第3話

 1日経って今日は28日、仕事納めの日だ。

 全体の大掃除には業者が入るが、自分の机やロッカー等は各々が片付ける。

「今日はもう仕事になりませんね」

 午後になり、机周りを片付けていたら菊本が声をかけてきた。

「なんだ? 嬉しそうだな」

「そっ、そんなことないっすよ」

「きっとお前の仕事納めは昨日だったんだな」

「真顔できついこと言うのやめてくださいよ」

「あはは」

 笑いながら机の上を片付ける。

 それを見ていた菊本が「係長、大晦日に何かあるんですか?」と聞いてきた。

「ん? いや、何もないが。どうかしたのか?」

「カレンダーの31日に丸がついてるから、何かある日なのかと思って」

 そう言われてカレンダーを見る。その赤い丸印を見て、思わずゾッとした。

「そのカレンダー捨てておいてくれないか」

「いいっすよ」

「悪いな。お前も少し片付けろよ。でないと仕事してもらうぞ」

 菊本は奇声を上げながら自分のロッカーに飛んでいった。

「まったく、あいつは」

 苦笑いしながら、俺はまた亜希子のことを思い出していた。

 菊本と亜希子は同期入社で、結構気が合っていたようだ。1年目の大掃除には、亜希子が片付けの苦手な菊本の机周りを掃除してやっていた。昨年は亜希子が死んで社内も慌しくなり、大掃除どころではなかったような覚えがある。

「…………」

 なんとなく重い気分を抱えながら、年内最後の仕事を終えた。

 そして28日にバツ印を付けた夜、俺は夢を見た。




 誰かいる。

『係長』

 暗闇の中、声をかけられる。

『……生きてたのか?』

 声を聞いて彼女だと分かった。

『いいえ。私は階段から落ちて死んだのよ。そんなことより――』

『なんだ?』

『約束、守ってくれるんでしょ?』

 彼女の甘えたような声に少し嫌悪感を覚える。

『約束? 何の約束だ?』

『今年一杯で奥さんと別れてくれるって言ったでしょ?』

『あれは……だってお前はもう……』

 畳み掛けるように亜希子が言う。

『年内に別れなかったら、私とずっと一緒にいるって言ってくれましたよね?』

『そっ、それは……』

 暗闇の中でもそれと分かるほど、はっきりと彼女は微笑んだ。

『あと3日ですよ、係長』

『あと……3……』

 あと3日で大晦日。

『それまでに奥さんと別れられなければ、私と一緒に――』

『まっ、待ってくれ!俺は……』

 消えていく亜希子を追う。

『待ってます、あと3日』

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