第26話 仲間

ひとしきり泣いた後は、気分も落ち着く。

そして、今度は羞恥の感情が押し上げてきた。

顔へと徐々に血が登って赤くなっていく。


(まさか、こんなにも泣かされるとは……。)


でも、言い訳するわけじゃないが、あんな言葉をかけられたら誰だって心を解かされるはずだ。

今回ばかりは、不可抗力。そう、仕方ない。


「ありがとう、マヤ。 もう大丈夫。」


羞恥と照れで真っ赤になった顔で礼を告げて、俺を抱きとめている彼女から離れようと優しく肩を押した。が、その手は外れなかった。

「うん?」と違和感を感じでもう1度離れようと試みるが失敗。

彼女の腕はしっかりと俺を抱きしめて離さなかった。


「ちょっ……、マヤさん!? もう大丈夫だから! 本当に! 」


「………。」


少し焦りながら離れようと抵抗する俺に、彼女の腕はより一層力を入れた。彼女の華奢な身体からは想像つかない位の力で抱きしめられる。


(ちょっ、これ以上は本当にヤバイ!! )


別段、苦しい訳では無いのだが…その色々とやばい。

こんなにもギュッと抱きしめられていても苦しくないのは、まだ彼女が力の加減を考えている事と、密着している身体が柔らかいからだ。

この状況で相手の身体の事を想像するもアレだが、どうしても考えてしまうのは男のさがってものだろう。何とか、反応しないように頭の中で違うことを考えるが、本能には抗えない。


もうこれ以上は、本当に耐えきれない。そう思った時、ニコが俺からマヤの身体を引き離した。


「これ以上は、見てるこっちが恥ずかしくなるわ。」


「ちょっと! ニコ、邪魔しないでよ! 慰めてただけなのに!」


ブーたれながら、襟元を掴まれてマヤが連れていかれる。

俺は内心、ホッとしながらその場に立ちすくんだ。


(どうせなら、もっと早く助けてくれれば良かったのに……。)


そう思って、恨みがましくニコの方を見ると彼女は悪戯っぽくニヤリと笑って俺を見返した。口の形で「楽しめた?」と言ったのが伝わる。


(楽しめたって……。)


心底、疲れました…。

確かに、今迄感じたことのない感触だったけど、困惑と緊張の方が強かったし、それに何よりあと少しでも遅かったら、本当にヤバかったかもしれない。


どこがとは言えないが……。


精神的に疲労がどっと来て、立っているのも辛かったので、空いている席へと座る。すると、横にいたカイルからキラキラした視線を送られた。


「アルバート! 間接ハグだ!!」


「うぐっ!? 」


そして、そのままカイルが俺へとタックル級のハグを交わし、勢いで押し倒された。「羨ましいぞー!このやろー!」と叫びながら思いっきり抱きしめられる。

思ったより力は強くて、グッと息が詰まった。


「ちょっと、カイル!! やめて! アルが苦しんでるじゃん!」


「そんなことないっすよ! 優しく抱きしめてます! それに微かに感じますよ!まだ残ってる ボスの温もりがっ!!」


「ヒッ!! 」


見かねたマヤが注意してくれたが、カイルの思わぬ返答に完全に顔を引き攣らせて引いていた。そのやりとりを横で見ていたニコが腰からナイフを取り出す。


「あら、死亡志願者? 止めないわよ、カイル。なんなら、手伝ってあげる。 」


「すみませんでしたー!!! 」


カイルが俺から離れて、勢いよく土下座する。

再びニコが放つ殺気に怯えながら、俺はレスターの方へと移動した。

側に座るなり、彼が俺に水の入ったコップを手渡す。


「大丈夫ですか、アルくん? 無理してません? 」


「……圧倒されてます。」


心配そうに尋ねるレスターに、俺は苦笑しながらそれだけ返した。彼も困ったように笑う。


「普段はこんなんじゃないんですよ、と言いたいんですがね……。」


「違うんですか?」


「いえ、残念ながら。 いつも通りの風景です。」


(やっぱり……。)


