第8話 アストルム

中央都市(セントラル)の中心地、アストルム神殿。

天高く聳え立つその塔は、遥か古代からそこに存在した。


時には神の象徴として、時には人々の心の拠り所としてあり続けたその神殿の外観は、有史以前から存在し続けているのにも関わらず今も美しい状態のままで残っている。


(まぁ、こんなにも美しい建物を壊そうという気にすらならないがな。)


オリバーは『美』や『技術』で洗練された塔を見上げた。


白で統一された土台。

その上から散りばめられた星のように数多の色彩が塗られ輝いている。

1つ1つが優美で繊細な彫刻は、その技術とは裏腹に雄大で力強いイメージが伝わってくるものだった。


アストルム。


古代語で天体、星。

確かに。この神殿にはその名がぴったりだ。

その完成された神々しい迄の神殿の外観に、オリバーは畏敬の念すら抱いた。


「やっぱり、何度見ても綺麗ですよね。」


中央都市(セントラル)まで随伴してきたレベッカが感嘆の声をあげた。その眼鏡の奥の眼差しには女性特有の憧れや夢みたいなものをいっぱいに詰め込めこまれている。


「テイラー…お前にも、そんなロマンチックというか乙女的な考えはあるんだな。」


「どういう意味でしょうか、社長? 私は女ですよ?」


ドスの聞いた声と刺すような視線が返ってくる。彼女の腰に差している本差しの刀が少しだけ威圧を増した。


「いや…何でもない。すまなかった。」


『女性は怒らすと怖い。』

かつての友人の言葉を思い出す。

なるほど…、間違いないな。今改めて実感する。言葉は選ばねばならない。




ロングコートの袖を軽く捲り、時計を見る。

定刻の15分前。


そろそろ行かなければ。


「テイラー! 残念だが、そろそろ時間だ。我々も中に入ろう。」

今もまだ、少し離れた所で神殿を見ながら目を輝かせている付添人へと声をかける。


「はい!すぐに向かいます。」


そう言って、神殿から離れ傍に駆け寄って来る彼女をオリバーは手で制した。そのまま神殿を指さす。


「いや…テイラー。向かうのは神殿(あの)中だ。」


「中で…ですか?」


「あぁ、そうだ。あそこの中でだ。」



今現在、アストルムは神殿としての機能以外に、長い間続いている東側と西側の冷戦の交渉の場として設けられていた。


その管理は、中央都市を自治する組織『ギルド』が行っており、公平な立場で東側と西側の交渉の仲介役としても任を担っていた。


神殿の入り口近くへ向かうと、そのギルドの兵士達が門番として立っていた。


緑と白を中心とした色合いの騎士服に、その手には木製のライフルが握られている。



(GR-01…。また随分と古い銃を使っているんだな。)


今から約30年も前に作られた半自動小銃だ。当時はまだボルトアクション小銃が主流でGR-01みたいなセミオート小銃の登場は世界に激震をもたらしたが…。


それから時代は大分進んでいる。昔こそ主力として活躍出来たGR-01も、今では明らかに時代遅れだ。


「なぜ、そのライフルを使ってるんだ?」


どうしても疑問が拭いきれず、近くに立っていたまだ初々しい若い兵士に声をかけた。


その兵士はその質問の意味をすぐに理解したらしく、少し恥ずかしそうにはにかみながら答えた。


「時代遅れ…ですよね、この銃。でも、我々のボスが気に入っているんです。この銃は時代を変えた銃だ!って。それで我々も今度は時代を守る為にこの銃を…という事らしいです。」


「なるほど、時代を変えた銃か…。随分とユニークな上司だな。」


「いえ、そんな事無いですよ。何ていうか…とても格式を重んじる方というか…頭が硬いというか…。あぁ、すみません。」


そこまで話して、若い兵士は隣の兵士にライフルで小突かれた。その若い兵士よりも1回り小さい小柄な兵士だ。中性的な顔立ちを曇らせながらムッした雰囲気を纏っている。


「神殿へ何か御用でしょうか。」


凛とした高い声。

その丁寧な物腰の言い方とは裏腹に、態度や声音は明らかに冷たい。


まぁ、第一印象で好意を持たれないのはいつもの事だが…それよりも、


(…女性だったか。)


