第3話 忘れていましたわ

「ほら、デメリットはないでしょう? ゲームに参加した人間は全員死ぬんですから」

 コウに続き、トトまでもが倒れたのを見届けたアモロはそう言った。

「ふざけるなっ!」

 クンジはアモロに掴みかかる。

 が、先ほど太刀打ちできなかったクンジがアモロに勝てるはずもない。

 怒りでパワーアップするなどアニメやマンガの話でしかなかった。クンジは簡単にあしらわれ、ステージ上で無様に倒れる。

「無効だ。こんなゲームは無効だ。あんたは説明すべきだった。きちんとこういう風になると」

「ではあなた方も質問すべきでした。デメリットはないのはわかったが、ほかにもなにかルールがあるのか、と」

 それを聞かなかったあなた方が悪い、というのがアモロの言い分だった。

「とにかくオレたちはもうこのゲームをやらない!」

「なるほど……それは困りましたねぇ……」

 とはいえアモロはその状況すらも楽しんでいるように見えた。

「では、こうしましょうか。これからあなた方を2チームに分けます。そのなかから一名ずつ、次のゲームに出る人間を10分以内に決めてもらう」

「だからお前にはもう従わない!」

「それはどうぞ、ご自由に。ですが次のゲームに出る人間をチーム内で決めれなかった場合、チーム全員に死んでもらいます」

「なっ……」

「冗談だろ……」

「本気も本気。マジもマジです」

「俺のせい……なのか」

 自分が余計なことを言ったから、とケントは気に病む。

「いえいえ。ケントさん、お気になさらずに。あなたのせいではありませんよ。毎回、死ぬということがわかると全員がゲームを放棄したがりますから、そのための措置です」

「毎回って……このゲームは何回も行われているっていうのか?」

 テツがあざとくそれを指摘すると

「ええ、人の願いは尽き果てることはありませんから」

 アモロははっきりと言い捨てた。

 そして指を鳴らして、トトとコウの遺体を消す。

「ふたりをどこにやった……?」

「ゲーム進行の邪魔になる恐れがありましたので、移動させたまでです」

 アモロはそう言って、箱の中にあったサイコロをふたつ取り出す。

「さてそれでは次のゲームを行いましょう」

 アモロがそう言い、そしてチームを分け始めた。

 Aチームはアスナロ、エツハ、ケント、シンジ、ミノル、リョウジ。Bチームはカンナ、クンジ、コノハ、テツ、ヒガシ、マアヤ。

 ちなみにこのAとBは便宜上、そう名づけただけですので、とアモロは補足する。Aがエース(ACE)でBがバカ(BAKA)の略じゃないか、と疑るケースが過去にあったらしいが、それこそバカらしい。

「それでは10分後にゲームを始めますので、それまでに参加者をお決めください」

 そう言ってアモロは消えた。

 消えると同時にスクリーンに『10:00』と表示され、一秒ごとにカウントが減っていく。

 2チームに分かれた参加者は必然的に、右と左に分かれて集まった。

「さて、どうする?」

 Aチーム側。全員が自己紹介を済ましたあと、リョウジが開口一番に尋ねた。Bチームに考慮してなのか、声は小さい。

 どうする、というのはこの状況をどうするのか、ということではなく、誰が出るのか、もしくは誰が出るのか決める方法をどうするのか、という意味でリョウジはこのゲームを受け入れているようにも感じられた。しかしリョウジにはリョウジの考えがあったことをこのあとAチームの人間は知ることになる。

「おっさん、あんたはこのゲームをやるつもりなのかよ?」

「当たり前だ」

「けど死ぬんですよね?」

 エツハがそう言うとリョウジは鼻で笑う。

「ふん。あんなものトリックがあるに決まっている。願いが叶ったどうかすらも怪しいものだ。わたしはね、一回戦のふたりや、アモロ、いや警察の男もグルではないかと思っている」

「どういうことだ?」

「一回戦目、立候補したのは偶然にもあのふたりだったが、わたしはほかの参加者が立候補したとしても、あのふたりになったと思っている」

 そう言ってリョウジは語る。

 あのゲームは最初からああなるシナリオだった、と。

 スクリーンに映っていたのはあらかじめ撮影されていた映像で、コウが負けるようにできていた。

 トトが勝ち、美しいと願うのも当然シナリオ。

 煙が覆った瞬間、トトではない別人に入れ替わる。それこそ手品によくあるトリックだとリョウジは主張。

 トトを怒らせたのもクンジで、コウが倒れた後駆け寄ったのもクンジ。

 クンジの言葉でコウが死んだことを知ったものの、あれは本当に死んでいたのか?

