第10話 一先ずの幕引きの前には、必ず波乱は付き物で…


「これからどうなさるんですか?」


停戦協定を無事に終え、アストルムの神殿を出た後、シャーロットが無邪気な笑顔を浮かべてレベッカに尋ねた。

その言葉の裏には「まだまだ話したりない!」という気持ちが全面に押し出されている。


「す、すみません。これから社長と私は寄らなければならない場所があるので…。」


レベッカが苦笑いを浮かべて返答する。

内心、これ以上は勘弁して欲しいと思っているはずだ。

そんなレベッカの真意を知ってか知らずか、シャーロットは心底残念そうに項垂れた。


「そうですか…残念です。私、レベッカさんとのお話凄く楽しかったのに…。」


グサッと、隣のレベッカの心に罪悪感の刃が刺さる。シャーロット本人に悪気が無い分、余計に重い。


「…社長っ。」


レベッカが涙目で助けを求めてくるが、無言で首を横に振る。

正直、私にもどう使用もない事だ…。


それでも、「何とかしてください」と切に訴え続ける目線に、オリバーは渋々頷いた。


しょうがない。

可愛い部下のためにも一応、フォローを入れておくか。


私は、項垂れているシャーロットに近づくと、彼女の肩に手を置いて優しく声を掛けた。


「また、いずれ近いうちにお会いする事もあるでしょう。それにまだ、我々の部隊が到着するまで時間があります。それまでに帰りの分もテイラーとお話になったらどうですか?」


そう告げられた言葉に、シャーロットは表情を明るくし、対するレベッカは苦悶の表情で私を睨んだ。


…しょうがないのだ。


停戦協定が思ったらよりも、早く済んでしまったせいで部隊の到着まで大分時間が空いてしまった。その間、無言で過ごすわけにもいかない。だが、私ではその役は務まりそうにない。


(だから、これは必要な犠牲だ…許せ、テイラー。)


嬉しそうなシャーロットに手を引かれ、苦しそうな表情を浮かべる部下に私は小さく黙祷を捧げた。


「社長っ!社長も是非、参加されては? 世の女性の気持ちを理解するのにうってつけだと思いますよ?」


こうなれば死なば諸共、レベッカが必死で私を巻き込もうとする。


私は、静かに首を横に振った。


当然、答えはNoだ。


「いやいや…ガールズトークなのに、こんな親父が参加したら話も弾まないだろう? 私もついていける自信もないしな。そういう訳だから部隊が到着するまで、私の事は気にせずに楽しく話してくれ。」


ガックリとレベッカが頭を項垂れた。

それを相槌と理解したのか、シャーロットがマシンガンの様に話し出す。

止まることのない彼女の会話に今度こそレベッカは生ける屍になった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



部隊が到着するまでの間、我々は時間を潰す為に近くの喫茶店へと入った。

あいにく、お昼前で店の中がいっぱいだった為、オープンテラスの方へと案内される。


「好きなものを頼め。 今日は私の奢り…」


「これと、これと、これとこれください。あ、後、食後にこれも。」


言い終える前に、レベッカがメニューを開いて高い順に注文していく。

完全に私への当てつけだが、まぁこれくらいは目をつぶろう。

そうでもしないと後から本当に斬られそうだしな。


「ちゃんと、全て食べろよ。」


「勿論ですよ。何ならおかわりも覚悟してくださいね。」


一応は、怒ったふりで苦言を呈すが、全く効かない。

それどころかレベッカは、自信満々に宣言した。

運ばれてきた料理をレベッカがガツガツと食べ始める。それを微笑ましそうに見ながらシャーロットがパフェを食べている。


食べている間は会話はない。

なるほど。これなら彼女からのトークも逃れられるという訳か。


考えたな…。だが、そこまでするとは…。

彼女は、普段はダイエットの余念のない性格だったはずだ。

それを犠牲にしてまで、トークから逃れている。


(そこまでキツイのか…アレは。)