ガックリと肩を落とす俺に、レスターがフォローを入れるように「すぐに慣れますよ。」と話した。顔を上げて、再びカイルたちの方を見る。すると、未だ殺伐とした雰囲気でカイルがニコに責められ続けていた。


(アレに慣れるって、どんな感覚なんだろう……。)


自然とため息が漏れる。アレに巻き込まれるのはゴメンだなと心底思った。レスターも小さく「同情しますよ。」と呟くと、手元で閉じていた本を開いて再び読み始めた。


そんな彼等のイザコザは、店がラストオーダーになるまで続いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


マヤが会計を済ませると、店を後にして皆で深夜の町へと出る。

ギルは完全に酔い潰れていて、カイルとレスターが2人がかりで背負いながら移動していた。


「くっそ重ぇ…。おい! レスターちゃんと持て! 手ぇ抜くんじゃねぇよ。」


「心外ですね…。君の方こそ非力過ぎじゃないですか?」


また、言い争いを始める2人。閑散とした深夜の町に2人の声が響き渡った。しばらく続いた後、2人の間を行き交う罵りあいに我慢出来なくなったのか、とうとうマヤが怒りだした。


「もー! 宿屋までなんだから喧嘩しないで!これ以上アルに私の部隊が酷いとこだって思わせたくないんだから! 」


「「すみません。」」


(いや、もう充分理解してます…。)

内心でそう思いつつも、言葉には出さない。

言ったらマヤを傷つけるだろうし、マヤを傷つけたら、多分ニコが黙ってない。

あんな、殺気を自分に向けられるのはゴメンだ。


「ねぇ、アル! 上見て、上! 綺麗だよー!」


気を取り直した様にマヤが言う。言われた通りに上を見上げると、夜空には満天の星達が広がっていた。


「町が暗いから、空がより一層明るく見えるね!」


そう言って彼女が飛びついてくる。そのまま自然に俺の腕へと手を回すと嬉しそうに笑った。

半ば動揺しながらも、虚をつかれたせいで拒否できなかった。

彼女が見せた無邪気な笑顔にドキッとさせられて、顔がまた赤くなっていく。


(良かった、暗くて。 顔の色まで見えないもんな。)


片手で顔を隠すと、1度深呼吸して鼓動を落ち着かせる。こんなやり取り、やっぱり慣れそうにない。さっきの酒場での事といい、彼女にはドキドキさせられっぱなしだ。


「どうしたの? 大丈夫、アル? 」


何も知らない彼女が心配そうに俺に訊く。俺は「大丈夫。」と呟くとそっと彼女の腕から身体を離した。


「あ、流れ星!! 見て、皆! ほら、もう1個! 」


マヤが指を刺すその先に、一筋の光が満天の星空を駆け抜けていく。

その一瞬とも思えるひと時を俺らは今、皆で共有していた。


はしゃぐマヤに、目を閉じて静かに微笑むニコ。

レスターとカイルの2人は、ギルを背負ってるせいで見上げるのが精一杯だった。

酔い潰れているギルはきっと夢の中で見ているはずだ。


俺も願う。離れていった家族の無事を。

願わくば、昔のように戻れる事を。

そして、今ここにいる全員がこれからも笑って過ごせる事を。


「何をお願いしたの? 」


そう言って笑顔で尋ねてくるマヤに俺も微笑みながら、「内緒!」と告げた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


マヤたちが泊まっている宿屋はこの町で1番大きな宿屋だった。三階建ての横幅の広い建物の裏には少し開けた空間と小さな森が広がっていた。聞けば、その森もこの宿屋の主人の土地らしい。


建物の中も、格式漂うインテリアや調度品で溢れていた。特に、宿屋に入ってすぐに現れる大理石で出来た女神の彫刻にはあっけに取られた。


(ここ、本当に宿屋かよ……。)


田舎の町には不相応なものばかりが揃っている。どうやら、貿易の際に訪れた金持ちの夫婦がこの町をいたく気に入って作った自宅兼、宿屋ということらしかった。


「はい。 これ、あるの部屋の鍵。」


「あ、ありがとう。」


そう言われて、マヤから手渡された鍵も細かく彫刻された高級品のようだった。『204』と部屋番号が書かれた板はよく見れば銀で作られている。


(完全に場違いだなぁ……。)


