第5話 ワタシは甘んじてる
ミノルは第三回戦の結果を見て落胆した。
Bチームの警官が、自分たちを守る、つまりはここを脱出させてくれると言って、喜んだのも束の間、その警官は――クンジはエツハの願いを叶えて死んだ。
やっぱ他人に頼るのはダメっぽいな。と思いながらもほくそ笑む。
結果には落胆したものの、それでも第三回戦のゲームの終わり間際、ミノルは妙案を思いついていた。
しかしそれが本当に成功するのかどうか、少しばかり不安があった。
それでも無理に行くか……と考えて止める。それは自分らしくない。
どっちかを使おう、と思いなおしてミノルはシンジとアスナロを見据える。
「なあ、ここから出れる秘策を思いついたんだが……お前ら、使わない?」
馴れ馴れしく言いながらミノルはシンジとアスナロへと近づく。
シンジはその言葉に少し驚いて、「どうしよう、兄さん」と気味の悪いつぶやきをしていたが、
「お前……なんか企んでるだろっ! その目は企んでる目だ! 僕をいじめたやつらと同じ目だっ!」
アスナロはそう言う。
「なに……言ってんだよ」
図星だったがミノルは冷静を装って答える。
「おれはただ、みんなで脱出しようとしているだけだぞ」
「だったら、お前が行け。お前が行って、お前がやれ!」
「言っとくけど、おれの秘策はひとりずつしか実行できない。おれがやるとしたらおれはアモロに願いを囁く。誰にも聞かれたくないからね。そしたらお前、脱出できないぞ!」
「べ、べつに僕はいい。僕は、僕の願いはあいつらを殺してやることだからなっ! 僕は脱出できなくてもいいっ!」
「だったら、お前が今回の参加者な」
「なんでよぉ!」
「別にお前じゃなくてもいいけど、お前の願いは聞いたからさ、おれが次の参加者になって、お前の願いをぶっつぶすことだってできるよ?」
「ど、どどど、どうやってっ!」
「どうやって、って頭使えよ。おれの秘策に、お前の願いを叶わないようにするってのを付け加えれば、お前のその願いは叶わないだろ?」
ニヤリとミノルは笑う。
「それじゃあ、行ってくるかな」
「うあああああああああああああああああああああっ! ふざけるな、ふざけるなよ! ぼ、僕が、僕が次は行く。僕は、あいつらを絶対にっ、殺すうううううううう!」
ミノルの言葉に巧みに操られたアスナロは、ミノルを追い越してステージに登る。
ミノルは追い越された途端に、立ち止まって、元居た場所に帰っていく。
「さて、お前はどうする? おれの秘策にのるかそるか……」
「その秘策を聞かせろ」「なにを言っているんだい、兄さん」「クックック……お前の兄さんはお前を助けたいみたいだねぃ」
シンジの口から三パターンのセリフが飛び出す。容姿どころか声色にも変化がない。
気味悪がっていても進展はないので、ミノルは気にせず言う。
「それはお前がおれの秘策にのることを約束して、ついでに勝負に勝ってからだよ」
「……」
ミノルの言葉にシンジは押し黙る。
「まあ、次の勝負の間に考えればいいよ。時間はある」
そう言ってミノルは壇上のアスナロを見下すように見上げる。
一目見てアスナロがいじめられているとわかったミノルはアスナロをあえて誘導したのだ。
ああいうタイプは単純で一番操りやすいよなあ、たわいもない感想を零してふとBチームの対戦相手を見る。
車椅子を持ち上げようとしていたテツと視線が合う。
「おおい、手伝ってくれっ!」
なんでおれが……、視線を逸らして残りのBチームのメンバーを見る。
薄汚れたシャツを着た同年代の男と、クールそうな女性。
どっちも協調性に欠けているようにも見えた。
それはステージに上がったアスナロも、気持ち悪いシンジも同じだろう。
なるほど、おれしかいないってか……ミノルは諦めてテツのもとへと向かう。
テツと協力してコノカの乗った車椅子をステージへと押し上げる。
「あっ、ありがとうございます」
ペコペコとコノカにお礼を言われて、嫌な気分はしない。
いい匂いもしたし、っておれはなに考えてんだよ。とミノルは不機嫌そうな表情に切り換えて照れくささを隠す。
