第16話

いつの頃だったか…


今となっては思い出せない…

誰かの言葉…


その人が言っていた…


思い出話は…

一度きりにしておくものって…


あとは一人で片付ける…


泣くにしても…悔やむにしても…


その人の言葉は…

今の俺には…少しだけわかる気がした…


成人して、わずか一年だが…


俺は大人になってしまったのだろうか?


片付けなければならない…

けれども迷っている自分がいる…


どんな結果であれ…

予想外の事態が起きたとはいえ…




俺の中で片付けなければならない思い出…


薫と過ごした日々…想いという名の思い出…


それを今日…12月31日…

この年末に、片付けなければならいのか?


荒山さんの酒屋で手伝いをしながら…

配達のジムニーに乗る時…


そんな事ばかり考えていた…



大平は彰美ちゃんと話しながら、朝の朝食を食べていた…


俺は香奈さんと俊一郎さんと話して…二人には話さなかった…



一人で食べた方が良かったと思ってしまう…



居心地の悪さの正体…

昨日のこともある…



配達に集中してジムニーを運転した…


ここを離れたかった…



配達を終え…俊一郎さんに連絡を入れる…


時間だけが過ぎていく…そんな一日に思えた…

俺はひたすら思ってた…



仕事をしていくと…そんな日々になっていくのだろうか…


中身のない労働だけの日々…


けれども昔の事がつい最近に思えて…

大人になった時の時間は同じ労働の繰り返し…


生活は成り立つが、人生は潤わない…そんな矛盾…


それでも生きてはいけるのだろうけど…

感情が死んでいくような気がした…


薫がいたら…

そうはならなかったかもしれない…


休日は二人で過ごす…Ifイフの話は嫌いだけど…


俺は幸せになっていただろう…


二人を乗せた車で…いつまでも…


…けれども今は一人、ジムニーの配達が終わった駐車場…

あり得ない奇跡のような…虹を掴む話だけど…


ここにいると…いつまでも停めてしまう


…薫…

君が向こうから飲み物を持ってくる…


そんな気がするんだ…


俺は缶コーヒーの…

レインボーボスのtabタブを開けた…


願ったものは車に二人と二缶…


そこにあるものは一人と一缶…


実感するのは…あの日の後悔と、どうしようもねえ喪失感…


それは決して薄れることは無い…


俺だけはそうなってしまうんだ…

薄れたら、違和感すら覚えてしまうから…



スマホから薫と一緒にいた頃の写真を見る…

通知履歴にメールが入っていた…


久一さんからだった…


今日暇ならバッテイングセンターに行かないか?

