第15話 タグ・ネックレス


「やっぱり、温かいお茶にはこの、『羊羹』ってやつが1番合いますね!」


そう言って、エマが自ら持ってきたお茶菓子を摘(つま)む。一口サイズに切られたそれを1つ頬張ると幸せそうに笑みを浮かべた。


アルバートさんもどうですか?と、勧められ差し出された1切れを貰って頬張る。


「……美味しい。」


確かに、温かいお茶に合う。

しっとりとした甘さが口に残って、より一層お茶の甘味を引き立てていた。

どこか、ほっこりするそんな味だ。


「でしょう! やっぱりこれ買って正解でした。 外の市場で売ってるんですけど、なかなか高くて手が出せなかったんですよー。」


どうやら、東側の島国で愛されている伝統的なお菓子みたいなんです。と豆知識も披露してくれた。


味にも色々あるらしく、中には芋や栗などが入った変わったものもあるらしい。



エマがズズっとお茶を飲んで、ふぅっとひと息つく。



ーーーーーー完全に休憩モードに入っている…。



「あの、そろそろ……。」


休憩もそこそこにして話を早く進めたい。

彼女もその事に気付いたのか、はっ!! としてまた話し出した。


「そ、そうですね! えーっと……あれ? どこまで話しましたっけ? 」


ダメだ。まだ、どうやら頭は休憩モードのままらしい。さっきまで自分が話していた事すら忘れてる。


「ランクの高いやつに逆らうな、ってとこぐらいまで。」


「あぁ! そうでしたね。 じゃあ、次はそことも関連する話になってくるんですが…。」


思い出して、エマが机に置かれたカタログのページを捲る。

そのページには、【重要】と太字で大きく書かれた文字と共に『※タグの紛失について』と文字が繋がれていた。


「アルバートさん、タグを発行する上で重要な事なんですけど、もしアルバートさんがタグを無くされたり、奪われたりしてもギルドではタグの再発行は出来ません。」


「えっ、何で? 」


「タグは1人1つまで。これがギルドの原則だからです。2つ作っちゃうとその人が2人いることになっちゃいますから。」


なるほど。つまりは重複登録は出来ないってことか。

でも、人間うっかりどこかに置き忘れたり、知らぬまに無くなったりとかある筈だ。


……そういう場合はどうなるんだろう?


「でも、紛失したときとかは困るんじゃ…。」


純粋な疑問をぶつける。

エマは最初からその質問を予想していたように頷きすぐに言葉を返した。


「その場合は、ギルドに来て頂ければタグの在り処まではお教えすることはできます…。ただ、」


言葉が切れる。琥珀色の瞳がより一層鋭さを増した気がした。


「もし、誰かの手にタグが渡っていたとしてもギルドではどうする事も出来ません。全て自己責任になるのでご了承ください。」



「……。」



(ご了承できないんですが……。)


