第二話 小野塚稲荷の社殿にて
「い、いやああああっ!」
髪を振り乱した若い女が、床に転がって怯えていた。
男たちが下卑た笑いを浮かべてそれを見下ろしている。各々手に血塗れの山刀を下げ、それを女に突きつけていた。
「おかしらあ、ちったあ楽しんでもいいでがしょ?」
おかしらと呼ばれた男。その男だけが、女にではなく格子窓の外に目をやっていた。
「
「ええー?」
頭領に声を掛けた男が、見るからに不満そうな顔をする。
「女なんざ、どこででも抱けるだろうが。余計な真似すんじゃねえや! それより、ちょっと来い!」
権が、渋々頭領の近くに寄った。頭領は女には目もくれず、じっと窓から外を注視している。
夜の
「おめえらの下調べがいい加減だから、上がりが少ねえんだよ! 屋敷がでけえから銭があると思ったのか、権!」
きっと振り返った頭領に悪し様に罵られた権は、むっとした表情を見せたが、低い声でそれを認めた。
「へい」
「
苛立ったように、頭領が足下に控えた権を蹴った。
「でも」
「でもも糞もねえ! おめえら分かってんのか?」
頭領は、目を血走らせて男たちを睨み回す。
「ここは久保の所領だ。あいつぁ、
権が不満そうに頬を膨らませた。
「なんでですかい?」
「たりめえだろ! あいつら、数が半端じゃねえんだ。しかも、こええくらい鍛えられてる。弓も槍も儂らとは腕前がてんで違うんだよ!」
「う……」
「
食い入るように、頭領が窓の外を見つめる。
「里に深入りすんのはやべえんだよ。ここは
「うう」
「やるなら、さっさと済ましてすぐに引き上げねえとなんねえのに、女如きにうつつ抜かしやがってぐずぐずと!」
頭領が権の顔につばを吐き捨て、また窓の外に目を戻す。
ゆらゆらと。彼方から
「あの揺れ方は馬か。
まだここまでは距離がある。だが、どの松明も迷いなく真っ直ぐに近付いてくる。頭領は、ざっとその数を数えた。
「やべえ。五百はいる」
先程まで頭領の叱責に不満たらたらだった権も、さすがに己が置かれた危機的状況に気付いたらしい。急に落ち着きがなくなった。
「お、おかしらぁ、ど、どうするんで?」
頭領はそれに答えず、じっと松明の動きを見つめていた。
近付いてくる松明は、あるところでいっぺん止まって、そっから左右に分かれる。真っ直ぐここへ向かってこねえ。それが久保の策だとは思えねえ。これだけの兵を割くのは、儂らに負けねえためじゃねえ。儂らを一人も逃がさねえためだ。数で押すつもりの連中が、こそこそと策を練るはずがねえ。あすこに何かがある。連中が真っ直ぐ進めねえ何かが。
けど、ここへ押し入る前に見たときゃあ、あすこはただの野っ原だった。ここいらの連中が怖れて踏み込まねえ、だだっ広い野っ原。俺の目には、何があるわけでもねえただの野っ原にしか見えねえが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます