第10話

佳穂「お酒辛かったら途中でお手洗いのある公園に停める?」


優吾「すまない…」


横田さんの家から車を出して、10分後に…

顔に赤みのある俺を見て、佳穂がそんなことを提案した。


佳穂「私が大学のバンドの日をずらしてたら、

もう少しゆっくりできたのに…

ごめんね」


優吾「いや、そんなことは別に気にしてないよ…それに…」


公園に着いて、車が止まった後に…

言いかけた言葉を付け加えた…


優吾「バンドしている奴らって…

大抵夜に弾くと盛り上がる物だから…ちょうどいい時間帯だよ」


そういって俺は降りて、駐車場の近くの自販機から水を買った…


水を飲んでいる時に佳穂から…


佳穂「確かに…言われてみれば、そんなイメージあるよね。

流石バンド部、経験者が言うと説得力あるね」


水を飲み終え…すぐに戻るよ、と言葉を残して駐車場から公園へ向かった


公園のトイレに入り…大悟さんの言葉を思い出す…

少し酒が抜け後で…頭の中で想う…


優吾(新しい恋人…か…)


二人の顔を浮かべて…

薫以外の事を考えていた…


鵜呑みにしているわけでもない…でも…そう考えることで…

薫が俺の幸せを望んでいると…願うなら…


何よりも…俺より長く過ごした…家族の…

それも俺とは違う…愛された家庭で過ごした人の言葉だ…


俺とは違うと言うのは…俺の実家でのことだ…


実の親は銀行員で…裕福な家庭だったかもしれないけど…


小学校四年までの毎日の食事は栄養もあって健康だったかもしれない…

けど教育への心の栄養はどこか欠けていた…


そう思えた…

親父はいつも帰るのが遅く、知り合いや同僚と飲んでばかりで…

休日は部屋で寝ていたり、車を走らせて遠くに行っていることが多かった…


母は俺が学校に帰ると小学三年生までは、俺の事を大事にしていたが…

四年生になるころには家を出ていることが多かった…


すれ違いや、揃うことがあまりない家庭だったと思う…


実家は東京だった…

生まれてから10年間過ごし…

大学生活で戻って実家とは離れたところで一人暮らしで4年過ごした…


思い出が無いと言えば嘘になるが…


子供の頃に過ごした学校のみんなは…

どこかよそよそしくて…

うわべだけの軽薄な付き合いが多かった…


遊ぶ場所もないコンクリートの建物で…

家に帰っては勉強ばかりしていた…


いつか俺は距離の置き方が上手くなり…冷めた子供になっていた…


そんな時…親から荒山さんの実家に住む話が持ち出された…


事実、俺の教育を間違えたような…

そんな焦りを見せていたようだった…


母親も、この子は何を考えているか解らないと…

そんな言葉が目立ってきた頃だった…


この人たちは自分達の教育を仕事と家事のせいにして…

空いた時間を個人のために浪費し…


自分たちを正当化させ、問題を知り合いに押し付けていた…

俺にはそう見えた…


怒りは湧かなかった…

北海道で過ごしていた時に、自分なりに答えを見つけ出していた…


あの人たちはきっと…

愛人であり続けることがbestベストで…

家庭として延長することが苦手なだけだったんだっと…


10年間の生活を、俺はそんな言葉で片付けた…


北海道に預けられて…年に一度短い電話があるくらいで…

俺はそれすらも…他人と話すような…よそよそしさで話していた…


荒山さんは俺の家庭でのことを追及しなかったし、

薫も中学の頃に部屋に遊びに行った時に…

送られてきた両親の手紙を…

部屋を出ている時に読んでしまった事があり、

俺を見て泣いていた…


冷たいよ…あんまりだよって俺を見て、胸に埋まって泣いていた…


俺は金だけでも援助してくれたことは確かだから…

教育はしてくれたよ…って薫に言って涙を止めさせた…


親ってお金だけなの?優吾はそれでいいの?って

俺の親に怒っているようだった…


それから薫は家に誘うことが多かったし、

元々俺を大事にしていた荒山さん達が実家に帰って来た頃に…

荒山家と横田家で暖かい…

それこそ家族のような温もりをいつも以上に感じさせてくれた…


俺がこうしていられるのも…薫や横田さん、荒山さん達のおかげだ…


北海道に来なかったら…俺はどんな大人になっていただろう…


きっと、薄情で冷めている…そんな大人になっていただろう…


君が幸せになることが薫の望むことだと、大吾さんは言っていたけれど…