来るなら車で迎えにいくよ…って短いメール…


終わったことだ…告白を断って現状維持でいい…


そう思って…気晴らしに行くことにした…


勝手な解釈で、俺はジムニーを酒屋の駐車場に戻した…



酒屋の近くの駐車場に停めた時には、

久一さんの車が停まっていた…


俺は一度家に帰り、俊一郎さんに話した後で、

仕事を抜けた…


久一「仕事の後で悪いね」


優吾「いえ…そんなことありません」


車に揺られて20分後…短いけど、暖かい会話の後…


バッテイングセンターに来た…


懐かしい場所だった…


久一「この場所を覚えてるかい?」


久一さんがホームランを連発しながら…

後ろ見ている俺に背中を向けて話す…


優吾「ええ…ですが、年末もやっているなんて思いませんでしたよ」


カキーン、という金属音の後に久一さんが笑った…


それに…と俺は言葉を付け加えた…


優吾「俺と初めて会った時の言葉が…

今でも守られていることも…

流石だって思います…


青く晴れた広いグラウンドで、必死に戦う仲間たちと…

最高のプレーがしたいという気持ちで野球を続けているって…


あの言葉をこうして今でも自分自身で守って続けている…

俺はその言葉を聞いてから、尊敬しています」



機械がボール切れを起こして、

次のバッテイングに入る前に…


久一さんは振り向いてさわやかに笑っていた…


久一「「ただ僕は自分が好きだった野球を

今でも続けさせてもらってるだけだよ」


そう答えて…自販機の前のベンチに二人で肩を並べて座った…


初めて会った時の中学時代を思い出す…


優吾「初めて会った時ってレギュラーが決まった時でしたよね?」



久一「そうだね、夕方の夏の練習帰りに…

河原で座っている君が何かを抱えているように見えてさ…

握っていたボールをうっかり落として…

それを君が拾って…

それで話したのがきっかけだったっけ?」


優吾「よく覚えてますね…」


久一さんは珍しく自分の野球が好きなことを振り返って…

話していた…


久一「野球を始めた一番の理由はね…

ホームランを打った時の爽快感が大好きだったからさ…

バッドで打った時の太陽にまで届くようなあのボールが、

まるで羽でも生えているようで…

それが僕の打ったバッドから飛んで行ったと思うと

不思議で楽しくて好きになってしまったよ」


優吾「どこか神秘的ですね…」


久一「観客がいなくても野球は出来る、

それでも僕は野球が出来るんだ。

チームのみんなが野球がしたくてたまらないように、

2チームに分かれてたった18人選手だけの球場でも…

僕は野球が好きなんだと思うよ」


それにね…ってボールを軽く上に投げて、

キャッチして言葉を続けた…


久一「スタンドから野球をしている僕らを

必死に大きな声で応援して、

熱くなってくれる彼らが好きだから…

野球をしているのかもしれない。

試合が終わって…

負けても勝っても笑って次もやろうって、

そんなお互いが楽しく野球をする…

それで繋がれるって…

素敵なスポーツだと思わないかな?」


俺は黙って久一さんの横顔を見ながら聞いた…

兄を見る弟のような目で…


久一「僕はスポーツをするすべてのプレイヤーを尊敬している。

全力を出して最高のプレーをする人が

お互いを讃え合い…

次に向けて進んで行くことが、

あの日の…

網を抜けて空に吸い込まれるボールを生み出した

ホームランの次に好きなんだと思う」


そこで話が終わった…

本当に凄くて、かっこいい人だ、そう思った…


優吾「やっぱり凄いや…久一さんは…

俺なんかとは違うよ…」


久一「悪いね、

何か自慢しちゃったみたいに聞こえてしまったね」


昔の子ことを振り返る楽しい談笑が続いた…


思い出話は一度だけ…


けれど大人になっても、

続けているものが変わらずある…


それは困難なことかもしれないけど…


俺の目の前にいるこの人は…

苦しい顔も見せずに…


今でも思い出にせずに続けている…


そう、この人の感情は死んでいない…


本当に強いし、凄い人だと思った…



夜になり、レストランで会話をする…


マスターが久一さんを見て喜んでいた。


マスター「久一が帰ってくるなんて思わなかったよ。

サイン書いてくれよ…思い出すなぁ…

野球小僧がこんなに立派になって…

スペシャルメニュー出すから待ってな。

今夜はおごりでいいよ」


久一「ありがとうマスター。

サイン書いたよ…」


写真を撮ってウキウキして厨房に戻ったマスターを見た後に…


久一さんはゆっくりと言葉を告げた…


久一「君を呼んだ理由はもう一つあるんだ。

僕が妹を大切にしていることは知っているね?」


優吾「ええ、佳穂を知ったのは久一さんと会って…

高校の頃に同じクラスで知りましたね…

久一さんが三年で俺が一年の時で…

佳穂と同じクラスでした」



久一「単刀直入に言うよ…佳穂の事…好きかい?」



北海道の郷土料理である…

鹿肉ステーキを食べる手が止まった…



優吾「佳穂が…俺の…事を?」



久一さんはうなずいた…


知らなかった…

いつからなんだろう…


昔から自分の気持ちを言葉に出すことはあまりない…

あのおとなしめの佳穂が…


俺の事を…好きだなんて…



久一「薫君のことはとても残念だったと思う…

佳穂は君が薫が好きなことを知っていた…

それで幸せになればそれでいいと

君から身を引いてくれたんだ…

でも薫君は…」



優吾「ええ…」


久一「君の気持ちは今ここで言わなくていい…

佳穂の前で言ってほしい…

僕は兄として妹に幸せになってほしいと思っている」


強い眼差しだった…

脅すような人じゃないのは解ってる…


優吾「………」


久一「突然の事だと思う…

でも佳穂もずっと我慢していたんだ。

佳穂の気持ちに答えてあげて欲しい」



優吾「…佳穂はどこに?」


久一「佳穂は札幌大通り公園のタワーの

近くの喫茶店で君を待っている…

友達もいるからゆっくり行こうか…

返事は君が決めることだ」


優吾「解りました…行きましょう…」


俺の中の答えは意外なほどあっさりと決まっていた…



食事を済ませ、久一さんの車で札幌まで向かった…


久一「佳穂には呼んでほしいってことだけ頼まれていたんだ…

僕は来年の2日にはアメリカに帰ってしまうし、

妹の頼みだからさ」


車の中で久一さんは話す…


優吾「そうですか…俺はその次の日に…

東京に戻ります…」


久一さんはそれを聞いて、短く…そうか、と言った…


俺は車内で佳穂の事を考えていた…


同じクラスになって、薫の隣にいた優しい友人の事をを…




さっぽろテレビ塔に着き、

久一さんが佳穂に連絡し…


しばらくしてに佳穂が現れた…


時間は23時50分…


新年のカウントダウンまで10分を切っていた…


優吾「久一さんから聞いたよ…」


佳穂「そっか…そうだよね…」


佳穂は俺を見て…

思い切って言いたい、と屈託のない笑顔で笑っていた…


そして、一息ついて次の言葉を赤くなった顔で言った…



佳穂「高校の頃から…貴方のことが…

好きです…付き合ってください…」



俺は少しだけ、ほんの少しだけ間をおいて…

まっすぐ見て、真剣に答えた…



優吾「すまない…」


佳穂は俯いていた…


佳穂「…そっか…酷い人だね…

最後に…

お願いしてもいいかな?」


優吾「薫を悲しませない頼みなら…」 


佳穂が失恋し泣いていた…

久一さんは黙ってみていた… 


小声で願いを聞く…


優吾「わかった…」


ありがとう、という声を聞いて…


俺は言われたとおりに…


カウントダウンの前に、

札幌のテレビ塔の前で抱きしめる…


佳穂「新年になったら友達に戻りますだから…今だけはこうさせて」


兄が見守る中で抱きしめられた…


頬に佳穂の涙が感じられる…

冷たかった…


佳穂「えへへ…二人目何だろうね私…

君のこと好きだった女性って…

新年は友達に戻れるから大丈夫…」


三人目…とは言えなかった…


久一さんは帽子で顔を隠して俺達を見なかった…



佳穂「友達待ってるから…それじゃあね…」


優吾「…ああ…」


佳穂と今年最後の会話をし…


俺は久一さんに頭を下げて…車に戻った…


久一さんは黙ってエンジンをかけた…


沈黙だけの車内…


車で送られる中で…


俺は決断した、覚悟を決めた…


薫を忘れずに済む方法…


思い出で片付けない…

大人になる前にすべき事…


それが終わって…綺麗な思い出として…

片付ける…


最後の自分なりのやり方を…


曖昧だが…思い浮かんでいた…

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