第2話 夜の市場
「おにいさぁん、ちょっと寄ってきなよぉ!」
さながらゾンビみたいにふらふらと歩いていたオレは、甘ったるい、しかし威勢のいい女の声に呼び止められた。腐っているのか眠っているのかわからないがまったく働こうとしない脳ミソをなんとか動かしてあたりを見回す。
街灯もない暗い夜道……だと思うのだが、ここがどこなのかよくわからない。ホームセンターのキャンプ用品コーナーで見かけるランタンみたいなものが光っているが、酒のせいなのかどうにも視界がぐにゃりと歪んで見える。
ぼうっとしたランタンの明かりのそば、小柄な人影がひとつ。
繁華街ではないが客引きかだろうかと思った。で、面倒だから近づくまいと離れたつもりだった。
けれど。
「ほらほら、この
威勢のいい声に再びうっすら我に返ると、いつのまにか目の前にはあどけない少女の顔だけが闇にぷかりと浮かんでいた。一瞬悲鳴をあげそうになったが、あまりの驚きに喉が詰まって出てこなかった。しかしよくよく見れば闇に溶けるような長い黒髪と、ひらひらのレースがたくさんついた黒いドレスを着ているだけで普通の女の子だとわかって胸をなで下ろす。
いや、普通のというか、清純派路線のアイドルみたいな美少女。声が少し低めなのが印象的だった。
おかげでちょっと酔いが覚めた。
少女はくるりとした目を猫のように爛々と輝かせてランタンを手に持つと、少女とオレの間を照らす。
そこには厚手の布が敷かれた上に、黒地に虹色がうっすら浮かぶ模様の布や、不思議な時計が表紙の分厚い本、絨毯に壺、砂時計や瓶……などという一貫性のない雑多なものが置かれていた。しかもどれも古びている。もしかしたら価値のあるアンティークの類なのかもしれないが、オレのような素人にはさっぱりわからない。
「これは
「オーロラ?」
聞いてもないのに一方的に次々に説明していく少女に、オレは冷やかしのつもりで口を挟んだ。
「そうそう、あの南極とかで見られる
生き生きと売り文句を叩きつけてくる少女の勢いに押されていると、唐突にそのあどけない顔に、にぃっとニヒルな笑みが浮かんだ。
「にゃはは。……なぁんてね、おにいさんに売るモノはもう決まってるんだ」
にやにやと含みのある笑みで少女が押しつけてきたのは、金魚鉢のような丸い瓶。中にはなにか金魚のようなものが一匹入っている。
つまりこれってものすごいボッタクリだったり買わないと怖い人が出てきたりする、アレなんじゃ――……。
急激に冷めていく意識でどうやって断れば穏便に事が進むんだろうかと思案していると、少女はにぱっと笑った。
「あぁ、お代なら心配しなくてももういただいてるよ」
そんなの信じられない。きっと一端持ち帰ったが最後、高額な請求がきたりするんだ。という疑いに、少女はさらに口角をあげてばっしぃん!と思いっきりオレの背中を叩く。不意打ちに思いっきりよろめき、手は突いたものの勢いが殺しきれずに顔面からアスファルトに突っ込んだ――。
「ソレはね、絶対にアンタに必要になるものなんだ。ありがたく受けとっときな――
地面はアスファルトのはずなのに、不思議と激突する衝撃はなかった。アレだ、田植え前の田んぼ。ぬるっと飲み込まれて、からめ取られる感じ。
どうしてオレの名前を……なんて思う間すらなく、意識は黒い大きな渦に舐め取られるように引きずり込まれていった。
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