第21話 『別れと出会い』
「マーリンを助けたい。」そう願った俺にアリスは力なく首を横に振った。
「それは無理。 諦めた方がいい。」
相手は帝国兵。しかも精鋭部隊。
さっきのアイツはたいしたことなかったかも知れないけど、他のやつは違う。
今度こそ殺られる。
そう何度も止める彼女に俺は「それでも助けたい。」と言い続けた。やがてアリスが根負けしたようにため息をついた。
「じゃあ、もう勝手にすれば…。 でも、私は協力出来ないから。」
「大丈夫。 これは、俺が決着をつける。」
そう言い放つ俺に、アリスが「何処かで聞いたような言葉ね。」と小さく笑う。でも、その後すぐ真剣な顔をして俺を諭した。
「でも、今の貴方じゃ絶対に無理。アイツらはそんなに弱くない。 恐らく私でも勝てない…。」
「分かってる。でも、俺が行かないとマーリンは助けられない。」
「そんなに大切な人なの? 貴方が命をかけるほど? 」
「俺の唯一の家族なんだ。助けられるんだったら命なんていくらでも賭けていい。」
そんな言葉にアリスがもう1度大きくため息をついた。何を言っても聞かないことが理解出来たらしい。
少しの沈黙の後、考えるように俯いて小さく呟く。
「分かった。でも、やっぱり私は協力出来ない。 多分、一緒に行っても貴方の迷惑になるだけだから……。だから、」
ギルドに行って。
申し訳なそうに彼女が言った。
ギルドに行けばもしかしたら貴方を助けてくれる人がいるかもしれない。その人に頼って、と力なく呟いた。
本当は彼女も協力したいのかも知れない。
その証拠に、頭巾の奥に見える瞳からはもどかしさが浮かんでいた。
力になりたいけど、なれない。
そんな思いが彼女から伝わってくる。
それだけでもう充分だ。
「ありがとう、アリス。」
「やめて、お礼なんて。 私、何も出来ないのに。」
「そんなこと無いよ。アリスのおかげで俺は今生きてるし、マーリンを助けに行くことができる。」
「………。」
「だから、マーリンを助けた後、必ずまた会いに行くよ。今度は俺が借りを返しにね。」
じゃあ、また。そう言って町の方へと向かう。
立ち去る俺に、アリスが手を伸ばして何かを言いたげに口を開いたが、思いとどまって口を閉じた。
でも、またすぐに俺の後ろ姿へと大声で声をかける。
「ねぇ! 私、貴方の名前聞いてないんだけど! 」
「アルバート! 俺は、アルバート・ヴォルフだよ!」
俺もまた大声で返す。
頑張ってとアリスが大きく手を振った。俺も手を振り返す。
大丈夫。ギルドに行けばきっとマーリンを助ける手段があるはずだ。
そうすればきっと、またアリスにも会える。
そう思いながら俺は、ギルドのある町へと一気に駆け出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
既に夕日も沈み、宵闇にふけった『リンネル』の町ではより一層市場が活気づいて喧騒に溢れかえっていた。
お祭りの様な騒ぎの中を、何とかかき分けて前へと進んでいく。何度も、何度も、客引きに止められそうになるが、何故だか俺の顔を見ると、皆驚いた表情をして気まずそうに消えていった。
(まぁ、この方が都合がいいか。)
理由は分からないが、立ちどまる時間は少ない方が良い。俺は進む足を駆け足にして、ギルドのある町の中心部へと急いだ。
ギルドへと到着して、すぐにエマの姿を探した。でも、なかなか見つからず中を彷徨いて探し回る。何故か、他の職員や客がすれ違う度に俺の方を見ていく。
やがて、他の職員から何かを聞いたのか救急箱を手に慌てた様子でエマが関係者室から飛び出てきた。
「アルバートさん! 大丈夫ですか!? …………うわぁ、お顔だいぶ酷い事になってますね…。」
(あぁ、そういう事か。)
さっきから俺が注目されたのはこの顔のせいだったのか。帝国兵の鉄拳で何度も殴打されたせいで俺の顔は青アザや腫れで酷いことになっているらしい。
自分で自分の顔は見れないので、詳しくは分からないがそれでも他の人たちが引くほどの傷は負っているみたいだった。
近くの席へと案内される。
「……タグ狩りにあっちゃいました? 」
俺の治療をしながら、聞きにくそうにエマが訊く。俺が小さく首を横に振って、タグを見せると少しだけ安心した顔をした。
「それならどうしてこんなお顔に?」
「実は…、」
俺は今日あった事を洗いざらい彼女に伝えた。
『レッドキャップ』と呼ばれるアリスの事、マーリンの事、帝国兵の事。
話す度に、だんだんとエマの表情が曇っていく。
全てを話し終えて、「マーリンを助けたい。」と俺が告げると彼女はいよいよ困り果てた顔をした。
少し悩んだ後、立ち上がって彼女の上司であるセラフィさんへと今の事を相談し始めた。
上司である彼女もまた、同じ様に顔を曇らせてその話を聞いていた。
小声で何を話しているのかは定かでは無いが、
「帝国兵が…、」とか「…厳しい。」とか単語が聞こえてくる。
やがて、2人が確認しあう様に小さく頷くと、再び俺の正面の席へと戻ってきた。
「今回はとても災難でしたね。 心中お察しします。」
エマの上司、セラフィさんが俺へと話しだす。
エマはその横に座って下を向いて俯いていた。
「あの…俺、マーリンを助けないといけないんです。 お願いします。力を貸してください。」
事は緊急を要する。
今こうしている間にも、マーリンは酷い目にあわされているかもしれない。
でも、俺1人じゃ助けるのは無理だってことぐらい分かってる。
だから、お願いだ。 力を貸してくれ!