少し意外だった。ギルドの兵士達はその殆どが志願兵だ。その時点で女性の兵士は珍しいのだが、更にこの中央都市(セントラル)をしかも神殿を守っているという事はエリート中のエリートのはずだ。

まさかそんな中にも、女性の兵士がいるとは…。


先程のテイラーの件もある。言葉には気をつけなければ。


「あぁ、すまない。私達はアイリスから来た使節だ。ある人の護衛の為に神殿の中に入りたい。」


「証明書はありますか?まぁ、無いと入れないんだけど。」


「テイラー。」


呼ばれたレベッカが腰鞄(ウエストバッグ)から手紙を取り出す。


「これです。アイリスの代表者であるシャーロット様からの紹介状です。」


その丁寧に包装された手紙を女性兵士へと手渡す。

彼女は胡散臭そうに私達を睨みながら、手紙を受け取ると、広げて目で読み始めた。


羊皮紙には、アイリスの代表者であるシャーロットをアシュリー社の社長が直々に護衛する。

それだけの事が簡易的に書かれているだけのはずだが…。

読んでいるうちにどんどんと女性兵士の顔が青ざめていった。


「………あなた、本当にあの、アシュリーなの?」


信じられないといった顔で、女性兵士がこちらを睨む。


「あぁ、そうだが…。」


そう言って、首に掛けて服の中に隠れていた黒タグを見せる。途端に、彼女は雷にも打たれたかの様に背筋を伸ばし敬礼した。


「しっ!? 失礼しましたっ!!ただ今ご案内致します!!」


先程迄とは明らかに対応が変わった。かなり緊張した様子で神殿の中へと案内される。


いつもと同じ反応だ。

私が何者か分かると、大抵皆、蛇に睨まれた蛙のようになる。

この黒タグのせいなのか…それとも会社の裏の部分のせいなのか…定かではないが、いささか気分は良くない。

私とて、普通の人間だ。そんなに臆する事は無いと思うのだが…。


奥へと向かう途中、歩きながらレベッカが小声で話しかけてきた。


「社長は、こちらでも御有名なんですね。」


「少しは尊敬したか?」


返答は無い。レベッカはただ少し微笑んで肩を竦(すく)めた。その姿に苦笑する。

さすが、私の部下だ。

相手が誰であろうと対応は変わらずだ。

もっとも、付き合いが長いだけだからかもしれないが。




神殿の中は、外観とはまた別の意味で優美だった。外が「動」の美しさだとしたら中は「静」の美しさが際立っていた。


静かに統一された色の中に外からの陽射しがステンドグラスを通して虹色に空間を染めている。


外の星空の壁とは違う、だが美しい星空がそこには確かにあった。


案内役の女性兵士が1つの部屋の前で止まる。


「申し訳ありません。ここから先は、武器の持ち込みが禁止されております。どうかご理解とご協力を。」


「だそうだ。テイラー。」


「社長もですよ…。」


呆れたようにレベッカが言い放ち、腰の刀を兵士へと渡す。

対するオリバーも、スーツの中から大型のハンドガンを取り出した。


その銃のグリップには鷹の刻印。

50口径の銀色の大型拳銃から弾倉を抜いて、同じく女性兵士へと手渡した。


「……これで、全部でしょうか?」


「テイラー?」


「私はこれ以上の得物は持ってないですよ。」


「だそうだ。」


「かしこまりました。それでは、こちらのお部屋でお待ちください。」


目の前の部屋へと通される。

待合室の代わりに通された部屋の中は、白を基調とした空間で机や椅子もそれに習われていた。


そして、部屋の奥には1人の女性。


金髪碧眼の整った顔立ちの女性がこちらを見て会釈した。


「お久しぶりです。アシュリーさん。」


そう言って、アイリス国の代表、シャーロット・ディオンは部屋に入ってきた2人に微笑んだ。



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