第22話 マヤ・アシュリー
「あの…そろそろ、手を…。」
今もまだ握られ続けている手に、だんだんと俺は照れ始めてきた。
さっきからこの状態がずっと続いている。
握っている彼女はというと、その美しい相貌に満面の笑みを浮かべて幸せそうに何かに浸っていた。
「マヤ。 彼、困っちゃってるわよ。」
彼女の知り合いだろうか?
茶髪のショートヘアの女性が近づいて来て呟く。その声にハッとなって、彼女は急いで手を引っ込めた。
「ご、ご、ごめん! ずっと握ちゃって。」
彼女がその白い肌を赤く染めながら、慌てた様子で言う。なおも焦った様子で、茶髪の女性に助けを求めていた。
ついさっきまでの、堂々と握手を求めてきた彼女とは印象が大分違う。
気恥ずかしそうにモジモジしながら、茶髪の女性の後ろへと隠れている。
「ほら、マヤ。 逃げてどうするの。」
「ちょっ、分かってる。分かってるてば、ニコ。押さないで! 」
茶髪の女性が、隠れていた彼女を前へと押し出す。抵抗もむなしく前へと押し出された彼女は、1度コホンッと空咳をして再び俺の前へと立った。
「あー、えっーと、アル! こんばんは。私は、マヤ・アシュリーって言います。 ごめんね、上手く話せそうにないから単刀直入に言うね。貴方のその悩み、私達に協力させて! 」
「……えっ!?」
いきなりの申し出に混乱する。
内容が上手く伝わっていないと思ったのか、彼女が、「マーリンさんの救出の事。」と付け加えて呟いた。
えっ…?どういう事だ?
ますます混乱してきた。
なんで見ず知らずの彼女が、俺の名前を知っているのか。どうしてマーリンが連れ去られたことを知っているのか。
色んな疑問が頭の中に浮かんでは、ゴチャゴチャに積み重なっていく。
「……アル? 大丈夫?」
混乱する俺の顔を覗き込むようにして彼女が尋ねた。
その美しい相貌から放たれる上目遣いの視線に、心臓が変な風に跳ねる。
「だ、だ、だだ、大丈夫! 平気だから。全然。」
「でも、顔赤いよ? 熱あるんじゃ…。」
「無い! 無いよ!! 熱ないから。本当に平気だから。」
必死に手を振って誤魔化した。
彼女のひとつひとつの仕草が、まるで天使を見ているかの如く美しかった。心臓がドキドキさせられる。
でも、どうして彼女みたいな人が俺の事を?
そこがどうしても腑に落ちない。
あぁ…もう。考えてても仕方が無い。
俺は思い切って彼女に訊くことにした。
「なんで俺の名前を知ってんの? どうして協力してくれるんだ? 」
その言葉に、彼女がふと悲しげな表情を浮かべた気がした。でも、すぐに笑顔を浮かべて話しだす。
「私、以前からマーリンさんのお世話になってたの。貴方の事もマーリンさんから聞いた。それで、たまたまギルドにいたらマーリンさんが攫われたって大声で聞こえてきたから…。」
なるほど…。確かに、筋は通ってる。通ってるけど、信用するには、その情報だけだと弱い。
「何か、マーリンとのつながりを証明できるのか? 」
そう俺が尋ねると、彼女はニヤリと悪戯っぽく笑ってポケットから1枚の金貨を取り出した。
「金貨、360枚。ちゃんと受け取ってくれた? 」
驚愕で目を見開く。
じゃあ、あの金貨は彼女が? でも、なんで?
確かに、マーリンとのつながりは理解出来たけど、今度は金貨の事で疑問符が沢山浮かんできた。
「あぁ、もうっ! そんなに細かいことは気にしなくていいの。 私はマーリンさんを助けるのを手伝いたい。 アルはマーリンさんを助けたい。2つの利害が一致してる。そうでしょう?」
頷く。確かにそうだけど…。
何かが、腑に落ちない。彼女からは他の理由があるように感じられた。
押し黙った俺に彼女は畳み掛けるように話しだす。
「何? 私達の実力? それが気になるの? それなら彼女達とこの金タグが証明してくれるよ。」
そう言って首の金タグを差し出すと、すっかり蚊帳の外になっていたセラフィさん達へと話しかけた。
「ね? セラフィさん! 私達、凄く強いよね? 」
いきなりの問いに、少し困惑しながらもセラフィは頷いた。そして、俺へと小声で告げる。
「アルバートさん。 彼女達ならもしかしたら、マーリンさんを救い出すことも可能かもしれません。」
「えっ!? 本当に!? 」
「はい。彼女達は『
「……どうして?」
「彼女達の
…アシュリー社。聞いたことはある。
確か、東側の大陸にある大きな運送会社だった筈だ。噂では、裏社会で東側の大陸を牛耳っているとか、なんとか…。
確かにそれなら帝国兵とやり合っても、互角以上で戦えるはずだ。
「どう? 分かった? 私達の事。」
「……あぁ、うん。」
理解はした。ただ歯切れが悪いのは、そんなにも凄い人たちがなぜ俺を助けてくれるのか分からないから。
それでも…、
「手伝わせてくれる?」
「……お願いします。」
それでも、マーリンが助かるのなら俺は誰だって手を借りる。
頭を下げる俺に、彼女は笑って「任せて。」と呟いた。
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