第14話 ギルド
「と、遠い…。」
周りを木で囲まれた雪道をひたすら前へ、前へと進む。
家を出てからどれくらいたったのだろうか?
だんだんと額には汗が滲んできた。
(流石に…キツイよなぁ。)
踏み出す度に足は膝下まで雪へと埋まり、その重みで前へと動くのを阻んでくる。
肩から下げている鞄には、大量の金貨が詰まった布袋と水筒が入っていて、より一層負担を増加させていた。
思っていた以上に金貨は重い。
(やっぱり、半分くらい置いてくれば良かったなぁ…。)
今更ながら本気で後悔する。
明日はきっと筋肉痛だ。
息切れをしながらそれでも何とか、前へ前へと足を進めていく。
やがて、ずっと続いていた森が終わり、開けた場所へと道が続いていった。
その先に、町の門が見える。
(後、もう少し。頑張れ、俺。)
ヘロヘロになった体を鼓舞しながら、俺は1歩1歩町の門へと進んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
停戦協定後に西側へと移住するために東側の住人が森を切り開いて出来た町。
それが、『リンネル』だ。
そのため、住人の殆どは東側の人達でしかもその大半の人口を商人が占めていた。
停戦協定で自由貿易が認められたため、今でも多くの商人達が貿易の為に町を行き来しているらしい。
そんな町の特色は、門を通った後すぐに現れた。
見渡す限り、店、店、店。
市場の様にずらりと一直線に並んで、道の端を塞いでいる。売っているものは様々で、食料や、武器、装飾品等、どれもこれも目新しいものばっかりだった。
「お兄さん!西側の人かい?ならこれ見たこと無いだろう!?」
そう言って、小太りのオバサンが小さな宝石のついた装飾品を俺へと押し当てる。
銀鎖に繋がれた濃い青い色をしたその宝石は、マーリンの瞳に良く似た色をしていた。
「それさ、イヤリングっていって、耳に付ける装飾品。綺麗だろう? どうだい兄ちゃん、両耳セットで買っていかないかい?」
「えっ、うーん…。いや、多分俺、似合わないし…。」
そう呟いた瞬間、オバサンが吹き出した。
苦しそうに胸の辺りを抑えながら笑っている。
「アッハハ! 違う、違う。お兄さんにじゃないよ。お兄さんの大切な人にさ。お兄さんカッコイイから彼女のひとりやふたりいるだろう?」
小指をクイクイと動かして、オバサンがニヤリと笑う。
あぁ…そういうこと…。なるほど俺は勘違いしてた訳だ…。
………。
…ふぅ。
………………………………恥ずかしい!!!
恥ずかし過ぎる!!
よもや、勘違いして自分に似合うかなんて!!
いや、でもまさかこれが女限定のものだなんて誰も思わないし…。
いや、でもこんなもの付けるのは女くらいか……。うぅ…。
「ど、どうしたんだい? 兄ちゃん、顔真っ赤だけど? 」
恥ずかしさで悶絶してる俺の顔を、オバサンが覗き込んでくる。
「っ!? な、何でも、何でも無いです!! 」
俺は手に持っていたピアスを、オバサンに押し返して一目散に走り出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁ…。」
顔の赤みがようやく収まった頃、俺は町の中心に建てられたギルドへとたどり着いた。
ログハウスのような造りの建物に、大きく『ギルド』と看板がかがげられている。
チラリと窓の方から中を覗いたが、外からは中が確認出来ないようになっていた。
「……ふぅ。」
少し緊張しながら、木組みで洒落た色をしたドアを開ける。
まだ昼前なのに、中はやけに薄暗かった。
燭台に乗せられた蝋燭が室内を妖しく灯す。
ギルド内は、思っていた以上に広くて、多くの人で溢れていた。
体格の良い男性や、幼い子供、妙齢の女性、その性別や年齢は様々で、どこか怪しげなこの空間をより一層、異様なものにしていた。
「こんにちは。ギルドは初めてですか?」
物珍しそうにキョロキョロしていた姿が目立っていたのだろうか、緑のシャツに白のジャケットを羽織った女性が語りかけてきた。
俺は、1度小さく頷く。
「それでは、こちらへどうぞ。色々説明させていただきますね!」
そう言って、ひとつの席へと案内された。
横を見ると、他にも同じような机が何個も並べられていて、それぞれに彼女と同じ服装をした女性が他の人達と話をしている。
なるほど、どうやらここがギルドの窓口らしい。
向かいの席へと彼女が座り、一息つくと、その琥珀色の瞳に俺の姿を映しながら話しだした。
「まずは、自己紹介から始めましょうか。私の名前はエマ・ウォーカーって言います。あ、ウォーカーって言っても移動は徒歩じゃありませんよ? 走ったり、跳ねたり、乗り物にも乗ります。」
「………。」
「…コホンッ。いや、笑うとこだったんですけど、お兄さんなかなか堅いですね。」
(ええっ!?今、笑うとこあった!?)
