第15話

優子さんに頼まれて荷物を取り出し、

彼女の家まで俺はスキー板を運んでいた…


家は二階建ての綺麗な家だった。


優子「両親は今家にいないんです…二人とも有給取って京都旅行中です。

私はここが、北海道が好きだから家に残ったんですけどね」


優吾「そうだったんだ」


優子「可愛い妹もいるんですよ、

彰美ちゃんには話しましたけど…

来年で高校一年生っすよ」



優子さんは荷物を玄関の前で置いていいと言って、

俺はゆっくりと置いた…


優子さんは楽しげに次の話題を作った。


優子「そういえば優吾さんの文化祭ライブって…」


優吾「ああ、もしかして最後の文化祭ライブかな?

…泣いてた子もいたっけ…」


優子「実はあの時泣いてた女の子って私だったんです」


優吾「えっ?」


突然の告白だった…


優子「あの後私もバンドを初めて…

中学時代の他校の友達とライブハウスとか部室借りて、

練習してたんですよね。

優吾さんみたいなカッコいい人に憧れて…」


記憶の喚起…

呼び起こした文化祭の記憶は…薫の事ばかりで曖昧だった…


記憶の映像が繋がる…あの時の疑問…


薫が死んでいた時に泣いていた…


名前もしらない女の子…


まさかとは思いながらも…聞いてしまう…


自分が真相を知りたがるから…催眠術にかけられたように…


優吾「そうだったんだ…知らなかったよ…

俺の演奏で感動してくれる人が君だったなんて…

もしかして薫が…事故でなくなった時に…」


優子さんは俺の言葉の意図を読んでいたように…



優子「薫さんの葬儀に来た時の貴方は…

見るのが辛かった…放心していて…

私の声も届かないほどに…

薫さんが死んだことを告げた学校の朝で泣いていたのは

佳穂さんだけじゃないです…私もいました…」


信じられなかった…


4年前の事が…あまり気にもかけなかった部分が蘇り…


鮮やかに映し出されていく…



優子「差出人不明の荷物を送ったことはすみませんでした」


次々と…謎が解けていく…


優吾「あれは…まさか…」


優子「心を痛めたあなたが…

薫さんのためにバンドを初めていた事は…校内の噂で知りました。

あのまま東京に行ったら二度と帰ってこないような気がして…

それで北海道に…ここに戻ってくるように…繋ぎ止めるものが必要でした…」


嘘だろ…そんな…全部…

そこまで…俺を…


そうだったのか…俺は混乱しながらも解った答えを告げる…


優吾「…君が俺をここへ…もう一度薫のいた北海道へ、呼んだのか…

でも、あの手紙は…」


そうだ、バンドを続ける事だけじゃない…

俺の事が…


優子さんは俺をまっすぐ見た…

本当に綺麗な女性だと、改めて思った…


優子「はい、あの頃から変わりません。

いつか戻ってくると信じていたから…

薫さんのお墓に行っていたのも…

貴方と共にいた女性がどんな名前か知りたかった。

そして、感謝したかった…

私に素敵な男性に出会わせてくれたこと…

素敵な時間を与えてくれたこと…

そんな人をここまで大きくさせてくれたことへの感謝で…

…だから言います。

昔から、変わらずに…

優吾先輩…貴方が好きです…

薫さんのことで苦しんでいたのは解ります。

でも、だからこそ私が忘れさせます。

私だけを見てください…付き合ってください!」


4年も待った女性の告白だった…


優吾「……そんな」


俺が戸惑いながらも彼女を見ると…


優子さんは俺を…見ていなかった…

別の所を無言で凝視していた…


優子さんが見ていた方向を向くと彰美ちゃんが立っていた…


優吾「彰美ちゃん…」


彰美「選んでくださいよ…

昨夜の私の返事も聞いていませんよ…

私も昔から一人ぼっちだった私と一緒にいた貴方が好き…

血の繋がらない兄としてでなく、

私に強さや愛をくれた男性として…

貴方の事が子供の頃からずっと…

好きです…

薫さんのこと忘れて、

優子さんでなく私を選んでください!」


優子「優吾さん…昨夜って…血が繋がっていない?」


二人が俺を見ている…想っている…決めて欲しがっている…

俺は恐れている…悩んでいる…ここから離れたがっていた…


俺は色々なことが起こり、混乱していた…


無理もなかった…


妹の兄ではなく恋人としての想い…

過去の曖昧な記憶の正体、そして4年も俺を想い続け…

俺の続けていたベースで、人生に変化を与えた女性…


二人が俺を想っている…


胸の心拍数がいつもよりも上がっている…


今までのことが頭に浮かぶ…


