第18話 『迷えし君は、』
1度町へと戻った俺は、町先にズラリと並んでいる露店からありとあらゆる食べ物を買いあさった。
老白豚の串焼きに、幻冬魚の塩焼き、黄金鶏の唐揚げや、東側で取れた野菜を煮込んだ熱々のスープ。
その他にも、持てる分だけをこれでもかというくらい買いまくった。
到底、ひとりで食べられる量ではないが、それでも多めに買うのはアリスがどのくらい食べるか分からないからだ。
また買いに来るよりは、余るくらい買っていた方がいい。幸いお金はあるし、余ったらマーリンにお土産として持って帰るだけだ。
そう考えていた俺の予想を、アリスの食欲は遥かに凌駕した。
目の前へと受け渡された料理を、次から次へと空にしていく。気づけば、買ってきた料理の殆どがもう既に無くなっていた。
「どんだけ、食うんだよ…。」
驚愕でいっぱいに開かれた目で、今もまだ食べ続けている彼女を見つめる。
丁度今は、こんがりと焼かれた老白豚の肉を口いっぱいに頬張っている所だった。
「し、仕方ないでしょ! 5日も何も食べてなかったんだから! 」
口に入っていた肉を飲み込んで、赤面しながら彼女が反論する。
俺を見る目が、「文句ある!?」と凄むがその間も、食べる手を止めないのはまだまだお腹が空いているという事なのか。
「いや、良いけどさ、別に。 ただ、『レッドキャップ』が女の子で大喰らいだったって事に驚いてるだけ。」
「その名前で呼ばないで。 アリスでいい。」
余程、通り名が気に入らないのかアリスは盛大に顔をしかめて言い放った。
俺が小さく「悪い」と告げると、彼女は気にしないでという感じに手を上げ答えた。
「なんで、アリスは指名手配されてんの? 」
食事が終わり、ひと息ついた頃俺は彼女に尋ねる。
所謂『タグ狩り』が世界で黙認されているのならそれが理由では犯罪者にならないはずだ。
つまり、アリスには他の罪がかけられているはず。
だけど、俺にはどうしても彼女が指名手配される理由が思いつかない。
どう見ても、彼女は凶悪犯罪者とは思えなかった。
アリスが1度俺の方を見て、俯く。
何か少し考えるような顔をして押し黙った。
(聞いちゃいけない事だったのか?)
そうやって俺が訊いたことを少し後悔し始めた頃、彼女が小さく呟いた。
「『国家転覆罪』。これが、私にかけられた罪状。」
そう言って、立ち上がる。そして、何かを決心したようにつらつらと話し始めた。
「私の家は、元々西側(レガリア)の名家で、どちらかと言うと東側(アイリス)とも仲良くしたいって考えを持ってた家だったの。」
でも、それがいけなかった。
小さく呟いて、悔しそうに唇を噛む。
気づくと彼女の両手は固く握り締められていた。
「休戦協定の後、私の父は東側のある貴族と会って話したの。なんてことない単なる世間話だったと思う。『これから仲良くしましょう』とか、そんな感じの。 そしたら次の日には、西側の帝国兵が飛んで来て父は捕まった。理由は、『東側と組んでクーデターを計画したから。』って。」
馬鹿げてるでしょ?
自嘲気味に笑って問いかける彼女の目は、初めて会った時の同じくらい冷たい目をしていた。
ああとかうんとか、俺が相槌を打つ前に彼女がまた話し始める。
「許せなかった。父が逮捕されたことが、アイツらが力任せに乱暴に家や家族を痛めつけた事が…、だから私……、」
帝国兵のひとりを殺した。
絶対零度の如く冷えきった声が静寂な森に響いた。
アリスが黙ってショットガンを拾い、その両手で優しく抱きしめた。
俺は、何も言えない。
言えなかった。
その事実を知り、驚愕しながらも話す言葉を見つけることが出来なかった。
そんな俺の心情を察したのか、アリスが苦笑して謝った。
「ごめん。こんな話するべきじゃなかったね。」
訊いたのは俺だ。なのになんで、彼女が謝ってるんだ。そうは思いながらも口に出すことができなくて、俺は頭を振るのが精一杯だった。
理解したようにアリスが笑う。その笑顔もどことなく悲しそうな笑顔だった。
「でも、ありがとう。話せたおかげで少しは楽になった。」
外していた赤い頭巾を被り直して彼女が言う。
表情は既に頭巾に隠れてよく見えなかった。
「これからどうするの?」
「帝国の首都にいって、父さんを助け出す。」
俺からの問いに彼女は迷うことなく即答した。
覚悟は決めてる。そんな思いがヒシヒシと伝わってきた。
「なら、俺も…」
「ううん。それはダメ。 私の事に貴方は巻き込めない。それに、これは私が決着をつける。」
強く言い切る彼女に、また俺は何も言えなかった。「そんな顔しないで」と彼女が困ったように言う。
「貴方には借りがあるから。必ず返しに行く。だからそれまでまたね。」
アリスがそう優しく告げて立ち去ろうとしたその時、
ーータタタンッ!
森の奥から繋がった銃声が鳴り響いた。
二人して音の鳴った方へ振り返る。
「狩りでもしてるのかな?」と彼女が呟くが、俺はその答えに即座に首を振った。
そんな筈ない。
今の銃声は明らかに猟銃のそれとは違った。
それに、偶然かどうか分からないが銃声のした方はマーリンのいる俺の家と同じ方向だ。
嫌な予感がする。
妙な胸騒ぎを感じて、俺は自分の家の方へと走り出した。
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