第7話 フェルリオの森
フェルリオ街の外れに広がる森。
その奥には1軒の木組みの小屋が建っていた。
小屋の周りにはちらほらとライフルを装備した兵士達が彷徨(うろつ)いて、穏やかな森の風景とはそぐわない殺伐とした空気を醸し出していた。
(まぁ…ウチもその1人やねんけどな。)
ここに到着した際に手渡されたライフルを弄りながら、ノーラはこの空気に独特の居づらさを感じていた。
ここに到着してからずっと、何かこう…ソワソワとしたむず痒さというか高揚感というか…そんな感じが拭いされない。
(やっぱ…西側(レガリア)やからかな?)
いつもの任務とは違う国境を超えての任務だ。
やはりそれだけ緊張感やプレッシャーがかかっているのかもしれない。
恐らく周りの仲間達も同様だろう。見た目では分からないように装っているが、纏っている雰囲気がいつもと違う。
どこか硬い、尖った様なそんな感じのオーラが溢れている。
嫌な静けさと気詰まりした空気が周りを支配している。ウチらが先発部隊と交代してから会話らしい会話がひとつも聞こえてこない。
(あかん…。やっぱ、やりにくいわ。)
ノーラは、特徴のある赤毛を掻き毟った。
過度な緊張は、感覚や身体能力を鈍らせる。
どうにかして、この空気を何とかせえへんと…。
そんな中、小屋の付近から女性の大きな声が周囲に響いた。
(何や…いきなり?びっくりしたわぁ。)
チラリと声の方に視線を向ける。
「だーかーらー、あの子は私が育てるって言ってるだろうが!!」
小屋の手前、背の高い黒髪の女性が仲間の男兵士を怒鳴り飛ばしていた。
「ですから、安全の為にも俺達の言うことを聞いて欲しいっす!とりあえず、その男の子に会わせてもらうことだけでも出来ないですか?」
怒鳴り飛ばされた男も黙ってはいない。
何とか食い下がって話を続けているが、その表情からはだいぶ参っているのが伝わってきた。
先程まで沈黙の空間だった森の中に2人の言い争う声が響く。
(声、漏れすぎやで。親権争いなら他でやってくれへんかな…。)
そう思いながらも、一応声の方へと注意を向ける。どうやら、ウチも大分ミーハーらしい。
「無理だ。あの子は今、人に会える状態じゃない。」
これは女性の返答。
その言葉を聞いて男の眉が眉間によった。
「それ、どういうことっすか? 命が危ないって事じゃ無いですよね?」
「違う。というか、あんた達に関係ないだろう? あの子は私の甥だ。私が育てる。そういうことだからさっさとボスに報告して帰りな。」
女性が追い払う様に手のひらを振った。
その彼女の仕草や態度に、男兵士は首を項垂れる。
「マーリンさん、それじゃ本当に困るっす。せめてその子の状況だけでも分からないと俺達帰れないっすよ…。」
「あんた達に話しても状況は解決しないだろ?話すだけ無駄さ。それに…。」
言葉を切り、黒髪の女性はその兵士が所属しているであろう部隊に、つまりウチらへと目を向けた。そのまま言葉が続く。
「私は基本的に『タグ無し』は信用してないんだよ。」
その言葉は静かな森にはっきりと響き、周りにいる部隊の隊員全員に突き刺さった。
瞬間、周囲の空気が一変する。
(この女(アマ)、何も知らへんクセに!!)
