第3話

 行きにも増して刺々しい視線を感じながら入り口に戻ると、丁度遠征から帰ってきたストロベリーブロンドの巻き毛の少女がイコナを訝しげな目で睨んだ。

 歳は同程度に見えるが、二年前に見た記憶はない。高等部からの留学生だろうか。


「じゃあ」とイコナは別れの挨拶を告げる。


 茅乃は俯いていたが、意を決したように顔を上げ、「イコナ」と小さく呼びかけた。


「気を悪くさせてごめんなさい。……でもね、遊びじゃないの。あたし達は、ここにしか居場所がないから」


 茅乃は寂しげな笑みを小さく浮かべ、静かに手を振った。


 イコナは何か声を掛けるべきか迷ったが、そうせずに視線で別れを告げ、駐屯地を後にした。



 そうして、荒れ果てた東京に、彼女は再び歩みを進める。


(まさか、東京がこんなことになっていたとは、思いも寄らなかった)


 ──いや、違和感は薄々と感じていた。


 インフラの停止した東京を無人島に例えるとして、そこで生き抜きたいなら食料とナイフ、それと精々燃料あたりを持っていけばいい。

 フル装填の小銃……即ち、リソースを満載した懐中時計クロノドールを持ち込む必要はないのだ。そもそも呼びつけた研究所の人間が車の一つでも手配してくれれば、食料さえ自分で用意する理由はない。


 研究所には、そうすることのできない理由があった。即ち、外敵の存在。この現状である。



 ふと、そんなことを考えながら二分ほど歩いた時。


 地響きのような音と共に、小刻みな揺れをイコナは感じた。

 今度は、仮想空間バーチャル上の音ではない。続いて、幾多の人間が上げる怒号とも悲鳴とも聞こえる声の渦。方角は……彼女の訪れた王楼学院の駐屯地だ。


「ナナ、状況を報告」

『観測アンカーより状況を収集。王楼学院駐屯地にて大規模な戦闘が発生。現在地点への干渉度、ゼロ』


 茅乃たちが他の学院の強襲を受けている。

 

 思わずイコナは立ち止まった。自身の足音が消えることで、より鮮明に戦火の音が彼女へと届く。


(関係ない、私には)


 彼女は雑念を打ち消すように自分に言い聞かせ、再び歩き始める。

 茅乃たちが勝手にやっていることだし、彼女には大切な任務がある。その任務を達成すれば、きっとこの東京の惨状も収まり、王楼学院も結果的に救われるはずなのだ。



──しかし、去り際に見せた茅乃のあの表情が、どうしても脳裏から離れない。



(関係ないんだ、私には)


