第24話 『便利屋(ハンディー・マン)』
第2章13
夜の店内は昼間と少しだけ雰囲気が変わっていた。 薄暗い店内を照らす優しい色の照明。微かに漂うアルコールの香りと煙草の匂い。
アンティーク調の家具は、昼間とは纏う雰囲気を変え、少し埃っぽく怪しげに、大人びた空間を演出していた。
「……いらっしゃい。」
聞き取れるか取れないか位の小声で、カウンターの奥から店主であるカルロさんが告げた。
店内には、マリーの姿は無く、どうやら夜は彼ひとりで切り盛りしているようだった。
「マスター、私と彼女にはぶどう酒を。そして、彼には何か甘めのジュースをお願い。」
「……かしこまりました。」
黒髪の女性がそう告げて、茶髪の女性と一緒に店の奥へと進んでいく。そして、入り口からは死角に入った1番奥のテーブルの前で止まると、その席に座る3人の男達に声をかけた。
「ただいまー。任務、無事終了っ!」
そして、そのまま空いた席へと座る。3人の男達がそれぞれ口々に「おかえり(なさい)」と告げた。
「意外と遅かったですね、ボス! 俺もう、このエールで5杯目ですよっ!」
少しだけ頬を赤く染めた金髪の男が言う。
手に持ったジョッキには、黄金色の液体と白い泡が並々と注がれていた。
ソレを一気に
プハーッと美味しそうに口に泡をつけて笑う。
そんな金髪の男の姿に隣の男がため息をついた。
「…ハァッ。全く、いくら非番とはいえ限度というものがあるでしょう。そのうち中毒で倒れますよ?」
浅黒い肌をした男が皮肉げに呟くと、読んでいた本を閉じて、ライムが添えられたグラスを1口嗜む。
その男の言葉が癪に触ったのか、金髪の男が横を向いて喰いかかった。
「あっ? 何か、文句あんのかよ! レスター! 」
「いえ、別に。 貴方のことなので。 ただ、酔って僕達に迷惑をかけるのだけは勘弁ですね。」
「っ! なんだとぉ!!」
2人の視線上で熱い火花が散る。
険悪なムードが場に流れたその時、奥にいたスキンヘッドの男がドンッと大きな音を立ててグラスを机に置いた。
音にびっくりして2人の喧嘩が止まる。
恐る恐る2人が音を立てた本人を見ると、下を向いて、何か「うううううううっ……」と唸っていた。
「お、おい、おやっさん。 だいじょ…」
「 ……上手い!! これ本当に芋で出来ているのか!? 信じられん!! マスターお変わり頼む!」
金髪の男の声を遮って、スキンヘッドの男がそう声を上げた。その顔は、大量に摂取したアルコールのおかげで真っ赤になっていた。
「……おい、俺よりも中毒になりそうな奴がいるぞ。」
金髪の男が呟く。
「……ですね。これ以上はやめてもらいましょうか。」
浅黒い肌の男も頷いて、カルロさんの方へと指でバツを作った。カルロさんが頷く。
当の本人は酔って大分機嫌が良いのか、鼻歌混じりに指で机を叩いてリズムをとっていた。
「お、良いね〜!」と同調して、金髪の男が歌い出す。
それらを無視して、本を読み出す浅黒い肌の男。
俺の横で、黒髪の女性がこめかみを抑えて、「私、これからこの人達を『仲間』って紹介しないといけないの…。」と呟いたのが聞こえた。
心中は察する。この
今になって俺も、選ぶ人達を間違えたかもしれないと思うようになってきた。
「……ハァッ。 二コ、お願い。」
ため息をついて、黒髪の女性が呟く。
「了解。」と茶髪の女性が小さく呟くと徐に腰から何かを引き抜いた。
薄暗い照明の中でも分かる白銀に光る軌跡。
引き抜いた右手には普通のナイフより少し長いそれが握られていた。
瞬間、茶髪の彼女が纏う雰囲気を変える。
暗い、冷たい空気が彼女から発せられ、一気に周りへと拡散していった。
今まで感じたことない位の殺気が場を支配していく。
冷や汗が俺の背中をつたった。
自分に向けられていないと分かっていても動けない。動いてはいけない。死にたくないのなら。そう本能が俺に警笛を鳴らしていた。
茶髪の女性がゆっくりと机に近づいていく。
その顔には笑みを浮かべ、でも確かな殺意が目には込められていた。
机の前で止まり、手に持ったナイフを掲げる。
「……悪い子は、誰?」
