第9話 停戦協定
「ご無沙汰しております。殿下。」
オリバーとレベッカが膝をおり、騎士式の礼を行う。
少し戸惑いながら、金髪の美女は苦笑した。
「やめてください、オリバーさん。私は国民の代表者にすぎません。その様な振る舞いは不相応です。」
「しかし…、貴方は皇族であられるのに…。」
「それも、元ですよ。 今は一国民にすぎません。」
もうっと、シャーロットが頬を膨らませて注意する。
その仕草には、まだ10代相応の幼さが残っていて可愛らしいものだった。
第三次東西戦争後、アイリスが国王主権から民主主義へと国の形を変えたのは、ほんの2年前だ。
民主主義になってからは、シャーロット・ディオンが代表者として東国の統治を任されている。
元皇族である事やその国民から愛される人柄が評価されてのことでだった。
その政治的手腕は、かつて『統治者』と呼ばれた父親譲りで、何よりも平和を愛する心は母親譲り。
今回、結ばれる事になった東西停戦協定も、彼女なしでは絶対になし得なかったであろう。彼女は、その年齢にそぐわない程有能だった。
「その方は?」
シャーロットがレベッカの方へと手を差し出す。
「彼女は、私の秘書です。今回は一緒に護衛させていただきます。」
「レベッカ・テイラーです。シャーロット様。以後お見知りおきください。」
レベッカが深く頭を下げる。
その様子に、まぁっ、とシャーロットが嬉しいに手を打った。
「良かったぁ。私、昨日からずっーと男性の方としか会ってなくて! しかも、皆さん無口で話しかけても生返事しか返して下さらないの。」
酷いでしょう?とレベッカに相槌を求める。
「それは…任務ですので、しょうがないかと。」
「でも、少しくらいお話に乗ってくださっても罰は当たらないはずでしょう? 私、このままだとこの堅苦しさに潰されてしまいますわ。ねぇ、レベッカさん!お話!お話しましょうよ!」
凄い勢いでレベッカへと押しよる。まるでマシンガンだ。レベッカもその勢いに圧されながら何とか話を繋げていた。
年相応のガールズトークが繰り広げられる。
(これは…第一部隊は大分苦労したな。)
オリバーは、アイリスから中央都市(ここ)まで、シャーロットを護衛してきた私兵達のことを頭に思い浮かべた。
想像の中の部隊は、全員げんなりしながら苦笑していた。
(後で、労っておこう。)
目の前で忙しなく続けられているガールズトークを見ながらオリバーはそう固く心に誓った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
2人の会話が交わされる室内に、ノックの音が響いた。次いで、1人の兵士が部屋の中へと入ってくる。
まだ若い、だがどこか厳格な顔立ちをしている兵士が敬礼をして告げた。
「そろそろ、お時間です。ご準備の程よろしくお願いします。」
「まぁ、もうそんな時間ですの?レベッカさん、お話はまた後で。」
そう言って、シャーロットがレベッカに微笑む。対するレベッカは…やっと解放されたという顔で力なく頷いた。
「たまには、女性同士の会話も良いんじゃないか?」
立ち上がったレベッカに小声で声をかける。
心底、疲れきった目で彼女が私を睨んだ。
「……社長、私、女辞めるんで代わってください。」
「それは無理だ。」
即答で拒否する。私には無理だ。
先程まで、自らを女だと誇示していた彼女が、女を捨てるほどの会話についていける気はしない。
いやはや、恐ろしいな。ガールズトークとは。
これは余談だが、対談場所への移動中、レベッカはまた止まることのないシャーロットの会話に付き合わされる事となる。今まで長い間、男社会の中にいた彼女には相当堪えたのだろう。
対談場所につく頃には彼女は疲労でふらつく程になっていた。
ひとしきり神殿の中を歩いた後、オリバー達は、とりわけ大きな扉にたどり着いた。
案内役の兵士が扉を開ける。
そして、目の前へと飛び込んできた景色にオリバー達は息を呑んだ。
空間いっぱいに広がる夜の色。
その深青色が広がる空間に散りばめられたいくつもの鉱石が自ら明かりを放ち空間を照らす。
その色もまちまちで、赤く光を放っているものもあれば碧色の光を放つものもあった。
まるで、夜空に輝く星の様に。
それぞれが淡く、そして強く輝いていた。
その星空の中心に、三日月型に切り取られた虹色に輝く鉱石。
間違いなく月をイメージしたであろうその鉱石は、薄暗い空間のある部分だけを綺麗に照らしていた。
そこに広がる、祭壇。そして、祀られている女神の像。
(なるほど…これは、予想以上に…。)
神秘的。そんな陳腐な言葉では表せられない程の世界がそこには広がっていた。
その空間の放つ圧倒的なオーラにオリバーは唾を飲み込む。
いつの間にか、シャーロットも黙り込んでいた。皆、この空間に魅せられていた。
「どうぞ、祭壇の方へ。」
既に見飽きているのだろうか?
