通りゃんせ――二番の歌詞

柳佐 凪

一話完結オムニバス 『ことわり』

「鍋島君、ここ、小さい頃によく通った道だわ……急に思い出した、この先を右に曲がると、真っ直ぐ続く細い道の先に、小さな鳥居があってね……私は途中で曲がっちゃうから、神社には行かないんだけど、ずっと怖かったんだ……」


「そうか」


「そうか――じゃないわよ、もう少し、会話を広げようとか言う気持ちはないの? ああ、ないわよね、失礼致しました。では、あえてのお願いです。この会話にしばらくお付き合いいただけませんでしょうか」


「そうか――いいだろう。つまり、今でも、その頃の事を考えると、怖くなってしまうから、何か話でもして気を紛らわせたい……と言う事で間違いないか?」


「違うわよ」


「違うのか? じゃあ、なぜだ」


「……もう、これだからリケダンって嫌なのよね、なんでも明確にしないときが済まないの? あやふやなままにして置いた方がいい事だってあるのよ!」


「例えば?」


「例えば、このお話のオチとかね、あやふやなまま終わらせれば、それなりにシュールだとか言ってくれる人もいるんじゃないかしら?」


「そうは思わないな……つまり、天神様がなぜ怖いかを、あやふやなままにして置きたいと言う事なのか?」


「そう……ね」


「しかし、人間と言うのは、わからないものを怖がるんだぞ。例えば、暗闇が怖いのもそうだ、見えないから怖いんだ、じゃあ、光をあててやれば怖くない……だから、なぜ、天神様が怖いかを明確にできれば、怖くなくなるんだ」


「まあ、一理あるわね……」


「では、早速、神社の境内へ行ってみよう」


「ちょちょちょちょちょちょちょ、ちょっと待ってよ、鍋島君! だからってわざわざ、この夕暮れに怖い元凶に乗り込んで行く事もないんじゃないかしら?」


「元凶って、相手は神様だぞ、ちょっと言いすぎだろう」


「あ、訂正、訂正、神様にはいろいろとお世話になってるから(笑) ちゃんとしとかなきゃね……えーっと、興味本位でお騒がせされてはなりませぬよ、鍋島殿……」


「殿って……おまえ、文系のクセに敬語や尊敬語、謙譲語の使い方がむちゃくちゃだな……現役高校生だろ?」


「ブンジョを馬鹿にしないでよ! リケダンまじ無理」


「文系女子を馬鹿にしたわけではなく、お前が馬鹿だと言う事をしらせただけだ」


「余計に腹が立つ」


「で……どうするんだ、なぜ怖いと思ったんだ? 幼い頃の理沙は」


「そうね……はじめはそんなに怖くなかったんだけど……そう、アレを聞いてからだわ……鍋島君『とおりゃんせ』に二番の歌詞があるって知ってる?」


「いや、知らない、その話題は聞いた事があるが、都市伝説の類だろうと思って興味が沸かなかったな」


「私、聞いちゃったのよ……」


「どんな歌詞だ?」


「それが、その歌を歌うと、たたられてあの世に連れて行かれてしまうらしいの」


「誰から聞いたんだ? そいつはあの世へ行ったのか?」


「……おかあさん、お母さんが歌っていたの」


「理沙のかあさんは、亡くなったんだったな……」


「うん……関係ないと思うけど、気になるじゃない?」


「じゃあ、歌ってみろよ、理沙が」


「いやよ、なんで、わざわざそんな怖い事を……待って……何か聞こえない?」


「聞こえるな……あれは、『とおりゃんせ』を子供が歌っているようだな……鳥居の向こう側から聞こえてくる……しかし……歌詞が違うのか?」


「あれよ! あの歌! あれが二番の歌詞だわ! 大変! 知らないで歌っているんだったら、祟りがあるかもしれない! 知らせてあげなきゃ!」


「あっ――理沙! 待てよ! まったく、さっきまであんなに怖がっていたのに、人の事になると周りが見えなくなる性質たちなんだな……大野おおの英章えいしょうの時もそうだった……また、付き合わされるのか……」


通りゃんせ 通りゃんせ

ここはどこの細道じゃ

天神様のかえりみち

よくぞ通ってきたものじゃ

ご用のないもの通しゃせぬ

このこの七つのお祝いを参った帰りでございます

どうぞ通してくだしゃんせ


行きは良い宵 帰りはできぬ

怖い ねのとき

うしのとき あのよいき



「はぁ、はぁ、もう――歌っちゃったのね」


「あんただれだい?」


「お姉ちゃんはね、飯盛いさがい理沙りさっていうのよ『とおりゃんせ』の二番の歌詞を歌っていたのが聞こえてきたから……」


「ふーん、あんた、二番の歌詞を知っているんだね……誰から聞いたんだい?」


「理沙! はぁぁぁ――おまえ、足速いな……」


「また、増えた、今日は騒がしい日だな」


「あのね……『とおりゃんせ』の二番を歌うと……」


「ほう、知ってるのか、あの世へ連れて行かれるんだろ?」


「え? 知ってたの? だったらなぜ?」


「おい、理沙、この子……」


「鍋島君、うるさい、ちょっと待って」


「いや、この子……影がないぞ」


「え?」


「よく気がついたな、まあ、この夕暮れに長くなった影が見えないんじゃ、バレッちまうか……そう、おいらはこの世の者じゃねえよ」


「この世の者じゃない……」


「まあ、影ぐらいは出せるがな」


「うわ! 急に影が……一体何だこいつ」


「こいつってのは随分だねぇ……連れてくぞ」


「ねえ、お母さんは、二番を歌ったから連れて行かれたの?」


「理沙、おまえ、冷静だな……」


「――そうじゃねぇ、おまえの母親は関係ねぇよ、あれは寿命だ、天寿ってやつだ」


「お母さんを知っているの?」


「ああ、あの赤蛇小僧の知り合いだろ? お前とそっくりだから、すぐにわかるさ、生き写しって奴だな……いや、母親の方は死んでるから死に写しか? いや、写された方の娘は生きてるから、生き写しでいいのか……」


「ややこしいな……二番の歌詞を歌っても死なないと言うことか?」


「まあ、そうだ、でも、連れて行かれる事もある。歌わなくても、聞いただけでもだ」


「どういことなの? 私も死んじゃうかもしれないと言う事?」


「いや、おまえは連れていかれねぇよ……なあ、若いの……世の中には何でもことわりって奴があってな、真理ってやつだ、ある事をした奴は二番を聞けば連れて行かれる。そうじゃない奴はそうじゃないってことだ。道を踏み外すなよ……そうそう、鳥居をくぐっちまったんだから、天神に挨拶していけよ……日が暮れっちまう前にな……」


「あ……消えた」


「消えた? あいつ、何だったんだ?」


「多分、神様なんだと思う……」


「神様?」


「お母さんと、あの神様を知っていたみたいだし、天神様を天神って呼び捨てにしていたから……」


ってなんだ? おまえ、神様に知り合いでもいるのか?」


「まあ、いいじゃん! 私は連れていかれないらしいし!」


「え? あっと……俺は?」


「あ、聞かなかったね、あはは」


「あはは、じゃないだろう……とにかく、お参りして帰ろう……なんだかよくわからないが、よく分からない事で死ぬのはゴメンだ」


「鍋島君、人間は、わからないものを怖がるのだよ、知っているかね、君ィ」





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