「ってかおっさん、おれかあんたがこの人を背負ったりなんなりして車椅子持ち上げたほうが楽だったんじゃない?」
「……そうかもしれんな」
まるで気づかなかったというような表情でテツは言うが、反省の色は見られない。
テツにとって、手段は関係なかった。
その後、ミノルがAチーム側へ戻ろうとしたとき、
「すまんな。頑張れよ」
テツが車椅子の少女に向かってそう言った気がした。
そこにどんな意味が含まれているか、ミノルは考えようともしなかった。
「それでは第4回戦を始めましょう」
アモロが現れ、戦いが始まる。
「アスナロ様、コノカ様、どちらから始めますか?」
そうやってアモロは手のひらに乗せたサイコロを見せる。
「僕だ、僕に決まってる」
アモロが見せたサイコロをアスナロはひったくる。
コノカも最初に投げたいと思っていたが、そうやって奪われたら車椅子のコノカは不利だった。
とはいえ、コノカは不思議と腹が立たなかった。
子どもなコノカから見ても、アスナロは子どもっぽいと思ったからかもしれない。
「ぶひひひっ、僕は勝って、願いを叶えるんだぁ!」
すごい執念だとコノカは感じる。
アスナロの執念は負のベクトルを向いているものの、その執念はコノカにはないものだった。
アスナロが箱のなかにサイコロを入れる。
サイコロは何回転かして、ときには箱にぶつかって止まる。
箱のなかを覗くことのできないコノカはスクリーンに映し出された映像で箱のなかを見る。
『4』と『4』。
不吉な数字……とコノカは思った。人によっては『4』と『4』が合わさっているから、『4』合わせ……幸せだと思う人がいるとコノカは耳にしたことがあるが、『44』という数字は、いや『4』という数字だけでも、コノカには不吉に思えてならない。
「和は8でございます」
勝てないかもしれない、とふとコノカは思った。
第4回戦に出ようと思ったのはなんとなくだ。
チームメイトのヒガシはずっと無言で一点を見ているし、テツはどことなくまだゲームをすることにためらいを見せている。もうひとりの女性――は、とコノカはマアヤのことを思う。
未だ一言もしゃべらず壁に背を預けている女性は自己紹介すらしていない。だからコノカをはじめBチームのメンバーはマアヤがマアヤという名前であることすら知らない。
もうひとりの女性はなにを考えているんだろう。
そんなことがコノカにわかるはずもなかった。
まあ、三人がそんな調子だからコノカは出ようと決めた。それに気づいたテツはだからこそ謝ったのだ。
雰囲気に流されたのかもしれない。とコノカは今更ながらに思い、……ワタシらしいかも、なんて自嘲する。
ふと医者が言った言葉を思い出す。ううん、気にしちゃだめだ。
「コノカ様、どうぞ」
アモロが気を遣ってくれたのか、コノカへとサイコロを渡す。
「箱に届かないんだけど……どうしたら……」
コノカが言うと
「ふふふ、本当に届かないんですか?」
アモロがなにもかも見透かしたように言ってきた。
「届きませんっ!」
コノカが強く言うと、箱を支えていた四脚が縮み、コノカが投げ入れられる位置まで降りてきた。
「これで、大丈夫でしょうか?」
「ありがとうございます」
一礼してコノカは箱へと投げる。きれいなフォームの投球。
かつてソフトボールをやっていたコノカが近距離の大きな的を外すわけがなかった。
外すわけにはいかなかった、かもしれない。コノカにだってスポーツをやっていたという多少のプライドがある。それがいかに昔でも、それがいかに短い期間だとしても。
サイコロが見事に箱に入り、なかで転がる。
今度は箱のなかを覗けるのに、コノカは大きなスクリーンを見つめていた。
どんな結果になろうと、目を逸らしたくなかった。
『6』でひとつめのサイコロが止まる。
そのわずか一秒にも満たない時間ののち、サイコロが止まった。『1』で。
「和は7でございます」
ラッキー7。幸運の数字なんていうけれど、全然幸運なんかじゃない。コノカはその数字で敗北してしまう。
なにも叶えられずに死ぬことになった。
負けたのは執念の差、かもしれない。コノカは思う。