さも当然の様に、案内役の兵士が祭壇へと導く。
それに従って、祭壇の方へ赴(おもむ)くと、小さな石造りの机と椅子が並べられていた。
そして、そこには2人の人影。
如何にも貴族が羽織るような服装をした、まだ若い青年と、赤い軍服を着た初老の男性。
2人はその石造りの椅子に座り何かを話していた。
ふと、その年老いた方がこちらに気づいたかと思うと皮肉めいた口調で言葉を放った。
「流石、黒タグにもなると遅刻は当たり前という訳ですか。もはや、来ないのかとさえも思いましたよ。」
間髪入れずに、オリバーも応戦する。
「失礼。どうやら東と西では相当の時差があるようですな。 私の時計はまだ定刻の5分前を刻んでいるのですが…。あぁ! もしや、老いたせいで体内時計も早くなったのでは?」
その言葉に、プッとレベッカが吹き出しそうになった。言われた方はというと、顔を真っ赤にして怒りを露わにしている。
「調子に乗るなよ、若僧が。いつか貴様を地獄に落としてやるからな。」
「ご忠告どうも。ですが、順番は貴方の方が先かと。」
殺意のこもった視線で睨まれるが、なんてことない。オリバーは余裕を持った態度で相手の視線を受け流していた。
「早速、仲のよろしいことじゃのう。」
そんな2人のやり取りを見てか、祭壇の奥から可愛いらしい声が聞こえた。
そして、1人の幼い少女が奥から現れる。
その小さな身体に緑と白の騎士服を身にまとい、ブロンド色の髪が靡(なび)く頭には金細工の髪飾りを付けている。
信じられない話だが、この少女の姿をした彼女こそが中央都市(セントラル)の管理責任者で、ギルドの創設者でもあるイヴ・カンパネラその人だった。
「イヴさん、お久しぶりです。お元気そうで何よりですよ。」
そう言ってオリバーが右手を差し出す。
イヴはその手を握っていたずらっ子ぽく笑った。
「久しいのう。じゃが…そちの噂はかねがね、この中央都市(セントラル)にも聞こえておる。いい噂も、勿論そうでないものも…の。」
「恐縮です…。良くない方の噂は話半分で、良い方の噂を全面的に信じて下さい。」
同じくいたずらっ子ぽい笑みを浮かべて、オリバーが茶化した。
そんな2人のやり取りを見て、レベッカが困惑した表情を浮かべる。
その視線は暗に、彼女が何者なのかを尋ねていた。
なるほど。当然、理解できないだろう。
まさか、見た目は少女の彼女がギルドの創設者だとは。
私も最初は困惑した。
理解が追いつかないレベッカにシャーロットが小さく耳打ちをする。内容は彼女の正体についてだろう。
話を聞いているうちにレベッカの表情が困惑から驚愕へと変わっていった。
ーーー信じられない…。
そんな表情で目の前の少女を見つめる。対するイヴは涼しい顔で彼女からの奇異の視線を受け止めていた。
イヴが机の上座の方へと座る。そして、1度大きく伸びをして、話し始めた。
「さてそれでは、和平交渉といきますかのう。まずは、互いに名乗りの礼を。」
そのイヴの言葉に、向かい側に座っていた青年が口を開いた。
「レガリア国家、第1王位継承者マリウス・アーサーです。本日はよろしくお願いします。」
そのまま頭を下げて礼をする。
次いで、隣の初老の男も話し始めた。
「レガリア国家、軍部最高司令官のニコラス・インサニアだ。」
短く言葉を告げ、ふんっとそっぽを向く。
その横柄な態度には些(いささ)か気に食わないものがあるが…一々気にしてはいられない。
今度はこちら側の名乗りが始まる。
「アイリス連合共和国、代表者のシャーロット・ディオンです。今日はよろしくお願い致します。」
そう言って、頭を下げる。その姿に、先程までの10代の面影は無い。もう既に『統治者』としての顔になっている。