過剰に反応しすぎでは?と思いつつも、オリバーはただ黙々と食べ続けるレベッカの姿を見守り続けた。


1皿、2皿と空になった皿が彼女の横に積み上げられていく。




気づけば喫茶店に入ってから大部時間が経っていた。最初はいっぱいだった店内も、ピークタイムを過ぎてすき始めてきている。



そんな中、二人組のカップルがオープンテラスの方へとやって来た。

中睦まじそうにイチャイチャしながら我々の席を通り過ぎて、奥の席へと座る。


「……テイラー。」


目の前の彼女へと小さく呟く。

その短く告げられた言葉の意味を、レベッカはすぐに理解したようだった。

こくりと頷いて、私だけに聞こえる声で呟く。


「了解です。それともう一人、10時の方向に狙撃手です、社長。」


2人の言葉の意味を理解出来ずに、シャーロットは首を傾げた。




ーーー刹那、オリバーが目の前の机を勢い良くひっくり返した。そして、そのままシャーロットの手を強く引いて机の裏へと移動させる。


「こういう時はーーー、」


スーツの胸ポケットから、鷹の刻印が刻まれた銀色の大型拳銃を取り出す。


「ーーー先手必勝だ。」



ーーーーダンッ、ダンッ、ダンッ。


鈍い銃声が街の中に木霊した。

瞬間、向かい側のそう高くない建物の上で、誰かが立ち上がったかと思うとそのまま崩れ落ちた。

建物の上から重力に従って人が落ちていく。


「ーーーッ!?」


その唐突なオリバーの行動に、向かい側のカップルが反応した。腰からハンドガンを抜いて、オリバーへと向ける…が、


「遅いです。」



ーーキンッ、キンッ!