ベクトルなんて関係ない。
現状に甘える自分と、復讐して現状を変えようとする対戦相手。
そのふたりの執念を見比べたら一目瞭然。
月とすっぽんの差があった。当然、すっぽんはコノカだ。
「アスナロ様の勝利でございます」
アモロが言う。
自分はいつ死ぬのだろう、コノカは考える。死にたくない、と思っても、今までゲームに参加した人たちは死んでいた。
覆せない、だろう。
だったら――だったら――
死に間際にしてようやくコノカは覚悟を決める。
「あなたの願いはなんですか?」
アモロがアスナロに尋ねる。
「僕は、僕は……」
アスナロの願いはもはやこの部屋の誰もが知っていた。
「僕をいじめたあいつらを……」
そこまで言ったときだった。
ガシャンという大きな音が鳴り響く。
コノカの車椅子が倒れた音だった。
コノカが死に、横転したのかと思われた。
けれど違った。
コノカは自ら倒れていた。
「大丈夫か……!」
テツが急いでステージへと近づこうとする。
「来ないでください。大丈夫ですから!」
大声を張り上げ、コノカは言う。
そしてコノカは両手を使って前に這い出ると、サイコロを投げ入れる箱を支えにして、立ち上がろうとしていた。
***
三年前、コノカは交通事故に遭った。
当時、ソフトボールを始めて一年。ようやくレギュラーを勝ち取った矢先のことだった。
一命は取りとめたが下半身が麻痺して動かなくなった。
「リハビリすれば、良くなりますよ」
担当医の言葉を信じてコノカはリハビリを始めた。
なによりソフトボールがしたかった。
リハビリを始めるとみんなが応援してくれた。
ソフトボールをやっていたときよりも、すごい声援だった。
居心地が良かった。
そんなこと思ってはいけないのに、親も友だちも先生でさえも甘やかしてくれる。
リハビリはスムーズに行った。
……はずだった。
けれどコノカは立てなかった。肉体的にはもう異常はない。
けれど精神的ななにかが、コノカを立てなくしていた。
コノカはなんとなくだけれどわかっていた。
ワタシはたぶんこの状況に甘んじている。誰もが情けをかけてくれるこの状況に。
立てれるようになれば、歩けれるようになれば、しばらくは甘やかしてくれていても、しばらくすれば、昔のように戻ってしまう。そんな確信があった。
それが嫌なわけではない。
でも一度もらったものをそう簡単に手放させないように、コノカはいくらでも甘やかしてくれるこの状況を気に入ってしまっていた。
誰もがコノカに優しくしてくれる、多少のわがままは聞いてくれる、そんな状況に。
だからコノカは立ちたい、歩きたい、ソフトボールがしたいと思いながらも、同時に立ちたくない、歩きたくない、このままでいたいと願ってしまっていた。
それがコノカの足を立たなくしていた。
「キミはもっと羽ばたける人だ。この状況に甘んじていてはダメだよ」
自宅でリハビリをすることになり退院するとき、担当医は言った。
その言葉がコノカの心を見透かしてなのか、それとも励ましてなのかはコノカにはわかりもしなかったたが。
その言葉はまるで針のようにコノカの心に突き刺さったのは間違いなかった。
「アタシは甘んじてる」
そんなのはコノカにもわかっていたが、どうすればそれを脱却できるのかは誰も教えてくれなかった。
それからも、コノカの状況は変わらなかった。誰もがコノカに砂糖菓子のように甘い。でもその甘さは決してマイルドではなく残酷だ。人間をダメにする甘さ。
なのに、コノカはその甘さが、ぬるま湯のような環境が妙に心地良かった。
でも同時に針で刺されたような痛みが妙に申し訳なかった。
アタシは立てるのに立とうとしてない。
でもどうやったら立てるのかわからない。
そうやって言い訳にしてコノカは今まで逃げてきていた。
***
しかし、死に際、死ぬ間際、コノカは立とうとしていた。
どうせ死ぬならと逃げるのをやめた。
遅すぎる覚悟だ。
それでもコノカは立とうとしていた。
ゆっくりと生まれたての子鹿のように、コノカは箱を杖に代えて、立ち上がる。
