第16話 『猫の足音』
持っていた金貨の殆どをギルドへと預けて、もう一度町中へと戻る。
気がつくと、ギルドに入る前はまだ東側にあった太陽がちょうど真上まで昇ってきていた。
「もうそんな時間かぁ…。」
心なしかお腹も空いてきている。
路地に広がる屋台からは、賑やかな声と共に、食欲を誘う食べ物の匂いが漂ってきていた。
香ばしそうに焼かれた肉の塊や、串刺しにされた塩焼きの魚が目に映り、ゴクリと唾を飲み込む。
(でも、どうせ食べるなら…。)
屋台のモノよりはちゃんとした店で食べたい。
というより、ここで食べると心の中で決めていた場所があった。
屋台や出店が広がる道へと背を向けて歩き出す。
賑やかな町の中心からすこし歩いて、路地裏へと折れて進んでいくと静かな雰囲気の住宅街へとでた。
そこは、人通りの多い中心部とは違って閑散としていて、雪かきもまだ済んでいない所も多いいのか道にはまだ雪も残っていた。
(やっぱり一気に雰囲気が変わるよなぁ。)
賑やかな中心地に比べるとここは別の町なんじゃないかってくらい静かだ。聞こえるのは、路地裏で楽しそうに遊ぶ子供たちの声と所々に立っている木から聞こえる小鳥の鳴き声だけだった。
そんな住宅街にひっそりと佇む1件のお店。
『猫の足音』
猫の横切る姿とその足跡を象(かたど)った小さな看板をぶらせげたそのお店は、外観からはお店なのかどうかも怪しい程、ひっそりと営業していた。
扉を開けて中に入る。
ーーーカランカラン
と鈴の音が鳴り響いて、来客を告げたかと思うと、店内にいたウエイトレス姿の女性が扉の方へと振り返った。
「いらっしゃいませ。ようこそ『猫の足音』へ。」
右目が翡翠色、左目が金色をしたいわゆるオッドアイと呼ばれる両目を持つ彼女が微笑む。
紫紺の髪をひとつ結びにして、メイド服にも似た制服をしっかりと着こなした彼女はこの店唯一のウエイトレスだった。
「あら……お客さん、確か前にも来てくださいましたよね?」
俺の方へと近づいて確認するように顔を覗きこまれる。
「確か前は女性の方と御一緒でしたね。」と続く。
その言葉に俺はコクリと頷いた。
確かに、俺は前にもここに来たことがある。
と言ってもかなり前の話だ。
俺とマーリンが今住んでいる森に引っ越してすぐの頃だったから軽く1年は経っている。
それなのに…、
「よく覚えてますね。」
我ながら印象の濃い方ではないと自覚してる分、彼女が俺の事を覚えていたことに少し驚いた。
そんな俺の気持ちを察したのか、彼女がタネ明かしをするように口を開く。
「それは、勿論ですよ。だってお客さんコーヒー飲めないでしょう? ここの店の看板メニューを盛大に渋い顔して飲むお客さんの事、私忘れませんよ?」
そう言って、ウフフと微笑む。
なるほど。納得した。
でも、なんだろう…。若干、責められているようなそんな気持ちになるのは気のせいだろうか?
目の前にいる彼女からは目に見えない威圧感すら感じられる。
とりあえず、謝っておこう。
「ごめんなさい。あの時は、コーヒー初体験だったもんで…。」
「あら、そうだったんですね。それなら、気にしないでください。」
意外にも、あっさりと許された。
そのまま奥のカウンターの席へと通される。
カウンターの奥には白髭を蓄えた初老の男性が、コーヒー用のカップを丁寧に布拭きしていた。
「……………ご注文は?」
寡黙そうな表情から、小さく一言告げられる。
その間も作業する手を止めないので、注意してないと聞き漏らしてしまいそうだった。
「何か、小腹にたまるものが良いかな。後は……、」
「コーヒーですよね?」
いつの間にか隣の席に来ていたオッドアイのウエイトレスが、横から伺うように声をかけてきた。表情は微笑んでいるように見えるが有無を言わさないほどの威圧感を含んでいる。
……どうやら許されてなかったらしい。
以前のことをまだ根に持っているのが一目瞭然だった。
「うっ…、それと、コーヒーひとつ。」
その気迫に負けて、渋々注文する。
彼女は満足そうに微笑むと、「マスター、オリジナルをアイスで。」と初老の男に告げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
注文した品が出てくる間、時間潰しにオッドアイのウエイトレスが話し相手になってくれた。
彼女の名前は、マリーというらしい。
マスターは彼女の祖父で、家族2人でこの店を切り盛りしている。
こんな閑静な住宅街に立っているせいでお店には殆ど人は来ず、2人でも十分過ぎるほど人手は足りているらしい。
マスターの名前はカルロさんというらしく、マスターも、マリーも、お酒の名前から由来がきているらしい。
「これじゃあ私、大酒飲みみたいですよね?」と苦笑しながら語った。
俺の事も話して欲しいと言われたので、しどろもどろになりながらも、俺は自分の事、マーリンの事、今日何のために町に来たのかを話した。
「それじゃ、アルバートさん、今日が誕生日なんですね!おめでとうございます!!」
パチパチパチとマリーが手を叩く。
俺は少しはにかみながら、得意気にその拍手に答えた。
「やっと大人の仲間入りですよ。」
「じゃあ、もうタグも受け取ったんですね?」
「ええ。でもまだ、一番下のランクですけど……。」
「すぐに上がりますよ!…って言いたいところなんですけど……。」
マリーが、言葉を濁しながら自らの首にかけられたタグを見せる。
それは、俺と同じ色をした鈍色のタグだった。
「私もまだ一番下なので、説得力ないですね。」
そう言って笑う。愛想笑いを返して、さっきギルドで聞いた『殆どの人は銀タグより上にはいけない』話をする。
マリーもそれは知っていたのか、苦笑しながら「世知辛い世の中ですよね。」と返した。
そこまで話したところで、マスターがひとつの皿を俺の目の前へと置いた。
皿の中には、半分に切られたカリカリに焼かれたパンが置かれていて、その中に半熟の卵やハム、野菜が挟まれている。
俺が今まで見たことない不思議な料理だ。
「あの、マスター…これは?」
「……ホットサンドです。中央都市(セントラル)付近の街や村で良く出されていたのを私が見様見真似で作りました。」
お熱いうちにどうぞと勧められて、ドリンクのアイスコーヒーもだされる。
そう、これこそが俺がこの店を選んだ理由だ。
この店に来るとこうした見たこともない料理が美味しく味わえる。
早速、作りたてのホットサンドを口へと頬張る。すると、半熟の卵が口いっぱいに広がってカリカリのパンとハムを良い感じにコーティングしてくれた。
美味しい!!
