第6話 遺されたもの。

レベッカが部屋を出た後、社長こと、オリバー・アシュリーは机の上の携帯型通信機を手に取った。


手馴れた様子で通信機のダイヤルを押す。


(プルルルル…プルルルル)

コールが通信機から流れる。6回目でコールは途切れ、繋がった。


「…………。」


無言。

繋がった筈の通信機からは何の応答もない。

沈黙が時を重ね、たっぷり10秒程続いた後、ようやくオリバーは口を開いた。


「code.L-666。」


再びコール音が通信機に流れ、今度は1回目のコールで目的の相手へと繋がった。


『はいはいー。こちら、LOST部隊コードネーム:Owl(オウル)。そちらはー?』


通信機越しから緊張感のない声が聞こえる。


「私だ、フクロウ。 その様子だとそっちは大分落ち着いたみたいだな?」


通信機から、ヒェッという声と何かを落としたような音が響いた。


数秒後。


『………切ってもいいですか?そんで、もっかいかけ直して貰っても?』

次はちゃんとしますんでと続ける。


その対応に1度小さくため息をつく。


(本当に…こいつらは。)



「その必要はない。かけ直すのも手間だ。それに、少し聞きたい事があってかけただけだ。 時間はとらん。」


『すみません、本当に。いやまさか、いきなり社長からかかってくるとは思わなかったんで…てっきり部下と。はぁ…本当にびっくりしたー。あっ、それで用件は何でしょうか?』


「そっちの今の状況を伝えろ。なるべく詳しくだ。」


彼らは今、問題のフェルリオ近辺に在中しているはずだ。

実際の現状なら彼らが1番よく知っている。


『はぁ、状況ですか…。一応、先発部隊が報告はしたと思うんですけど…。えっと、フェルリオは壊滅状態ですね。今もその跡地にレガリアの帝国兵が彷徨いています。死亡者数は不明。恐らく、街の住人の殆どが殺されてます。 生存者は現在のところ2名…、』


「生存者…?生存者がいるのか!!」


テイラーの報告とは違う事実に、つい声が大きくなった。

通信機の向こう、相手が気圧される。


『は、はい。俺らより前に来た先発部隊が、森で倒れていた少女を発見したみたいです。だいぶ重症だった様で、高回復薬(ハイポーション)で応急処置した後、今は中央都市(セントラル)の病院で保護してますよ。』


今は命に別状は無いみたいです。と言葉が続く。


「そうか…良かった。それで、もう1人は?」


『それが…、もう1人は少年なんですが、その…保護した女性が「この子は私が育てるっ!」の一点張りで会わせても貰えないんですよ。』


「理由(わけ)がわからん。どういうことだ?」


言葉が足りな過ぎて、状況が全く伝わってこない。


『マーリンさんですよ、リズさんの妹の。この子は私の甥だから私が面倒をみるって言ってきかないんです。』


あぁ…なるほど。そういう事か。

ようやく状況が飲み込めてきた。つまり、その保護された少年はリズの息子で、亡命作戦に加担していたマーリンに保護されたという事か。


『どうしますか?無理矢理でもこちらで保護しますか?』


「いや……彼女に任せよう。その方が、その少年にとっても良いだろう。」


『しかし…危険では?今後、レガリアに見つかればすぐにでも消されますよ?』


「そこは、君たちの出番だろう? そうだな…とりあえず今後3年の間、彼女に見つからないように少年を護衛しろ。」


『えぇ!?本気ですか!? こっちも色々と忙しいんですよ!?………はぁ、もう。了解しました。こちらで適切な人員を見繕ってみます。』


何か小さく文句の様な声も聞こえたが、最後には諦めた様に返答が返ってくる。何を言っても無駄だという事がよく分かっているらしい。


「少女の方はこちらで見る。完全に回復した後、聞きたいこともあるしな。」


『了解しました。それじゃ任務に戻ります。』


「あぁ。よろしく頼んだ。」


そう言って通話が切れた。

手に持っていた通信機を再び机に置く。


(生存者2名か…。しかも1人はリズの息子。)


全力で守らなければならない。彼の言う通りレガリアにその存在が知られれば、すぐにでも刺客が送られて来るはずだ。

3年。その間気づかれなければ、目先の安全は確保されるだろう。それまでは、絶対に死守しなければ。



机の上、読みかけていた本を開く。

『初級魔術の心得』と題されたその本はかつての親友であり、初恋の人でもある彼女から手渡されたものだった。


「リズ…。」

もう彼女はこの世にはいない。だが、遺されたものは多くある。私はそれを守らなければならない。


(まずは、停戦協定からか…。)


今日、これが結ばれる事になれば東西の行き来は自由になる。今までよりも多くの西側の情報も運ばれてくるようになるだろう。そうなれば、今回の一件の黒幕も見えてくるはずだ。


(まぁ、大体は想像はつくんだけどな。)


引き出しから二本目の葉巻を取り出す。

胸ポケットからルビー取り出して弾き、葉巻に火をつけた。


「ふぅ…。」


口から吐き出された煙は、空中で大きく広がってすぐに消えていった。

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