驚く。まさか、出会ってほんの数秒で冗談かましてくるなんて夢にも思わなかった。
「ア、アハハハ…。」
とりあえず、愛想笑いを返すが、モロに棒読みになってしまう。
どうやら今のギャグは彼女の鉄板なのだろう。不服そうに口元を固く結んで、俺を見つめるその目がどんどんと鋭いものになっていった。
「なるほど…この程度じゃ、渇いた笑いにしかならないと。 いいでしょう、次はお兄さんの番ですよ。果たしてどんなギャグで私を笑わせてく…」
「アルバート・ヴォルフです。よろしくお願いします。」
「せ、せめて最後まで言わせてください!」
茶番に付き合う気はサラサラないので、あっさりと自己紹介を終える。
また、彼女が不服そうに顔で頬を膨らませて俺を睨んだ。
「お兄さん、そんなんじゃモテませんよ!」
いったい何の話をしてるんだ…。
俺はここに登録しに来ただけなのに、何故かギャグと恋愛について熱く語られている。
謎だ…。大いに謎だ。
「エマ! お客さん、困ってる。ちゃんと仕事しな! 」
「ふぇっ! す、すみません。」
見かねた職員のひとりが助け舟を出してくれた。立ち去る途中、俺の方を振り返ってウィンクする。
(あぁ…あっちの人が良かったなぁ。)
「なんて、思ってないですよね?」
顔に出てたのだろうか?エマが俺の顔をジロリと覗き込む。俺は思いっきり視線を逸らして誤魔化した。
「……はぁ。 まぁ、いいです。確かにセラフィさんの方が優秀ですからね。でも、私だって! 私だって! 精一杯頑張ってるんです!!」
ーーードンッと最後の方は勢いよく机を強く叩いて、俺の方へと迫ってきた。
その勢いに気圧されて俺はガクガクと頷く。
「だ、だったら…早く説明して…。」
「あ、あぁ…そうでした。 コホン。えーと…本日はどのようなご用件で参ったのでしょうか?」
気を取り直して、という感じで彼女が席へと戻る。
「タグの登録と、口座の開通に…。」
「はい。タグの登録ですね。口座の方は、タグの登録時に自動的に開通されるのでご安心を。」
やっと、話がまともになった。さっきまで情緒不安定な彼女にどうなるかと思ったが、これならすんなりと登録出来そうだ。
「アルバートさん。1つ確認したいのですが、タグの意味はご存知ですよね?」
さも当たり前の様な表情で、彼女が俺に尋ねる。
「タグの意味…?えっ、タグって本人確認のためにあるんじゃないの?」
そんな俺の言葉に彼女の瞳が見開いた。
「ご存知ないのですね…。あぁ、大丈夫です。たまにはそういう人もいらっしゃいますので1からご説明致します。」
彼女が椅子から立ち上がって、本棚の方へと向かい1冊のカタログを手に取って戻ってくる。
それを、机へと広げて俺の方へと差し出した。
「いいですか、アルバートさん。タグは本来、その人自身を表すものになっています。身分証明だったり、口座の操作だったりとその用途は様々です。恐らくここまでは、ご存知ですね?」
「あぁ…うん。」
それだけじゃないのか…。
内心、驚きながら彼女の言葉に耳を傾けた。
彼女がカタログのページを捲って、そこに並べられたタグの写真を指さす。
「ここに色の違うタグがあります。左から鈍色、銅色、銀色、金色、紅色、黒色ですね。 これは、この色の順でその人の『強さ』を表してます。」
「強さ?」
「はい。まぁ、具体的に言うならその言葉の通り、純粋的な力や能力だったり、他にも、経済力や社会的地位、影響力等も『強さ』に含まれます。」
「なるほど…。つまり、色が濃くなれば濃くなるほど強くなるってこと?」
「ええ…まぁ、そうですね。そういう理解で間違ってないと思います。」