俺の中での薫の存在は大きい…


そんな彼女以上に大きくなる恋人は現れるのだろうか…


車に戻り、酔いも冷めたところで…考え続けていた…


彰美ちゃんは俺の妹だ…来てくれた俺に最初は警戒されていたけど…


佳穂「なーに考えてるの?」


そんな事を考えている途中で、横から佳穂が運転しながら話しかけた…


優吾「秘密だよ」


佳穂「…ちょっとむかつく」


優吾「…家の事考えてた」


佳穂「あ、荒山さんの家だね」


そういえば佳穂は事情を知らなかった…

俺は優しい嘘をついた…


優吾「もう一人旅行者が来ていてね…そいつも家にいるからさ」


佳穂「そうなんだ?どんな人?」


佳穂は興味を示していたので、大平との大学生活を話すことにした…

真面目な話を最初にしていたが…

印象に残ったエピソードも含めた…


たとえば…


大平が写真部の被写体の専属モデルが欲しいからと…

俺を女子の飲み会に呼んで勧誘してほしいという事…


一人容姿次第で獲得後に最低二千円払うとか…

俺はただ来て食べてただけで、怒られた…


佳穂「うわっ…最低な人だね」


同じ講義に出ている時に、

あの教授は出席取らないから講義の始まるプリント貰ったら、

帰ろうっと言って…

テストの内容もプリントの事だけだったので…


大平と俺のもう一人の友人に頼んでプリントだけコピーして

出席したのは通年で四回だけ…

そして、そのまま単位を取ったこと…


話に聞くと教授がテストの時の人数で泣いていたそうだ…


佳穂「ははっ!あるある。けどいくらなんでも酷すぎ…」


飲み会の時に隣の女子大学の女の子としばらく話して…


何を学んでいるの?って聞かれて、

大平が難しそうな名前の学部の事を話して…


何それ?頭よさそうだねって言われて、


いきなりその子にキスして…


俺の事よりも君の唇が良いよ、

その唇がまるでサクランボみたいで可愛いから

つい触れちゃったよ…

柔らかくて優しい味がしたよ…


って言って、その子に引っ叩かれたこと…


佳穂「あはははっ!面白い人だね」


あいつが大学の実験室で寝泊まりしながら三日経過して…

覗きに来たらRetroGame(古いゲーム)してて、


優吾、このペリーが浦賀に来航した年って…この数字であってるよな?

なのに、この数字入力の電子ロック解除されないんだぜ?

これじゃ、ラスボスのナイアラルホテップまで行けねーんだよ!

マジ困ってる…ってサラミを口に入れて、そんな事を言っていて…


実験はどうしたんだ?って聞くと…

昨日終わって帰るのも面倒だったし、

シャワー浴びてゲームしながら過ごしてた…

洗濯物も干してある生活のある実験室に変わっていた…


佳穂「ちょっと、あんまり笑わせないでよ!」


気分転換にそんな話をして…

酒も抜けたころに…大学の駐車場に着いた…


うちの大学とは違った雰囲気で、

自然が多く…綺麗な大学だった…


機材のある部室が駐車場の近くだったので、サークル棟に入り…


バンド部の部長と挨拶をする…


女性で金髪の綺麗な人だった…


佳穂「ごめんね麻帆まほ…みんな音楽室?」


麻帆と呼ばれた、同い年くらいの女性は俺を見て楽しそうに言った…


麻帆「みんないるよ…彼氏?カッコいいじゃん…フリーなら付き合う?

私、七瀬麻帆ななせまほ…揃ってる時は佳穂と麻帆で、

かほまほって言われての。にしても、色気のある顔してるね?

ふふっ、同い年なのに大人っぽい所が 悪 く な い ☆」


そういって動かす、手つきがちょっといやらしかった…

大平と友人として気が合いそうな感じだった…


佳穂「こらぁ、昨日話していた優吾君だよ…面食いなんだから…」


麻帆「冗談だよ…ベース弾くんだってね。

佳穂とは同じ学部でね、時々聞いてたんだ君の話、思ってた通りの人だね」


どこまで聞いていたかはわからないが、佳穂は俺に言った。


佳穂「話したのは高校二年までだから…」


優吾「ああ、そっか…まあ、そうだよね…」


麻帆さんがエレキギターを用意している時に、

佳穂がそう言ってくれた…


貸し切りの音楽室について、俺はベースの準備をした。


まだ2,3人しか来ていないが、

ドラムとキーボードの年下の後輩たちが挨拶する。


麻帆「優吾さん…あ、優吾君の方が良いかな?弾いてみてくれない?

