第5話 アシュリーという男

モノトーンで統一された色彩の無い廊下に、カツカツとハイヒールの音が木霊する。

この街で、いや、恐らくはこの大陸でも1、2位を争うほど高い、そして広大な広さを誇る建物の中をレベッカ・テイラーは迷う事無く歩いていた。


「うわっ!?」


廊下の角、勢いよく走ってきた女性が飛び出してくる。


「わわっ!ごめんなさい!!!」


見覚えのある褐色の髪が視界で泳いだ。

その髪はボサボサでいかにも寝起きだ。

私の目線より少し下、そのハシバミ色の瞳が

パチクリとまばたきをした。


「あ、ベッキーか!おはよー!今日も早いねー!!」


右手を上げて、軽く敬礼をする様な仕草で挨拶をする。彼女は、ロゼッタ・ガルシア。会社では私の上司にあたる人物だった。


(げっ…。)

朝から出会いたくない人に出会ってしまった。内心、気鬱になる。


彼女には曰く付きの別名がある。


『トラブルメイカー』。


本人自体は悪い人ではないと思うのだが…彼女と関わる度に処理出来ないほどのトラブルを抱えてやってくる。


私がその被害を受けたのも1度や2度ではない。

話が続くと、何か一緒にトラブルに巻き込まれて被害を被るのが常だ。

なるべく手短に終わらしたい。


「おはようございます、 ロゼさん。 お言葉ですが、出社時間はもうとっくに過ぎていますよ?」


なるべく笑顔を崩さない様に、挨拶を返す。


「あれれ…そうだっけ? 私の腕時計遅れてるのかなー?? 」


左手を背中に隠し、口元に指を当て、可愛ら

しく恍けるが目が泳いでいる。


「はぁ…。 それなら、時計は変えた方が良いと思いますよ? 色々と有事の際に困るのでは?」


それでは、と短く会釈してその場を去る。

彼女と長く付き合ってるとまた何かに巻き込まれかねない。


「ありがとー!そうするね!!!」


そう言って、彼女は両手をいっぱいに広げて振り、見送ってくれた。


元気いっぱいといった感じか。その大きく振り回される手首には何も着けていなかった。

ズルッと掛けていたメガネ耳からがずれる。

一気に身体の力が抜けた。


(着けてもないのね…。)


呆れ果てて言葉も出ない。

アレで、私の上司に当たるのだから頭が痛くなる…。この会社本当に大丈夫なのだろうか?

ズレたメガネを戻して、再び廊下を進む。

何度かすれ違う同僚に挨拶を返しながら、廊下を曲がり階段を使って目的の部屋へと向かった。


建物の最上階。 1番奥の部屋。

誰もいない廊下で、『社長室』と掲げられた扉の前に立つ。

扉は大きく、周りは金で装飾されていた。

如何にも『社長室のドア』という感じだ。

その豪華で、荘厳な作りは他とは違う独特の緊張感を醸し出していた。



1度大きく深呼吸をして、扉を3回ノックする。


「どうぞ。」


声が返ってくる。


「失礼します。」


中に入る。

視界がモノトーンの世界から色彩を持った世界へと映り替わった。


中はとても広いスペースで、ここの中だけで生活出来るようなインテリアが一式揃っていた。

部屋の1番奥の窓からは街の全貌を上空から眺めることができ、昇ったばかりの朝日が街をそして、この部屋を黄金色に染め上げていた。



読んでいた本を仕舞い1人の男がこちらを見る。


年齢は初老近い筈だが、その見た目はそれより10は若い。その少し伸びた髭や鈍色の豊かな髪の毛が一層歳を感じさせないものになっていた。


「おはようございます、社長。」


「あぁ。 おはよう、テイラー。」


社長と呼ばれた男、オリバー・アシュリーはその首に掛けられた黒色のタグを指で弄り、少し微笑むと再びタグを服の中へと閉まった。


『アシュリー社』

この世界唯一の大陸、ユーフステス大陸で知らない物はいないと豪語できるほど有名な会社。

その主な仕事は、武器制作、運送、販売。

所謂、武器商人だ。

その他にも、護衛、暗殺、密輸…etcなどなど裏社会でも大層活躍しているが、それを表だって公表できる者はいない。

いや、いたとしてもその行為は無駄だろう。

すぐにその事実は握りつぶされ、次の日には人生最後の日を迎えることになる。

オリバー・アシュリーは、そんな会社の社長だ。


通称、『黒タグの紳士』。

割と長い期間、彼と関わっているが、彼が紳士かどうかと尋ねられると…返答に困る。

その仕草、振る舞い、言葉遣いはとても丁寧なのだが厳つい表情と何でも見通すような鈍色の三白眼がより強い威圧を生み出している。

長く付き合えば長く付き合うほど、紳士と言うよりは…マフィアのボスとか銀鬼とかの方がしっくりくる。

性格など鬼のまさにそれだ。


「説明は済んだか?テイラー。」


「ッ!?!?」


いきなり、呼び止められて声にならない悲鳴がでた。なんで!?どうして??

私の考えている事まで分かるの!?


