第12話 アルのその後
ーーー東西停戦協定から6年後。
ユーフステス大陸、西側北部のとある森。
その大雪が積もった銀世界の中、アルバートは地面に身体を伏せて、狩猟用のライフルを構えていた。
体温で雪の表面が溶け、着ている服を濡らしていく。一応、厚着はしてきているが、それでも徐々に体温は奪われていった。
狩猟を始めてから大部時間が経ったが、未だ収穫は0。
これ以上は、日も暮れるし、寒さにも耐えきれない。
(…今日もダメかな。)
昨日も、一昨日もダメだった。なら多分、…今日もダメだろう。
毎度毎度、ルーティンの如く狩りには出るが、その成果は挙げられない日の方が多い。
(最近は、狩りに行くこと事態が目的化してきてるしな…。)
そんなふうに諦めかけた時、恐らく群れからはぐれたのだろう。1頭のロングホーンが、水辺へ喉を潤しに現れた。
(おぉ、ラッキー! 絶対に仕留める。)
ロングホーンの位置を確認して、死角へと回り込む。
ロングホーンは牛の仲間で、大きさは約2m。この地域特有の黒毛を生やし、その名の通り頭には鋭い長い角が2本生えている。
その肉は、引き締まっていて固いことで有名だが、それでもこの寒い冬を越すためには、必要なタンパク源だ。贅沢は言えない。
「…動くなよ。」
小声でそう呟きながらそろりそろりと近づいていく。
奴らに限った事では無いが、獲物を1発で即死させないと肉の質が落ちる。
ただでさえ固いのに、これ以上美味しくなくなったら意味がない。
慎重にそれでも、確実に距離を詰めて狙いを定めた。
スコープを覗いて、ロングホーンの頭へと照準を合わせる。
ボルトアクション式のこの猟銃には既にコッキングして弾を詰めている。
後は、安全装置を外して引き金を引くだけだ。右人差し指に力を込めれば弾は飛んでいく。
不意に、何かを察知したかのようにロングホーンが水辺から顔を上げた。
瞬間、引き金を絞った。
ーーーーーーターンッ。
甲高い銃声が森に木霊して、放たれた銃弾が真っ直ぐにロングホーンの方へと向かっていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「で、取れたのがこれだけと…。」
マーリンがそう言って、折れたロングホーンの片角を手に取った。次いでため息。
「久しぶりに肉が食べれるかと思ったら…まさか角とはねぇ…。何? 今夜はこれを食べるの? 流石に固すぎるんじゃないか?」
皮肉めいた口調で追撃が続く。堪らず俺も反論した。
「うるさいなぁ。俺だって、ちゃんと狙ったさ。でも、急にあいつが動くから。」
あの瞬間、猟銃から放たれた弾丸は、ロングホーンの顔を掠めて、その立派な角へと直撃した。
1m近くある角は、その中腹から真っ二つ砕けて先の方の半分が地面へと落ちた。
そして、俺が二発目を撃つ前にロングホーンは森の奥へと逃走。結局、俺は残された角だけを持ち帰ったとういうわけだ。
「そりゃあ、動くさ。奴らも生き物だからねぇ。」
ロングホーンの角を弄びながら、マーリンが呆れたように呟いた。そして、そのまま角を暖炉へと放り込む。
「ええっ…。捨てんのかよ。」
「うーん…全く価値にならなそうだったからね。あの耐久性じゃアクセサリーにすら出来ないよ。 さっ! 切り替えて、ご飯にしよう。アル、今日はアンタが作りな。」
期待させた分、美味しいもの作りなよ?そう続けてニヤリと笑う。
その挑戦的な笑みに、俺は闘士を燃やした。
………上等じゃねぇか。
絶対にほっぺが落ちるほどの料理を作ってやるよ!!
