第13話 プレゼント
ほんわりと香る朝食の香りが鼻腔をくすぐり目を覚ました。
いつの間にかすっかり朝になっていて、つけていた筈のストーブは燃料が切れて冷たくなっていた。
ベッドの上で1度大きく伸びをして、起き上がる。
凄く目覚めの良い朝だ。
昨日の夢が嘘のように頭の中がすっきりとしている。
何となくだが、今日は良いことがありそうだ。
そんな予感がする。 まぁ、あくまでするだけだが。
そんな事を考えながら、寝癖の付いたボサボサの黒髪を手ぐしで整える。
ふと、部屋から窓の外を眺めると、家の周りを囲む森にヒラヒラと雪が降り始めていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
服を着替えて、一階に下りるとマーリンが一足早く椅子に座って朝食を嗜んでいた。
「おはよう、アル。ご飯、出来てるよ。」
1杯のホットコーヒーを飲みながら、マーリンが俺を見て言う。
どこかの映画の1シーンの様なその姿ははっきり言って凄く様(さま)になっていた。
こういう、日常のふとした瞬間にマーリンの格好よさを感じる事が度々あった。
まぁ、本来は女性だから格好いいよりは、可愛いの方が良いのかも知れないが……マーリンの歳になって可愛いっていうのは何か違う気もする。
(どっちかと言うと…美しいかな?)
そう考えて、吹き出しそうになる。いつもの粗暴の荒いマーリンを見てたら、『美しさ』なんて似合わない言葉No.1だ。
(黙ってりゃ、そこそこモテそうなのにな。)
まぁ、こんな森の中じゃ出会いもないか。
そんな失礼な事を考えながら、俺は洗顔と歯磨きをしに洗面所へと向かった。
そういえば…よくよく考えてみると、俺とマーリンはそんなに長い付き合いではない。
出会ったのだって6年前だ。
マーリン曰く、もっと前から知り合いだったらしいのだが、俺に幼い頃の記憶が無いせいでその時が俺には初対面に思えた。
まぁ、それでも今は、家族の様に大切に思っている。
……少なくとも俺の方は。
『私はマーリン・ヴォルフ。 そして、君はアルバート。今日から私がアンタの母親代わりだ。』
他には誰もいない2人きりの病室で、彼女がぶっきらぼうに放った言葉を今でも良く覚えている。
あれから6年間、生活を共にした。
一緒に色んな所を渡り歩いた今なら、あの言葉が冷たい冷酷なものではなくて、照れ隠しに放った温かい言葉だったって事ぐらいは理解している。
その粗暴な態度や言動の裏には、いつも俺のことを考えてくれている優しさがあった。
歯を磨きながら、昔の事を思い出す。
マーリンは腕のいいガンスミスだが、人付き合いに関しては物凄く不器用だった。
この森に辿り着いて移住するまで、色んな出来事やトラブルがあったが、今思い返せば人付き合いが苦手なせいで起こったトラブルが殆どだったかもしれない。
嗽をして、使ったコップと歯ブラシを元に戻した。目の前の鏡に映る俺の顔は、苦笑していた。
懐かしいなと思いつつ、変わらないなとも思った。
まぁ、これから先もずっとこうして生きていくのだろう。
それはそれで、楽しそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リビングに戻ると、一人分の朝食が机に並べられていた。
いつもの定位置、マーリンの向かい側に座る。
今日の朝食は、薄く切られた食パンに、少し形の崩れた目玉焼きを乗っけたヤツ。
付け合せには、カリカリに焼かれたベーコンと程よいサイズにちぎられた葉野菜が。
そして、野菜たっぷりのスープが添えられていた。
香ばしく焼かれたベーコンや、温かいスープの香りが食欲を刺激する。
いただきますの声と共に早速俺は食べ始めた。
「珍しいな。朝からマーリンが食事作るなんて。」
目玉焼きの乗ったパンを片手に、向かいに座っているマーリンへと声をかける。
「今日は少し早起きしたからな。どう? 味は? 」
俺は目玉焼きの乗ったパンを咀嚼しながら、右手の親指をグッと突き出した。
マーリンが目を細める。