「馬鹿者、口に出ている。考え事をする時は口を閉じろ。」


なるほど。私の悪い癖だ…。

でも、まさか読唇術まで出来るとは…。流石としか言いようが無い。


「失礼しました。以後、気をつけます。」


頭を下げる。

まさか、『鬼』って言ったことばれていないよね…。

内心、ヒヤヒヤする。


「社長、早速ですが報告の方宜しいでしょうか?」


頭を下げたまま、報告の有無を確認する。

出鼻をくじかれてしまったが、何とかいつものペースに持っていきたい。


「あぁ、頼む。」


社長もそれを汲み取った様にそれ以上は追求してこない。


流石、よく出来ている。


私は手に持っていたファイルからリストを広げて、いつものように報告を始めた。


「では、始めに昨夜、御社の作戦地域でもあったフェルリオの街で起きた内戦についてですが、西国家のレガリアの発表によると、東西戦争の休戦協定に反対した民によるクーデターを鎮圧するために起きた内戦だったそうです。」


これは、西側(レガリア)の公式の発表だ。

突拍子も無く馬鹿げているが、いくら事実と異なっていようとそれを露見できる者はいないだろう。


この男を除いての話だが。


「フッ…。それで?事実か?」


それが西側の世迷言である事を知っているかのように、軽く笑みを浮かべる。楽しそうな笑いではない。嘲笑だ。


私は続ける。


「いえ…。我々がバーネット一家の亡命の為に配置した部隊の報告によりますと、実際はレガリアの部隊による一方的な殲滅だったそうです。」


バーネット一家の亡命。それは、今日の東西戦争休戦協定が結ばれた後、行われる筈だった作戦だ。


バーネット夫妻(正しくは夫妻では無いらしい。)と古くからの知り合いである社長もその協力の為、私兵を派遣した。

そして、派遣された兵士達はその地で一方的な殺戮を目にしたというわけだ。


「なるほど。 で、その目的は?」


そう言いながら、机から葉巻を取り出した。私はすぐ側までよってライターで火をつける。が、直前で右手で制された。 怪訝な顔で見つめる私に、一度小さく頷くと、その胸ポケットから赤く輝く小さな鉱石を出した。


(ルビー…?)


小石ほど大きさだが、恐らくあれ1つでも金貨5枚はする。

社長はそれを小さく指で弾いて、口元の葉巻に近づけた。


発火。

小さな赤い炎が葉巻に火をつけ、そして、すぐに消える。

社長の手からはルビーも消えている。


(なるほど…。あれが魔術ね。)


《ルビー》を贄として、《指で弾く》というギミックを行う初級魔術。

初めて目にした。見る人が見ればこれは本当に魔法だ。


それにしても、葉巻に火をつけるだけで、高価な鉱石を無駄にするのもどうかと思うが、この人にとってはそれくらいの価値なのだろうか。

私達から考えれば、…何とも割に合わない。

流石、お金持ち…。


煙をひと吐きして、社長が私を見る。

報告を続けろと目で訴えられる。


たしか、目的について…か。

ここからは憶測も飛び交う話になってくる。


私はそういう前提がある事を社長に告げ、言葉を続けた。


「詳しくは判明していませんが…、バーネット夫妻…あっ、正式には違いますが、報告ではそう言わせていただきますね。それで、バーネット夫妻が『魔術弾(マジックバレット)』の発明後、行っていた研究で出来たある物の『設計図』が目的だったみたいです。」