 その自己暗示も、どこか空しく響く。

 そうしているうちに、彼女は自分の中で恐ろしい仮説が生まれかけていることに気付いた。


 慌てて押し留めようとするも、それは抑え付ければ抑え付けるほど力を増し、黒い霧状のもやとなって一気に彼女の思考を覆っていく。


 イコナは再び足を止め、ナナに訊いた。


「もしかしてとは思うけど、私が跡を付けられていた?」

『その可能性は否定できない』


 懐中時計クロノドールは、いつもこうだ。

 彼女たちは愛らしい人形のような見た目をしているくせに、まるで少女達の話し相手になってくれないのだ。


 彼女達が求めるのは、いつだってではなくだと言うのに。


『イコナ。将来的な被害を考慮し、直ちにこの場より立ち去ることを進言する』

「……進言を却下します。貴女はこれから私が取る行動の、言い訳でも考えておいて」


 イコナは駐屯地の方角をキッと見据え、歩いてきた道なき道を逆に辿り始めた。




 初撃で退路を塞がれた王楼学院は、防戦一方の戦いを強いられていた。


 外敵の進軍を事前察知するために組まれた綿密なローテーションが、神月イコナを案内するためにほんの一時的に崩れていた。

 或いは、跡も付けられていたかもしれない。


 何にせよ、今は誰かを責めている場合ではない。


 入り組んだ駐屯地は敵、明北学院の侵攻を遅らせてはいるが、反撃の目処は一向に立たない。唯一の出入り口が封鎖されている以上、全滅は時間の問題である。


 茅乃は廃棄された資材に身を隠し、戻ってきた彼女のドール〈アメノ〉の背中に円筒形の青く透き通ったメモリースティックを挿入した。

 イコナが違法と非難した、特製のパッチプログラムである。


 アメノの小さな両手に9ミリ口径の短機関銃が握られ、勢いよく噴射するバックスラストがその身躯を宙に浮かせる。これが最後の資源リソースだ。



 勢いよく遮蔽物を飛び出すと、アメノは前方を舞う二のドールに向かって短機関銃を乱射した。

 降り注ぐ光の雨に、狙った内の一躯が回避行動を誤って廃ビルの壁に激突、後部バーニアを破損して墜落する。


 もう一躯は銃弾を蝶のようにひらりと避け、近接ブレードでアメノに襲い掛かった。見るやいなやアメノは銃を破棄、同じくプラズマブレードで刃を受ける。


「茅乃、状況は?」、後方から駆けつけた真鈴が彼女に尋ねる。


「損傷は軽微です。けれど、リソースが、もう」


 敵を下し、帰還するアメノ。

 その背中に刺さったメモリースティックは、先ほどの青い輝きを無くし黒く濁っていた。


 トーキョーネットと共に無尽蔵な資源が失われてからは、「Nリソース」と呼ばれる特殊な電脳物質が懐中時計クロノドールの動力を担っている。


 これは有事の際などに備え、緊急用の資源としてあらゆる電脳機器を動作させられるよう生成されたものだが、東京全域をカバーできるものでは到底なく、三ヶ月前のにもほとんど活用されることなく埋蔵されていた。


 これに目を付けたのが一部の学生達──後に学徒と呼ばれる学院の戦士達である。

 あらゆる公共機関や建物に備蓄されたNリソースを掻き集めれば、学院一つくらいは維持することができたのだ。

 

 彼らは各地で一斉に資源を発掘し始め、それが落ち着いてからは──他の学院が持つNリソースを目当てに抗争を仕掛け始めた。全ては、この東京における生存権のために。


「分かった。現時刻をもってこの駐屯地を破棄する。裏口のバリケードを除去して撤退」

「……わかりました。全学徒に通達します」


 茅乃は小さく頷いて、緊急信号をチーム全員に送信する。



 幾重にも積まれた瓦礫のバリケードを、王楼学院の男子生徒が除けていく。


 椅子や机、そして大きな電器製品。元々は流通センターか何かだったようだ。東京が荒廃するより遥か前に廃棄されたらしく、何棟かは半分ほど取り壊された形跡が伺える。


 粗方片付け終わると、木の板で塞がれた扉が姿を現す。


「バールを持ってこい。茅乃、敵の状況は?」

「こちらの防衛陣で留まってい……ますっ!?」


 茅乃の端末に、突如警告アラートが表示される。最前線からだ。


「ま、真鈴先輩! 緊急警告です、防衛ラインが突破されました」

「何っ?」

「いきなり敵の勢力が増して……こっ、このエリアに到達します!」



 ほぼ、同じ瞬間だった。


 裏口の木の板が剥がされ、同時に彼女たちへ無数の銃口が向けられる。


 藍色を基調としたジャンパースカートにボレロを羽織った清楚な制服。明北学院だ。



「……こんにちは」



 ずらりと並んだ明北学徒の中から、一人の女生徒が歩み出し、先頭に立った。


 ブロンドのボブカットに青い眼。

 包容力のある顔立ちに、アクセントのように光る赤縁のAR眼鏡グラスが理知的な印象を与えている。が、そのどこかおずおずとした立ち振る舞いは、堂々とした風格の真鈴とは全く異なる。


「明北学院チームリーダー、ミネット・オーネです」


 白い指先で眼鏡を直し、少女はそう名乗った。




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