第5話「レジェンド オブ ザ スクール」

 月の光、それは偽りの光。

 太陽から盗んできたものだ。

    ◇

「月ちゃん、具合はどう?」

「月ちゃん、こんにちは。顔色、けっこうよさげじゃん」

ハルちゃんと等くん、来てくれたんだぁ」

 私は不治の肺の病気で、入退院を繰り返している。


 陽と一緒に入学した高校も休みがちで、このままでいったらおそらく一緒に卒業はできないだろう。


 陽と私は一卵性双生児。

 顔はもちろんのこと、身長、体重、声までそっくりだった。

 陽が髪を切れば私もショートカットにした。

 陽のように無邪気に笑っていたい

 陽になりたい。

 陽が、うらやましい。


 

 もし入れ替わっていても両親でさえ気づかないだろう。

 しかし中身はまったく違う。

 陽だけが、健康な身体を手にしている。

 なんて不公平なんだろう。

 陽は毎日楽しく学校生活を送って、等くんという優しいボーイフレンドまで手に入れている。

 陽の周りは、幸福であふれている。

 それに比べて私の心は闇に沈む。

 陽が、私への肺の臓器移植を承諾しないのを知っているんだ。どこまで欲張りなんだか。

 

 ──それならせめて等くんをちょうだいよ!


「ねえ、月ちゃん、知ってる? うちの高校の不思議な伝説」

「知らない。なあに、それ」

「あのね、学校に時計台があるでしょう」

 うちの高校はカソリック系で、礼拝堂に隣接された大きな時計台がある。

「ブルームーンの夜の十二時。時計の鐘が鳴り終わるまでに、好きな人と一緒に流れ星を見つけたら、その恋は永遠になるんだって」

「へえ、ブルームーンって?」

「普通、満月は一ヶ月に一度なんだけど、暦の関係で、一ヶ月に二度目の満月があるんだって。それがブルームーン。すごく珍しい現象らしいよ」

「それがさあ、ブルームーンって今夜なんだよ。だから、俺、陽ちゃんを誘ったのに……寒いから嫌だってさ」

「もう、あんなのただの迷信じゃない。風邪ひくくらいがオチよ」

「ちぇ、陽ちゃんって全然ロマンチックじゃないんだなあ」

「ロマンチックな人が好きなら、どうぞ他をあたってくださいな」

 ふてくされたふりをする等くんが、陽の頭を軽くたたく。

 じゃれあうような二人の会話が、私の心をさらに冷たくさせる。

 嫉妬は、青い炎だ。

 ロマンチックが好きな子なら、ここにいるじゃない。

 ただこうしてベッドに寝ているだけの死を待つだけの身になれば、あなたにもきっとわかるわ。

 

 ロマンチックだけが死を忘れさせる媚薬だということが。


 それなら、等くんをわたしにちょうだい。ねえ、陽ちゃん。


 私は等くんに売店でジュースを買ってきてほしいと頼んだ。

 陽には、花瓶の花の水を替えてほしいと言った。

 ふたりがいなくなったすきに、私は陽のカバンから携帯電話を盗んだ。


 その夜、陽の電話から等くんに電話をかけた。

 今夜、学校の時計台に十二時少し前に待ち合わせよう、と。


 病院の消灯を待って、鼻につないだ酸素吸入のチューブを取り、ベッドから抜け出した。

 脱いだパジャマと、愛用の大きなクマのぬいぐるみを、布団のなかに押し込み、私が寝ているようにカモフラージュする。

 それからロッカーに入れてあった洋服に着替えた。

 陽とおそろいの白いダッフルコートを最後に羽織る。

 携帯マグに熱いお茶を注いだあと、白い粉を混ぜた。


 眠れない、と言って処方された睡眠薬を、飲まずにとっておいたのだった。

 ひとりで静かに逝く時のために。

 でも考えたらひとりっていうのは、やっぱりさみしいよ。

 サラサラ……。私のたくらみは、一瞬白くにごったあと、痕跡も残さず溶けていった。


 時計台には既に等くんが来ていた。

 どちらともなく手をつないで歩く。

 月光の照らすなかに、ぼんやりと他にもそういうカップルがあちこちに忍んでいるのがわかる。

「等くん、裏山に行ってみない? あそこからだったら時計の音は聴こえるし、星もよく見えそうだよ」

「そうだね。行ってみよう」


 草むらに寝転がると地球はすっかり冷えているのがわかる。

 等くんの長いまつげが今、私のすぐ目の前に在る。

「コートが汚れるよ」

「いいの、汚れたら捨てるわ」

 そうよ、みんな今夜限りで捨てていくの。

 けげんな顔の等くんにマグを渡す。

 私たちはかわるがわるそれを飲み、しばらくそのまま暖をとった。


「そろそろカウントダウンかしら」

 返事はない。等くんからは軽い寝息が聴こえてくる。

 ゴオォォォーン……。

 ゆっくりと鐘が鳴り始める。

 音が、空気をふるわせていく。

 その振動で星々が動いたようにみえた。

 流れ星を探さなくちゃ。

 でももうどうしようもなく眠い。

 眼をあけていられそうもない。

 意識が遠のいていくなか、まぶたという宇宙でひとすじの光が落ちていった。

 

 とうとう私は、ほんとうの盗人になった。

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