第6話 それは逃げだよ
「さてと、どうする?」
ミノルは平静を装ってシンジにそう尋ねる。
さっきの惨状を見て、恐怖と少しばかりの興奮を抱いてしまったもののミノルは取り乱さない。
自分の思いついた秘策が、うまく行くかどうか、シンジを利用して、試さなければならないからだ。
利用していることを悪いとは思わない。
仮に成功したら、シンジは助かり、となれば自分は感謝されるだけだからだ。
失敗したらシンジは死んで、誰もミノルを責めたりなんかしない。
どう転んでも、自分にはメリットしかない。もっとも失敗したら、失敗したで、別の策を練らなければなない。そしてそれは秘策が秘策でもなんでもなかったということを証明してしまうので、悔しいのだが。
「……」
シンジの返事はない。考え込んでいるのか、それともさっきの惨状に恐れおののいて、未だ呆然としているのか。
「おい、聞いているのか」
「まあ、待て。弟は考え込んでいるのだ」
シンジの口からそんな言葉が出る。考え込んでいるポーズで、だ。
なんなんだ、こいつは。
ミノルはいつまで経っても理解できない。
「いや、兄さん……もういいよ」
そう言ってシンジは考え込むのをやめた。
「でもその前に兄さんは助かるなら乗るべきだと思うかどうか意見を聞かせて」「そりゃ、もしここから出れるんならやるべきだ。オレ様はお前を助けたいからな」「びゅぃはどう思う?」「くっくっく、いっつも言ってるだろ。お前らを見るのは面白いし、我輩は面白ければなんでもいい」「なら決まりだ、僕が行こう。助けてくれるんだろ、ふたりとも」「当たり前」「当然」
まるでひとり劇のようにシンジはつぶやいたあと、ミノルを一瞥して歩き出す。
「お前がゲームに勝ったら教えてやる。だから絶対に勝てよ」
「当たり前だ、オレ様の弟をなんと心得る!」
「コーモン様のお供みてぇな、言葉だな」
ミノルの言葉にシンジからそんな言葉が返ってくる。
相変らず気味が悪いが、ミノルはおとなしく見守らせてもらうことにした。
ステージ上ではテツが待っていた。
――次は誰が行く、とテツは残りのふたりには聞かなかった。
聞いても無駄だと思った。
ふたりとも口数が少ないというか、無言で、コミュニケーションすら拒んでいる雰囲気があったからだ。
このまま時間切れになって全員死んでも構わないとふたりは思っているのかもしれなかった。
テツはというと最初は半信半疑だったものの、このゲームの回数を重ねるうちに、願いが叶うというのを信じざるを得なくなってしまった。
それこそ、先ほどの虐殺が、アスナロが最期にした愉悦の笑みが、嘘だとは思えないからだ。
脱出するということも頭の隅には残っている。結婚したばかりの妻のもとに戻りたいと思う。
けれど、それよりも、自分の――自分の願いを叶えたほうが、もちろん妻は哀しませるが、生まれてくる子どもを不幸にはしないように思えるのだ。
すまない、ミユ。テツは自分の妻にもう会えないことを謝って、ステージへあがった。
「お前がが弟の対戦相手か。実についてないな」「兄さん、そんなことを言ってはダメだよ」「くっくっく……このあと、青ざめる姿が見えるね」
テツに続いてあがってきた少年は、ひとりでそんなことを言う。
気味が悪い、とテツが感じるのも無理はない。ミノルだってそう感じているのだから。
「両者そろいましたので、ゲームを始めましょう」
ステージ上に参加者が現れると、アモロが現れる。
もはやテンプレートになったその行動にテツもシンジも驚きはしない。
「テツ様、シンジ様、どちらから投げられますか?」
これもテンプレだ。
アモロが慣れた手つきでサイコロを見せる見慣れた光景。
「弟に先に投げさせてやってくれ」
シンジの口からそんな言葉が飛ぶ。
弟……?
