第17話 『赤ずきん《レッドキャップ》』
帰り道、町を出て森へと入ったやさきにそれは起こった。
昼間でも薄暗い森の中、背後の木からがガサッと何かが飛び降りた様な音が鳴る。
「動かないで。」
振り返ろうとした瞬間、短い言葉と共に、背中に固い金属の様なものを突きつけられた。背中越しからでもわかる。それは先端には大きな穴が空いてる、紛いもなく銃だった。
余りにも急な出来事に頭が真っ白になる。
心臓の心拍数が急上昇し、息が荒くなっていくのが分かった。
「両手を挙げて、頭の後ろで組んで。」
冷たく無機質な声で背後のそいつが告げる。
黙って言われた通りに両手を頭の後ろで組むが、内心頭の中はパニックだった。
『最近、『レッドキャップ』って呼ばれてるタグ狩りが町の付近を彷徨いてるみたいですから…。』
去り際に聞いたマリーの言葉を思い出す。
あぁ、畜生。見事にフラグを回収してしまった。
グルグルと回る脳内でその事だけがやけに冷静に考えられた。
「………。」
無言のまま、背後でチャキンッと折りたたみ式のナイフを広げた音が聞こえた。
そして、そのまま、そいつがカバンの紐を切断する。
カバンが地面へと落ちた。
(まずい! 中にはタグが……。)
咄嗟に落ちた方へと顔だけを向けると、ショットガンの銃口をこちらに向けたままカバンを漁る赤い頭巾が目に入った。
運悪く赤い頭巾のそいつが顔を上げ、視線がぶつかる。
あまり光を反射しない薄暗い瞳に、俺の顔が映った。
「動かないでって、言ったよね?」
立ち上がり、ショットガンの銃口を俺へと近づけて、威嚇するように呟く。
赤い頭巾に隠れて表情は見えないが、目の前のそいつは苛立っているように思えた。
チッと1度小さく舌打ちをしたかと思うと、口を一文字に結んで、さらに俺の方へと近づいてくる。
ショットガンの銃口がすぐ俺の目の前と迫って、銃口の穴の向こうが視界に広がった。
「死にたいの? それとも、もしかして言葉通じない? 」
「いや、違っ…、」
「なら、黙って動かないで。」
そう言って、再び俺のカバンを漁りだす。
途中で、中がゴチャゴチャしすぎて煩わしくなったのか、カバンをひっくり返して中身を地面へと広げた。
俺は、ホールドアップの状態で地面に直立しながら、ただただそいつがカバンを漁るのを眺める事しかできなかった。
カバンを漁るそいつの姿。
赤い頭巾に、アンティーク品の様な外見のショットガン。首には銀色のタグネックレス。
間違いない。奴はタグ狩りの『レッドキャップ』だ。町を出る前に渡された手配書の姿と瓜二つ。
ってことは、狙いはおそらく『タグ』だ。
どうにかして、あいつからタグを守らないと。
でも、あいつの付けているタグは銀色…。
鉄色(アイアン)の俺があいつに勝てるのか?
少し考えて頭を振る。
(……おそらく無理だ。)
持っている装備も、こっちは『フェンリル』1丁で、相手は弾をばらまけるショットガン。
この時点で完全に不利。
それに、背後を取られた時のあの感覚。
一瞬のうちに、『死』さえ覚悟したあの威圧感。
間違いなく格上。力の差は歴然だ。
勝てるわけがない。
こうしている間にも、そいつは散らばった道具の中からタグの入った箱を見つけて近づいていく。
すぐそばまで寄って、しゃがみ、手を伸ばす。
(…っ、くそ!! まだ貰ったばかりなのに…。)
半ば、諦めて俯く。
これで俺は、『タグ無し』。身元すら証明できない犯罪者達と一緒だ。
これから始まるであろう最悪の人生に絶望しながら、チラリと顔を上げた。
意外な事に、タグの入っている箱はまだ地面に落ちたままだった。
(……なんで!?)
