一話完結オムニバス 通りゃんせ詐欺


「――と、言うわけでな、行きは良いのだが、帰りの道はあの世に繋がっておると言うのだ、さすがのワシでも恐ろしくてなあ、まだ、皆、知らぬようだから――良かったのお、おぬし、早く知る事が出来て……いやいや、本当に良かったなぁとワシも安堵しておるのだよ、お主も、丁度、この天神様でお会いしたのが何かのご縁だからのう、覚えておくが良い、二番の歌詞をな」


「へえ、ありがとうござんした、ええもう、しっかり覚えやしたよ、ありがとござんすねぇ」



「まったく、ばかばかしいったらありゃしないねぇ、何が通りゃんせの二番の歌詞だよ、聞いたこともねぇ、そうだ、あそこにとんでもねぇ間抜けヅラした男がいるから、ちょっと騙して、小銭でもせしめてやろう――おい、おいったら、そう、そうそう、あんた、あんただよ」(ひゃあ、こいつは近くでみると、よっぽど間抜けヅラだぁ、騙しがいもないが、もう声を掛けちまったからしょうがねぇ、ちょっと、引っ掛けてやろう、ひひひ)


「なんか用かい? あんた、ずいぶん、間抜けヅラしてんなぁ」


(間抜けヅラはどっちの方だよコノヤロウ、もう容赦しねぇからな、見ときやがれ)「いや、なに、通りゃんせの二番の歌詞を教えてやろうと思ってなぁ、ええと、なんだったかな?」


通りゃんせ 通りゃんせ

ここはどこの細道じゃ

天神様のかえりみち

よくぞ通ってきたものじゃ

ご用のないもの通しゃせぬ

このこの七つのお祝いを参った帰りでございます

どうぞ通してくだしゃんせ


行きは良い宵 帰りはできぬ

怖い ねのとき

うしのとき あのよいき


「――とまあ、こんな感じだよだいたい……どうだい、怖いだろう、あの世行きだってさぁ、こわいねぇ……しっかり覚えとくんだぜぇ」


「ああ、そんなことかい、そんなこと、この辺じゃ誰だって知ってるよ、あんたよそモンかい? 知らなきゃアブねぇからな」


(なんだい、知ってたのか……面白くねぇなあ、そりゃ、俺は流れ流れの流れモンだからよ、このあたりには来たばっかだよ、しかし、アブねぇって……何が一体危ないってんだ?)「そりゃ、お前があんまり間抜けヅラしているからよ、教えといてやんなきゃかわいそうだと思って……慈悲の心ってやつよ」


「なんだ、そうかい、ありがとよ、じゃあ、これで……」


「ちょちょちょ、ちょいと、待ちなぁ……それにしても、危ねぇよなあ、なんでこんな事になっちまうんだか」


「そりゃ、まあ、しょうがないさね、相手は天神様なんだから、なんでもありさ、太刀打ちできないだろ」


「……だ、よ、な、だよ、天神様相手に喧嘩はできねぇよ、いくら俺が腕っ節がつえぇからって、それはしねぇさぁ」


「でも、アンタ歌ってたよね」


「へ? 歌った?」


「天神様の二番の歌詞だよ。わかってやってんならいいんだけどな、ちゃんとしとかなきゃアブねぇよ」


(なんだいなんだい? 歌っちゃ駄目だったのかよ、あのオヤジ! 肝心なところは教えていやがらねぇ! そんで、どうなるんだ? おれっちはどうなっちまうんだよ!)


「ああ、ああ、そりゃもう、ちゃんとしとくさ、で、なにすんだっけ?」


「なんだい、あんた、やっぱり知らねぇんじゃないかい? 実はおいらを引っ掛けようとしてやがったな」


「そそそそそそ、そんなことねぇよ、ちゃーんと知ってたさ」


「ほんとにぃ?」


「ほんとに」


「そっか、ならいいんだ、いくら初めて会った他人とは言え、奈落の底に吸い込まれちまったら可愛そうだからなぁ」


「そうそう、奈落の底は怖いねぇ」(奈落の底? なんだいなんだい、おだやかじゃないねぇ)