そして箱から手を離し、一歩、二歩と歩いた。
その光景を見た参加者はまるでアルプスの少女のような気分だろう。
思わず「コノカが立った!」と言いたくなるような。
さらに一歩――遅すぎる一歩を踏み出したコノカだが溢れんばかりの感動があった。
確かに幸運なのかもしれない、コノカは勝負に勝って「立つ」ことを願うつもりだった。
けれど負けてもなお、コノカは立ち上がった。
「あたしの願いが……」
叶った、と言う前にコノカは倒れる。
コノカの命が絶った瞬間だった。
ステージからコノカは転げ落ち、動かなくなる。
誰もが、コノカが立った感動に酔いしれていたが、コノカが死んだことで現実に呼び戻される。
「なんだよ、クソ女! 僕の願いの邪魔をしやがってっ!」
さらにアスナロの罵倒が、先ほどの情景すらも打ち破る。
ステージから落ちたコノカをアスナロは見下ろし、睨みつけ、アモロに向き直る。
「アモロっ! 僕の願いは皆殺し! 僕をいじめたあいつらと、担任を、僕の手で殺してやることだ!」
高らかな宣言は先ほどの情景と比べればはるかに醜かった。
アスナロの願いはなんの甘さも含まない、残酷な復讐だった。
「かしこまりました」
そしてその復讐さえも、アモロは無感情に――当然、仮面で表情など見えないが、叶えてしまうのだ。
アスナロの願いに応じたアモロは、手のひらから白い煙を出す。
前回のゲームでエツハの父親を呼んだときも、前々回のゲームでケントを消したときも、最初のゲームでトトを美人にしたときも、その煙が出ていた。
その煙こそが願いを顕現させるものなのだろうと、残りの参加者は理解せざるを得なかった。
煙が晴れ、七人の男女が現れる。七人のうち六人はアスナロと同世代で、残りのひとりはアスナロと歳の離れた小太りの男だった。おそらくその男こそが教師なのだろう。
「なんなんだよ、ここ」
そのなかのひとりがつぶやく。
「なんでパシリがここにいんの?」
戸惑いながらも、アスナロを見つけたひとりがつぶやく。
「ぼ、僕がここにお前らを呼んだんだ」
「アスナロっ! てめぇ、どこかにいなくなったと思ったら、こんな手の込んだことしやがって!」
どこかにいなくなった、現れた少年が言った言葉は、参加者たちが現世で行方不明になっていることを示唆していたが、
「うるさいっ! 僕は今日こそ、お前たちを……皆殺しにするんだっ!」
それが事実か確かめる暇などなく、アスナロが怒鳴る。
それを聞いたひとりがキレた。
「意味わかんねーよ!」
そしてアスナロに殴りかかろうとした。短絡的な行動だ。
でもアスナロは冷静だった。
ねずみを殺すために核兵器が使えるような、そんな圧倒的な力を手に入れていたから。
「アモロ、わかっているんだろうな、僕の願いを!」
「ええ、承知しております」
少年の拳が停止する。必死に足と腕を動かそうとするが、少年は動けずにいた。
「なにこれ、動けない」
それに気づいた少女の叫び。
首から上だけは動くものの、首よりも下はまったく動かなくなっていた。
「はは……覚悟しろよ、僕はお前らを全員殺してやるからなぁ!」
***
中学校時代、お調子者だったアスナロは、今よりもっと明るく楽しさに満ちていた。
自分がおどけると誰もが笑い、まるで自分が主役になったような感覚を持っていた。
でも高校に進学して、お調子者だったアスナロはいじめられっこに変貌した。
「お前、ウザイ」
別の中学校から入学してきた不良に目をつけられたのが始まりで楽しい人生の終焉だった。
まずは殴られ、服従を誓わされた。
慣れていない痛みに恐怖を覚えてしまった。
それから毎月3万円もってこいと言われた。
ここは昭和か、なんてことも思った。
もっとも平成生まれのアスナロが昭和のことを知る由もないから、イメージに過ぎないのだが。
アスナロはその場しのぎで了承し、お金は持ってこなかった。
すると不良は体育館裏にアスナロを呼び出して、まずは殴った。しかもただのアホならまだしもアスナロが殴られたのは衣服で隠せる腹や太ももだった。
顔を殴ってくれればすぐに退学になるのに、恨めしい顔で見ていたら、気に食わないのか殴られた。