手が震えていた…


優吾「俺に…」


そんな時だった…

後ろから声が聞こえた…


昌幸「おーい、何か遅いから来たぜー。みんなどうしたん?」


大平が玄関の辺りから駆け寄ってきた…

俺はここから離れたかったので大平に話をふる


優吾「あ、悪い!それじゃあ、車で戻る」


優子「えっ…そんな…」


彰美「…そうですか…」


俺は薫が…忘れられない…

例え…間違っていたとしても…

誰も決めることはできない…


間違いかどうかは自分が決めることだ…



優吾「すまない…」


それなのに…そんな言葉が出てしまう…


彰美ちゃんが俯いてさっさと去って行った…


昌幸「あー、それじゃ俺も先に戻るわー」


大平も彰美ちゃんに続いた…


優子さんは泣いていた…


俺も泣いていた…


優子「もう…いいです…さようなら…ごめんなさい…」


そういってドアを閉めた…


俺はしばらく目から溢れる熱い雫を拭き取った…



落ち着いて…駐車場に向い…


車に着くと彰美ちゃんは黙ったまま…

大平と何か話していたようだけど…


詮索しないことにした…

エンジンのカギに汗が付いていた…


彰美ちゃんの昨夜のことで平静を保っていたが…

内心動揺していたのだろうか…


車内で三人とも沈黙が続いた…



家に着いた頃には空が、

雲の彼方から薄墨のような夜が近づき…

オレンジ色の風景に浸透していくように暗く広がっていた…


二人は何も言わずに先に家に入り、


俺は二人の顔も見ずにしばらく車で俯いていた…


こんな辛いことがあるならスキーなんかに行かなきゃよかった…


香奈さんはバイオリン教室で家には居ない…

俊一郎さんは今日は近くの宅配もなく、


大きなトラックに乗った業者にワインや酒を運ぶのを

指示しながら書類を書いていて、話しかける雰囲気でもなかった…



着替えが終わり、家にいても辛いだけの俺は…


今日の事を忘れるために外に出ることにした…


ちょっと散歩で出かけてきます、と書いたメモ用紙を居間のの机に置き…


裏口のカギを開けた…


ドアを開けた時に、外に大平がいた。

家の壁に背を持たれかけて、俺に声をかけた。


昌幸「付き合うぜ、色男。

今日は大変だったようだな。優子さんと彰美ちゃんでさ」


優吾「まさか…お前知ってたのか?二人の…」


大平は静かに笑っていた…イラッとする気分になる…


昌幸「わしを見くびらないでほしいな。

空気読めない様にするのも大変だったぜ」


一体いつから気がついていて…

どこまでが演技だったのか…それを問いただすのも…


いや…知ってしまった以上…

気が付いていた時点で…


こいつに誤魔化すのも…無理な気がした…


優吾「…食えない奴だな。

俊一郎さんが配達してる近くの飲み屋があるからそこ行くか?」


昌幸「ああ、サークルメンバーと行ったとこだな。

昼は喫茶店のいももちや松前漬け、

それにサケの昆布巻きがある旨いとこだな」


すでに行ってたのかよ…



俺達は商店街の近くの飲み屋に着いた…


いももちや松前漬け、それにサケの昆布巻きを頼み…

ビールと焼き鳥、塩焼そばを頼んだ…


食べ過ぎである…

俺が奢るといったが、そういう問題でもない…


ちなみにいももちは北海道の名産の一つ…


じゃがいもを使った郷土料理…

北海道の開拓当初から家庭でも作られ、主食として食べられていた…


このじゃがいもを使った「いももち」は戦争中や食糧難の時代に、

主食やおやつ、人によっては酒のつまみとしても食べられている…


焼いても、揚げても・汁物に仕立てても美味しく…


片栗粉を使用するのが最も有名だが…

小麦粉を半量加えると更に口あたりが良くなる…


昌幸はそを食べながら俺に松前漬けを薦めた…


昌幸「ビール飲む前に先に食べとけよ、

それお前が大学で言った通り旨かったわ」


松前漬けとは…


するめと肉厚の昆布を細切りにして…

カズノコなどとあえて…

醤油、酒、みりん、砂糖などで漬け込んだ郷土料理…


俺はこれは酒と合わせると旨い事を教えた…



エビスビールと焼き鳥、サケの昆布巻きが届く…


サケの昆布巻きは…


棒状に切ったサケを昆布で巻いて、

酒、ショウガ、砂糖、醤油、みりんなどで柔らかく煮た

北海道の名産の鮭を使った郷土料理だ…


深い味わいは意外と癖になる…


また昆布で巻く素材はサケの他に…

身欠きニシンや真ダラの子、シシャモなど

様々なvariationバリエーションがある…


昌幸「事情は俊一郎さんから聞いた」


