しきたりを破った学院はそれに潰されたとも。聞いたこと、ない? にも関わってるらし──」

 茅乃は一瞬だけイコナの瞳を見つめ、かぶりを振る。「い、いいえ。なんでもないわ。忘れて。とにかく、夜は外に出ないこと」


 嫌な沈黙が流れる。


 イコナは信じる気もなかったが、どこか引っかかるものを感じていた。亡霊ゴースト。どこかで、聞いたことがあるような……。


「と、とりあえず。シャワー浴びてきたら?」


 茅乃が真新しいバスタオルをイコナに押し付け、イコナは渋々シャワー室へ入る。


 ──そして、夜は更けていく。




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