第25話 強者の調べ

「次は私ね。」とマヤの横にいた茶髪の女性が一歩前に出た。マヤに『ニコ』と呼ばれてた女性だ。

彼女もまた、マヤとは別のタイプの美人で、その容姿や格好からは大人の魅力が満ち溢れていた。


「私は、ニコラ・コール。皆からはニコって呼ばれてるわ。普段はマヤの護衛、その他にも必要があれば戦闘にも参加してる。 タグの色は金色ゴールド。よろしくね、坊や。」


そう言って、彼女が手を差し出す。

俺はさっきの彼女が放った『殺気』を思い出して少したじろいだが、恐る恐るその手を握った。


冷たくて、柔らかい手が俺の手を包む。

細くて長い指はとても綺麗だった。

女性の手。そんな感じがする。まぁ、女性だから当たり前なのだが。


ふと目の前の彼女と目が合い、その宝石の様な紅い瞳に俺が映った。

一瞬、本当に一瞬だけ、その瞳に哀れみの色が浮かんだ様な気がした。


(……なんだろう?)


どうして彼女がそんな顔をしたのかは分からない。

でも、何故かそのほんの些細な事が俺の中で気になった。


なんて言うか…上手くは言えないのだが、今日が初対面なはずのに、彼女は以前から俺のことを知っていて、それは、俺の存在じゃなくて、もっと俺の深い所を知っている。

そんな気がした。


フッと笑って、彼女が視線を逸らす。

そして、何も言わずそのままマヤのもとへと戻っていた。


「はい、じゃあ次は俺っすね!」


金髪の男が声を上げる。

そして、俺の方へと歩み寄るとまた肩に腕を回してきた。


「さっきは、ごめんな。 つい、興奮しちまった。俺はカイル・ウィスラーって言うんだ。カイルって呼んでくれ。タグの色は銀色シルバー。この部隊にいる間は、俺のことを兄貴だと思ってくれていいぞ!」


そう言って、人懐っこい笑顔を見せる。

やや距離が近すぎる気もするけど、悪い人じゃないらしい。

肩を組んでくる動作も、その人懐っこい笑顔もきっと俺を仲間だと認めてくれたからだろう。

好感が持てる。


「カイルは、女好きの武器オタクだから、絡む際はそこら辺も注意してね。」


とニヤニヤしながら、マヤが告げた。

慌ててカイルが反論する。


「そりゃあ、ないっすよ! ボス! いや、事実ですけど…。」


「そうそう。 いつも、困らせられてるんだから……。」


「姉御まで!? もう! どんどん俺の威厳がなくなっていくじゃないですか!」


「君にはそんなもの最初から無いだろう?」


「うるせぇ! レスター!テメェは黙ってろ!」


カイルを中心に言い争いが激しくなっていく。だが、皆本気ではなくて馴れ合っているように思えた。

ギャアギャアと皆の野次に吠えるレスターの姿はなんとなく犬っぽい。


その姿が面白くて、いつの間にか俺は笑ってしまっていた。


「あぁ、もう、すみませんね。 お見苦しい所を…。」


浅黒い肌の男が言い争いの中から出てきて告げる。髪は短いが、強いパーマ当てたようにクルンとカールしていた。手には1冊の本。 『世界の料理全集』と書かれたその本を机に置くと、改めて俺へと向きを変えた。


「僕は、レスター・ジャクソンです。レスターと呼んで下さい。 主に部隊では後方支援をしてますが、戦闘もできます。 他にも野宿の際の料理とかも僕がしています。 タグの色は銀色シルバーです。アルくん、これからよろしくお願いしますね。」