自然と口元がほころんでいく。
トロリと垂れてくる卵に注意しながら、俺はガツガツとそのホットサンドを食べ進めた。
「……アルバートさん、本当に美味しそうに食べますね。」
私もお腹空いてきちゃいましたと物欲しそうな目で話す。食べかけを上げるのは少し戸惑ったが、一応「1口食べますか?」と尋ねる。
彼女は遠慮したように笑って首を横に振った。
「大丈夫です。私も後で、マスターに作って貰いますから。」
「そっか、そうだね。 食べ掛けよりそっちの方が良いよ。」
「アルバートさんの食べ掛けが嫌ってわけじゃないですよ?むしろ欲しいくらいです。」
目を細めながら悪戯な笑みを浮かべて、そんなことを言う。俺は一瞬ドキッとしたが、すぐに冗談だと分かり苦笑した。
俺が真っ赤になると予想していたのか、マリーが「つまんないです。」と小さく呟いた。
それから、ややあって俺は皿の上のホットサンドを完食した。半ば無理やり頼まされたコーヒーも、どういう訳か平気で全部飲むことができた。
「マスターが、コーヒーが苦手な人の為に、オリジナルのブレンドを開発したんですよ。」
驚いている俺を見ながら、マリーが解説してくれる。なるほど…。どうりであまり苦くなかったわけだ。
「ありがとう。マスター、美味しかった!」
飲み終わったグラスをマスターへと渡す。
マスターは、目尻を柔らかく下げると無言でお辞儀を返した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「全部でいくらかな?」
レジに立つマリーへと勘定を確認する。
彼女はタタタンっとレジに何かを打ち込むと、笑って答えた。
「銅貨15枚ですね。」
「はい。」
鞄から、布袋を取り出して金貨を1枚渡す。
すると、受け取った彼女が困ったように眉をハの字に下げた。
「アルバートさん…金貨はちょっとお釣りが出せないです…。銀貨はないですか?」
「あぁ…そっか。ごめん、持ってないや。」
金貨は価値が高すぎて、お店で使うと時々こういう事がある。お互いに顔を見合わせて、困り果てる。
やがて、そのオッドアイの目が閉じられたかと思うと彼女が軽くため息をついて口を開いた。
「しょうがないですね。今回はツケということで。」
「えっ、でも…それじゃあ…」
「そのかわり、また来てくださいね。私待ってますから。」
有無を言わさず、金貨を返される。
悪いなと思いつつ、俺は素直に頷くことにした。
「必ずまた来ます。」
そう告げて、金貨の詰まった布袋を鞄にしまった。その返答に彼女は微笑むと、布に包まれた小さな物を俺に渡してきた。
「これは、マスターからです。道中に食べてください。」
中身は先程のホットサンドに似たサンドウィッチが3つ詰められていた。
受け取って鞄に詰める。
「ありがとう。大事に食べるよ。」
「はい! マスターも喜ぶと思います。 ……あっ! そうでした!」
マリーが何かを思い出したかのように、レジの下の棚から1枚の手配書を取り出す。
「帰り道、くれぐれも気をつけてください。最近、『レッドキャップ』って呼ばれてるタグ狩りが町の付近を彷徨いてるみたいですから…。」
そう言って、手渡される1枚の手配書には頭巾を被った表情の読めない人間が描かれていた。
その下の方にはA級犯罪者と小さく文字打たれている。
「……その頭巾は元々は灰色で、他人の血で赤く染め上げられているらしいです。出会ったら最期、その骨まで売られるとか…。」
おどろおどろしい声音でマリーが俺をおどかす。若干、その内容にビビリながらも俺は強がって答えた。
「大丈夫。俺だってタダでは殺られないよ。」
そう言って、腰のホルスターにしまってある『フェンリル』へと手を触れる。
その確かな感触が俺に少しだけ力をくれるような気がした。
「それなら大丈夫ですね。」
マリーもわざとらしく安心したように笑った。
思えば、これがフラグだったのかもしれない。
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