首をかしげるテツだが、
「いいかな?」
と尋ねられて、首を縦に振る。
「さあ、弟よ。サイコロを振れ」「兄さん悪いね、僕の代わりに言ってもらって」「気にするな」「さあさあ、よぉーく見ておくんだな、これがシンジの超能力っ!」
テツはわけが分からないながらも、シンジが三人を演じていることだけは見抜けた。
「びゅぃ、そんなに自慢しないでくれよ、照れるよ」「照れて集中を切らすなよ、弟よ」
「それはわかってるよ、でも兄さんも力を貸して」「ああ、このサーギュレット・ギュンダー、弟に力を貸そうぞっ!」
そこまで言って、シンジはサイコロを投擲した。
「はああああっ!」
手を広げ、シンジは念じる。
シンジが超能力者なのかどうかは分からない。
それでも、
「和は12です」
アモロの言葉を聞けば本当に超能力を遣ったようにも見える。
サイコロの目は『6』と『6』だった。
「これで僕の勝利だ」「さすが弟だ」「ひゅう♪」
出た目を見て、ひとりで三回喜ぶシンジ。
なんて光景だ。
「ではテツ様、次をどうぞ」
「あ、ああ」
テツはアモロからサイコロを受け取るも、目の前の少年が気になってしょうがなかった。
「どうかされましたか?」
「あ……いや……その」
「もしかして、弟のことが気になるのか?」
テツがしどろもどろになっているとシンジが声をかける。
「ああ……えっと、キミは……その多重人格というやつなのかな?」
「多重人格っ?」
言われたシンジは驚いたように言葉を反芻して、鼻で笑った。
「兄さん、僕ら、多重人格者だと思われてるよ」「愚かだな、オレ様たちは単なる運命共同体だろ」
「よくわからないな……」
運命共同体というのは、多重人格者だといわれたくないシンジの言い訳のようにも聞こえた。
「要はひとつの身体に何人もの人間が住んでいるってことだ」
だから、それを多重人格というんじゃないのか、とテツは言いたくなったが、本人が違うという以上、それを認めることはないのだろう。
テツはそれを気にしないことにして、さらに尋ねる。
「生まれた頃からそうだったのか……?」
それならば、運命共同体という意味もわかるような気がしたが、シンジは首を横に振る。
「じゃあなんで……」
「別にお前に言うことじゃない、なあそうだろう弟よ」「その通りです、兄さん」「てめぇに話す義理もないしねえ」
「そうだろうな」
テツは顎に手を当てて、少しだけ考える。
「じゃあ、これはあくまで仮定だけど、キミが元々ひとりで、キミ以外の人間が途中から現れたとしよう。そしてそれは多重人格でもなんでもない。だとしたら、」
「やめろっ!」
テツは目の前の少年に言ってやらなければならない。
テツと目前の少年の状況はきっと同じだ。
「やめろぉおおおおおおおおおおお!」
***
シンジの人生は常闇日陰と名乗る少女によって狂わされた。そういう意味では彼女は魔性の女ともいえた。
彼の家庭はそのとき、ボロボロだった。
彼の兄は引きこもりで、父親は兄もシンジも放ったらかしで、仕事が愛人と言わんばかりに没頭している。母親はそんな父親を見て、不倫をし、毎日化粧が濃くなっているように見えた。
シンジはなんとかしてみようと努力したつもりだったが、なにも変わらなかった。
ただ、疲れていくだけで、シンジはなにもできなかった。
悩みがあってそれをどうしたらいいのか、とブログに書き込んでも、その悩み自体を書けない。今日万引きしたぜ、みたいな犯罪告白をするかのように気安くは書けない。事情を知られたくないから。
でもコメントをくれたみんなは励ましてくれる。
それが唯一の心地良さだった。しかし決して救いなどではなかった。
そんなときにシンジは常闇日陰に出会った。彼女は憂いを帯びていて、シンジはどことなく自分と似てると思った。
なにがきっかけでとかどこで出会ったのかなんてことはシンジはまるで白昼夢でも見ていたかのように覚えてない。
けれどシンジは彼女との会話は覚えていた。
彼女はシンジよりもひどい境遇で、苦しんでいるのだという。シンジと比べてもわかるほどの、過酷な境遇だった。手首にはリストカットの跡もあった。
会話は端からおかしなもので、彼女はなにかあるたびに、まるで誰かを演じているかのように役を変える。
それがどういうことか尋ねてみたら、彼女の身体には何人ものキャラクターがいるのだという。そしてそれはどうやら多重人格ではないらしい。彼女の主張なのでそれが本当なのかは確証を得なかったが。
話しているうちにシンジは気づく。