余りにも不躾に放った一言に、かぁっと頭に血が登った。
周りの兵士達も一様に殺気立つ。
確かにウチらはタグを付けていないが、それにはちゃんと理由がある。普通の『タグ無し』とは違う。
そもそも『タグ無し』は所謂、犯罪者に使われる言葉だ。しかも、ただの犯罪者じゃない。『タグ無し』は人間のクズや凶悪な犯罪を犯した者に使われる。
つまりコイツは今、ウチらの事を人間のクズ呼ばわりしやがった。
ライフルを握る手に力が入る。
周りの仲間も黙ってはいるが、相当頭にきているはずだ。
中には安全装置を外している奴さえいた。
次、もしもあの女が不用意な一言を放ったら…恐らくは血祭りになるだろう。
きっと誰もそれを止めない。
黒髪の女と部隊とで睨みあいが続く。
どちらも引く気はない。
ただ1人、さっきまでこの女と話をしていた兵士だけが泣きそうな顔でオロオロと両方を続けざまに見ていた。
「はいはい。ストップ、ストップ。 そこまでだよ、皆。 落ち着いて。」
張り詰めた空気の中、緊張感のない声が手拍子と共に響いた。
立ち込めていた殺気が薄れ、何人かの兵士が構えていたライフルを下ろす。
「た、隊長っー!!どこ行ってたんすか!!俺…もう、本当にっ!!!」
さっきまで戸惑っていた兵士が、怒気と安堵を入り交じった表情で喚いた。
「いやー、ごめんね。急にボスから連絡きてさ…って、お前泣いてんの?」
隊長と呼ばれた男が携帯通信機を片手にこちらへと近づいてくる。
左目は眼帯で覆われ、残された右眼は真紅の色を灯している。その緊張感の無い声とは裏腹に纏っている空気はずっしりと重い。
通称、『隻眼の梟』。彼はウチらの部隊『LOST』のリーダーだ。
(チッ…なんやねん。冷めたわ。)
いつもタイミング良く飛び出してきては、場を収める。毎回、恒例だ。もう少し早く出てくれば良いもの、いつもギリギリを見計らって来る。コイツはそんな奴だ。
その圧倒的な実力とリーダーシップから他の部下達からの信頼は厚いが、正直言ってウチはコイツの事が嫌いだ。
そりゃもう、物凄く。
元は同期だった彼が出世して隊長になった事に対する嫉妬心もあるかもしれないが、それを差し引いてもコイツは気に食わない。
そんな隊長が、他の兵士からライフルを受け取る。
安全装置がかかっているのかを確認して、小屋の前にいる女性へと向きを変えた。
「さて、マーリンさん。お話をする前に少し誤解を解いておきましょう。」
そう言って話し始める。表情は明るく好意的だ。だけど…。
(ほんま…分かりやすいわ。)
誰が見ても分かる作り笑いだった。
「僕達のタグはアシュリー社に預けているだけであって、決して『タグ無し』ではないですよ?」
「だが、実際にそれなりの事は起こしているはずだ。違うか?」
「…それぞれの事情があるので一概には言えませんが、それでもここにいる僕の部下達は全員信用に値する人物達ですよ。」
だからどうかご安心を。そう続けて、頭を下げた。
彼女は、また何か言いたげに口を開いたが、そのまま1度大きく息をついてそれ以上は何も言わなかった。
その姿に隊長が更に微笑む。
「ご理解頂けたようで。 じゃあ早速、本題に…。」
「あの子はやれない。私が育てる。それ以上は話すことはない。」
彼女の即答。その答えに隊長もまた即座に答える。
「分かりました。じゃあ、その子の事はお願いします。」
「「「えっ!!?」」」
その言葉に、そこにいた兵士の殆どが驚いた。というか、それを望んでいた彼女ですら目を丸くしている。
「…何を企んでいるんだ?」
彼女が隊長の顔を睨む。隊長の言ったことなど全く信用していない顔だ。
当然だ。ついさっきまでその事で男兵士と争っていたのだから。
「別に、何も。 ただ、その方が良いだろうと我々のボスが仰ったのでそれに従っているだけです。」
作り笑いのまま隊長が告げる。
その顔が余計に信頼を無くしているなんて、本人は気づいてないんやろうなぁ…。
「じゃあ、もう話すことは無いな。」
そう言って、彼女が背を向けた。
『これ以上、関わるな。』
そんな思いが、背中からひしひしと伝わってくる。
「あぁっとマーリンさん!…ひとつ確認したいことが!」
慌てて隊長が女性を引き止めた。煩わしそうに彼女が振り返る。
「保護した少年の現在の様子、それだけでも教えて貰えませんか?」
折角、国境を超えて来たんです。手ぶらじゃ帰れません。そう続ける。
