第11話

10分後に着いた焼肉屋…


バンド部の人たちは着いたばかりで俺たちを待っていた。


地元の大学で人気の焼肉店…


ここの極上ヒレ肉が旨いらしい…


席に着き、全員分のエビスビールがテーブルに置かれる…


麻帆さんがジョッキを持ち…俺に歓迎の言葉を送る…


麻帆「それでは、北海道に戻ってきたバンドマンの夜を祝って…」


全員「カンパーイ!」


ジョッキの心地良いガラス音が鳴る…

極上のヒレ肉を堪能しながら…

麻帆さんとサークル仲間と楽しいひと時が流れる…


みんな二月に行われる大学合同のライブに向けて、

練習をしているようだ…


新曲がイマイチで悩んでいるらしい…


麻帆「優吾君の弾いた曲とかで何かヒントみたいなものが出たんだけど…」


優吾「それならこの曲の楽譜…あげようか?」


麻帆「え?いいの!でも困らない?」


優吾「高校時代のバンド仲間にパソコンで取り込んであるデータもあるし、

別にいいよ」


麻帆さんは俺に嬉しそうに抱きついた。

ビールをこぼしそうになった…

はだけたシャツの谷間から甘い匂いと綺麗な肌が見えた…


俺は目をそらす…


佳穂「ちょっと…麻帆、飲みすぎ!」


麻帆「わーい♪優吾君ありがとう♪抱いてー♪」


佳穂がビールを噴き出して、怒っていた。

バンド仲間の後輩たちは楽しそうに笑っていた。


冗談だろうと思いながらも…

どこか悪戯っぽい小悪魔的な笑みを俺に向けていた…


佳穂「紹介するんじゃなかった!」


麻帆「はいはい…自重しますよ。でも、楽譜ありがとうね!嬉しいよ」


大事に使って、と言い…

焼肉を焼く作業を後輩の代わりに行った…


佳穂と麻帆が二人で話し、


俺はタン塩やビビンバを食べながら…

彰美ちゃんと優子さんの問題を考えていた…


新しい恋…そんな風に割り切って付き合う方が…

薫も俺も幸せになれるんだろうか…


薫を忘れる時間が増えていくんじゃないかって…

そんな気がしたんだ…


佳穂を見て思う…


佳穂は友人として俺を見てくれているはずだ…

だって、薫の友人で…俺たちを楽しそうに見ていたんだから…


でも、時々見せる…あの違和感はなんだろう…


俺の勝手な思い過ごし…そう信じたい…


俺の…想いの彼方にあるもの…

…その行き着く先…


新しい恋…それは…


…誰にも…止められない…


そう想いながらも…疑っている…


これは、熱を上げただけの…勝手な二人の一瞬だけの想いで…


冷めてしまったら…相手にもされないんじゃないかって…


女はその一瞬にすべてを賭けるって、

昔どこかの文学者が言っていた…


そんな言葉に同意する気はないが…

それでも…疑ってしまう…


そう…俺は新しい恋を信じることが出来ない…

暗い気分で宿したものは…疑心暗鬼という鬼さ…


けれど、俺は人なんだ…おかしな話さ…

俺は鬼ではなく人…


その正体は解ってしまえば…陳腐な姿…


おびえる自分を鬼で覆い隠す…

新しい人と歩む、未来への不安に怯える…

相手の変化を恐れるchickenチキン…


その姿が鮮明に映っているんだけ…


薫以外に恋愛なんて…結局できない…

そういうことかもしれない…


相手を傷つけない、その場限りの道化芝居…


演じきる気も起きない…

そうさ…結末は決まってる…


失恋し、薫に再び寄り添うことを想う、哀れな男の出来上がりさ…

そんな望んじゃいないorderオーダーはpassさ…


殻に篭る訳じゃない…変わらないんだ…

やはり俺は…薫だけが…


どうしようもなく怯えて葛藤している自分が…

焼き焦げる肉の机に座っていた…


肉の焼き加減はrareレアよりwell-doneウェルダンが好きだ…

じっくり焼いて…食べればいい…


早とちりで食べるのは体に良くない…

そうだ…同じように…じっくりと…待てばいいんだ…


…相手の返事なんて…焦げるほどに待てばいい…

いずれ冷めて…元に戻るのだから…



バンド部と話話をしていくうちに…

佳穂と麻帆の二人の話の中で…佳穂のある言葉が気になった…


佳穂「優吾君は、三年生の時の文化祭のバンドライブでね…

優吾君のボーカルパートで、感動して泣いちゃった子もいたんだよ」


麻帆「いいなー、あたしの時は泣くようなことは無かったけど…

ライブが終わった時にメンバーで泣いちゃったなー」


優吾「泣いていた子が…いたのか…覚えていなかった…」


そう聞こうとする前にバンド部からキムチを薦められる…

焼肉屋でキムチの旨い店は当たりなんですよって…

そんな言葉を添えながら…


新しいビールを持って…網の中で焦げきった一枚の肉を見て…

氷のように冷えたビールを飲んだ…



宴会じみた歓迎会が終わり…

佳穂が記念にと店の外で写真を撮りたがる…

俺達は集まって取ることになった…


そんな時に頭に白雪が付いた…


麻帆「あっ、雪降ってきたね…

撮影終わったら…解散しようか…

優吾君アドレス交換しよ…

また北海道に来ることがあったら連絡入れてね♪

私、来年から地元の会社で仕事することになるから…

一緒に飲もうね♪」


優吾「ウチの家族にワインや日本酒に精通している人がいるんだ…

その人に頼んでおいしいお酒を家族でご馳走するよ」


麻帆「優しいー、その日を楽しみにしてるね。

そうだ、ワインの前払いで、このまま二人でafterアフター」