常闇日陰はネガティブな発言が多い。それを励ますのが玉虫色のマリアと呼ばれる女で、それに呆れるのがクネリス、それぞれ役目が決まっていて、けれど常に常闇日陰を守っているように感じられた。
彼女はそうやって自我を保っていた。
シンジはかわいそうだと思った。
自分よりもひどい境遇の人に出会って初めてそう思った。シンジは自分はなんてかわいそうだと思っていたけれど、彼女と出会って、自分よりも下の人間と出会って、そう思ってしまった。
親身になって話を聞いたけれど、そんなことを思ってしまった人間が、彼女の心を救えるはずがなかった。
常闇日陰という人間ですら彼女の本当の自分でないことに見抜けなかったシンジが彼女を救えるはずもない。
彼女はシンジの目の前で服薬自殺を謀った。
一命を取りとめることはできたのだけど、シンジは彼女の自殺を黙って見ていることしかできなかった。彼女の苦しむ姿に対してシンジはなにもできなかったのだ。
仮定の問題すら解決できないシンジが、より重い彼女に対して何もできてなくて、あるいは少ししかできなくて当然だというのに、シンジは彼女を救えなかったことを嘆いた。
その場に理解のある大人やしっかりとした友人がいれば、彼の精神は今も正常だったのかもしれない。
けれどシンジの周りには、家庭を放棄した大人と顔も知らない友人しかいなかった。
だから彼は壊れた。どうすればいいかわからなくなった。
そんなときだ、
「大丈夫だ、弟よ」
シンジの口からそんな言葉が零れた。
その言葉を聞いて、なんだか気持ちが軽くなった気がした。同時に、常闇日陰の気持ちがわかったような気がしたのだ。
シンジは自分が思う理想の兄を演じ、自分を励ますことで自分を保った。
シンジのブログはいつのまにかそんな自分が演じるものたちの共演の場になった。
コメントを書き込んでくれていた友人もさすがにその気味の悪さに去っていった。所詮そんなものだ。
アクセス数は日に日に減って、今は一桁しかカウントしていない。
それでもシンジはブログを用いて共演させる。
もちろん、そのセリフを書いているときは、その役になりきって。
なにもできなかった富丘慎而とその兄、サーギュレット・ギュンダー、そして道化のびゅぃ。メインはその三人で、端役がたまに登場する。けれどそんなことを知っている人はいない。
シンジのブログはとっくに見捨てられて、まるで見捨てられたようなシンジを救う人はまだ現れていないから。
***
叫び、頭を抱えるシンジにテツは言う。
「それは逃げだよ」
向き合え、というのではない。
ただ、それをきちんと理解しろ、とテツは言いたいのだ。
しかし、やめろと叫んだことは無意識に多少は自覚しているのだろう。それが、何の解決にもなっていないことぐらいは。
だとしたら、言わなくてもよかったかもしれない、とテツは少しばかり罪悪を感じるが、それでもこの場にたったふたりは死ぬのだから、きちんと理解させたかったのだ。
「ううっ……」
シンジは頭を抱え続けていた。
「オレは逃げを否定しているわけじゃないよ」
それはまるで自分に言い聞かせているようだった。テツもまた逃げている人間だ。
「さてと」
切り替えるようにテツはつぶやき、
「アモロ、ひとつ聞きたい。ルールの再確認だ。サイコロを振って、出た目の和が高ければ勝ちなんだな?」
「ええ、その解釈で間違いありません」
「あと、もうひとつ確認したい」
「なんでしょうか?」
テツはもうひとつの事項を確認する。
答えはさっきと同じだった。
「よし……」
決心したテツは腕を振り上げ、もう一方の手を用いてサイコロをひとつ、宙に投げた。
そして自分の胸元を通過して落ちていくサイコロめがけて、振りあげていた腕を振り下ろす。
テツの渾身の一撃が当たったサイコロは箱の中でふたつに割れていた。
スクリーン上にそれが映されたものの、驚いたのはミノルぐらいだ。
テツは続けて、残りひとつのサイコロを投げて、同じように割る。
「和は14です」
「どういうことだよ……」
スクリーン上にはサイコロが4つ表示されていた。
それはミノルの錯覚でもなんでもない。
『2』と『3』と『4』と『5』、スクリーンに映し出されるのはサイコロの一番上の目だ。
何度数えても、その目は4つある。
「なにを……したんだよ」
「サイコロを割ったんだ」
ミノルはテツが空手家だったことを思い出した。にしても、空手ごとき、というのは失礼だがミノルには空手ごときでサイコロが割れるとは思えなかった。