そう彼女が呟いた瞬間、場が動いた。
机にいた3人が瞬時に臨戦態勢へと変わる。
一気に酔いは冷めたようで、いつの間にかそれぞれ、手にはハンドガンやナイフを装備していた。
「これでいい? マヤ?」
ふぅ…と息をつき、茶髪の女性が振り返って尋ねる。握っていたナイフは腰へと仕舞い、纏っていた殺意をスッと治めた。
「うん。 上出来っ! でも、ちょっとやりすぎかな? 」
「そう? これでも加減したのよ? 」
茶髪の女性が視線を俺へと移動して目を細める。
ブルリッと身体が震えた。
(今の殺気で加減!? …どう見ても本気にしか見えなかった…。)
あの人を怒らすのだけはやめておこう。
心の底からそう思った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ややあって、場がようやくまとまった頃、黒髪の女性が声を上げる。
「はい! じゃあ、皆まともに戻ったところで、紹介しまーす! 彼が新しい依頼人、そして、新しい仲間のアルバート・ヴォルフ君です! 」
わぁっと小さな歓声と疎らな拍手が響く。
さっきまでの緊張感がただよっていた空気が嘘のように和やかになっていた。
「よ、よろしくお願いします…。」
若干、緊張しながらも、彼らの前に立って頭を下げる。俺にはこの人達の協力が必要だ。礼儀は尽くさないと。
そう思って比較的長めに頭を下げていたら、いきなりその肩に腕を回された。
驚いて顔を上げると、そこには金髪の男が目をキラキラさせて俺を見つめていた。
「なぁ! ヴォルフって、あのヴォルフか?」
「……? 」
金髪の男が尋ねる。が、意味が分からない。
どのヴォルフなのだろうか? ただの苗字だと思うのだが……。
頭の上に疑問符を浮かべた俺に、更に金髪の男が問いかけた。
「いや、だからあの、『狼印』の! ガンスミスのヴォルフか? 」
「……? 確かに、マーリンは銃を作ってたみたいだけど……。」
俺の答えを聞いて、金髪の男が「うおおおお!」と叫んだ。興奮したように頬を紅潮させている。何のことだか、理由の分からない俺はただ混乱していた。
「いやお前、ヴォルフの銃って言ったらそこら辺で見ることが出来ない位価値の高い一級品だぞ!? その構造、性能、見た目、威力、どれをとってもトップレベルに入るものばっかりで、特に、東側では『兎印』のバルト、『狼印』のヴォルフは最高級品として扱われてんだぞ! 」
知らなかったのか!?と信じられないような顔で金髪の男が捲し立てる。俺は動揺しながら小さく首を縦に動かした。
(知らなかった……マーリンがそんなに凄いガンスミスだったなんて…。)
ショックだった。やっぱり俺はマーリンの事を何も知らなかった。あんなに近くにいたのに……。
俯き、顔を背ける。
そんな俺の落ち込む姿を見て、黒髪の彼女が、尚も興奮しながら俺へと話しかけようとする金髪の男を止めた。
「はい、そこまで。 ヴォルフの名についてはアルには関係ないよ。それ以上は聞かないであげて。」
「ええ…でもっ! 」
「『でも』も、『だって』もないよ。私達の仲間は彼であって『ヴォルフ』じゃない。そこの所、勘違いしないで、カイル。」
口調は優しいが、彼女の目は険しかった。ハッとなって金髪の男が謝る。
彼女は1度フッと笑うと、諭すように話した。
「まぁ、気持ちは分かるけどねぇ。 今回の目標(ターゲット)は、そのマーリンさんだから、助けた後に、本人に直接聞くと良いんじゃない?」
しょげていた金髪の男が、嬉しそうに顔を上げた。「ウッス!」と気合を入れるように呟いて笑った。
「さて、それじゃあ私達の方の自己紹介をしようか! 」
黒髪の彼女そう言って、俺の前へと立った。
紫水色の瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。
「改めまして、マヤ・アシュリーです。 この『
彼女が手を差し出した。俺も手を出して握手をする。「これからよろしく。」と彼女がそう言って微笑んだ。
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