「そうか。味わって食べな。次は何年後になるか分からないよ。」
冗談か本気か分からない様な口調でそんな事を言う。流石に食事当番の時くらいは作ってもらわないと困るんだが…。
まぁ、でも確かに久しぶりかも…。
マーリンは、普段あまり料理をしない。
どこか懐かしくも感じるその料理を味わいながら、俺は空腹だったお腹を満たしていった。
朝食を食べ終えて、皿を片付けたら食後の1杯を嗜む。
と言っても、ブラックは飲めないので、砂糖とミルクを多めに入れたほぼカフェオレに近いコーヒーだ。
「まだまだ、お子様だな。アル坊。」
砂糖を多めに入れる俺の姿を見て、マーリンが呟いた。
「良いんだよ。どうせ飲むなら美味しく飲みたいだろ。」
毎度、毎度からかわれるが、気にしない。
断然、ブラックよりこっちの方が美味しい筈だ。あんな苦い物、美味しいって言って飲む方がおかしい。
「ふふふっ…。」
マーリンが俺を見ながら、楽しそうに笑った。
「何? 何だよ。文句あんのかよ。」
「いや、別に。思い出し笑いだ。気にしないでくれ。」
そう言いながらも、クククッと楽しそうに笑う。どうやらツボにハマったらしい。
堪えきれてない含み笑いが、馬鹿にされてるようで耳に障った。
こんなの気にしない方が無理だ。物凄く飲みづらい。
俺は手に持ったコーヒー(カフェオレ風)を置いて、1度席を離れようとした。
「あぁ、ちょっと待って。」
マーリンが俺を引き止める。
「何?」
俺は機嫌を損ねた様に、冷たく言い放った。そんなぶすっとした俺の態度を見て、マーリンが困ったように額を掻く。
「そう怒るな。笑ったのは悪かった。でも、悪気は無いぞ。本当に思い出し笑いだったんだから。」
「……。」
若干間をおいて、俺は1度大きくため息をついた。また席へと座りなおす。
そして、置いてあったコーヒー(カフェオレ風)を一気に飲み干して、目の前にいるマーリンへと向き直る。
「で、何?」
こんなふうに改まって会話するなんて、気味が悪い。何か良くない予感がするのだが…。
そんな俺の気持ちもなどつゆ知らずにマーリンは話し出した。
「今日、何の日だか覚えてる?」
「…えっ…? …か、火曜日だけど?」
えっ…何だ急に。唐突な問いに混乱する。今日は別に祝日でも、休日でもない。ただの平日の筈だが…。
そんな俺の回答に、マーリンがほとほと呆れたような顔でため息をついた。
瑠璃色の瞳に混乱した俺の顔が映る。
「そういうことじゃない。本当にアンタは…もうちょい自分に興味を持った方がいいぞ。」
自分に…? 俺のこと? あぁっ!!
そう言われて思い出した。そうか…今日は、
「俺の誕生日か!」
「ご名答。ほらプレゼント。」
そう言ってマーリンが机に、丈夫そうな布袋と1つの銃を置いた。布袋の方は大部中身が詰まっているのだろう。置く時にドサッと重そうな音をたてた。
(そうか…俺、今日で18歳か。)
すっかり忘れていた。
誕生日なんて、大分前から祝ってもらった覚えが無いのだが、今回は特別なのだろう。
この大陸では、18歳から成人として認められていて、俺も今日から大人の仲間入りになるわけだ。
まるで、実感なんて湧かないが。
ふと、机の方に置いてあるプレゼントに目をやる。
「これは私からだ。」
なかなか手を出さない俺にやきもきしたのかマーリンが、机の上の銃を手に取って俺に差し出した。
「アル専用のこの世に一つしかないオーダーメイド品だ。」
「あ、あぁ…、サンキュー。」
恐る恐る、差し出された銃を手に取る。黒色をベースに銀で装飾されたリボルバー型のその銃は驚くほどすっぽりと俺の手に収まった。
ハンドグリップに刻まれた狼の印が鈍色に光る。
「作るのに、大部苦労したんだからな。 ソイツの名前は『フェンリル』。大切に使えよ?」
そう言ってマーリンが俺を見て微笑む。
俺は自分の手に収まったソイツに目を向けた。
ーーーーーー漆黒のメタルボディに、手に収まるしっかりとした重量感。
古代文字を思わせる銀の装飾に、グリップ部分には銀狼の刻印。
この世に1つだけ。俺だけの銃か…。