けれどテツは事実サイコロを割った。だから上から箱を映し出しているスクリーンにはサイコロが4つあるように見えるのだ。真相は分割されたふたつのサイコロが見えているだけだ。
「オレはアモロにこうも確認した。出た目というのは上を向いている目でいいのか、と。するとアモロはその解釈で間違いないと言った。つまりだ、サイコロを振ったあと、何らかの方法でサイコロを増やせば、和は12を越えることができるんだ。アモロはサイコロを振って出た目と言っていたからな、サイコロを振ったあと、なにをしても構わないはずだ」
「そんなの卑怯だろ。そんなことをできる人間が何人いるんだよ!」
「お言葉ですがミノル様、テツ様の味方になるつもりはございませんが、もしテツ様の割ったサイコロがひとつでも裏を向いていれば、それは加算されず、『12』に到達することはなかったでしょう」
アモロはつまり偶然、テツが割ったサイコロがすべて目のあるほうを上にして落ちたからテツが勝てたと言いたいのだ。
そんな偶然ってあるのかよ……ミノルは驚くしかない。それとも、あのお嬢様の言っていた想いとやらがそうさせたのか? ミノルには、いや誰にもわからなかった。
とにかく、テツは『12』という負けるか、引き分けるかしかない状況下で勝ちを作り出した。
「さてそれではテツ様、あなたの願いはなんですか?」
その価値を見極めるようにアモロは言った。
シンジはもう動いていなかった。勝敗が定まった瞬間にアモロが殺したようだった。
少しは逃げるという意味を考えてくれたのだろうか、とテツは思う。
シンジに何があって、なぜ逃げたのかはわからない。ただ、その意味を考えてくれたのなら、シンジにひどい宣告した価値があったというものだ。
テツは動かぬシンジを一瞥してからアモロに向き合う。
オレは逃げ続ける。
「オレの罪を消してくれ」
***
テツは会社員として会社に従事する傍ら、空手を嗜んでいた。
空手は徐々にうまくなりつつ段階だが、幼い頃からやっていたわけではないので、オリンピックに出れることを夢見ているものの、それはまだ空想でしか叶っていない。
ミユもそんなテツを応援して、時には夜遅く帰ってくるテツのために、きちんとご飯を作ってくれたりしている。
新婚の頃はミユがテツの帰りを待っていたりして、それはさすがにテツの気が引けたので説き伏せて寝てもらうようにした。
それでもときどきはテツが帰るまで起きていたりしたが、テツは何も言わなかった。
そうまでして起きていてくれるのがテツに対するミユの愛情で、それならば何も言わないのがテツのミユに対する愛情だろうから。
そしてミユは妊娠する。テツにとってそれは嬉しいことだった。最初はミユの負担が増えるだろうからと空手を自重していたもののミユに言われて、テツは空手を行っていたペースを元に戻した。
ミユが妊娠したところで何も変わらない、テツとミユの日常が流れていく。
……はずだった。
しかし日常は、予想だにもしない形で崩れる。
その日はテツの空手もなく、仕事も予想以上に早く終わった。
今日は帰ってミユとゆっくりしよう、そんなことをテツに思わせた日だった。
公園の横を通ったとき、悲鳴が聞こえた。
少しばかりの好奇心と強い正義感がテツの身体を動かし、向かうと男が嫌がる女をどこかに連れて行こうとしていた。女の服は乱れ、必死に抵抗していた。
しかもその女は、ミユ――自分の妻だった。
「なにをやっている!」
近づくと男は逃げ出す。
「ミユ、そこにいろ」
告げてテツは追いかける。男は存外速かったがテツは逃がさない。
ミユに乱暴を働こうとしていたのだから、許せるはずがなかった。
階段の近くで掴みかかったテツはそのまま体勢を崩し、男とともに何度も回転しながら階段を落ちていく。
普段から鍛えていたのが功をそうしたのか、テツは無事だったが男はぐったりとしていた。
途端に頭が冷えて、とんでもないことをしてしまったことに気づく。
オレが殺したのか……そう思うと怖くなってテツは逃げ出した。
公園にいるだろうミユに連絡も取らず、テツは自宅へと逃げ帰り頭を抱えた。
このままでは犯罪者の子どもが生まれてしまう。
罪を持たない子どもが、勝手に罪を持っているかのようなレッテルを貼られてしまう。
考えたくないなのに、そんなことが頭をよぎり続ける。
何時間経っただろうか、いつのまにかミユが帰ってきていた。
「大丈夫だったか……?」
ミユは頷いた。
「そうか……。もう、大丈夫。大丈夫だから」
オレが殺したから。なんて言えなかった。相談できなかった。
「お前は休めよ」
