第4話

「明北学院チームリーダー、ミネット・オーネです」と彼女は名乗った。

 訛りは感じられない。


「……王楼学院、安城真鈴だ」

 真鈴は強張った表情で応える。「お山の大将が、何故わざわざ戦場に?」


 ミネットは、はにかんだように微笑む。

 強者の余裕、といった様子ではない。ただ、どんな表情をしていいのか分からなかったのだろう。

 その無垢な表情はあまりにも荒れ果てた戦場に似つかわしくなく、まるで彼女だけが別の場所からカット&ペーストされたかのようだった。


「心配だったので」


 短く、彼女が返答する。


 シンプルな答えだったが、後援部隊と共に合流し、戦況を一瞬で把握して部隊の総力を引き出せるのは並大抵な腕ではない。


 彼女もまた真鈴と同じ、東京で生き抜く豪傑の一人なのだ。


「流石、明北学院らしい、堅実な作戦だな」真鈴は皮肉るように返した。「たかがゲリラ戦に、本校の部隊まで呼ぶとは」


「ええと……ありがとうございます」


 ミネットは丁寧に頭を下げた。

 お礼? 否、会話をする気などない、という意志表明だ。

 弱気そうに見えて、一寸の付け入る隙も無い立ち振る舞い。その鉄壁は、明北学院そのものを体言しているかのようだった。


「じゃあ、私はこれで」


 別れの挨拶と共に、彼女は踵を返す。それが攻撃の合図だった。


 豪雨のような弾幕が、容赦なく王楼学院に襲い掛かる。

 咄嗟にシールドを張るも、凌ぎきれるほどの資源リソースはとうに残っていなかった。

 

 次々と、背中のメモリースティックを黒く濁らせたドールから順番に力尽き、破壊され、倒れていく。


(ここまでか……。みんな、済まない)


 真鈴は天を仰ぎ、静かに目を閉じた。




 そこに、一筋の光が差す。


 始めに赤色、青色、そして黄色。

 王楼学院の後方、開いた裏口から漏れ出すように三筋の光線が舞い込み、それに照らされた明北のドールが──爆発する。


 ぎょっとして身構える明北学院の生徒達。

 何事かと振り向く王楼学徒達。陣形が真っ二つに割れ、現れた道を一人の少女が歩いてくる。


 そして、ぽかんとした表情の茅乃の頭にそっと手を添え、

「悪かったわ、茅乃。少しだけ手伝ってあげる」


「イ、イコナ!」


 イコナは口の端にかすかな笑みを浮かべると、身じろぎする明北学徒達へと向き直り、臨戦態勢のナナからホログラムディスプレイを呼び出した。


 色とりどりの矩形が、展開され宙に漂う。


 イコナが素早く指先を動かすと、それらは従うように彼女の指を追い、流れ始めた。流れは秩序を生み、秩序は結晶を生み、結晶は生命を形作る。


 その幻想的な光景に、誰もが息を呑んで動きを止めた。


「こっ、このデータは……。まさか!」

 百戦錬磨の真鈴までもが、驚愕し、狼狽する。


でパッチを構成しているというのか!?」


 不揃いだった色の羅列はいつしか綺麗なグラデーションを描き始める。

 形作られた生命が、意志を持つようにその全貌を現していく。


 それはまさしく、ドールに命を吹き込み、学徒達に矛をもたらす「パッチプログラム」の塊だった。


 しかし、そんなことが出来るのか。

 熟練の学生でも数時間を費やすパッチの生成を、たった数秒足らずで。


 それも、茅乃たちが見たこともないほど複雑で、荘厳な姿の兵器を。


「いや、ありえない……こんな芸当は。開発者でも無い限り」

「──いいえ、真鈴先輩。ありえます。ご存知じゃありませんか、懐中時計クロノドールの生みの親」


 はっと我に返った明北学院が、イコナを強襲する。


 それも、もう遅い。ナナに挿入された透明のメモリースティックに紅い輝きが宿った。



「日本が誇る天才、神月道悟どうご博士──彼女こそがその一人娘、神月イコナです!!」



 つんざくような音を従えて空間そのものが炸裂し、真紅の光線が流星のように降り注いだ。


 その一筋一筋が明北学院精鋭のドールを打ち砕き、体中の配線をねじ切って、沈黙させていく。

 ドール達の守りを失った学徒達は光線を直に浴び、全身の着用端末ウェアラブルメディアが瞬く間にショートして弾け飛んだ。


 仮想と現実を結ぶARグラスが真っ白に染まり、全身を貫く衝撃に少年少女たちは次々と卒倒する。


 機能消失シンボル・アウト──替えのない自前の端末を失うことは、即ち、この東京における「死」である。


 防御も、回避行動も許されない。戦線は地獄絵図と化した。

 

 持てる最大級のシールドを展開した明北屈指の防盾部隊も、二度の光線を弾き飛ばして割れ、三度目の照射で生存権を失った。




 やがて、眩い光は終わりを告げる。


 そこにはパチパチと不規則な火花の音のみが、全滅した明北学院の残り香のように響いていた。



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