第19話 暗転

急いで家へと戻る帰路の途中、俺とアリスは森の中を通るそいつらを見つけた。


赤と黒の軍服に、鉄の甲冑を装備したそいつらは、帝国軍式ライフルを持ちながら町の方へと進んでいた。


その数、8人。


1人の男を先頭に隊列をなして移動していく。

甲冑の胸には『剣』の模様が刻印されていて、それぞれが精鋭であることを示すように、屈強なオーラを周りに漂わせていた。


「あぁ…、そんなっ! 」


俺を追ってきたアリスが息を飲み込む。

そして、顔を蒼白にして振り向いたかと思うと、急いで俺へと捲し立てた。


「逃げるわよ! 早く! なるべく遠くへ! 」



「アリス、あいつらの事知ってるの?」


「はぁ?」というような顔でアリスが俺を睨む。説明する時間さえも惜しむように早口で話し始めた。


「アイツらは帝国兵の中でもエリート集団の集まり。胸の刻印はその部隊を表す印で、アイツらは剣のマークだから、『カリバー』って呼ばれる部隊よ。」


「強いの?」


「少なくとも、貴方と私よりは。」


そっか、アリスよりも強いのか…。

それなら逃げるのが妥当だ。

音をたてないように、ゆっくりと奴らとは反対方向にUターンする。



「私に触るな!! 」


ふと、帝国兵達の方から聞き覚えのある声が聞こえた。Uターンしていた体を戻して、もう1度帝国兵の方へと視線を向ける。


驚愕で瞳が見開く。俺はその場に立ち尽くした。




そこには両手を鉄輪で拘束されたマーリンの姿があった。




「なに? どうしたの? ねぇ!」


俺が立ち止まったのを見てアリスが小声で声をかけるが、反応することが出来なかった。俺は、立ち竦んだまま、連行されていくマーリンの姿だけを目で追っていた。



マーリンは、両手を拘束されながらも必死で抵抗していた。それが気に入らなかったのか3人の帝国兵が力づくで地面へと押さえつける。

そして、身動きが出来ないのを確認すると兵士達がマーリンを殴り、蹴り始めた。

遠くて何を話してるのかは聞こえないが、マーリンを殴るそいつらの表情に嘲笑が浮かぶ。



ーーーー考える前に、身体が動いていた。


俺は、今も殴られ続けているマーリンの方へと駆け出した。後ろからは「嘘でしょ! 止まって!! 」と叫び声が聞こえたが止まることなんて出来なかった。



「マーリンから離れろ!! 糞野郎が!! 」



勢いよく茂みから飛び出して、マーリンを押さえつけていた帝国兵に殴りかかる。

不意打ちにかました右ストレートは、甲冑の隙間に、思いのほか上手く決まって、そのまま帝国兵のひとりを地面へと殴り飛ばした。


一瞬の出来事に他の帝国兵達の動きが止まる。


「アル!? なんで来たの! 」


マーリンが叫ぶ。


「それはこっちのセリフだよ! 何なんだコイツら!」


たまらず叫び返したが、反応はない。

マーリンはただ小さく「……最悪だ。」と呟くとそのまま地面に座り込んで俯いた。


さっきまで固まっていた帝国兵達が俺にライフルを向ける。


(チッ…。囲まれたか。)


万事休す。俺も黙ってその場に座り込んだ。





「さて、これはどういう事か説明してくれますねぇ? マーリンさん。」


さっきまで隊列の先頭に立っていた男が、マーリンへと尋ねる。

何故かコイツだけは甲冑を身につけずにその顔を晒していた。

ブロンズ色のオールバックの髪型をしたつり目の男が俺を睨む。


「先ほど、伺った時は家族はいないと仰っていたんですが? おやぁ~? これはどういうことでしょう?」



「……彼は家族じゃない。 ただの知り合いだ。」


マーリンが視線を下げて吐き捨てる様に言った。



「なるほどぉ…。ただの知り合いねぇ……。」




長い沈黙。



つり目のそいつが舐めるようにマーリンをまじまじと見つめた。

一筋の汗がマーリンの額から流れ落ちる。


「なら、殺しますか。」


「「…!?」」


まるで息を吐くように、軽くつり目の男が言い放った。

俺を囲んでいた帝国兵達が一斉にライフルを構える。その銃口がまっすぐに俺の頭へと向けられた。

つり目のそいつが徐ろに右手を上げて、 そしてその手がゆっくりと振り下ろされようとした瞬間、


「待てっ!!」


マーリンが叫んだ。

つり目の男が、面倒くさそうに目を向ける。


「はい? まだ何か?」


「アルは…、いや、彼は無関係だ。」


「ええ、存じてます。ただの知り合い何でしょう? そんな彼がいきなり私の部下を殴った。これは立派な反逆罪ですねぇ。」


嫌味たらしくつり目の男が告げる。



(くそ…。こいつ、マジで気に食わねぇ。)