改めて、自分の格好を見直せば自分はここにいるべき人間ではないような気がした。それに、さっきチラリと覗いたのだが部屋の値段も相当高かった。ここを一泊する値段で、俺とマーリンは3ヶ月は暮せる。

こんなの部屋を6人分。信じられない。

マヤたちは相当のお金持ちらしい。



そういえば、マーリンを助けた後の報酬の話をしていない。確か、酒屋でマヤから「これからの事は明日、色々話すね。」と告げられていた

てことは、報酬の話も明日するのだろうか?


……まずいな。

俺は、彼女達に払えるようなものなんて持ってない。

確かに、金貨はあるにはあるが、それも元々は彼女達のものだ。報酬には適してない。


(まさか、払えないなら助けられないなんてことは……。)


ありえるのか?少しだけ不安に思えてきた。

ここまで来て、『できない』なんて言われたら……。


不安でいっぱいになっていく脳内に、ふとマヤの顔が思い浮かんだ。


「任せて。」


初めてギルドであった時、彼女は笑ってそう言った。それからも決して、『無理、できない』なんて事は一言も言わなかった。


(なら、きっと……。)


彼女は助けてくれる。そう思う。そう信じたい。彼女が俺に見せてくれる笑顔や好意は偽物なんかじゃないと思う。

それでも、もし払いきれないような報酬を求められたら、土下座でも何でもしよう。一生をかけて払い続けよう。


それで、マーリンが助かるのなら安いものだ。




階段を昇って、二階の用意された部屋へと入る。

中はやっぱり、俺には似合わないような調度品ばかりで客室にしては寛げなかった。

腰のホルスターを外して机へと置く。壁には装飾が施された時計とよく分からない高そうな絵がかけられていた。


奥に置かれたベッドへと腰掛けると、俺の身体を包み込むようにして沈み込んだ。


(あぁ、これは悪くないかも……。)


そのまま横になる。バフっと音を立てて倒れ込んだ俺の身体をベッドは1度少しだけ反発して、でも、またすぐに包み込んだ。


仰向けになって天井を見る。

そこには、蝋燭の代わりに周りを照らす鉱石具が備え付けられていた。刺激を与えることで光続ける『ライト石』と呼ばれる鉱石。

話では聞いていたが見るのは初めてだった。


(こんなにも、明るいのか。)


本当にこの世界はまだ知らないことで溢れてる。もし、マヤたちと旅をしたらもっと色々な事を体験したり、知ることができるのだろうか……。


(……無いな。 きっと無理だな。)


横へと寝返りを打つ。俺が首から掛けている鉄色のタグが目に入った。

今の俺じゃ彼女達の足手纏いにしかならない。

それは、あの森で帝国兵と戦った時も実感した。俺じゃ彼女達の手助けはできない。

この1件が終わったら、マーリンと帰ってもう1度森で暮らすんだ。


俺は、それでいいんだ。



そう心から思っているはずなのに、このモヤモヤした気持ちは何なんだろうか。

まだ、ほんの数時間しか彼女達と過ごしていないのに別れたくないと思う自分が心のどっかに存在していた。


(あぁ、そうか。 分かった。)


理由は単純だった。俺がもう彼女達を仲間だと思っているからなんだ。皆でふざけ合う姿もそれを見ている自分も、どこか居心地のよさを感じていた。


(そういえば、今迄、マーリン以外にこんなにも仲良くなった人はいなかったかも…。)


酒場での出来事を思い出して笑う。

不謹慎かもしれないが、確かに楽しんでる自分がそこにはいた。


(マーリンを助けたら、この事を彼女に話そう。)


そう、それがいい。まずは、マーリンを助ける所からだ。話はその後だ。その為に今は少し眠ろう。

目を閉じて、深呼吸する。

だいぶ疲れていたのか、俺の意識はそこであっさりと潰えた。

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