 確認したのはクンジただひとりで、クンジの言葉に騙されていただけじゃないのか?

 本当はコウもトトも生きていてアモロがどこかにやっただけ。

「だからわたしたちは願いが叶うと思い込まされているだけで、実はこれは、どこかのテレビ局がやっているドッキリかなにかなのだろう。視聴率目当てのゲスが考えそうなことではないか? しかし、しかしだよ、このゲームに付き合えさえすれば、ここから出してもらえる、とそういうわけだ」

「すごい! きっとそんな気がします」

 エツハはそう喜ぶものの、少しだけ残念そうな顔を見せる。

 それほどまでに叶えたい願いがあったのかもしれない。

 ケントはなるほどと納得しかける一方で、それは違うと思う節もあった。それは自称探偵であるケントだからこそ気づけた機微かもしれないが。

「わたしははっきり言ってこの状況にうんざりしている。もし、もしだ、キミたちが了承してくれるなら、わたしが次のゲームに参加しよう」

「本当かよっ!?」

「本当だとも。少年! わたしはね、こう見えて忙しいのだよ。こんなテレビ局の番組のために時間を費やしている暇はないのでね」

 リョウジはそれだけ言い残し、ひとりステージ上に向かう。

 反対側を陣取るBチームはそれを見て少しばかり焦っているように見えた。

 どうやってAチームは参加者を選出したのか、わかりもしないだろう。それがまさかひとりのサラリーマンが自信たっぷりに持論を呈して、Aチームを丸め込んだと誰が予想しただろうか。

「本当にこれが……ドッキリとかならいいんだけどな」

 リョウジがステージに登る姿を見ながら、ケントはひとりつぶやく。

「それ、どういう意味だよ……?」

 あざとくもそれを聞いてしまったミノルが尋ねる。

「あっ、いや独り言だ。気にしないでくれ」

「なんだよ、それ……」

 気に食わなさそうに、それでもミノルは深く追究せずに引き下がる。

「弟よ……お前はオレ様が守ってみせる……」

 シンジから、ふとそんな言葉も聞こえてきたが、ケントのとは違って気味悪く、ミノルはシンジの独り言には触れないでおいた。

 スムーズに決まったAチームとは違い、Bチームはリョウジがステージにあがってもなお、誰が出るか決めあぐねていた。

 テツやクンジがどうするか投げかけてはいるものの、カンナやコノカはなにか思うところがあるのか思案に明け暮れているし、ヒガシやマアヤは無言で取り合わない。かと言って「そんなこと言うならお前が出れば」というようなことを言う四人でもなく、テツやクンジの仕切りを糾弾するようなこともしなかった。