「じゃ、またな」


「いやいやいやいや、話はまだ終わっちゃいねぇ、しかしよ、ばかばかしいとは思わねぇか? このご時勢に奈落の底なんてさぁ」


「だって、この前もよそモンが吸い込まれたって言うじゃねぇか、ほれ、その鳥居を出たすぐのとこ、囲いがしてあるだろ? いま埋めてる所なんだよ、昼には埋め終わっちまうだろうけどな、アブねぇアブねぇ」


「ほんとかよ! そりゃ、知らなかった――いや、天神様の話は知ってたけどよ、その間抜けの話は聞いてなかったよ――それ、本当かい?」


「なんだよ、どっちでもいいよ、おいらには関係ねぇし……あとはちゃんとしとくんだよ、天神様のお怒りが治まるように、お供えしてお願いしとくんだ」


「ああ、もちろんさ、いくら俺が腕っ節がつえからって、天神様にゃ喧嘩は売うらねぇ」


「それはさっき聞いたよ」


「そう――お供えって言ってもいろいろあるやな、あ、もちろん知ってるよ、知ってるけどさぁ、天神様も好みが変わるって事もあるんじゃねぇか? だからよ、最近のはやりっていうか、トレンドってのを聞いときたいと思ってな」


「とれんどってなんだい?」


「いや、しらねぇ、なんだか、勢いだ、気にスンナ」


「ふうん、ま、はやり廃りはあるだろうけどよ、金を払っときゃ間違いないだろよ」


「そうだねぇ、そんで、いかほどばかり……」


「まあ、そうだねぇ、十両は払った方がいいんじゃねぇか」


「じゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅ十両! そいつはいくらなんでも……こちとら来たばっかで、そんなに払ったら今日の宿代も出やしねぇ」


「十両が惜しいのかい? 安い命だね、それにしても、やっぱり、あんた、よそモンだったんだな、だったら心配ねぇよ、戻ってくっから」


(え? 戻ってくんの? 早く言いやがれ、そうだな……だいたい、仏さんだって、オマンマ上げた後は、食わなきゃ腐っちまうからな、供えた後、取りにくりゃいいんだな)


「知ってたよぅ、知ってたさ、あれだろ? お賽銭箱の中に入れなきゃいいんだよな、そんぐらいガキでも分からぁね」


「そうさ、今夜――宵の内に、誰にも見つからないで、賽銭箱の裏に置いとくんだよ、そんで、次の朝取りに来いよ、悪いモンは丑三つ時に全部あっちの世界へ行っちまうって話だからな、この辺の人はみぃんな事情は知ってっから、誰も取りゃしないさ、触らぬ神に祟り無しって」


「だよな、分かってる、分かってらい! ええと、宵の内って言うと、とき……九つまでに持ってくりゃいいんだな、そんで、お参りして、謝って、そんで大丈夫だったんだよな? 知ってるけど、一応確認だ」


「ああ、大丈夫さ、しっかりやんな――」




 風もなく、草木さえも静まり返った、暗い境内に男が現れた。

 男は辺りをきょろきょろと見回すと、お宮のやしろに小走りで近づき、賽銭箱の裏側に小さな布袋を隠した。ほのかに灯る、社脇の灯篭の残り火が、安堵した様な男の間抜けヅラを照らし出したと思うと、急にふうっと風が吹いて、最後の明かりを消した。


 そのまま、男は振り返る事もなく、小走りで鳥居をくぐると、足下を用心深く探りながら、真っ暗な細い道の奥へと消えて行った。



「やはり、おぬしが言うとおり、騙されおったな」


「だろ、おいらの言う通り、ちょろいもんさ、まったく子の刻ぎりぎりにきやがって、待ちくたびれちまったよ」


「あやつも朝になれば気が付くだろう、自分よりも間抜けと思っておった者に引っ掛けられたとな」


「朝にはおいらたちは次の宿場へ行っちまっているけどよ、よそモンは、お前だけじゃねぇんだって、つい、口が滑りそうになっちまったよ」


 二人は笑いながら鳥居をくぐると、細い道を歩き出したその時に、二人の足下にぐらりと揺れて現れた、大きな穴に吸い込まれて行った。

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