食いしばった歯がギチギチと音をたてた。

もし俺がライフルを向けられて無かったら、次の1発は間違いなくこいつにぶちかましてやりたい。


「……詫びなら、私が代わりにする。だから、彼は見逃してやってくれ。」


すまなかったと、殴られた帝国兵へとマーリンが頭を下げる。その姿はいつものマーリンからは考えることが出来ないくらい弱弱しい。


(なんで、マーリンが謝るんだよ! )


そう言葉にだそうとした時、マーリンがチラリと俺の方を見て威嚇した。「余計な事は言うな。」と目で訴えられる。

今もまだ頭を下げ続ける彼女へと、つり目の男がニヤニヤしながら近づいてきた。



「お詫びってのは……もっと深く頭を下げるんですよっ!!」


下げられた頭へと目を向けて笑い、足でマーリンの頭を踏みつけた。ぐしゃっとマーリンの顔が雪どけで濡れていた地面へと押し付けられる。



「てめぇ!!! 」


「動くな! アルバート!! 」


怒りに身を任せて立ち上がろうとした俺に、マーリンが鋭く叫んだ。

帝国兵が構えるライフルの銃口を見て、寸での所で思いとどまる。


(……ちくしょうっ! )


俺は何も出来ずに、そのまま座り込んだ。


つり目の男がフンっと鼻で笑って、俺を一瞥したかと思うと、マーリンを踏む足へと力を入れてジリジリと踏み躙った。


「まぁ、今回は彼女に免じて許しましょう。せいぜい感謝する事です。 この寛大な私にね!」


そう吐き捨てて、無理やりマーリンを立ち上がらせるとそのまま連行していく。

立ち去る際に、俺に殴られた部下へと何かを呟くとニヤリと笑って消えていった。


力なく連れていかれるマーリンが俺の方を見て「忘れて。」と小さく呟いた。



(なんだよ、それ。意味わかんねぇよ!

なんで、マーリンが連れて行かれるんだよ!)


「マーリン!! 待って!! マーリン!!!」


連行されていく後ろ姿に、叫んで駆け寄る。

と、1人の帝国兵が俺の肩を掴んで突き飛ばした。


「お前の相手は俺だ、ガキ。」


「邪魔だ!! そこどけよ! 糞野郎! 」


こうしている間にも、マーリンは遠ざかっていく。コイツにかまってる暇はない。

押しのけて、マーリンの背中を追いかける。



「っ!! させるかよ! クソガキ! 」



「がはっ!」


背後から思いっきり蹴りを入れられた。そのまま地面へと倒れ込む。瞬間にマウントを取られ容赦のない殴打が飛んでくる。


「クソガキのくせに!」


顔面に1発。


「俺様を殴りやがって!」


更にもう1発。

鋼の篭手を装備した拳が連なって飛んでくる。


「帝国兵を舐めたらどうなるか、分からしてやるよ!」


2発、3発と文字通りの鉄拳が顔を、身体を襲う。止まることのないその暴力が何度も何度も叩きつけられて、俺の意識は途切れかけていた。



「うっ……、あっ…り……。」


「あぁ? 聞こえねぇな! 安心しな ! ライフルなんて使わねぇよ! オメェは楽に殺さねぇ。いたぶって、いたぶって苦しませて殺してやる! 」



ガハハハと帝国兵の笑いが森の中に響く。



「あら、ライフルを使わないの? それなら私でも勝てそうね。」


刹那、ふとその背後から声がした。


(……アリスっ!!)


朦朧とする意識の中でも、彼女の赤頭巾だけははっきりと目に映った。

いつの間にかアリスが帝国兵の後ろに回り込んで、その背中にショットガンを突き立てていた。


「っ!?……いつの間に…。」


甲冑に隠れた帝国兵の瞳が大きく見開く。

「信じられない」という表情でアリスの方へと振り返った。


「ねぇ、私とも遊んでよ。」


アリスが言う。


その声は楽しげな台詞とは裏腹に乾いて冷めきっていた。赤い頭巾に隠れた瞳が更に冷たく煌めいた様な気がした。

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