驚いて、赤い頭巾を被ったそいつへと目を向ける。すると、そこには『猫の足音』で貰ったサンドウィッチを無我夢中に頬張るレッドキャップの姿があった。
落ちているタグの箱には目もくれず、ガツガツとサンドウィッチを頬張っていく。
よほどお腹が空いているのか、吸い込むようにしてサンドウィッチが消えていった。
やがて、全て完食したかと思うと徐(おもむろ)に立ち上がってもう1度道具の散らばっている地面を散策しはじめた。
赤い頭巾の奥からは、小さな声で「食べ物…。食べ物…。」と言葉が漏れている。
時々立ち止まっては、お腹のあたりを押さえる仕草を取っていた。
(あれ? もしかしてこいつ、腹が減ってるだけなんじゃ? )
落ちているタグの箱にも興味を示さずに、一生懸命食べ物を探す姿を見て、そう思うようになってきた。
ついさっきまで感じていた脅威が薄れて、その姿にだんだんと悲哀さえ感じてきた。
ゴクリと唾を飲み込み、声をかける。
「あの…もしかして食べ物探してる?」
その言葉に赤い頭巾が勢いよく振り返った。
若干、敵意を示すような視線を浴びせながらも小さく肯定を示すように首を縦に振った。
あぁ、やっぱりそうだ。
こいつはただ食べ物が欲しいだけなんだ。それならタグは奪われなくて済む。
内心、ホッとしながら言葉を続ける。
「それならもうカバンの中には無いよ。」
目の前の赤い頭巾が目に見えて落胆した。
そして、腹減りが限界に達したのかそのまま膝から崩れ落ちる。
「そんなっ……。」
弱々しく吐き出される悲痛な言葉に、俺は脅されていたことも忘れて同情する。
というより、今は俺へと向けられていたショットガンも力なく地面へと横たわっていた。
レッドキャップの様子を伺いながら、奴へと近づく。頭巾で表情は読めないが、レッドキャップは完全に放心したように固まっていた。
「町に行けば食べ物あるけど……。」
余りにも哀れなその姿に、同情して声を掛ける。その声に、レッドキャップは1度こっちを振り向くと脱力したように頭を項垂れた。
「お金ないし…そもそも、町にも入れない。」
そっか、こいつ指名手配されてるんだっけ。
門の前には市民兵達もいるし、それじゃ無理か。
納得しながら、ふと1つのアイデアが思い浮かぶ。
「…それなら、俺が買ってこようか?」
驚いたように赤い頭巾がこちらを向く。
見開かれた瞳からは「自分が何を言ってるのか分かってるの?」と暗に示していた。
俺は肯定を示すように頷いた。
分かってる。敵に塩を贈るような事だって事ぐらい理解してる。
それでも、ここまで苦しんでたらほっとけないじゃないか。
目の前の赤い頭巾が頭を抱えて悩み始めた。
『脅していた相手に助けられる』この事実が気に入らないのか、物凄く葛藤している。
そして、長い長い熟考の後、背に腹は代えられないのか渋々頷いた。
その苦渋が滲んだ表情に、俺は苦笑して答える。
「OK。それなら少し待ってて。」
「……ねぇ、待って。 なんでそんなにしてくれるの?」
今にも消えそうな、か細い声が赤い頭巾の奥から響いた。
「なんでって…。腹が減って倒れそうなんでしょ? それにあんまり悪い人じゃなさそうだしね。」
思ったままをそのまま口にだす。
その答えが、余りにも意外だったのか彼女は一瞬固まって、
盛大に吹き出した。
「……プッ、アハハハハ! な、何それ!? 私さっきまで貴方にショットガン突きつけてたんだけど? 」
俺のことを見つめながら、苦しそうに笑う。
少し治まったかと思うと、もう1度俺を見て、
「理解できない」と手で頭を押さえながらまた笑った。
「いいんだよ、別に。俺がそう思ったんだから。」
「フフッ、お人好しね貴方。まぁでも、ありがとうって言っておくわ。」
高慢な態度で赤い頭巾がそう言い放つ。
そして、ふぅっとひと息ついた後、徐に着けていた赤い頭巾を取り外した。
中から、キラキラと輝く金色の髪が溢れ出して、肩口へと広がる。あまり光を移さない、灰色の瞳がまっすぐに俺を見つめた。
赤い頭巾を取り払ったそいつの姿に瞠目する。
『レッドキャップ』と呼ばれるそいつは、いや彼女は、俺とあまり歳の変わらない外見をした少女だった。
「私は、アリス・ベル。覚えとくといいわ。」
まだ驚きから回復しきれていない俺に、彼女はそう言って微笑んだ。
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