そう思いながら、アルバートは食料が置いてあるキッチンへと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いやー美味しかった。流石だね、アルの料理は。」
マーリンが手放しで俺を褒め称える。何となく乗せられている気もするが、悪い気はしない。確かに、料理は自分でも自負出来るほど自信がある。
「これからはずっとアルが作ってもいいんじゃない?」
そんな事も言いだすが、これは無視する。
確かに作ってもいいのだが、何でもかんでも俺がやるとマーリンがダメになる。それだけはダメだ。
「洗い物、お願いな。俺今日はもう、寝るから。」
そう告げて、リビングから出て二階にある自分の部屋へと向かう。誰もいなかった部屋は寒さで冷えきっていた。
「寒っ…。」
寒さに震えながら、燃料ストーブをつけて暖をとる。点火された火がゆらゆらと左右に搖れていた。
(あぁ…心地いい。)
ストーブで暖められた空気にかじがんだ手を触れさせながら、温める。
だんだんと身体が温かくなり、眠気が身体を襲った。
(あー…これは逆らえ無いな…。)
ベッドに横になり、肩まで布団を被る。
そして、そのまま俺の意識は途切れていった。
朦朧とした意識の中、俺の名を呼ぶ少女の声が聞こえた。
…ここは何処だろう?鬱蒼と生い茂る木が俺の周りを囲んでいる。
そして、少女が泣きながら、俺の身体を揺さぶっていた。
何で泣いているんだろう?分からない。
少女は、ただただ辛そうな表情で、俺を見て泣き叫んでいた。
俺が少女へと手を伸ばす。
小さな手が視界へと映った。
驚くことに俺の身体も縮んでいて、幼くなっている。
(あぁ…これ、夢か。)
頭の何処かで理解した瞬間、世界が移り変わった。
今度は、何処かの石造りの街へと場面が変化した。のんびりとした雰囲気の平和な街だ。
何処からともなく、笑い声が聞こえて和やかな空気が流れている。
夢の中と知りつつも、賑やかで楽しそうな雰囲気が溢れる街の中を散策した。
不思議と道を知っていて、どこに繋がっているのかも理解している自分がいた。
石造りの橋を渡って、路地裏から街の中心を通る大きな道へと出た。
そして、ある一つの家に辿り着く。
木組みの二階建ての家。手前の看板には『鍛冶屋バーネット』の文字。どこか懐かしい雰囲気を醸し出しているその家へと俺は足を踏み入れた。
瞬間、目の前の家が崩れさる。
空は真っ黒な煙に覆い尽くされて、街は炎に包まれた。
沢山の悲鳴と銃声が鳴り響く。
(何なんだよ…これ。)
現実ではない。それは分かっているのだが、堪えきれない恐怖が身体を襲った。
気がついたら、街の外へと逃げ出そうとしている自分がいた。
実際に走り出すと、身体が重くて思うように進まなかった。
そして、突如として目の前現れる血と肉に染まった真っ赤な男性。
積み重なる住人の死体の山。
その光景に、俺の思考は真っ白になり、あまりの恐怖に頭を抱えてうずくまった。
(やめろ…やめろよ…。早く覚めろ!!)
頭の中でそれだけを繰り返す。
どれだけの時間そうしていたのだろうか。
気がついたらまた、世界が変わっていった。
今度は黒髪の女性が横たわった姿で目の前に現れる。
その腹部は真っ赤な血で染まり、目に見えてその傷の重症さが伝わってきた。
彼女が俺を見て、何かを呟く。
声は聴こえない。その表情も霞がかかったように薄れていて分からなかった。
切ない、悲しい…そういったどう使用もない感情が溢れだす。
何故だかは…分からない。
俺は…何か大切なことを忘れている?
そんなふうな思いが頭の中を駆け巡った。
瞬間、頭の中で何かが燃えだした。世界がどんどん崩れていく。
壊れていく世界の中で、耐えきれない苦痛が俺の身体を襲った。
熱い…。痛い…。
ガンガンと割れそうなくらいに頭が痛む。
焼けるような熱さが身体を、頭を苛んだ。
『…大丈夫。』
ふと囁くような声が頭に響いた。そして、熱を帯びていた身体をひんやりと冷ましていく。
不思議と痛みも和らいでいく。
『大丈夫だから。』
今度はハッキリと声が聞こえた。その優しい、包むような声音が俺の心に安心を取り戻していった。
今度こそ、深い眠りへと意識が落ちる。
その最中で、声が『またね。』と呟いて消えていった。
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