Remind of you

第11話 breaktime

閑散とした住宅街。

その中にひっそりと佇む1件のお店があった。

従業員は2人だけ。

白髭が素敵なマスターと、両目が色違いのオッドアイのウエイトレス。

お店の中は小さくて、2人で充分切り盛り出来た。

店の内装は、マスターの趣味なのかアンティーク調に仕上げられた机やカウンターで統一されていて、どこか中世風の雰囲気を醸し出していた。


「クルックー!クルックー!」


店の鳩時計が午後2時を告げる。店内には、4人のお客さん。それぞれが不自然な程、離れた席に座っていて、これまた不思議な程、注文するものは同じだった。


「お嬢ちゃん、コーヒーのお代わり貰える?」


入り口近くに座っているスキンヘッドの男性に声を掛けられる。

空になったカップを受け取り、確認の為に話しかけた。


「ホットでよろしいですか?」


「あぁ、さっきと同じ。よろしくな。」


そう言って、ニカッと笑い、すぐに持っていた新聞へと目を移す。

新聞の見出しには大きく『東西停戦協定から6周年! 』と印刷されていて、それをお祝いするパレードの写真が張り出されていた。


(あれから、そんなに経ったんだ…。)


月日が経つのは早いとはよく言ったものだ。

停戦協定から世界は大きく変わり、今ではこの西側(レガリア)の町にも東側(アイリス)の住人が移り住んできている。


以前なら考えられない。そんな出来事が今は当たり前になっている。


「マスター、ホット1つだそうです。」


「はい。」


カウンターの奥、この店の店主が新しいコップを出してコーヒーを注ぐ。

温かな湯気を立ち上らせたコーヒーは、豊かな香りを辺りいっぱいに広げた。

マスターお手製の『オリジナルブレンド』。

この店で最も人気がある、そして4人のお客が先程から頼んでいる自慢の1品だ。


「お待たせしました。」


「あぁ、悪いな。ありがとう。」


注ぎたてのコーヒーを、スキンヘッドの男が1口嗜む。思った以上に熱かったのか、1度ビクッと身体を仰け反らして、唇を噛んだ。


「すみません! 今お水を… 。」


「いや、大丈夫。 自分が猫舌なのを忘れていた。」


ハハハッと笑う。

凄く感じが良くて、愉快なお客様だな。

そう思いながらももう一度頭を下げて席を後にした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


店内の誰も座っていない席を掃除しながら、他のお客を見渡す。


1人は、パンチパーマ風の髪型をした若い男性。気難しそうな顔をしながら1冊の本を読んでいる。時折、肌寒そうに両腕を摩っては、まだ温かいコーヒーを口に含んでいた。


その席から1つ離れて座っているのは、茶髪でショートヘアの女性だった。

胸元が大きく開いた服を着て、その胸には金色(こんじき)のタグを埋(うず)めている。

どこか大人の雰囲気を纏ったそのセクシーな女性は、ルビー色の瞳を細めながら幸せそうにコーヒーを嗜んでいた。


そして、もう1人。

彼女は、とても綺麗な女性だった。

美艶の黒髪を腰のあたりまで伸ばして、頬杖を付いている。

何処にいても注目を集めそうな程美しいその容姿は、今は雨が降っている窓の外へと向けられていた。

物悲しそうに、コーヒーを飲みながらため息をついて、景色を見ながら黄昏ていた。


この3人とスキンヘッドの男性を合わせて4人。みんな、同じタイミングで入ってきたのに別々の席に座った。


……不思議だ。いったい何者何だろう?この人達は……。



来店してから1時間。ちょうど、お客さん全員のコーヒーが無くなるとき、4人のお客さんがそれぞれ同じことを独りごちた。


「「「「そろそろだね。(だわ。)」」」」


その声と共に、お店へと駆け込んでくる1人の男性。

ーーーカラン、カランと扉に飾ってあったウェルカムベルが盛大に音を鳴らした。


「ちょっ、皆! ひどいだろ! 俺だけ置いていくなんて! 」


雨に濡れた金髪を垂らしながら、その男性が大声で叫んだ。


「あらー? 私達としては、貴方に気を使ったのよ? 」


ショートヘアの女性が呟く。楽しそうに口元を緩めながら、瞼を閉じる。