優吾「それはいつだ?」


昌幸「俺がスキーしたいと言った後の事だよ…

夜中にトイレに行くときに…

奥の部屋から俊美さんと香奈さんが話しているのを聞いてな…

酒屋手伝っている時に色々質問したんだよ…

俊一郎さんは最初は黙っていたが、口を開いてくれたよ…」


優吾「そうか…」


気が付いていたのはその辺りからか…

薫の事を話すなんて思わなかったけど…

やっぱりスキーに行くことで心配させていたのか…


昌幸「優子さんと彰美ちゃんのことはな…

スキーの帰りの車で薄々気が付いていた…

悪いが、優子さんの家の近くで聞いていた…」


優吾「車盗まれたらどうするんだ…お前離れたら大変だったんだぞ」


昌幸「大丈夫。noproblemノープロブレム…

あの時な…エンジンのカギ…

俺が外して持ってたから…

お前が戻る前に元に戻したゼ…彰美ちゃんにはバレてたけどな。

優吾さんにはこのことで言い合わないでくださいねって

念を押されたけどよ…

良い子だからこそ、俺は幸せになって欲しいね。

俺はどっちかっていうと、彰美ちゃん応援してるからさ」


こいつ…俺が戻ってきたときにそんなことが…

あの鍵に付いてた汗は…俺のじゃなく…

持って行ったこいつの汗だったのか…


気が付かなかった…


昌幸「俺から言わせればお前は、

人を傷つけないように立ち回ってるようにしか見えない…

正しいやり方ではあると思う。

お前が今のままで良いならそれを続ければいい」


優吾「何が…言いたいんだよ…」


昌幸「彰美ちゃんが失恋して

お前がいつまでも薫って娘のことを考え続けて

目の前にいる優子さんの気持ちも

断ったら誰も幸せになれねえ虚しいだけだと

言いたいんだよ」


やっぱり聞いてたのか…

大平が言葉を続ける…

熱くなりながらも冷静だった…


昌幸「甘えてんじゃねーよ。  

これから何度も女泣かせる気か?

お前を想ってくれる最高の女が二人もいるんだぜ」


下手な政治家の演説よりも、心にじわりときた…

それ以上に苛立ちも混ざった…


優吾「俺がどうしようが俺の勝手だろ…お節介野郎」


昌幸「ああそうだな。お前の勝手だよ… 

ただ今のお前は余裕が無くて、

すぐに崩れそうで、それはダチとして、ほっとけねえ。 

四年間だけど…お前と馬鹿ばかりやってきたわけじゃない… 

そんなお前の顔を見るは初めてだし、

俺はお前のそんなムカつくしけた顔なんざ、

二度と見たくねえよ」



見たくないか…

そういえば、学生の頃にここまで話した奴って…

このバカだけだな…


悩みを打ち明けるのって…

大学ではこいつが初めてかもしれない…


悩みなんて…大抵自分で解決してきたし…


優吾「すぐに決められるものじゃない…

好きな人が昔いたなら…

なおさらそんな気持ちに嘘はつけない」


大平がビールをジョッキ半分飲んで、

焼き鳥をかじって、答えた…


昌幸「悩んだ分だけベストな回答が得られるわけじゃねえよ。 

ただな…女をいつまでも待たせる男は、

北海道のこの新雪よりも早く冷めるぜ」


優吾「冷めて忘れられればそれも楽さ…」


大平が鼻で笑って、顔を背けた…


昌幸「最高につまんねえ選択だと思うぞ。 

それは、おすすめできねえ…」


優吾「それは当人同士の問題だ…」


大平が黙った…嫌な間だった…

無言で酒を飲んで飯を済ませて…

食べ終わった後に…



昌幸「わかった…話は終わりだ。帰るか」


重い口を開いてそう言った…


優吾「ああ…」


大平が会計を済ませて、


家に着く7分間…

歩いていく俺達は無言だった…


家に着き…

部屋に入る前に大平が、

ああ、そうだ…と俺に言った…


昌幸「お節介ついでだ。 

お前は薫さんという愛した女性を失った。 

そして今また…

かつての二人の幸せのために。

薫さんにお前を任せていた二人の女が現れた。 

この過去まであった関係が壊れるかもしれないと、

二人もわかっていながら… 勇気を見せてお前への愛を見せた。

どうしてそんなことになった?

お前は、何故、そうなってまで愛されるのか?

薫さんの事を想っているのがわかっていながら、何故愛されるのか?

その事の意味を良く考えて…今日は寝ろ…」


俺の言葉を待つ前に大平はドアを閉めた…


俺はこの夜…あまり眠れなかった…

ベッドの近くにある机に置いてあるペンダントを握り、

俺は考えていた…

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