焦燥しきったテツの姿がわかったのかミユは何も言わず、そのまま寝室へと入っていった。
テツは逃げるようにパソコンをつけて、ネットの海に飛び込んだ。
気を紛らわしたかったのだ。
そしてあのスレを見つけ、まるでなにかに導かれるように書き込んだ。
***
「無理ですね」
罪を消して欲しいというテツの願いをアモロは拒んだ。
「なぜだ、どうしてだ? 願いを叶えてくれるんだろう?」
「ええ、願いはもちろん叶えます。ただ、ひとつ言わせていただけるのならば、あなたに罪はありません。いえ、信号無視やスピード違反、ぽい捨てなどを罪とみなせば、それを消すことも可能ですが、あなたが消して欲しいと思っている罪はそんな罪ではないでしょう? あなたが消して欲しいのは殺人罪! けれど、あなたは殺人など犯してないのです!」
「バカな……じゃあ誰があいつを殺したと言うんだ? あいつは死んだんだろう?」
もちろん確かめたわけではない。もしかして生きているのか? いやそんなはずはない。
「誰が殺したか知りたいですか? 叶えて差し上げますよ?」
悪魔のささやきだった。
本当に自分に殺人の罪はないのか、テツはアモロに誘導され気になってしまった。
しかしたとえ誘導だとしても、真実を確かめずにはいられない。
息子が犯罪者の子どもにならなくて済むという安堵感とともに、真実を知りたいという欲求がこみあがってきたのだ。
「ああ、それを願おう」
「では、私が語るより映像で見ていただきましょうか」
アモロが言うとスクリーンに映像が映る。
スクリーンの中の回想は、テツと男が階段を落ちていくシーンから始まった。
ゴロゴロとふたりは転がり、テツが上になって、止まる。
男はぐったりと倒れていて、スクリーン上のテツは青ざめて逃げ出す。
テツはそれを眺めながら、その現場を思い出したかのように、顔色を悪くして、
「これで、あいつは死んだろう?」
アモロに訴える。
画面は動かない男を映し続けていた。
やがて、ひとりの女がその男のもとにやってきた。
女の顔は映し出されず、しかし手には大きな石を持っていた。
女はその石を倒れた男の頭めがけて叩きつけた。
「これが、死因です」
アモロがまるでお菓子のおまけのように付け加える。
解説なんてしなくても、スクリーンを見ていた人間なら、そんなこと理解できた。
「オレは……殺してない、のか?」
「ええ、ですからそう言ったではありませんか」
「じゃあ、じゃあ誰なんだよ、あいつを殺したのは?」
「それはすぐにわかりますよ」
そう言ってアモロはテツにスクリーンを見るように促す。
男に石をたたきつけた女の足もとと男の死体が映し出され、徐々に上へスライドしていく。
そして顔が映し出された。
「ミユ!」
テツは思わず叫んでしまった。
映し出されたその顔はミユだった。自分の妻だった。
「なんで……ミユが……」
テツにはわからなかった。温厚なミユがそんな凶行に走るなんて。
もしかしたら、あのとき、すでに事後だったのか? 逃げ出したけど捕まったあとだったのか?
それとも、まだ未遂だったけれど、もう二度とあんな目に遭いたくないからなのか?
そんなものは知る由もない。
けれど、ミユが殺したのは事実だった。
いや、
「これは嘘だ」
信じたくないからテツは言う。
「まあ、あなたがなんと言おうとかまいませんが、これは真実ですよ?」
「嘘だ」
テツは認めたくなかった。罪を消したいと願おうと思ったのは、自分の子どもを犯罪者の子どもにしたくないからだ。
でもこれじゃあ、ミユが殺したんじゃ、オレの子は、オレとミユの子は犯罪者の子どもじゃないか。
激しい後悔が襲う。それでもテツは認めない。断じて認めない。
男はアモロが言ったようにテツが殺したわけでもないし、だからと言ってアモロが見せた映像は嘘なのだ、ミユが殺しているはずない。だからオレとミユの子はオレとミユの子で、犯罪者の子どもなんかじゃない。
逃げ続けた罰なのか? それにしたって続けるほど逃げてないぞ! 言い訳がましくもそう思う。
だから叫ばなければならない。主張しなければならない。認めてはならない。
「嘘だ、嘘だ、嘘――」
駄々をこねるように叫んでいたテツが突然事切れた。
「さて、それでは次のゲームは10分後でございます」
鬱陶しかったのか、アモロは叫ぶテツを殺して、そう告げて消えた。
テツの死体から無念の涙が零れ落ち、しばらくしてテツの死体は消えた。アモロが消したのだろう。
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