もちろん、顔じゃない。腹だ。
そして次の日、アスナロは泥を食わされた。
雨なんて降ってなかったからわざわざ水で溶かして作ったのだろう。
抵抗むなしく泥を食わされたアスナロは腹痛に見舞われた。
そして授業中、必死に我慢したが無理だった。
先生にトイレに行くと告げて席を立つ。
教室から出ようとしたとき、ドアの近くにいる名前もうろ覚えなクラスメイトに腹を押された。
途端、我慢できずにアスナロは漏らした。
その日からアスナロの愛称はウンコマンになった。もっとも本人からすれば蔑称だが。
「ごめん」と謝ったのはその名前がうろ覚えだったクラスメイト。
彼はおとなしいクラスメイトだったが、不良に目をつけられ、アスナロをハメた。
そうすれば彼が不良に納める金額は1万円に減るから。
対してアスナロは5万円に増やされた。
それでもあんな惨めな目に遭いたくないアスナロは献上するしかなかった。
親に言ったところで何も解決しない。
アスナロはバイトを始めた。
そして稼いだお金を不良に献上した。
虚しさしかなかった。
不良からの暴力を逃れるためにお金を稼ぐなんてことのどこが楽しいのだろうか。
それでもアスナロは献上し続けた。
2年に進級したある日、アスナロは生活指導を兼ねている担任に呼ばれ、停学を告げられた。
アスナロの高校では接客業のバイトは禁止しているらしい。トラブルになったときに責任をなすりつけられたくないからという大人の都合がそこにはあった。
彼は腹が立って自分がいじめられていて、それで脅迫されていて仕方なくバイトでお金を稼いでいたことを吐露する。
調査すると担任は言ってくれたが、停学明け、アスナロは不良に殴られた。
頬をさすりながらアスナロは思う。担任は積極的に動こうとはせず、余計に火種をまきやがったんだと。
担任を問い詰めようとアスナロが担任のもとへ向かうと不良からお金をもらう担任の姿が目に映る。
担任もわかっていながら、余計なトラブルを抱え込まないために、見て見ぬふりをしていたのだ。
「それが処世術かよ……」
アスナロに殺意が芽生えた瞬間だった。
カッとなってやりました、なんて殺人事件の加害者が言うが、アスナロには似たような状況になってもその加害者の気持ちがわからなかった。
いまカッとなってやったら、僕をいじめた全員に復讐ができないじゃないか。
アスナロはいじめに耐えかねて自殺という方法も取らなかった。
自殺したところで、学校側はいじめはなかったと認識していると記者会見で発表して学校の沽券を守ろうとするし、悲しみの陰では迷惑なことをしてくれたな、と思うことだろう。不良だって、金づるをなくしたと思うぐらいだ。
彼はいじめた不良を、その取り巻きを、担任を、その全てを殺す計画を立て始める。
頭のなかには復讐しかない。
高校生なりの復讐の仕方を頭のなかに想像して、復讐の準備を整える。
なのに、彼にはなにもできなかった。
不良に殴られたときの痛さがアスナロの足をすくませた。
痛みに怯えるのは、恐怖するのは真っ当だ。
アスナロはまだ人間だった。
このときまでは。
***
そして、この空間にやってきて、最初のゲームを見たあとから、アスナロは人間を捨てようと思った。
いや思ったのではない。捨てていた。
自分が死ぬ、願いが叶う。そのふたつの要素がアスナロに、人殺しを、復讐をいとも簡単に決意させた。
とはいえ決心はなかなかできず、なかなかゲームに参加できずにいた。
それでも、不良に似た、いや不良の近くにいていつもうまいこと立ち回るような、ミノルの挑発に激昂したアスナロはゲームに参加した。
自分の周りにいるゴミやダニはやはり、処分しなければならない。
そう決心して。
それは単なる復讐でしかないのだけれど。
「これを……」
アモロが差し出したのは鋭利なナイフだった。
「正気か……好田……」
担任の呻きが聞こえたがアスナロは無視をする。
最初に向かったのは、アスナロが高校に入って一目惚れした美人――いや訂正しよう、アスナロは思いなおす、このクソビッチっ!
