朝食
『おはよう、キトリ』
製鉄場から二つドアを抜けると、いい匂いと一緒にキトリの母がパタパタと朝食の支度をしている姿があった。忙しそうにしながらも、キトリの姿を見ると母は立ち止まって小さく挨拶を交わす。そしてまた小慌しく動き出した。父はいつもの席に座って号報を読んでいたが、キトリを見るなり二度三度、僕のいつも座る椅子を軽く手ではらい、半分引いてくれた。
「おはよう、お父さん。お母さん」
椅子に座ったキトリを、父はいつものようにくしゃっと頭を粗雑に撫でた。そして読んでいた号報を机に置き、一緒に朝食を待った。美味しそうなパンの匂い。耳障りな製鉄機械の音。いつもと変わらない朝。母がコーヒーと牛乳を運んでくる。キトリがそのお盆を右手で受けると、父が片手で支えてくれた。ゆっくりと盆を下ろす。母はいつもいつも、今にもあふれそうなくらい飲み物を注いで持ってくる。
「いただきますっ」
小声で挨拶をしたキトリは口をコップの淵に近づけてあふれそうな牛乳を吸い込……もうとして、父のゲンコツをくらった。
〔手に持ちなさい〕
そう言いだしそうな視線でキトリを睨む。眉がちょっとだけ眉間に近づく。怒っている父の"しるし"だ。猫背になっていたキトリは背筋をまっすぐ伸ばし、カップを手に持ってそーっと口元へ運んだ。父はキトリが一口牛乳を飲むのを見てからコーヒーを手にした。
『キトリ、また悪さしたんでしょ』
パンやスープを運んできた母が、涙目になったまま牛乳を飲むキトリを見て小さく笑う。
『さ、食べましょ』
元気よく呼びかける母の号令の前に、パンに手を伸ばしていたキトリは、再び父のゲンコツを受ける羽目になった。
「ごめんなさい……」
そう呟いて俯くキトリ。少しだけ、さっき見た夢の状況が蘇って来て両親の顔を見るのが申し訳なくなった。それを見兼ねてか、よもや見透かしてか、タイミング良く父がキトリの頭をわしゃ、と撫でた。
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