第20話 緋色の頭巾
「撃てばコイツにも当たるぞ! 」
「なら、試してみる?」
帝国兵が俺を人質に取ろうとするが、アリスは動じない。ショットガンを構えた右手の人差し指は
ゴクリと帝国兵の喉元が揺れる。
表情は見えないが、おそらくその目には恐怖が映っているはずだ。
「ま、待て! お前、俺が誰だか分かっているのか!? 帝国の精鋭部隊だぞ! 」
「……。」
無言のまま、アリスがショットガンを構えて詰め寄る。俺にマウントをとっていた帝国兵がズルズルと立ち上がれないまま後ずさっていった。
「お、俺が死んだら、部隊の奴らが黙っていない! お前もそいつも犯罪者だぞ! 」
アリスが鼻で笑う。
頭巾の下で「何も知らないのね。」と小さく呟くのが分かった。
「ご忠告どうも。でも、もう少し早く言ってくれると良かったかも。」
つまらなそうにアリスが言う。
背後が木で行き止まりになった帝国兵を見下ろしながら、一歩、また一歩と距離を詰めていった。
「やめろ! 撃つな! 分かった!謝る、謝るから! な? ソイツを下ろしてくれ。」
「……両手を頭で組んで、後ろを向いて。」
「分かった! 分かったから…。」
ガグガクと頷きながら言われた通り、帝国兵が手を後ろに回す。
ふと、俺はその動きに違和感を感じた。丁度アリスから死角になる部分で奴が何かを取り出すのが分かった。
「アリス!! そいつなにか持ってる!」
そう俺が叫ぶのと、帝国兵がハンドガンをアリスに向けるのは同時だった。
「死ねぇっ!!」
ーーパンッ! パンッ!パンッ!
短い発砲音が3回鳴り響く。
至近距離から放たれた弾丸は目の前の彼女へとまっすぐ飛んでいった。
(殺られる!)
そう俺が思った瞬間、アリスの姿が消える。
3発の銃弾が、彼女がもといた場所を通り過ぎて森の中へと消えていった。
(アリス!? 消えた!? どこに? )
一瞬にして消えた彼女を俺は見失っていた。
帝国兵も同じなのだろう。辺りを見渡しながら動揺している。
「クソッ! どこいった!? 」
「上よ、馬鹿。」
アリスが落下しながら、帝国兵の頭へと蹴りをお見舞した。あの一瞬で彼女は、空へと跳躍して弾を避けていたのだ。
帝国兵の手からハンドガンが吹き飛ぶ。大分上手く決まったのか、蹴りを食らった帝国兵はヨロヨロとよろめきながら何かを呻いていた。
「クソがァ! 俺は帝国兵だぞぉ!!! 」
そう叫び、アリスへと向かって帝国兵がその鉄拳を振りかざす。
アリスは軽いステップでそれを捌くと、持っていたショットガンを帝国兵へと向けた。
「アンタ、五月蝿い。」
ーードンッ!
帝国兵の身体が宙を舞った。
そして、離れた地面へと再び背から着地する。
至近距離から甲冑の胴体へとまともに受けた帝国兵はピクリとも動かず仰向けに倒れた。
「これで静かになった。」
アリスが呟く。
そして、バッと体の向きを俺の方へ変えると怒りの表情を浮かべて近づいてきた。
グッと胸ぐらを掴まれる。
「貴方、馬鹿なの!? それとも、1度死なないと分からない? 」
俺が飛び出して行ったことに彼女は怒っていた。
強い怒声を浴びせられる。
胸ぐらを掴む手は震えていて、彼女が本気で怒っているのが伝わってきた。
その姿に気圧されながら呟く。
「……俺の家族がアイツらに連れていかれたんだ。」
喉から出した声は、情けないほど弱々しかった。アリスへの申し訳なさとマーリンが連れていかれた事に対して俺は物凄くショックを受けていた。
「………はぁっ。」
そんな俺の様子を見て、アリスが掴んでいた胸ぐらから手を離す。それでもまだ怒っているのか顔はこちらに向けずに小さく呟いた。
「……気持ちは分かるけど、むやみに突っ込まないでよ。貴方、私が居なかったら死んでたよ。」
「分かってる。感謝してる。」
即座に返した言葉が癪に触ったのか、勢いよく振り向いてアリスが叫んだ。
「分かってない! 感謝なんかいらないっ! ………お願いだから、命を無駄にするような事しないで…。」