悪くない。むしろ……良い。
そう思うと何だか興奮した。
『フェンリル』、神話では主神を飲み込むその大きな口で有名だが、この銃もその名前に負けないほど大口径だった。
その大きく縁取られた銃口が怪しく光る。
「ありがとう、マーリン。大切にする。」
「あぁ、そうしてくれ。後、その銃には魔術付与(エンチャント)もしてあるから使い易さや威力は期待してくれていいぞ。」
「えっ!? マジで!!」
ーーー『魔術付与(エンチャント)』
ここ数年で開発された新しい技術で、銃や剣などの部品に魔術鉱石を埋め込む事で本来持っている力よりも更に力を引き出すことができるようになる技術だ。
その効果はまちまちで、鉱石の種類によっても異なるのだが、どの魔術付与にも限界が定められていた。
そう、つまり銃ならば、『反動抑制』や『精密狙撃』、『威力、貫通力増加』などで、銃口から炎や雷が出るといった魔術は使えない。
『魔術弾(マジックバレット)』でも使わない限りそういった魔術を起こすことは不可能だった。
それでも『魔術付与(エンチャント)』された銃はされていない銃に比べて、限りなく性能が良い。今はまだ、技術が未発達で、されていない銃の方が主流だが、今後、魔術付与(エンチャント)されている銃の方が主力になってくる事は明白だった。
どうやら、マーリンもそれを見越してこの銃に魔術付与(エンチャント)してくれたらしい。
でも、魔術付与(エンチャント)するための鉱石や部品はどれも高価な筈だ。
家の経済状況からみて、そんな余裕があったとは到底思えない。
(それを、俺のために…。)
俺は改めてこの銃を作ってくれた同居人に強く感謝した。目の前に座る彼女を真っ直ぐ見据えて、深く頭を下げる。
「ありがとう、マーリン。本当に。」
「よ、よせ、礼は2度もいらん。喜んで貰えたらそれでいいんだ。………あぁ、それとこっちは…。」
1度小さく咳をして、マーリンが照れ隠しのように話題を変える。
「こっちは、私の知り合いからアンタにって、手渡されたヤツだ。」
そう言って、中身の詰まった布袋を俺の方へと押し出した。袋の上を縛っていた紐が緩み中身が零れ落ちる。
ーーーチャリン。
1枚の金貨が、机の上をコロコロと転がり、小さく音をたてて、止まった。
その表面には、女神の横顔の刻印。
開いた袋の口からは、これと同じ黄金色のコインがまだまだ沢山が覗いている。
(まさか…これ、全部!?)
驚愕の瞳で、マーリンを見ると、彼女は小さく頷いて口を開いた。
「ーーー金貨360枚。全部、アンタのものだよ。」
「っ!?」
驚きで瞳が見開くのが分かる。
人、1人が生きていくのに、大体ひと月、金貨5枚あれば充分に暮らせる。
それなのに…360枚って…。
約6年分の生活費に相当する。
「いったい、誰が? 俺、こんな金持ちの知り合いなんていないよ?」
「……残念だが、誰だかは言えない。そういう約束だからね。 ただ、アルが会いたいと思えばすぐにでも会えるだろう。 そう遠くない未来に。」
烏羽色(からすばいろ)の前髪に、彼女の瞳が隠れる。マーリンは何かを隠すように、俺から視線を逸らした。
恐らくこれ以上は何を訊いてもはぐらかさられるだろう。
「分かった、貰っとくよ。 でも、俺こんな大金保管出来ないけど…。」
俺の方へと差しだされた布袋を受け取る。やっぱり中身が金貨だけあってその重さは相当なものだった。
いくらマーリンと2人きりとはいえ、こんな大金を家の中に放置するほど俺は不用心ではない。
「それに関しては大丈夫だ。アル、アンタは今日で成人だ。」
「あぁ…うん。そうだけど?」
だから何?とそんな表情を俺が浮かべていたのだろう。マーリンが、「やっぱり鈍い…。」と呟いてため息をついた。
「ーーーーーーギルドへ行ってきな。 そして、自分の口座とタグを作ってくるんだ。」
そう言って彼女は、首からさげていた金色(こんじき)に輝くタグを、胸から取り出して俺に見せた。
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