つまりは、タグを無くそうが、奪われようがギルドは無関係で最後は自分達で何とかしてください。


そういう訳だ。


確かに無くした場合は自己責任だが、奪われたりしたら自分ではどうしようもない事だってあるはず。


理不尽パート2。あまりにも世知辛過ぎる。


「職務怠慢じゃないんですか? 」


唇を尖らせて、拗ねたように声を発するが彼女は動じない。それどころか自信満々にその無い胸を逸らして微笑んでみせた。


「タグの在り処まではお教えするんですよ? 本来なら、無くされたのは自己責任なのに、です。これでもだいぶ良心的だと思います。」


無くされたくないのであれば、常に首から下げておいて下さいね。と首の辺りを指で叩く。

奪われた場合に敢えて触れないのは、きっと……ギルドではどうしようもできないからだろう。


事実、目の前の彼女はその事にどことなく触れないようにしている。

その事について聞いても満足いくような答えは返ってこないだろう。


俺は小さく肩をすくめてそれ以上は何も言わなかった。


「それじゃあ…」


エマがパンッと両手を叩いて空気を変える。

気づけば机の上には登録用の羊皮紙とペンが置かれていた。


「早速タグの登録に移りましょうか! アルバートさんご職業は何をされているんですか? 」


手の中でペンを回しながら、エマが尋ねる。


「しょ、職業…?特には、何も。普段は森で狩りをしたり、絵を書いたり…。」


「職業は、狩り人…っと。」


そう言って、エマが羊皮紙の空欄を埋めていった。


「ええっ!?ちょっと待って! そんな適当でいいの? 」


「問題無いです。所詮、自己申告なので。タグの更新の際にまた再度確認しますのでご安心を。」


中には、『専業主婦』なんて方もいらっしゃいますよ?と微笑む。

対する俺は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

ちょっと、適当過ぎないか…。エマの言葉を聞いて少し不安にかられる。


そう思っている間にも、エマは俺へと質問をして、その度にどんどん空欄を埋めていった。


やがて質問も終わり、羊皮紙の担当者の欄にエマがサインをしてペンを置く。



「ふぅ。これで完了です。後はこれを申請してタグが発行されれば終わりです。」



そう言って、彼女が要項が色々書かれた羊皮紙を受け取りに来た担当者の女性へと手渡した。



2、3言交わして担当者の女性が笑う。

聞き耳をたててみると、「初担当にしては、上手くやれてるじゃない。」と俺の不安をさらに煽るような会話がなされている。

エマが慌てて俺の方を見て、「黙ってて!」と言うように人差し指を唇に当てた。


(いや、もうバレてるんだけど……。)


どうやら彼女も今回が初めての担当らしい。


納得した。


どうりでさっきからギルドの職員達がチラチラと覗きに来るわけだ。

さながら子供の独り立ちを見守る親の気持ちの様に。


担当者の女性が、「最後までしっかりね。」と告げて去っていく。対するエマは軽く手を挙げてそれに答えた。顔には苦笑を浮かべている。


あんなに観察されながらだと、エマも大変かもしれない。




コホンッと咳払いをして、エマが俺へと向き直った。

椅子に深く座り直して、姿勢を正す。


「タグを待っている間、タグの更新についてお話しましょうか。」


そして、何事も無かったかのように話し出した。

どうやら、聞かなかった事にして欲しいらしい。俺は小さく頷いて彼女の意図をくんだ。


「アルバートさんは『鉄タグ(アイアン)』からのスタートですけど、ギルドからの依頼や、クエスト、他にも色々な功績や実績を残すことでランクアップが可能です。もし、ある程度、功績や実績を積んだなーっと思ったらいつでもギルドに来てください。その度にタグを更新してランクアップの有無を確認できます。」


なるほど。そういうシステムか。

つまりは、いつでもギルドにさえ来れればランクアップは可能という事だ。


ここで俺はさっきからずっと考えていた疑問について尋ねる。


「実際にランクアップするのってどのくらいかかるの?」


「うーん…人それぞれで一概には言えませんが……生涯を掛けても『銀タグ(シルバー)』より上に行かない人が殆どです。つまりはそう簡単には出来ないって事ですね。」


困ったように笑って、エマが頬を掻く。

どうやら俺のモチベーションを下げないために黙っていたらしい。


確かに、周りの人達を見ても、『銅タグ(ブロンズ)』より上の人は見当たらない。

相当努力をしないと、上には上がれないみたいだ。


ザザっと頭の中でひとつの景色がフラッシュバックする。


あれ?そういえば……。


家を出る前に、見せてもらったマーリンのタグの色…それは、確か……『金色』だった。


ってことは、マーリンは結構凄い奴なのか?

頭の中に、気の抜けた彼女の顔が浮かぶ。


どう見ても、凄いヤツには見えないんだけど…。




エマが他の職員から小さな箱を受け取って、俺の方へと差し出した。

縦長の小さな箱に詰められたそれは、俺の名が刻まれた鉄のタグだった。


「はい、アルバートさん。タグの登録は無事終了しました。こちらがタグです。 もし、分からないことや知りたいこと、他にも色々ご用件の際には、是非この私、エマ・ウォーカーに頼って下さいね。」


そう言って、平らな胸を拳で叩く。

ゴンと胸から固そうな音が響いた。

そして、タイミングよく横を通っていくセラフィさん。

悪気は無いのだが、その理想的とも思える体型とエマの身体をどうしても比べてしまう。


(やっぱりあっちの方が……。)


「わ・た・し・を! 頼って下さいね!!! 」


鬼気迫る目で、念を押すようにエマが迫ってくる。その勢いに押されて俺はガクガクと首を縦に振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る