最後の方は声を絞り出すようにして、彼女が言った。今にも泣き出しそうなその口調からは痛々しいほどの思いが伝わってくる。
俺は小さく俯くと「ごめん」と彼女に謝った。
アリスは何も言わない。俺もそれ以上は口を閉ざした。
沈黙が空間を支配する。
気まずさから視線を外した時、ふと違和感を感じた。そして、すぐさまそのことに気づく。
「アリス! アイツがいない! 」
「!?」
アリスも驚いたように顔を上げる。
さっきまで帝国兵が倒れていたはずの場所には、既にその姿はなく倒れた時に出来た地面の跡だけが残されていた。
「動くな!! 」
鋭い恫喝が森に響いた。
先ほどまで倒れていた帝国兵は、その手に軍式ライフルを握って俺らを威嚇した。
「お前らよくも俺をコケにしてくれたなぁ!! 絶対に許さねぇぞ! 」
帝国兵の目は血走っていて、鬼気迫る様な口調で俺らを脅し続けた。
その言葉を聞き流しながら、俺とアリスは小声で言葉を交わす。
「アイツ…至近距離から撃たれたのに。 なんで?」
「多分、あの甲冑が特別性なのね。恐らく
「……どうする? 」
「時間を稼いで。10秒でいい。 私に考えがある。」
そう言うと、アリスは目を閉じて何かを祈るように両手を合わせ、小さな声で呟き始めた。
そのアリスの様子に危険を察知したのか、帝国兵がライフルを彼女へと向ける。
「おまえ、何してやがる!! 」
そう叫び、帝国兵の指がライフルの引金に触れた。
刹那、俺は腰のホルスターから、『フェンリル』を引き抜いて狙撃。
ダァンと大口径のリボルバーらしく盛大に音をたてて放たれた銃弾は、丁度構えられていたライフルの機関部へと直撃した。
こちらも
横から激しい衝撃を受けた軍式ライフルは、銃弾で部品が砕けて使い物にならなくなっていた。
『
偶然にも起こったその出来事は、俺らにとって最大級の幸運だった。
破壊されたライフルを驚愕の瞳で帝国兵が見る。
「うわぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!」
そして、ヤケになったのか、叫び、ライフルを投げ捨てると反乱狂になりながら俺へと突っ込んできた。
(アリス! 10秒経った。)
アリスの方へと目を向ける。
彼女は目を見開いて丁度最後の詠唱を終わらしている所だった。
『紅玉に賜る紅緋の焔、撃ち与えし所にその力を司らん。 燃えろ! 【
詠唱を終えた瞬間、帝国兵の甲冑に刻まれた銃痕が紅く光ったかと思うと、そこから炎が生まれた。
炎緋色の炎が瞬く間に全体に広がっていく。
「あ、熱い!! うわぁぁぁぁぁぁぁ! 助けてぇ…。」
帝国兵が急いで甲冑を脱ぎ捨てる。だが、炎はその下の軍服にも移り、その身を焼いていった。
大やけどを負いながらも、何とか軍服も脱ぎ捨てて下着姿のまま一目散に逃げ出す。
その首からは銅色のタグが下げられていた。
「なんだ、私より格下だったのね。」
それなら勝って当然かと、さも面白くなさそうにアリスが呟く。
「なぁ、アリス。 今のって……。」
「うん? えぇ、そう。
役にたったとアリスがその相貌を崩した。
その姿に愕然とする。
(アリスはこうなることも予想してたのか。)
改めて格の違いを思い知らされた。
その技量や力は勿論のこと、戦いに対する姿勢や心構えも俺とは格段に違う。
これが、『銀タグ』。
生涯をかけても辿り着くか、着かないかの所に彼女はもう既にいる。
「あ、そうだ。 今更だけど、タグ落としてたよ。」
惚けた顔で彼女から鈍色に光るタグを受け取る。
似たような色なのに、こんなにも違う。
俺のはずっともっと頼りない。
「ねぇ、これからどうするの?」
アリスが俺へと尋ねる。
山の向こうへと沈んでいく夕日が、丁度彼女と重なってより一層眩しく見えた。
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