彼女は、1度大きくため息をついて口を開いた。
「あの子は…どういう訳か記憶を失っている。誰がかけた魔術かは知らないが強くかかり過ぎたんだ。お陰で、記憶が焼き尽くされて自分が誰だかも思い出せない状況だ。」
それだけ告げて、彼女は小屋へと入っていた。
「なるほど…記憶がね。」
1人、隊長が納得しながら頷いている。
「隊長!! 良いんですか? 本当に!! 俺、説得すっごく頑張ったのに!!」
そんな隊長の姿を見て、例の兵士が隊長へと詰め寄った。
その勢いに隊長がどんどん後ずさりしていく。
「いや、だってボスの命令だし…逆らえないでしょ? でも、ウルズ君。 君は良く頑張った!だからご褒美を挙げよう!」
ウルズと呼ばれた兵士の進行が止まる。
「本当っすか!!ご褒美!何ですか?金ですか?タグの返還っすか?」
「いや、それはもうちょい先かな? えっと、ノーラ!!君もこっちに来て!」
(はっ!? 何で、うちも…。)
そう思いながらも、渋々隊長の方へと向かう。
嫌な予感がする。
出来れば関わりたくないんやけど…。
ウルズとウチ。
2人が揃ったのを確認して、得意気に隊長が2人の前に立った。
「じゃあ、君たち2人にご褒美ね! …新しい任務を与える!! 3年間、マーリンさんに気づかれないように少年を護衛してね! よろしく!」
そう言って、にんまりと笑った。
その時、プチッとウチの中で何かがキレた。
今まで溜まっていた怒りが静かに爆発する。
無表情のまま、黙ってライフルの安全装置を外して薬室へと弾を装填。
後は引き金を絞れば撃てる状態まで瞬時にもっていく。
その熟練された一寸の無駄のない動作に隊長含め、ウルズも他の兵士達も慌てだした。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと!待ってて!!不満があるなら聞くから!!」
隊長が叫ぶ。
「不満も何もあるかぁ!!ボケェ! 何で、うちが3年も子供のお守りせなアカンねん!!しかも、ご褒美って何や!いっぺん辞書読み返して意味調べてこいやぁ!!」
ウチも叫び返した。
ライフルの銃口を隊長に向ける。
瞬間、周りの仲間の兵士達が慌てて私を取り押さえた。そのままライフルを没収される。
「まぁまぁ、落ち着いて…。悪い話じゃないから。ウルズ君もいい?ちゃんと聞いててよ。」
何とか体裁を取り直して隊長(××野郎)が話しだす。
「3年間、この任務を遂行すれば君たちのタグは返還する様に僕からボスにお願いする。そしたら、君達は自由だ。ね?悪くないでしょ?」
その言葉にウルズが首を縦に振った。というか今の騒ぎですっかり怯えている。
反面、うちは懐疑的だ。仲間に取り押さえられたままの格好で隊長(××野郎)に叫んだ。
「いつも、いつも言葉が足らんねん!!それにタグの事、ホンマやろうな!? 嘘やったら…お前の×××を×××××して××××××するからなー!!」
その言葉に周りの多くの男兵士がある一定の部分に手を当てて震え出した。
周りから、恐ろしい!!など、この悪魔っ!!など散々な声が聞こえる。
隊長(××野郎)も、一瞬だけすくみ上がるがすぐにあの笑顔に戻り、
「僕は、嘘はつかないよ。約束しよう。」
そう言って、手を差し出した。
その手を叩いて、取り押さえていた仲間を力づくで身体から離した。
代わりに隊長へと中指を立てて捲し立てる。
「3年や!3年だけやからな!それ以上はせえへん!ええな!? 行くで、ウルズ!!」
捨て台詞の様に吐いて、背を向けて小屋へと歩き出す。
いつもこうだ。結局は、アイツの良いように使われる。
ホンマに……。
くそ…。言葉が続かれへん。
何かよく分からない感情が反発する心をいつも邪魔する。
やめた。考えるだけ無駄や。
「ノーラさん、3年間よろしくお願いします! 足を引っ張らないように頑張ります! 」
後ろから追いつてきたウルズが挨拶してきた。
その表情は気合い半分と、恐らくは私に対する怯えが半分といった顔立ちだった。
「あぁ、うん。よろしくな。うちも…まぁ頑張るわ。」
3年もこの子と一緒か…。何か疲れそうやなぁ。
そう思いながらノーラはもう一度、この任務を与えた隊長の事を思い出して盛大に顔をしかめてみせた。
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