 テツやクンジもどことなく立候補する決意がつかず、下手をすれば時間切れになるかもしれない。

「早くしてくれないかね!」

 壇上のリョウジが怒鳴る。

 アモロは両チームの参加者が決まるまで壇上に姿を現さないつもりなのか姿はない。

 そんななかBチームのカンナがステージへと近づく。

「そちらは、あなたが参加するのですか?」

「ああ、そうだ。わたしはさっさと仕事に戻りたいのでね。どうせ、これはテレビ局のドッキリかなにかだろう。さっさと終わらせてわたしは帰る!」

「なるほど、あなたはそう考えている、ということですわね。いいでしょう。でしたらわたくしがお相手しますわ」

「おい……キミ、いいのか? あの男の言うことを真に受けてるなら……」

「ご安心を。わたくしにはわたくしの考えがあってのことです」

 クンジの忠告を受け取ってもなお、カンナはステージへと向かう。

 ステージにあがった直後、カンナはほんの一瞬、一瞬だけケントの姿を見て微笑んだ。

 それに気づいたものもいたかもしれない。

 けれど、

「両者そろいましたので、第二回戦を始めます」

 突如現れたアモロの姿にそんな些事は忘れてしまう。

「さて、どちらからサイコロを振りますか?」

「なら、わたしから良いかね? とっとと終わらせたいんだ」

「カンナ様、それでよろしいでしょうか?」

「ええ。急がば回れという言葉もございますからわたくしは後攻で問題ありませんわ」

「わかりました。ではリョウジ様。サイコロをどうぞ!」

「全員に言っておく。こんな茶番はさっさと終わらせるに限る。面白おかしくわざとらしくリアクションを取るのは芸人だけで十分だ。わたしたちにそれを求めるのはクズだ。そんなクズに従う必要はない」

 リョウジは断言してアモロをにらみつける。

 気に食わないようにサイコロを箱の中に入れる。

 扱いの乱暴さはトトと同じぐらいだった。

 出た目は『5』と『6』。

「和は11です」

 総和の最大数が12というのは誰だって理解している。

 『11』というのはそれに次ぐ数字だ。ほぼ勝ちの数字。

 これでさっさと帰れる。

 そう思ってしまいリョウジは少しだけにやけてしまう。

 それをごまかすように気に食わなさそうな表情を作って

「ふん、さっさとキミも投げたらどうだね?」

 リョウジはカンナにそう促した。


 ***


 誠実に見える。

 それがリョウジに会った人間が思うリョウジの第一印象だ。

 リョウジはそれを当たり前だと思う。

 なにせ、リョウジはそう見えるように、努力してきたのだから。

 誠実そうな人間は、誠実そうというだけで、悪いことをしないというイメージが勝手につく。誠実という言葉の意味どおりに。

 だからリョウジは誠実そうな人間に見えるように努力してきた。でも本当はリョウジは誠実なんかじゃない、狡猾なのだ。

 リョウジが不正を働いていると言われても、リョウジを誠実だと思っている人はそんなことするはずがないと思ってしまう。

 事実、リョウジは長年勤めていた会社で横領を続けていたが、見つかることはなかった。

 横領があることが一度会社で問題視されたことがあったが、誠実なリョウジは疑われもしなかった。

「誠実なリョウジさんがするわけがない」

 そんな言葉を聞くたびにリョウジはほくそ笑んでいた。

 いつも怪しまれていたのは素行が悪い同僚だ。そしてその同僚は、横領したんじゃないかと疑われ、噂され、退職に追い込まれた。

 リョウジは退職していく同僚になんの感慨も抱かなかった。同僚は誠実な人間を演じなかった。

 自分がやりたくないことをやりたくないと文句を言いながらやったり、家庭で嫌なことがあれば終始不機嫌だったり、社内禁煙なのに誰もこないような場所で平然と吸ったりしていた。

 それがいけないとリョウジは思わない。しかしそういうものの積み重ねが、素行が悪いという印象に繋がる。だから疑われ、あらぬ罪を着せられる。自業自得なのだ。

 だから誠実さを演じていて損はない。リョウジはそう思っている。

 だからこそリョウジは横領したりと不正を働く。誠実な自分には疑いがかからないから。

 同僚が辞めたあともリョウジは横領を続ける。疑われるのは別の人間。リョウジではない。

 一方で会社意外では誠実な人間は演じない。少し傲慢さが現れる。金は横領しているからたくさんある。横領していることは誰にも話したり、それこそ流行のツイッターやミクシィに書き込んだりはしないが、それでも金の羽振りはよくなる。羽目を外してしまう。