「そうそう。君も、だいぶ楽しそうに女性と話してたみたいだし。」


本から目を移すことなく、パンチパーマの男性が続ける。


「ナンパも大概にしろ、馬鹿が。次は、本当に置いていくからな。」


スキンヘッドの男が、金髪の男を一瞥して吐き捨てた。言われた金髪の男がみるみる小さくなっていく。


「いや……マジ、すんません。」


割と二枚目のその顔がシュンッと眉毛をハの字にして項垂れた。

その様子を見かねて、黒髪の女性が立ち上がり、金髪の男性へと歩み寄る。そして、その肩に手を置くと優しく語りかけた。


「まぁまぁ、反省もしてる事だし。今回は……ね? 許して上げよう。」


「っ…! ……ボス!!」



金髪の男が、感動した顔で顔を上げる。



瞬間、ボスと呼ばれた黒髪の女性が金髪の男の首に右手を回して締めあげた。


「……んなわけないでしょ!! 前々から、団体行動を乱すなってあれほど言ってたのに!!」


「すみませんっ!! あぁ…ギブ!ギブっす……あぁ、でも、何か柔らかいものがっ……。」


「ひっ!?」


軽く悲鳴を上げて、黒髪の女性が締めあげていた右手を離した。両手で胸の辺りを隠して金髪の男を睨む。

その瞬間、スッと、ショートヘアの女性が立ち上がったかと思うと、一瞬で金髪の男へと間合いを詰めた。小さく耳元で呟く。


「マヤに手を出したら………殺すわよ?」


冗談とは思えないその口調に、金髪の男が腰から崩れ落ちた。その姿にショートヘアの女性が目を細める。


「あら、大丈夫? 何かにつまづいたの?」


ニッコリと笑って手を差し出す。

その姿に金髪の男は後ずさりしながら、スキンヘッドの男の後ろに隠れた。


「やばいっすよ…あれ。…死ぬかと思った。」


「お前が馬鹿やるからだ。」


ブルブルと震える金髪の男に、ため息つきながらスキンヘッドの男が答える。

そのまま軽く視線を下げて、小声で呟く。


「それで、マヤの胸はどうだった?」


「…そっちもヤバかったっす。」


ジャキンッとショートヘアの女性がナイフを鳴らす。その音に2人の男性はピンッと背中を伸ばした。


「はぁ…もういいよ、ニコ。あいつらはああいう奴なの。」


黒髪の女性が、ショートヘアの女性に呟く。

ニコと呼ばれたそのショートヘアの女性は、ナイフを構えたまま黒髪の女性に話しかけた。


「女の敵ね。生きている価値ないんじゃない?」


その声に、2人の男が全力で首を横に振る。


「ちょっと待て!これは俺達だけじゃない!」


「そう、これは仕方ないんだ!つまりこれは……」


「「男のロマンだっ!!」」


最後は声を揃えて話す2人に、ニコはそのルビー色の瞳を細めて微笑むとそのナイフの刃を怪しく煌めかせた。

黒髪の女性が呆れたようにため息をつく。


コツコツと音を鳴らしながら、近づいてくるニコの姿に、スキンヘッドの男と金髪の男が肩を寄せあって震えていた。


「……マヤさん。そろそろ次の任務について教えてください。」


殺気乱れる店内に、生真面目な声が響く。

さっきまで本を読んでいたパンチパーマの男性が本を閉じて黒髪の女性へと声を掛けた。


「あら、レスター。2人を庇うつもり?」


ニコが体の向きをパンチパーマの男へと変えて威嚇する。その姿を両手で制しながら、パンチパーマの男が口を開いた。


「いや、別にそんなつもりはありませんよ。ただ、このままだと話が進まないなと思ったものですから。」


話が終わった後、2人のことはご自由に。そう続けて口を閉じた。

1度は助かったと安堵していた2人の表情が再び絶望へと移り変わる。


「てめぇ、レスター、1人だけいい格好しやがって! おめぇも男なら一緒に制裁を受けやがれ! 」


金髪の男が喚くが、パンチパーマの男は一瞥しただけで無視する。関わるだけ無駄。そんな感情が背中に書かれていた。


「諦めろ! カイル。犠牲者は少ない方が良い。そうだろ? 」


スキンヘッドの男が、金髪の男の肩を掴み語る。その声に反抗するように金髪の男が声を荒らげた。


「そうは言ったて、あいつも心の中では!! 」


「やめろっ!! 」


スキンヘッドの男の怒声が響く。