佳穂「麻帆~写真そろそろいいかなー?」


麻帆「暇なときは連絡入れてね♪」


耳元で暖かい息がかかり、甘い声で囁いて、

佳穂に耳を引っ張られながら離れた…


佳穂「私のスマホカメラって解像度高いから綺麗に映るよ。

後でみんなに送るね、はい、チーズ」



思い出めぐりの旅の中で…

薫がきっかけで始めた思い出のベース…


長く続いて…

解り合えた新しい仲間…


冷たい夜の新雪の街で…


熱いのは…俺達のmusicミュージック…


ここにも、また新しい思い出…


大学まで戻った俺と佳穂の二人は車に乗る…


麻帆さん達は残ったメンバーでカラオケだそうだ…



佳穂「ははっ、そういえば最後まで私お酒飲まなかったね」


優吾「すまない…」


佳穂は笑っていた…


佳穂「今日の優吾君、すまない…って言葉よく使うね」


どう答えていいか解らなかった…



車で雑談をしながら酒屋に着いた…


優吾「酒も飲めなかったんだし…せめて家で泊まって飲んでほしい…

荒山さんも佳穂を見たら喜ぶと思うよ…」


佳穂「いいよ…また今度にするから…それに…」


何か言いたげな様子で…

今日はありがとう、とだけ言ってドアを閉めて…車を出した…


俺は酒もあって深く考えずにそのままケースを持って家に向かった…


香奈さんのバイオリンの音が流れ…

酒蔵のドアが開いたままの家に着く…


二人ともこういう時は熱心だ…そっとしておこう…


俺は静かに階段を上がる…


俺の部屋の前でトイレに行ってきたのか大平と会った。


昌幸「よっ!明日の事なんだけどさ…スキーいかね?

せっかくの北海道だし…俺これでもちょっとは滑れるぜ」


少しだけ嫌なことが頭をよぎった。


優吾「事故しないと約束できるか?」


昌幸「大丈夫だ!お前とのpromiseやくそくは破れないゼ!」


優吾「………」


昌幸「どうした?飲みすぎちゃった系男子な訳?フラフラなうか?」


優吾「約束しろよ…いいな」


昌幸「おう、後な…彰美ちゃんも行きたがってたから明日は3人な!

さっき車に乗ってた子も誘えよな」


見てたのか…悪趣味な奴だ…

彰美ちゃんも行きたがってる…

どういう風の吹き回しなんだろう…


昌幸「明日酒屋の方は休みだしさ!

限界までスキーして、

俺達のアグレッシブなハートを

雪山で見せつけてwant you !!」


酔った俺より…

素面のこいつが酔っぱらいのようにtensionテンションが高い…


部屋に戻り、ケースを閉まって…

一息ついた後に…二人の女性を誘うことを決意する…


優子さんに…メールを送る…

これは恋人としてではない…

友達として…


そう…lovemeラブミーではなく、likemeライクミー…

優子さんから…中村さんに戻るだけの事なんだ…


そう言い聞かせ…

優子さんにメールを送る…

すぐに返信がきた…

絶対行く、という事らしい…


優子さんはきっとすぐに俺の事なんて忘れてくれる…

例え今が熱くても…俺を忘れてくれる…


最低な男だが…俺にはお似合いのbadEndingバッドエンデイングさ…

まだ俺達は友達に戻れる…


時間はかかるけど…友達に戻れる…

俺は勝手にそう思い続ける…


恋の相手は俺じゃなくても…できるはずさ…



今日は彰美ちゃんに一度も会えなかったが…


明日は大丈夫なんだろうか…

俺達は元に戻れるのだろうか…


すぐに冷めて妹に戻ってくれるのだろうか…


そんな二人とは違っている友人の佳穂にもメールを送る…

今日のお礼と酒のお詫びも兼ねた…

そんなありふれた友人同士のメールを…

俺は送信した…


佳穂からのメールは…

大平と同じスキー場に明日行く予定だったらしく

偶然とはいえ驚いた…先に知り合いと滑っているから、出会ったら話そう…

そんなメールが返ってきた…


大平に伝える為に部屋に向かうと…

すでに寝ていた…


風呂に浸かり…今日の事を思い出す…


横田さんとのこと…バンドの仲間…

昔からの付き合いと…新しい出会いがそこにあった…


泣いたり…笑ったりしながら過ごした一日だった…


人間らしい感情的な…けれど考えさせる言葉もあった…

色濃い一日だった気がする…


ただ毎日を淡々と過ごしていた東京での大学生活とは…

違っていた…


旅は人を変えるのか…

それとも人の本心を見せるものなのか…


そんな事を考えて、

風呂から上がり…

部屋で雪の降る窓を見ていた…


バイオリンの音がかすかに聞こえる中で…

時計の針が11時を回った自室での夜は…


いつもより、静かな夜だった…

酒が強く残り、そのまま…すぐに寝た…



良く晴れた雪山で…

二人きりの誰もいない静かな白銀の世界…


美しい風景で居心地の悪くなる違和感を覚える…


それはあの光景だった…


久しぶりに見た…


薫が転倒し、崖に落ちていく…nightmare(悪夢)…



朝起きて…俺は不安になっていた…


そう…抱えちまったものはjinxジンクス…


俺は夜まで踊り続けていた…

踊らされていたんだ…

夢の中で…


それは…死を売りつける死神との…

…hardluckdanceハードラックダンス…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る