 それが破滅への一歩だった。

 横領がばれたのだ。リョウジの知らぬところで監査は進んでいた。弁明はできない。

「まさかあの誠実なリョウジさんが……」

 みんなが驚く。社長に失意の表情。

 信じたお前らが悪い。リョウジは焦りもあったが、そんなことが思えるぐらいには冷静だった。

 社長は失望からリョウジに自宅謹慎を言い渡した。判断に迷ったのだろう。

 それが甘い。

 リョウジは狡猾なのだ。

 リョウジは逃げ出した。逃げ出して、ほとぼりが冷めるまで都会の辺境に身をひそめた。

 人とのつながりが強い田舎よりも、人が多すぎるがゆえにつながりが薄い都会のほうが見つかりにくいのだ。

 半年、おとなしくしていたリョウジは都会を離れ、中小企業の多い小田舎へとやってきて就職した。

 誠実そうなリョウジはすぐに採用されたのだ。それから半年はおとなしく働いたが安月給では満足がいかず、また横領を働いた。

 やっぱり疑われるのはリョウジよりも素行の悪い社員だ。今度は監査にも目を光らせる、二の舞は踏まない。

 けれどこの会社は社長が優秀だった。横領の証拠を掴んでいるようなアクションをリョウジに見せてきたのだ。ずいぶんと舐められたものだ、とリョウジは思う。

 そんなものでおとなしくなると思うなよ。リョウジはその証拠を潰すつもりだった。

 そして実行しようとした日、緊張をほぐすために掲示板に皮肉を書き込んで、そしてここに連れてこられた。

 ゲームをしろと言われて腸が煮えくり返った。

 ふざけるなよ! わたしはこれから横領の証拠を握りつぶさねばならないのに!

 アモロたちがグルになってドッキリをしていると見抜いたリョウジはさっさとゲームをして帰ろうと決めていた。自分には勝敗なんて関係ない。とっとと帰れればそれでいい。

 ここから出れさえすれば横領の証拠は握りつぶせるのだから。


 ***


「ほら、さっさと振りたまえ」

 アモロがカンナにサイコロを渡すやいなやリョウジはそう言った。

 さっさと勝負を終えて帰りたいという心境がカンナにまで伝わってくる。

「あなたはオカルトを信じますか?」

 そんなカンナはリョウジに問いかける。

「なにを突然、言い出す? そんな時間は……。まあいいだろう……その戯言に付き合ってやるからさっさとサイコロを振るんだな」

 リョウジはそう言ったあと、きっぱりと言い放つ。

「わたしはそのようなものは信じないよ。そういう類は全て作り出された幻想だ」

「だからこのゲームもテレビ番組のドッキリの一種だとそうお考えなのですね?」

「そうだ!」

「わたくしはオカルトを信じております。どう考えても説明できないものは、そう判断したほうが合理的だとは思いませんか?」

「そう決めつけて思考を放棄しているだけだ」

「確かにそうかも知れません。こうやって結論を出そうとしても堂々巡りするだけだと思います」

「なら、なぜわたしに尋ねた?」

「わたくしは、わたくしのようにオカルトを信じている人もいるということを知っていて欲しかっただけですわ」

「くだらん」

「ですが、神頼みだってオカルトでしょう。神様という得体の知れない存在を頼みにするのですから」

「わたしは神を信じたことはないよ」

「過去、一度もですか?」

「ああ、わたしの記憶の中では、な」

「そうですか……。でしたら、あなたは想いの力でさえ信じられないのでしょう」

「想いの力……? ふん、バカらしい」

「わたくしはそうは思いませんわ。想いはきっと通じるのです」

 そう言ってカンナはサイコロを箱の中に落とす。投げ入れたリョウジとは大違いな、優しい落下。

 転がる回数も少ない。

「総和は12です」

 アモロが無表情で言う。出た目は『6』と『6』。

「どんなトリックを使った?」

「わたくしは勝ちたいと想っていた。ただそれだけですわ!」

「そんなこと、あるかっ! どんなトリックを使った? サイコロに何か仕掛けがあるのだろう?」

「なにをそんなに怒ってらっしゃるのですか……。トリックなどありはしませんわ。それにあなたは勝敗などどうでも良かったのではなかったのですか?」

「確かにどうでもいい。しかし、わたしが11を出したのに対して、キミが12を出す。こんな偶然があるものか! わたしの目はほとんど勝ち筋だったのだぞ!」

 それはまるで子どもの駄々であり、さらにはリョウジが勝ちに執着しているように思えた。

 このゲームを信じているのかいないのか、それすら曖昧になってくるほどだ。

「ほとんど勝ち筋だっただけであって、絶対の勝ち筋ではなかった。あなたが自分でおっしゃりましたように、その勝ち筋は100%ではなかったのですわ。ですからわたくしが勝つ確率も残されていた」