私も気を引き締めなければ…。
「オリバー・アシュリー社、社長のオリバー・アシュリーだ。今回は彼女の付き人兼護衛として参上した。」
「同じく、オリバー・アシュリー社、秘書のレベッカ・テイラーです。よろしくお願いします。」
オリバーと、レベッカが礼を行う。
その姿に、ニコラス1人だけが憎々しげに顔をしかめた。
西側(レガリア)と東側(アイリス)、全員の名乗りの礼が終わる。それを見計らって、イヴが再び口を開いた。
「うむ。これで両者とも顔なじみにはなったであろう。ちなみに、私はイヴ・カンパネラじゃ。ギルドの最高責任者を任されておる。今回は主らの和平交渉の監査及び取次ぎ役として機能をはたすつもりじゃ。 よろしく頼むのう。」
早速じゃが和平の内容条件について確認を行う。そう続けて、近くの兵士から羊皮紙を受け取った。
羊皮紙の中には、今回結ばれる停戦協定を結ぶ上での条件がこと細かく記されてる。
イヴは、羊皮紙を広げると示されている条件をひとつひとつ、読み上げていった。
「一つ。今後、東側と西側は武力行使を避け、何か問題が起きた場合は話し合いで解決する。」
何事もない。これまで長い話し合いの中で決められてきた条件だ。
今回は、これを確認して互いの代表者がサインをすれば終わる。
何ともあっさりした停戦協定だが…ここまでこぎつけるのには相当の苦労をした。恐らく一番尽力を尽くしたのはシャーロットだ。
誰よりも平和を望む彼女は、真っ直ぐな瞳をしてイヴが読み上げる条件を聴いていた。
「……以上じゃ。何か、不明な点や不満はあるかのう?」
ふぅっと息をついて、イヴが皆に尋ねる。
言葉は出ない。誰も異論は無いようだ。
「それでは…両者互いにサインを。あ、あと、母印も忘れぬようにの。」
そう告げて、両者に羊皮紙が手渡される。
シャーロットは羊皮紙を受け取ると、1度大きく息を吐いて内容を目で追って確認した。
そして、ペンを取るとスラスラとサインしていく。
相手方も同様、羊皮紙に名を記す。
2枚の羊皮紙が、イヴへと渡された。
「うむ。これで、停戦協定は結ばれた。互いにルールを守り今後とも良い関係を築いていける事を心から願っておる。」
2枚の羊皮紙を手にイヴが優しく微笑む。
すると、シャーロットが徐ろに立ち上がってマリウスの方へと向きをなおした。
「今後ともよろしくお願いします。」
そう言って彼女が右手を差し出す。
マリウスは差し出された手を凝視して、躊躇していた。チラリと彼がニコラスの方を伺う。ニコラスは何も言わず、ただ目をつぶり明後日の方向へと顔を向けていた。
「……こちらこそ。」
そう言って、マリウスがシャーロットの手を握った。気恥ずかしそうにはにかみながら。
若干、両者とも頬が赤いのは緊張のせいだろうか?
「青春じゃのう……。」
イヴが嬉しそうにニヤニヤと笑う。
なるほど。これ以上は何も言うまい。
この空間に入ってから、初めての和やかなムードが流れる。
が、ゴホンッというニコラスの空咳で空気が断ち切られた。
「殿下。行きましょう。」
そう言って、立ち上がり出口の方へと向かう。それに倣ってマリウスも出口へとついて行く。
そして、ニコラスがオリバーとすれ違う瞬間、
「和平交渉の前に、国境を越えてフェルリオに散歩とは感心しませんな。」
オリバーだけに聞こえる声でニコラスが告げた。通り過ぎていくニコラスの方へ視線を向ける。
(やはり…あいつが…。)
恐らく間違いない。どうやら予想は当たっていたらしい。
オリバーは、出口へと帰っていくニコラスの後ろ姿をにらみ続けた。
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