紳士的かつ丁寧な口調でレスターが告げる。

頭を下げる彼に俺も慌てて頭を下げ返した。


『The 常識人』。


そんな印象。

明らかに年下でもある俺に対してもその丁寧な姿勢は崩さない。

横から、マヤが「レスターなしだと私達はやっていけないんだよ。」と冗談混じりに言った。 照れたようにレスターがはにかむ。


「ムッツリスケベだけどな! レスターは!」


そのレスターの姿にムッとしたカイルが野次を飛ばすと、また言い争いが始まった。ギャアギャアと場が再び騒がしくなる。


「さて、あとひとりなんだけど……。」


それを無視してマヤが机の奥の方へと視線を向ける。

そこには机に突っ伏してイビキをかいて寝ているスキンヘッドの男がいた。


「ちょっと、ギル! 起きてっ! アルに自己紹介してっ!」


マヤが左右に彼を揺らすが、反応はない。

完全に熟睡している様だった。

ハァッと呆れたようにため息をつく。


「しょうがない…。奥の手使うかぁ。」


そう言って、ジャケットのポケットをゴソゴソといじって中から夜色の石を取り出した。

そして、小声でブツブツと何かを唱えるとスキンヘッドの男の近くにその石を置いた。


瞬間、イビキをかいて寝ていた男が、みるみると顔をしかめてうなされ始める。やがて、呼吸まで荒くなったかと思うとバッと思いっきり飛び起きた。


「俺のケチャップがぁっーーー!!」


「……いったい、どんな夢見てたのよ。」


スキンヘッドの男の叫びに、呆れ顔でマヤが突っ込む。

起きたばかりで、状況をいまいち理解出来ていないスキンヘッドの男は周りをキョロキョロと見渡すと安心したように息をついた。


「良かった……夢か。 」


「夢か。じゃないわよ、ギル。 彼、アルバート・ヴォルフ君。私達の新しい仲間。貴方の事も自己紹介して。」


「あ? あぁ、そう。 えーっと、ギルヴァレン・レッドフィールドだ。ギルって呼ばれてる。よろしく。」


まだボッーとしたようにギルが告げる。

頭痛がするのか、強面の顔が余計に険しくなっていた。


「もう、ギル。それじゃ素っ気なすぎ! 新しく仲間になるんだから、ちゃんとして。」


「ちゃんとしてって言われても…何を話していいか分からねぇよ。」


そう言って、手元に置かれていた水の入ったグラスを一気に呷る。「もうっ!」と憤慨したようにマヤが言って、代わりに彼のことを話し始めた。


「ギルには、戦闘面のオーダーを任してるの。その状況にあった判断はすべて彼の指示。彼自身、戦闘のスペシャリストで第三次東西戦争の時は、『東の英雄』って呼ばれてたのよ。」



(へぇ…この人が。)


ギルの方へと目を向ける。

彼は余計、頭痛が酷くなってきたのか頭を抱えて唸っていた。


こう言っちゃ悪いのだが、とても強い人には思えなかった。どう見ても二日酔いに苦しむ中年のおっさんにしか見えない…。

さっきのニコの方がよっぽど強そうだ。



「昔の話だ。 今じゃ唯の傭兵にしか過ぎねぇよ。」


マヤの話を聞いて、皮肉げにギルが呟く。続けて「まぁ、今の方が幾分かマシだけどな。」と小さく独りごちた。

そして、暑くなってきたのか唐突にシャツのボタンを外し始める。その首元から服に隠れていたタグが現れた。


ーーーチャリンッとタグがギルの指に触れて音を立てる。


(……えっ!?)


俺は驚愕で目を見開いた。

そのまま、チラリとマヤの方を見る。俺の見開く瞳の意味を察したのか彼女が少し笑って頷いた。


紅色クリムゾン。』


ギルの首元から下げられたタグは、店の照明を浴びて緋色に輝いていた。

タグ階級の上から2番目。マーリンやマヤ、そして、ニコ以上の実力の持ち主。


……信じられない。

まさかこの酔っ払ったオッサンがそこまでの実力の持ち主とは……。


まだ、驚きで見開いたままの俺の瞳に彼の視線がぶつかった。

ゴクリッと唾を飲み込んで緊張する俺の姿に、ギルはその強面の顔を崩してニカッ笑った。


「そういうわけだ。 まぁ、よろしくな? 」


そう言って手を差し出す。


「…あ、えっと…よろしくお願いします…。」


言葉に詰まりながら、手を握り返すと先ほどの彼女達とは違うガッシリとした感触が手に伝わってきた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


頼んでいたドリンクが運ばれてきて、互いに打ち解けるための雑談が交わされる中、マヤがドンッと机に手を置いて立ち上がった。


「じゃあ、早速今回の件について話をしようか。 アル、さっきギルドでしていた話、もう1度してくれる? 」


「あぁ、うん。えっと……、」


俺はもう1度今日あった出来事をなるべく簡単に皆に話した。アリスの事は一応、指名手配されている事あって、通りすがりの協力者という事だけを伝え、素性は隠した。


マーリンが暴行を受けていたこと、それに耐えきれずに俺が飛び出したこと、帝国兵とやり合った事、そして、マーリンが連行されていったこと全ての事実を皆に告げた。


話しているうちに、抑え込んでいた感情が溢れ出てくる。


「……俺、何も出来なかった。家族なのに、何も……。」


握る拳に力が入る。

目を閉じれば、今も連れていかれるマーリンの後ろ姿が浮かび上がってきた。


無力感、悔しさ、何も出来なかった自分への怒りがごちゃまぜになって湧き上がってくる。


他力本願で、図々しいのは百も承知だ。

それでも、唯一の俺の家族を諦めて忘れる方がもっと嫌だった。


皆へと頭を下げて頼み込む。


「マーリンを助けたいんだ! 実力不足かもしれない。足手纏いになるかもしれない。でも、俺が助けたいんだ! お願いします、俺に力を貸してください。」


目を閉じ、頭を下げ続ける。


今、皆はいったいどんな顔をしてるのだろう?

マヤは、協力させてと言ったが皆はどうか分からない。相手はあの帝国兵だ。逆らえば、犯罪者。やっぱり無理だと断わられるかもしれない。


そう思うと怖くて頭を上げられなかった。



不意にポンッと優しくと頭を撫でられる。

顔を上げるとそこには優しく微笑むマヤの姿があった。そして、そのままギュッと彼女に抱き寄せられる。


「えっ!? ……ちょっ、マヤ? 」


動揺して赤くなる俺の耳元で、彼女が囁くように呟いた。


「よく頑張ったね、アイツら相手に。偉いよアルは。」


ハッとなった。包み込む様な温かい声音が確かな温度をもって俺の心へと染み込んでいく。まだどこかで強ばっていた感情は溶けるようにして解(ほぐ)されていった。



「俺、何も出来なかった…。」


「うん。」


「マーリンが連れていかれてるのに……追いかけられなかった。」


「うん。」


「俺……、俺は…。」


「大丈夫。 大丈夫だよ、アル。辛かったね。頑張ったね。」


気づいたらポロポロと涙が溢れ出していた。

塞き止めていた感情が決壊したように溢れ出す。嗚咽を洩らしながら泣く俺を、マヤはただ黙って抱きしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る