「非常に低い確率でだがな。だからこそ……」

 そこまで言ってリョウジは前のめりに倒れた。箱にぶつかり、少し身体がそれたものの、そのままステージ上で動かなくなる。

「これ以上、言っても堂々巡りでしょう。リョウジ様はまなにを言おうが信じないと思いますよ。いい加減ウザいんで、さっさと死んでもらいました」

 そう言ってアモロはカンナを見つめる。

 仮面のせいでアモロの表情は読み取れないが、なにか文句でも? と言っているような気がした。

 カンナとしては納得して死んでいってもらいたかった。これはいくらなんでも後味が悪すぎる。

 とはいえ、心のどこかでは助かったと思う自分もいて、カンナは自己嫌悪に陥る。

 勝てたことにホッとしたということも自己嫌悪になった一因でもある。

 それに結局リョウジがなにを考えていたのかもわからずじまいに終わってしまった。

 リョウジが死んでしまった今、もうそれは絶対にわからない。

「さて、カンナ様。あなたの願いはなんですか?」

「その前に質問をよろしいですか? あ、これは願いにはみなされませんわよね?」

「ええ、願いとはみなしませんよ。で質問とはなんでしょうか?」

「例えばわたくしがここから脱出したいと申した場合、どうなるんですの?」

 その言葉に周囲が喚き出す。確かにその願いが叶えばここから出ることができる。

「その場合、あなたはここから出ることができますが、当然、ゲームに参加した以上、死にますよ」

「では、逆に……まだゲームに参加してない人ではどうなりますの?」

「……ご想像にお任せします」

 今更ながらにアモロは言葉を濁すようにそう言った。ここでごまかしては真実を述べているようなものだ。

 もっとも、ごまかしたのもわざとのようにも思える。とはいえそれが逆にカンナの確信を強める。

「ご質問は以上で? でしたらあなたの願いをお聞かせください」

「わたくしの願いは、あの方をこのゲームから解放することですわ」

 そう言ってカンナはAチームの男を指さした。


 ***


 ミクリヤコーポは、求人倍率が毎年400倍を超える上場企業である。

 その上場企業の社長令嬢こそがカンナで、日本人でありながら、西洋人形のような美貌と取りあげられる美女だった。

 カンナの父は古風な日本人という出で立ちだったが、大の西洋好きで、だからこそカンナを西洋人形のように仕立て上げた。カンナの瞳にはカラーコンタクト。髪は金色に染め上げているだけで、それらの装飾をはがせばカンナの顔は黒い瞳に黒い髪と本来の顔を取り戻す。

 カンナの父親の行為は親が自分が好きなアイドルやアニメキャラの名前を子どもに手軽につけてしまう感覚に似ていた。

 それでも幼少の頃から、そうするのが当たり前だと思ってきたカンナは父親の行為を責めたことはない。

 いや、正確にはそうなる前にとある事件が起きた結果、カンナはこの姿であり続けることを選んだのだ。だからこそ、自分の選択だからこそカンナはこの姿であり続けることに後悔していない。