聞きたいんだ君の演奏…」


優吾「そんな大したものじゃないけれど…準備は出来てるからいいよ…」


そういって後輩たちが準備してくれた。

俺はそれじゃあ…とベースを弾いた。


俺は薫の好きだった…誕生日の新曲を…弾く…


弾き続ける中で…俺はひたすら想ってた…


自分のmusicalperformance(演奏)…

賭けていくのは…

俺と薫の青春…過ぎ去った、懐かしい道のり…


4年前の事故の後も…

ある出来事で続けていたベース…


あれから、考えてみた…

俺が生き残ったreason(理由)…


薫が俺にくれたgift(贈り物)…


俺は生きるのにも、

死ぬのにも値しないと思い込んだ命を…


冬の大地で君に会うまでの俺は…

心に何も与えられないままの、子供時代を過ごした…


…君と出会わなかった俺は…

どんなに汚れちまっても…


ベースを弾くことは無い…


棄てられも飾られもしない、

君の笑顔のためにあったベースが…


君の死と…時を同じくして…

目立たない場所でほこりに埋もれてく…


そんなのは嫌だ…

戻りたくもない、失いたくもない…

忘れたくないんだ…


だから俺は弾き続ける…


弾き続けるのは…

悲劇を認めない俺のささやかな反抗だ…


その先に君の笑顔が…

いつか見られることを…信じているから…


だからいつも俺のmusicalperformanceと…

隣り合わせに…いて欲しい…


たった一人の愛しい人…



俺が、弾き終わると周りが静まり…

いつの間にか周りに10人くらいの部員が集まっていた。


ほんの少しの静寂の後…


おおっ!という声が部室いっぱいに響き、拍手が降り注ぐ…

佳穂は良い笑顔で胸を手に当てていた…


麻帆さんは熱っぽい顔で俺を見ている…


麻帆「カッコいい!想像以上だよっ!その曲ってオリジナル?センスありすぎ!

ああ…もう…最高っ…」


部員が色々聞いてくる…凄い演奏すよ、とか

そのベースってメジャーだけど。そこまで弾ける人俺の周りにいないよ、とか

感激したっスって泣く人もいた…


俺は聴いてくれてありがとうございますと言って、席に着いた。


麻帆「佳穂?彼氏じゃないんだよね?彼女いないんだよね?優吾君って」


佳穂「いなけど、ライバル多いよ」


麻帆「だろうねー、あんな良い男、ウチの大学にはいないもんね。

こんな事なら、もっと短いの履いてくれば良かったな、飲み会で…」


佳穂「最後のセリフ、声に出てるよ。駄目だよ…言ってたでしょ?」


麻帆「はいはい…でも連絡先は聞くからね?」


そんなやり取りが聞こえた…


バンドの人たちの演奏も聞いて、昔の楽譜を見せて、

演奏したりでみんなで楽しんでいた…


七時になる頃には打ち解けて大学の事や、来年の事、

バンドの時の6年間を話していた。


社会人になっても弾いてくださいよって声もあったり、

俺らも東京のライブハウスで弾いてみたいですって言葉もあって…

とても…楽しかった。



八時になり…バンド部の人とおごりで焼肉屋に行くことになり、


部員たちはバスで行くので…

俺は佳穂と一緒に車で向かうことになった。


麻帆さんが一緒に車に乗りたがっていたが、

佳穂に背中を押されてバスに乗せられた。


麻帆「優吾君ー。しばしの別れだけど、忘れないでねー。

私君の演奏で…ちょっとマジに…」


聞き終わる前に佳穂が言葉を被せた。


佳穂「はいはい!どうせ10分したら顔合わすんだから、

別れも何もないでしょ?

じゃあ部員のみんな頼んだわよ」


部員達は笑いながら麻帆と一緒にバスに乗り、

佳穂はじゃあ行こうか?って言って車に乗った。


佳穂「本当に久しぶりに聞いたよ…あの時以上にカッコいいし、綺麗な曲だった」


優吾「ありがとう…久しぶりに楽しく弾けた気がする…」


薫…ここにきて…辛かったけど…お前に会えて…

俺とお前のために、バンドを続けて…

よかった気がする…


俺は窓ガラスに映った自分のどこか嬉しそうな顔を見て、そう思った。


薫の笑顔を見るために始めたベースで、

同様に自分の笑顔を見つけるために弾いていたような気がした…


あのベースの演奏は…薫の笑顔だけじゃなく…

俺の笑顔も出してくれたんだ…


俺は外の景色を見て、薫に感謝した…

こんな素敵なgift(贈り物)を、ありがとう…って…

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