ビクッと、金髪の男の体が1度大きく震えた。


「もう…やめるんだ。これ以上は……誰も…誰も救われない…。」



「っ!!……おやっさん。 アンタ、なんて綺麗な目をしてやがんだ…。」


金髪の男の肩に手を乗せ、悟った様な瞳で語りかけるスキンヘッドの男の姿に、金髪の男が押し黙る。

そして、2人はそのまま黙るとガシッと互いの右手を力強く握った。



2人の熱い友情が今、固く結ばれる。




「……何この茶番。」


黒髪の女性が呟く。

いつの間にか、隣に来ているショートヘアの女性も小さく頷くとゴミ虫を見るような視線で2人を一瞥した。


「ここまで来ると、怒りを通り越して気味悪さまで感じわね。」


盛り上がる2人の姿を見て呟く。

パンチパーマの男も残念そうに2人を見ながら呆れたように口を開いた。


「こうしてないと、生きていけないんですよ、彼らは。」


そんな3人の残念な視線を感じならがら2人は未だに熱く手を握っていた。





「じゃあ、次の任務について話すよ。」


あれから、ややあって、どうにか5人全員がひとつの机に集まると、徐ろに黒髪の女性が語り出した。

かと思うと、あっ!と思い出したような顔をして私を見て声を掛ける。


「ごめん!ウエイトレスさん。ホットコーヒー5つ、オリジナルブレンドで頂戴。」


両手を合わせて、お願いっと頼まれる。

どうやら聞かれては困るような話らしい。

畏まりました。と頭を下げて、私はその場から離れることにした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「それじゃあ、今度の作戦は姐さんとボスだけで行くって事ですか?」


金髪の男、カイルが小声で呟く。その言葉に私は小さく頷いた。


「そうゆうこと。ただ、まぁ作戦というよりは…ただ人を迎えに行くだけなんだけど。」


「マヤさんが直々に行くと言うことは、それなりの身分をお持ちの方なんですね?」


パンチパーマの男、レスターが恭(うやうや)しく尋ねるが、私はその問いに首を横に振った。


「ううん。恐らく一般人。今回は護衛って訳じゃないよ。その子は私達の仲間になるんだ。」


その私の言葉に、限られた人物しか知らない事情を知っているニコが悪戯っぽく微笑んだ。


「いつまで経っても迎えに来ないから、自分から迎えに行くそうよ。」


そんな言葉を続ける。

同じく事情を知っているスキンヘッドの男、ギルは黙ったまま口を開かなかった。吸っていた煙草の火を消して灰皿へと投げる。



ーーー6年前のあの日。


グレネードで傷を負い、瀕死だった私を救い出してくれたのは、当時、アシュリー社の強襲(アサルト)班だったギルとニコだった。


あれから、私は保護されて今ではオリバー・アシュリーの義娘として存在している。


傷が治癒して体の自由が利くようになった頃、私は義父に真っ先に自身の弟について尋ねた。


返答は、『生きている。』

ただ、それだけ。

まだ幼かった私が必ず無理をするとふんだ義父は私に必要以上の情報を与えなかった。


……冗談じゃない!


それだけで諦めきれる程、私の思いは軽くない。

でも、その当時の私では彼を守れる程の力はまだ無く、見つけだしたしてもまた過去の事を繰り返すそんな気がした。


だから、強くなった。


あれから様々な分野の事柄を学び、戦闘術も身につけ信頼できる仲間達も出来た。


今の私なら、彼を守れる。

この胸に掛けられている金色(こんじき)のタグこそがその証だ。


『すぐに戻ってくるから!!ちゃんと戻ってくるから!』


あの日、少年が告げた私への最後の言葉。

結局、迎えに来ることは無かったが今は悲しむことは無い。



迎えにこないなら、迎えに行けばいいんだ。





先程、注文したホットコーヒーが机へと運ばれる。私はそれを1口味わって、周りへと座る仲間達に目を向けた。


「このコーヒーを飲み終わったら、休憩は終わりだよ。さぁ、早く迎えに行こう!」


そう子供の様にはしゃぐ私に、周りの仲間は顔を見合わせ、揃って破顔したのだった。




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