アスナロがウンコマンになった少し前あたりからこのビッチは不良と付き合いだしている。
のちのちわかったことだが、アスナロに泥を食わせることを提案したのはこのクソビッチだった。
「え、え……」
彼女はアスナロが自分のもとへやってきたことに動転する。
「待って……嘘……なに……」
それでもアスナロは躊躇わない。
「ねえ、助けて、助けてよ、ま……」
不良に助けを求める彼女をアスナロは刺した。何度も、何度も。
猟奇的に彼女を刺した。
顔だけは動かせるから、泣き叫びながら彼女は死んでいく。
血飛沫はあがらなかった。アモロがそういうふうに設定したのかもしれない。
それはアスナロの知らぬところだ。
アスナロはただ、殺せればそれで良かった。
2人目に不良に殴られる様をにやにやみていた優男を。
3人目にカンニングの手伝いをさせられた日焼け男を。
4人目に家まで押し入って、ゲームやマンガを奪っていったロン毛を。
そして5人目にお金をもらっていた担任を殺す。
残ったのはふたり。
不良と――アスナロをウンコマンにした、あのおとなしいクラスメイトだった。
おとなしいクラスメイトは、1年のときはお金を献上したくせにどう取り入ったのか、2年になっていじめる側になっていた。
それがアスナロには羨ましかった、と同時に妬ましかった。
なにを勝手に解放されてんだよ、と。一緒に苦しめよ、と。
もちろん、やつあたりだ。
でも、アスナロをいじめたのは事実だ。
苦しめたのは事実だ。
「ねえ、殺すなんて、うそだよねえ」
「本当だよ」
だから躊躇いもなく、そう答えて、相手が顔をひきつらせようがなんだろうか、遠慮なんてなかった。
至極簡単に死んでいく。
「あとはお前だ……」
「俺がなにをしたってんだよ」
「僕を殴った。殴られるのがイヤならお金をもってこいと言った。僕に泥を食わせた。僕のゲームを取った。マンガも取った。カンニングも手伝わされたし、宿題だってやらされた。停学にもなった。お金だっていくら渡したと思ってる」
アスナロの言葉の濁流は止まらない。
「よくも僕をいじめやがって! けど僕は寛大だ。その多くの罪を、お前たちの罪をたったひとつの罰で許そうとしているんだから!」
そう言ってアスナロは笑った。六人も殺したというのに反省なんてなかった。
「殺されるだけで許してやるんだから、僕はオマエラよりよっぽど善人だよな」
アスナロは不良を刺した。
そして復讐は終わった。
「ははは、はははははは!」
アスナロも同時に倒れ、死んだ7人とアスナロが姿を消す。
と同時にステージの下で見ていた参加者たちの身体も動き出す。
参加者たちはアスナロの殺人を止めなかったのではない、止めれなかったのだ。
アスナロの復讐が完了しなければ、アスナロの願いは叶わない。
だからアモロは他の参加者の動きを止めたのだ。けれどアスナロの凶行はありありと他の参加者に焼きついていた。
「さて、それでは10分後に次のゲームを始めましょう」
なのに、アモロはなにもなかったように、ゲームを進行する。
それが不気味だった。
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