「で、それが何か?」
「恐らく、アルバートさんはこの鈍色のタグ、所謂『鉄タグ(アイアン)』と呼ばれるタグから始まる事になると思います。 要するに1番下のランクですね。」
「なるほど。それってまずいの?」
「いえ、まずいってことはありません。 殆どの方がまずはこのタグから始まりますしね。 ただ、1つ注意というか警告というか……いいですか? もしも、もしもですよ? 自分のタグより上のランクの人とトラブルになった場合は、例え自分に非が無くても、一目散に逃げてください。」
何を馬鹿げた事を……、最初はまた冗談かな? と思ったが、神妙な面持ちで僕を見るその琥珀色の目は真剣だった。
ゴクリと唾を飲み込む。
「……それは、ちなみに何で? 」
「理由は単純です。 『勝てない』からです。ルーキーでしかも鉄タグ(アイアン)の貴方と、1つ上の銅タグ(ブロンズ)の誰かとでは、埋まりきらない圧倒的な差があります。」
絶対に覆すことは出来ないです。と、言葉が続く。そんな脅しに俺は一瞬、身をこわばらせるが、すぐに思い返して立ち直った。
結局の所は、トラブルにならなければいい話だ。
なら何の問題も無い。
俺はひっそりと慎ましやかに生きていこう。
そんな俺の意図も読んだのであろう、エマがチッチッチッと人差し指を左右に振って口を開いた。
「それがそういう理由にもいかないんですよ…。アルバートさん、『タグ狩り』ってご存知ですか? 」
俺は首を横に振る。知らない。
タグ狩り? 初めて聞いた。
「まぁ、そのままの意味ですね。 ある程度の熟練者達が、新人や中堅者を狙ってタグを奪っていくことです。」
「はぁ!? 何だよそれ! 犯罪だろ !? 」
あまりにも、あんまりな事実に驚愕し、思わず声を荒らげた。
そんなの新人の俺からしたら防ぎようが無いじゃないか。
「それが…そうでもないんですよ。例えば両者間で何らかのトラブルが起きて、その結果タグを奪われたら…ギルドは何も出来ません。」
民事不介入ってヤツですよ。と小さくため息をつく。エマの琥珀色の瞳に影が落ちる。
「そんな…ちょっと理不尽過ぎないか?」
「世の中は理不尽の塊みたいなものですよ、アルバートさん。なので、私達ギルドの職員が出来るのはこうやって新人(ルーキー)の皆さんに声を掛ける事だけ何です。」
自虐気味に話すその表情は、辛そうにも、苦しそうにも感じた。彼女もまた、これが正しいとは思っていないんだろう。
「だから、アルバートさん。もしも、自分より高いランクの人に喧嘩を吹っ掛けられても応じないで下さいね。 その場から一目散に逃げ出して関わらないようにしてください。 【逃げるが勝ち】ですよ?」
最後は念を押すようにエマが俺を見つめた。
頷く。理解はした。
そうならないように努力はしよう。
頷いた俺を見て、エマが満足そうに微笑む。そして、そのまま後ろの椅子に体重を預けて大きく伸びをした。
「うーんっ! 少し話しすぎましたね。いや、でもまだ話さないといけない事もあるんですけど……、少し休憩しませんか? 私、お茶入れてきますよ?」
そう言って彼女が笑った。
確かに、さっきまで緊張していた事もあって喉は渇いてる。
ここは、この言葉に甘えよう。
「お願いします。」
「はーい! アルバートさんはコーヒーでいいですか?」
「いや、お茶でお願いします。」
即答する。彼女はまた1度小さく微笑んで席を立っていた。
残された俺は、机の上に置き去りにされたカタログに目を通しながら時間を潰していった。
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