 カンナは五歳の頃、誘拐された。いや、されかけた。

 その誘拐は杜撰さの塊だったこともあり、十歳の見た目は子ども、頭脳も子ども、というなんの変哲もないひとりの少年によって、未遂に終わったのだ。

 その少年はカンナが誘拐される現場に偶然居合わせ、

「助けて」

 カンナの振り絞った嘆願を聞いた。

 そして少年はカンナを乗せた自動車を追った。

 10歳でも今はもう携帯電話を持っている。110番して警察に通話したまま、少年は自動車を追った。

 彼が自動車を追えたのは、彼がロードバイク――ロードレース用の自転車に乗っていたこと、さらには誘拐犯の自動車が渋滞に差しかかったことだろう。

 彼は自転車をこぎながら

「女の子が誘拐された」「今、○○のコンビニのところ」と警察に報告し続けた。

 結果、検問を張った警察に誘拐犯は捕まった。

 彼は警察に表彰され、その日からカンナの王子様になった。

 いつか、彼と結婚する。それがカンナの夢になった。

 表彰されたことはニュースになり、彼がどんな名前なのかを知ったカンナは幼いながらも執事を使って、彼のことを調べさせた。

 ストーカーに近いかもしれないが、カンナ自身は彼に近づくことはなかった。

 誘拐未遂以来、カンナは外出を禁止されていた。

 もう会えないのか、と落胆することもあったが、そんなとき、執事に言われた信じればいつか会えますと。信じればいつか願いは叶うのです。

 オカルトじみた言葉だが、カンナはその言葉を信じ続けた。

 いつかきっと会える、と。

 だから5歳の頃の姿を維持しようとカンナは西洋人形のような容姿であり続けている。

 彼が自分と出会ってもすぐにわかるように。


 ***


 カンナはケントを指さしていた。

「俺……? なんで……?」

 その言葉にカンナは少し哀しそうな表情をするが、相手が忘れている可能性を考えていなかったのはカンナも同じだ。

「あなたはわたくしを助けてくださいましたから」

「待ってくれ。いつの話だ? 助けすぎてキミが誰なのか……申し訳ないけど覚えていない……」

 助けすぎていて、という言葉にカンナは胸が熱くなる。自分を助けた恩人は、自分以外にも多くの人を助けていた。それはカンナの理想どおりだった。自堕落な人になっていたらどうしましょう、と執事にふと零したことがある。

 執事は、そうではないことも信じるのです、とカンナに言った。けれど今思えばカンナに命じられて調べていた執事はケントがどのような人物か知っていたに違いなかった。

 それでもなにも言わず執事はカンナに理想を追わせ続けた。理想どおりだとわかったとき、その想いが何倍にも膨らむからだ。

 いや、理想と違ったとしても、現実のケントに近づけるような発言を執事はしていたのかもしれない。カンナの理想を裏切らないように。

 今更ながらに執事の気遣いに気づいて少し泣きそうになる。そのお礼すら言えずにカンナは死んでしまうから。

「覚えてなくても結構ですわ。わたくしの願いはとっくに果たされていて……それでも欲深いわたくしはあなたを助けたいと願っているのですから」

 ケントに会いたい。というカンナの願いは奇しくもこのゲームに12人が召集された時点で叶ってしまっていた。

 だからこそカンナは違うことを願う。

 命の恩人であるケントが、ゲームに参加することなく生きることを。生き続けることを。

「待ってくれ! キミのことを思い出せない俺に、そんな権利はないっ! キミの命を犠牲にして生き残っていいわけがない!」

「でしたら、生き延びて、わたくしのことを思い出してください……。わたくしは、あなたのことずっとお慕いしておりましたわ」

「ダメだ。ダメだ。ダメだっ! アモロ、俺をこのゲームから離脱させるな! せめて、せめて、思い出すまではっ!」

「私も不本意ではありますが……勝者の願いは絶対に叶えますので……」

 そう言うとケントの身体を煙が包んだ。

 トトを覆った煙と同じようにも思えた。

 煙に包まれる瞬間、ケントは必死にもがきながら言った。

「もしかして、キミはっ……キミは……」

 しかしそこで消えた。まるで煙にまかれたように。

 最後の言葉を聞いてカンナはますます嬉しくなった。ケントは懸命に、自分のことを思い出してくれたのだ。

 それが錯覚だっていい。

 でもきっと思い出してくれたのだ、とカンナは信じている。誰がなんと言おうと。

「消えたっ……?」

 クンジが、唖然とする。いやクンジだけじゃない、コノカもテツも、アスナロも唖然としていた。マアヤだけが動じない。

 そんななか、

「おい、あんた……」

 ミノルがカンナに話しかける。

「なんですの……?」

「なんで、全員を脱出させるように願わなかったんだよ。ひとり助けるなら全員助けたって同じだろっ!」

 憤るミノルに対してカンナは笑顔を作る。

「忘れていましたわ」

 そしてカンナは倒れた。けれどミノルの最後の問いかけにも後悔してないようだった。自分の願いは果たされたのだから。

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