そんなふうに必死で頭を下げて頼み込む俺へと、セラフィさんは申し訳なさそうに言葉を告げた。
「アルバートさん…。申し訳ございません。私達ギルドは、今回の1件には力をお貸しすることはできません。」
「………はっ?」
予想外の言葉に俺の頭は真っ白になっていく。
(なんで? …どうして! )
ギルドに来ればきっと助けられると思っていた。それに、エマは「困ったら頼って下さい。」て言っていたのに…。
視線をエマの方へと動かす。
彼女は力なく俯いて、小さく「ごめんなさい。」と呟いた。
「そんな……じゃあ、マーリンは!? マーリンはどうなるんだよ! 」
「落ち着いて下さい、アルバートさん。まだ、マーリンさんが無事ではないと決まったわけではないでしょう? 」
声を荒らげた俺に、セラフィさんが宥めるように告げる。だが、その言葉は俺にとっては地雷だった。
溜まっていた怒りが爆発する。
「アンタらは、マーリンがどんな扱いをされてたか実際に見てないからそんな事が言えるんだ! マーリンは…マーリンは……。」
だんだんと言葉が詰まる。
湧き上がってきたぶつけ所のない感情は、行く末を失ってただ俺の中で昇華されていった。
そんな激昴した俺の様子に、エマは苦しそうな顔で俯き、セラフィさんは身を切られたような顔をして、ただただ俺を見つめていた。
「すみません、アルバートさん。余計なことを言いました。」
そう謝るセラフィさんの姿は、心の底からの謝罪だった。
怒りが鎮まり頭の中が冷静になっていく。
「……いや、俺も……ごめんなさい。」
「ですが、アルバートさん。この1件は本当に私達ではどうしようもないんです。 この西側で帝国兵に逆らえば、たちまち犯罪者です。 私達ギルドは犯罪に加担することも、その事を他の方に推進する事も出来ません。」
本当に申し訳ありません。と、苦渋の顔で彼女は告げた。
彼女達は悪くない。ただ、ギルドという組織で仕事を行っている以上、出来ない事があるのは当然だ。
それは俺も充分に理解している。
ギルドからの協力は得られない。
つまり、マーリンは助けられない。
「忘れて。」と去り際に告げたマーリンはこうなる事を最初から予想していたのだろうか。
そもそも、なんでマーリンは帝国兵に連れていかれたのだろうか。
分からない。
俺は結局、マーリンの事を何も知らなかった。
あれだけ長い時間を一緒に過ごしてきたのに、彼女が本当は何者なのかさえも知らなかった。
そんな俺が、マーリンを助けたいって思う事は贅沢なのだろうか。
「…………。」
沈黙が時を重ねていき、ギルドの中を照らす蝋燭の光だけが怪しく揺れ動いた。
(……こんな事になるだったら、もっとマーリンと話しとけば良かったなぁ。)
マーリンの皮肉っぽい口調も、悪戯に浮かべる笑みも、時折見せる優しい一面さえももう見ることは叶わない。
俺は無力だ。
首へと掛けられた鈍色のタグがそれを証明している。
マーリンを、1人で救いに行く勇気さえも俺には無い。
『それじゃあ、諦めるの?』
ふと、声が頭の中に響いた。
声に反論するかのように心の中でつぶやく。
だって仕方無いんだ。他の人は巻き込めないし、俺1人じゃ敵わない。
『大切な人なのに? 家族なのに? 敵わなかったら見捨てるの? 』
分かってるよ! そんなことは!
でも、俺がどんなに頑張っても無理なことだってあるんだ。
『「でも、」とか「だって、」とか言い訳ばっかり。貴方はまだ何も頑張ってないじゃない。やってみなきゃ分からない。そうでしょう? 』
そんなこと言ったて…今の俺じゃ、どうしようもない。助けられないんだ。
『………貴方はどうしたいの? 希望でもいい。願望でもいい。夢だっていい。 貴方はどうしたいの?』
どうしたい?そんなこと初めから決まってる。
俺は…、
「マーリンを助けたい!! 」
立ち上がって叫ぶ。
静寂に包まれていたギルドの中に俺の声が響いた。目の前の2人は急な俺の行動に驚いて目をぱちくりさせている。
再び静寂が場に戻り、気まずさから俺が席に座ろうとした、その時、
パチパチパチと小さな拍手が響いた。
目の前の彼女達からではない。その拍手は、俺の背後から聞こえてきた。
「よく言った! 偉いよ、アル。」
そう言ってより一層拍手を大きくする。
漆黒の長髪、紫水色の瞳。
透き通る様な白い肌と整った顔立ち。
首元には
やがて、拍手を終えると彼女は俺へと近づいて
握手をするかのように右手を伸ばした。
彼女が言う。
「それなら、迎えに行かないと。 」
どこか、自分の事のように呟く彼女は、紫水色の瞳をまっすぐに俺へと向けて逸らさない。
差し伸べられた右手が、俺には小さな希望に思えた。
彼女の手を握る。
彼女も俺の手を握り返した。
柔らかな暖かい温度を持った手が俺の手を包み込む。
「……やっと会えた。」
握った手を見ながら、そう彼女が呟いた様に聞こえたのは気のせいだろうか?
これ以上ないってくらいに満面の笑みを浮かべて、彼女はまた俺の手を強く握りしめた。
「迎えに行こう、アル。」
そう告げられた言葉は、今度こそ俺へと向けられた言葉だった。
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