『魔術弾(マジックバレット)』。

その発明は世界に大きな波紋を呼んだ。

その効果は単純で明快。 銃の弾丸に魔術鉱石を埋め込んで、《弾の先端が物質に触れる》というギミックで魔術が発動されるというものだ。


仕組みこそ単純で明確だが、その威力は抜群だった。

だが…そんな高い破壊力をもつ魔術弾も世界で流行ることは少なかった。


またその理由も単純で明快だ。


『コストが高すぎる』のだ。

1つ何十金もする魔術鉱石を、更に加工迄して、そうやすやすとぶっぱなせる訳がない。

最初こそ、戦争を大きく変える!などの期待や批判を浴びたが時が経つにつれて廃れていった。


そんな物を生み出したバーネット夫妻の新しい研究については様々な憶測が飛び交っていたが実際には良く分かっていない。


「『設計図』?一体何の設計図なんだ?」


そう。そこだ。

一番の問題点を付かれる。もうこれからは、憶測というよりも噂、妄想の類だ。

それを、社長に直に報告して良い物なのか…。


数秒の思考の後、私はありのままを告げる事にした。


「申し訳ありません。そこまでは…。噂の範囲でよろしいのであればお伝え出来ますが。」


「構わん。話してくれ。」


少しでも情報が欲しい、そう続ける。

その言葉で私は、世間ではあくまで噂話として通っている話をはじめた。


「恐らくは、『魔術弾(マジックバレット)』の一種ではないかと…。ただ、その…1発で街が消し飛ぶ程の威力だとか…なんとか…。」


最後の方は消え入りそうになりながら、何とか私の知りうる情報を伝えた。

何とも馬鹿げた話だ。

気がつくと額には嫌な汗をかいていた。


明確じゃない情報ほど諸刃の剣になりうる物はない。ましてや、それを自分の口から告げるとは…。

少しばかりの後悔が胸を苛む。


「なるほどな…。確かに、現実的には有り得ない…。が、あの『賢者』のリズに、自称『天才鍛冶屋』のレクスが関係しているなら、現実味がでる話ではある…。」


有り得ないとは分かっていながらも、安易には無視出来ない。そんな思いが社長の態度から見て取れた。

私も…そう考える。無視は出来ない。

やりかねないのだ。

あの2人なら。


「それで、その設計図は?見つかったのか?」


「いえ、それが…どうやら、バーネット夫妻は目に見える形では保存していなかった様です。」


家の焼け跡からはそういう類いの物は見つからなかった。そして、恐らくは、レガリアの連中も見つけてはいない。


「それで…殲滅か。奴らも休戦協定前に危ない橋を渡ったな。」


「休戦協定前だからなのでは?」


ジロっと社長の視線が私へと移動する。

つい横から口を出してしまった。


「申し訳ありません。口が過ぎました。」

急いで頭を下げる。


「いや、確かに…な。」

社長は納得したように頷き、髭をなぞった。


レガリアが『設計図』を詮索せず、抹消しようとしたその理由。

少し考えれば簡単な事だ。

奴ら(レガリア)だって設計図を探さなかったわけではない。恐らく、何度も、何度も彼らの住処を探し、尋問し、その在処を見つけようとしたはずだ。


だが、それでも見つからなかった。

ゆえの、殲滅。

目的の設計図は街の何処かにあるのは間違いない。

それならば…いっそ街ごと消してしまえばいい。

休戦協定前の昨夜、協定後の東西の行き来が自由になる前に…。


何とも、浅はかで人間のクズが考えそうな事である。だが、奴ら(レガリア)はそれを実行し、実際に街は破壊され多くの被害がでた。

奴らはそれすらも隠蔽し、果ては街の人間の起こしたクーデターとして処理しようとしている。


…救いようがない、どうしようもないクズ野郎共だ。


「テイラー、落ち着け。顔が凄い事なってるぞ。」


社長がフゥーと口から煙を吐く。

鈍色の目が私を見つめていた。

ハッ!!となって、急いで顔を、主に口元を隠す。

かぁーっと顔に血が登っていくのが分かった。


「まぁ、私も君と同じ考えだが…。」


やっぱりバレていた。

赤くなっていた顔がより一層、赤みを増す。

恥ずかしい…。顔から火が出そうだ。


「どうしようないのが現実だ。 基本的に東側(アイリス)が西側(レガリア)の内部事情をどうこう言う筋合いは無いからな…。」


葉巻を灰皿へと押し付け、火を消し、ハァーッと今度は煙無しの息を吐いた。


「……それで、被害状況は? 生存者はいるのか?」


社長の顔がより一層険しくなる。さっき迄の報告でほぼ絶望的である事は確信している様子だった。


リストを捲る。


「被害状況ですが、街は壊滅的な状態です。全ての建造物が破壊され、現在どの施設も機能していません。また、復旧の目処もたっていないようです。恐らく、フェルリオは地図から消される事になると思います。それで、生存者なのですが…、」


言葉が途切れる。リストの生存者の欄見て、息を飲み込んだ。

生存者の欄には、『anconfirmed(未確認)』の文字。


「……現場のところ確認されておりません。」


全滅。街が、住民が一夜にして消えた。

予想していたとはいえ、この事実に私は内心激しくショックを受けた。


「……そうか。」


短く告げられる。

社長の反応も同様だった。

それ以上の言葉はない。眉間に多くの皺が刻まれる。

社長は、少し疲れたように目頭を指で抑えた。




沈黙。





「……引き続き調査を頼む。」


次いで、絞られたように言葉が続いた。


(社長が…泣いてる?)


しっかりとは見えないが、そんな感じがした。長年親しかった友人が亡くなったのだ。悲しくないわけが無い。

当然といえば当然…なのだが、


だけど、あの社長がここまで感情をあらわにするなんて……。


「かしこまりました。 本日のスケジュールにつきましては、朝食後にご確認させていただきます。」


「あぁ、頼む。」


何か見てはいけないものを見てしまった。そんな感じしたため、短めに挨拶を済ませ足早で部屋を後にした。







扉の外、また色彩の無いモノトーンの廊下を歩く。無感情にも思えるこの造りは社長のデザインだ。


如何にも、社長らしい。今迄はそう思っていた。


『鉄仮面、冷酷非道、感情の無い悪魔。』

これらは全てあの社長をよく思っていない奴らが、罵詈雑言を言う時に使う言葉だ。


でも、


(無感情…ではないみたいね。)


長い付き合いの中また1つ、社長の知らない面を見た。その事はかなり意外ではあったが、普段人間離れした社長が、より人間らしく思えた。


(少しはカラフルに彩れば良いのに。)


何も無い白と黒で造られた道を横目に進みながら、レベッカはそんな事を考えた。

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