その銃が弾を放つことは無かった。カップルが手に持っていたハンドガンが銃口から真っ二つに切断される。


抜刀と同時に目にも止まらぬ疾さで繰り出された斬撃は、カップルが人差し指に力を込めるよりも疾くその銃口を切断した。



信じられないといった表情で、カップルがレベッカを見つめる。

対するレベッカは、威嚇の意味を込めて刀の刃(やいば)をカップルへと向けた。


『居合い』

東側のとある島国で継承されている奥義。

レベッカはその剣術の使い手だった。


カップルへと向けられている刃が怪しく光る。


「ーーーさて、誰に頼まれたのか話してくれよなぁ?」


拳銃の銃口をカップルへと向け、オリバーが尋ねた。


「「………。」」


返答は無い。当然と言えば当然だ。

殺し屋が依頼人を喋って迎える結末、それはすなわち死だ。


それは奴らが1番よく理解している。

今の彼らは、蛇に睨まれた蛙、袋の鼠だ。


彼らにもう、選択肢はない。


完全に逃げ場を無くしたカップルは、互いにナイフを取り出してがむしゃらに突っ込んできた。


オリバーが、呆れた様にため息をつく。


「テイラー。」


そう言って、自分は拳銃の安全装置をかけてスーツの中へとしまった。

庇うようにして、オリバーの前へとレベッカが立つ。


がむしゃらに振り回されるナイフを、レベッカが最小限の動作で避けていった。


カップルから放たれる、突きや薙ぎ払い、袈裟懸けを余裕すら伺える動きで避けて翻弄する。彼女の眼鏡の奥の視線は、ナイフが辿る軌道をしっかりと捉えていた。


2対1、人数的有利にも関わらず、一向に当たる気配のない攻撃に、カップルの表情に焦燥が浮かぶ。


そして、現れる一瞬の隙(すき)。


その隙をレベッカは見逃さなかった。

彼女の眼鏡がギラリと光る。

ーーーザンッと彼女の持つ刀が、一瞬だけ目の前から消えた。



一閃。



カップル達が持っていたナイフが根元から切断される。


折られたナイフの刃が宙を舞い、カップル達が唖然として口を開いた。

レベッカの眼鏡の奥の瞳が冷たい光を灯す。



「ーーーそれでもプロですか? 大切なのは、……常に冷静でいることです。」



覚えとくといいですよ。そう吐き捨てて、刀を振った。



ーーーヒュンッと空気を切り裂く音。




それが、カップル達が最期に聞いた音になった。


カップルの身体から吹き出す血がレベッカの服を赤く染める。

空中へと舞っていた、ナイフの刃がまるで墓標のようにカップルの死体の前へと突き刺さった。




「…社長、クリーニング代もさっきの料理代と一緒にお願いします。」



刀に着いた血を払い、鞘に収めながらレベッカが呟く。


「給料で新しいのを買え。」


対するオリバーは、切り殺されたカップルの姿を見ながらそう言葉を返した。

ええ!これ高いんですよー!と、レベッカが愚痴るが無視する。

本当なら返り血を浴びない殺し方も出来た筈だ。


まだ、不平不満を垂れるレベッカを横目に、オリバーはシャーロットが隠れている机の方へと歩み寄った。



「…お、終わったのですか?」


机の裏からシャーロットが怯えた様子で、オリバーに尋ねた。その小さく震えている身体に右手を差し出す。


「怖い思いをさせてしまい申し訳ありません。全て終わりました。もう安全ですよ。」


差し出された右手を、掴んでシャーロットが立ち上がった。その表情は、まだ恐怖で青ざめていたがそれでも何とか体裁を繕い、微笑んでみせた。


「良かったです。お二人共、お怪我が無くて。でも…どうして? あのカップルが暗殺者だと?」


「匂いですよ、殿下。 いくら香水で誤魔化していようと、一度染み付いた硝煙と血の匂いはそうそう消えるものじゃないんです。」


どうやら、奴らは私たちを襲う前にも仕事をしていたみたいですね。そう言って私は微笑んだ。


「……流石ですね。私は、全然気づきもしませんでした…。」


落ち込んだように彼女が話す。その表情は気づけなかった事に自らを責めているようにも感じた。


「それが普通ですよ、殿下。その為に我々がいるんです。」


「…そうですね。 でも、私ももう少し周りを見る力を養わなければいけませんね。 お二人共、本当にありがとうございました。」


助かりました。そう続けて彼女が頭を下げた。慌てて私達も頭を下げ返す。


全員が、深く頭を下げる、そんな不思議な格好に、3人は顔を見合わせて笑った。


それから間もなくして、オリバーの私兵の部隊が到着した。

シャーロットは、もうそれは本当に名残惜しそうな顔をしてレベッカと私にお別れを告げてアイリスへと帰って行った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「社長。結局、あいつらは誰に雇われたんでしょう?」


シャーロットの見送りが終わった後、新しい服に着替えたレベッカがオリバーへと尋ねた。


「さぁな。恨みつらみは買いすぎて心当たりがあり過ぎる。」


フゥっと煙草の煙を吐きながらオリバーが答える。その返答にレベッカがうーんっと頭を悩ませた。


「西側の連中ってことは有り得ませんか?」


「……無いな。それにしてはレベルが低すぎる。それに連中が持っていた銃は東側の銃だ。」


しかも、我が社で販売しているなと皮肉気味に笑う。あの銃は東側の正規店でしか販売されていないはずだ。そういう観点からも、西側の仕業とは考えにくい。


「じゃあ、やっぱり…社長に恨みを持ってる奴らの仕業ですかね。」


「……どうだろうな。どちらにせよ、来たらきたで返り討ちにすればいい話だ。」


今回のようにな。そう続けて、煙草の火を消した。次いで、二本目の煙草を取り出そうとするが、コホンッとレベッカに咳払いをされ窘(たしな)められる。


「…社長。今から病院に行くんですよ?それ以上は…。」


つい先程まで、血の臭いをプンプンさせていた彼女には言われたくなかったが…他に言うやつがいないのだから仕方ない。


オリバーは二本目の煙草を仕舞って、フェルリオの生き残りの少女がいるという病院へと入っていった。






ーーーユーフステス歴、1985年。


雨月にも関わらず、晴天に見舞われたその日。

東側(アイリス)と西側(レガリア)は、長きに続いた戦争にひとまずの終止符をうった。









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