第23話 道の途中で


彼女の仲間は他にもいるらしく、どうやら別の場所で待機しているらしい。


「ごめん。ちょっと場所を変えよっか。」


彼女がそう言ってギルドを後にする。

それに続いて、俺と茶髪の女性もギルドの外に出た。


去り際に、セラフィさんからは「ご武運を。」と励まされ、エマはまだ落ち込んでいたのか、俯きがちに手を振った。


「それじゃあ、皆ところに戻ろうか! ニコ、護衛お願い。」


ニコと呼ばれた茶髪の女性が、軽く微笑んで肩を竦めた。

他の仲間達がいる場所へと歩き始める。


「アルバートさん!! 待って! 」


彼女達が先に進む中、ふと後ろから大きな声で呼び止められた。

見ると、制服のままギルドから飛び出してきたエマが追ってきている。

息を切らして走ってきた彼女は、手に持っていたモノを俺に押し付けると、捲し立てるように早口で言った。


「ごめんなさい、力になれなくて。頼って下さいって言ったのに。何も出来なくて。私……貴方の担当なのに……力不足で……。」


俯き、顔を挙げずに、詰まった声で話す彼女に俺は何も言うことが出来なかった。


「これ、お守りです。私のお下がりになっちゃうんですけど…。きっとアルバートさんを助けてくれる筈です。」


そう言って手渡されたのは、彼女の瞳に良く似た色の鉱石でできたペンダントだった。


「そんな…受け取れないよ! これ、エマの大切な物でしょ!? 」


「良いんです! きっと今はアルバートさんの方に必要なんです。…… お願いします、私にも少しくらい力にならしてください。」


エマの肩が震える。

少しでも力になりたい。俯く彼女から彼女なりの一生懸命な思いが心に響いた。


ペンダントを受け取る。


「……ありがとう、エマ。いつか絶対に返すね。」


「はい!! それまで待ってます。 頑張って下さい!」


彼女が顔を挙げて破顔した。

良かった。いつも通りの快活なエマだ。


その目が少し赤かったのは、彼女と俺の秘密になった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ねぇ、ニコ! アル、あの子と何話してるのかな!?」


「さぁ? 直接訊いてみた方がいいんじゃない?」


ギルドの女の子に呼び止められたアルを建物の影から見守る。

ギルドの制服を着たその子は、アルへと近づくと何かをアルに押し当てて2、3言告げた。


(……えっ!?)


驚き、目を見張る。


(ま、まさか…ラブレター!? そんなっ!! )


夜で周りが暗いこともあって良く見えないが、女の子は俯いてアルの返事を待っている様にも見えた。


(…油断した! 油断した!油断したっ!!!! )


再開の喜びのせいですっかり舞い上がってた。

一応、アルと会う前に、アルの身辺に親密な女性がいないか調べたが、そんな人は保護者であるマーリンさん以外いなかった。


でも、誰かがアルに一目惚れして、すぐ告白する可能性だって無いわけじゃない。


……あぁ、もう。 私の馬鹿 !!

少し考えれば、出てくる選択肢のひとつなのに。詰めが甘すぎる。


あぁぁぁっ!!と頭を抱えて座り込む私に、ニコが「地面は汚いわよ。」と呟いた。


「だって、アルが! 女の子に!! 」


「見てたら分かるわよ。 いいわねぇ〜、青春って感じ。」


ニコが微笑ましそうに笑う。


(そんな青春、あってたまるかっ!!)


ぐぎぎっと握る拳に力が入った。

私だってまだ、ちゃんとアルと話してないのに…。


嫉妬で気が狂いそうだ。



ふと、2人の方を見ると丁度、女の子とアルが楽しそうに微笑み合っていた。

プツンッと私の中で何かが切れる音がした。


「私は…、私は…6年前から…いや、そのずっと前から好きなのに……。」


それなのに…ポッとでのあの子にアルを奪われるなんて……。


そんなの絶対に嫌だっ!!



各なる上は……あの子を…アルを奪おうとするあの女の子を消すしか無い!!


ジャケットのポケットから、小さな青い石を取り出してそれを右手の手のひらに乗せると、私は小声で詠唱を始めた。



『……凍てつく冷雨よ、冷酷に、ただ残酷に時を止め……、』



不意に、手のひらから石を奪い取られた。

詠唱中だった魔術がキャンセルされる。


「ちょっと、二コ! 返して!これじゃ、魔術使えない! 」


「……マヤ、いくら貴方の頼みでも一般人に危害を加えるような魔術は了承出来ないわ。」


少し呆れた顔のニコが言う。

私から奪い取った青い鉱石を自身のカバンの中に入れて、「没収ね。」と告げた。


「ニコ、これは聖戦なの! 女同士のアルをかけた戦い。 邪魔しないで!」


私は本気だ。

アルが誰かに奪い取られる位ならソイツを殺して、力づくでもアルを奪う。

誰にだって邪魔させはしない。



ハァッ…とニコがため息をつく。

そして、心底呆れた表情をしながらも私を諭した。


「あの坊やの事になると、何も見えなくなる癖は治した方が良いわよ、マヤ。 それに…、」


ニコが視線をアルがいた方へと向けた。

つられて私も振り向く。


すると、そこにはこちらへと走って向かってくるアルの姿があった。


「何をしたって、彼が戻ってくるのは、いつもマヤの所。 そうでしょう?」


あぁ、そうだ。その通りだ。

私こそがアルの帰る場所なんだ。他の誰でもない私こそが。


自然と顔がほころんでしまう。

やっぱりどうしても心が舞い上がる。

でも、それでもいい。アルが傍にいればそれで良いんだ。


「単純ね。」とニコが小さく呟くが、私はそれを聞こえないフリをした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


エマとの会話を終えると、俺は建物の影にいた2人のもとへと駆け寄った。


「ごめん! 待たせちゃって!」


「ううん。 全然、待ってないよ。大丈夫!」


黒髪の彼女が笑顔で応える。どことなく機嫌が良さそうに見えるのは気のせいだろうか?

まぁ、怒ってないのならそれでいいか…。


「じゃあ、行こっか。 」


そう言って、2人が歩き出す。俺もそれに続いて暗い夜道の中を進んでいった。


集合場所へと進む中、場が気まずくならないように黒髪の女性が色々と話をしてくれた。


「さっきの女の子は誰? 」、「どういう関係?」 、「何話してたの?」


こんな風に会話の内容はなぜか、ほぼエマの事だったが、無言で歩くよりはマシだった。


やがて路地裏を抜けると、知っている道に出た。

いつもは明るい時間帯にしか通らないが、間違いない。

道に疎らに生えている木がその証拠だった。

閑散としていた住宅街は、やはり夜も静寂に包まれていて、ただ生活をしていることを示す灯りだけが町を照らしていた。


更に先へと進んで、住宅街に囲まれた1件の店の前へと立つ。


横切る猫の姿に、足跡を象った看板。

昼間とはまた違う雰囲気を醸し出したお店、『猫の足音』こそが彼女達が選んだ集合場所だった。


「とぉーちゃーっく!」


黒髪の彼女がそう言って、店の中へと入っていった。茶髪の女性もそれに続く。


(夜もやってるのか…。)


そう思いながらも、俺も店の中へと入った。

来客を告げるウェルカムベルがチリンチリンと3回遠慮がちに鳴り響いた。

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