第4話

「――おいっ!」

 大声で叫びながら目が覚めた。

 慌てて隣を見ると、妻は声に気付かず眠っていた。そっと起きだして台所に行き、冷たい水を飲む。そして壁のカレンダーを見る。

 亜希子との約束。それは今年中には妻と別れるというものだった。その約束は26日の忘年会の時に思い出していた。しかし、亜希子は死んでしまった。死んだ人間との約束を、ましてや実際には離婚する気など全くなかったのだから、守るはずもない。それどころか、亜希子が死んで約束も反古だとほっとしていたのだ。

「何で今頃彼女の夢なんか――」

 呟きながらはっとして、もう一度カレンダーに目をやる。亜希子はあと3日待つと言っていた。3日後は大晦日。そしてそれは、赤い丸印のついている今年最後の日。

「ま……まさか……くそっ!」

 思わず、壁に掛かっているカレンダーを拳で殴る。

「何してるの?」

 その時、背後から急に声をかけられ、気が動転した俺は「うるさい! 黙れ!」と叫びながら、再び壁を殴り付けた。

「なっ、なんなのよ、こんな夜中に。寝ぼけてるの?」

 妻は後ずさりしながらも、きつい口調で問う。その責めるような態度にまた腹が立ってくる。無言で睨み付けていると「どうせ変な夢でも見たんでしょ。馬鹿馬鹿しい」と捨て台詞を吐いて、娘の部屋へと入っていった。

 変な夢――妻の言葉を聞いて力が抜ける。そう、たかが夢ではないか。

「……はは……あはは」

 力なく笑い、寝室へ戻る。そのまま眠り込み、目が覚めたのは29日の昼過ぎだった。

 家には誰も居ない。きっと正月の買い出しにでも出掛けたのだろう。いつもなら荷物持ちに借り出されるのに、昨夜のことがあったからか起こされることはなかった。

「ラッキーだったな」

 自分もどこかへ出かけようかと考えていた時、電話が鳴った。

「もしもし」

 最近は物騒なので、相手が名乗るまでは名前を言わないことにしている。

『…………』

「もしもし?」

『……るわ』

 女性の声が微かに聞こえてきた。

「は?」

『……で……待ってるわ』

 聞き覚えのある声が聞こえた。瞬間、電話を投げつけるように切り寝室へ走った。頭から布団をかぶり耳を塞ぐ。どこかで聞いたことのある声――。

「誰だ……まさか……うわぁーっ!」

 声にならない叫び声を上げ、ガタガタと体が震え始める。目を固く瞑り耳を塞ぎ、そのまま気を失ったかのように眠ってしまった。

 夕方になり「あなた、具合悪いの?」という妻の声で起こされた。

「ん……、ちょっと気分が悪いんだ」

 実際、頭が重く吐きそうだった。

「ご飯食べて早めに休んだら?」

「ああ……」

 食欲はなかったが無理矢理詰め込み、頭痛薬を飲んで早々に眠った。


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