第9話

俺は佳穂の車の助手席に座る…


佳穂「それじゃあ、荷物は後ろに全部置いたね」


優吾「ああ、大学には遅くとも五時に間に合わせるようにするよ」



佳穂「優吾君、そんな事は気にしなくていいよ。

久しぶりの横田さん達との再会なんだし、

私のことは気にしないでいいよ」


それに…と佳穂が小声で言った…


佳穂「私のお母さんが俊美さんと仲がいいから、

たまにお茶会しにいく母さんを送迎する時に遊びに来るしね」


優吾「知らなかったよ」


佳穂「…意外だった?」


優吾「ああ」


佳穂「ふふっ…じゃあ車出すね」


エンジンがかかり…走り始める…


窓を開けて、風を入れる…


…北海道の空気は澄んで冷たく……


昨日までの事が…浮かんでは消えてく…


…薫の前で出会った、中村さん……


…彰美ちゃんの変化…


札幌での二人の距離感…


…信じたくねえ…嘘みてえな現実が一度に連続して……


…俺は混乱してた…



…いつもと変わらずに…


…俺にある物…俺の残したい物…


裏切りのユダに見えながらも…元の場所に…戻る…たった一つのざらついた想い…



…俺の中に生まれ、育まれてきた感情…


俺は俺自身として…偽らずに戻りたい…


今でも薫の恋人として…


…そう…

なにも変わりはしない…


このままじゃ…変わらないんだ…


そう自分に言い聞かせる…

第三者の意見は鵜呑みに出来ない…


俺は俺なんだから…


そう…俺は薫の両親の横田さん達に…

会うために…

佳穂の乗る車にexistent(存在する)…


横田家…酒屋から少し離れた場所にある二階建ての家…


薫は俺と登校するために早く起きて…俺のいる酒屋に来ていたっけ…


帰りは俺が薫を家まで送り…


それが小学校から高校まで、続いた二人だけのcycleサイクル…


そこに持っていくのは…

俊一郎さんから横田さんへのワインと日本酒…


話し出すのは…

その後の…東京でのafterstoryアフターストーリー…


…高校以来の懐かしい再会…


同窓会とは違う…荒山さんの家にも似た安心感…


残った問題を…解決できないまま…

続いている生活と…走り続ける車…


すべてを終わらせるのは…


今じゃない…


後からでも遅くはない…


そう思えたんだ…



佳穂の運転する車で目的の家に着いた…


薫の住んでいた家…横山家に…



優吾「すまない…」


佳穂「いいって、私も挨拶に行きたかったし…さ、行こう」


ベースを車に残し、俺は俊一郎さんに頼まれた日本酒とワインを持って行った。


インターホンを鳴らし、

40代の香奈さんと同じくらいの年の女性がドアを開ける。


?「あら、久しぶりねー。元気そうで本当に安心したわ。佳穂ちゃんも上がって行って」


香奈さんの同級生で薫の母親の横田俊美よこたとしみさんだ…

元気で明るいところは香奈さんとそっくりで、

レストランの調理免許を持っている料理の凄い人だ。

腕前は三つ星レストランのメニューと同じくらいおいしい料理を作る…


毎年の初詣の後で…

荒山家と横田家で仲良く料理とワインと日本酒の豪華な食卓で過ごす。

二つの家族の恒例の行事…


俊美さんはとても人が良かった…それは今でも変わらずに…

その瞳が語っていたんだ…


優吾「お久しぶりです、元気そうで何よりです」


佳穂「おじゃまします」


俊美「貴方ー!佳穂ちゃんと優吾君が来たわよー」


居間まで案内され…薫の父親の横田健三よこたけんぞうさんに挨拶する。


謙三「おお、意外と早かったな…しばらく見ない間に男前になったな…」


謙三さんは警察庁の課長補佐で俺の親父と俊一郎さんの子供の頃から友人だ。


真面目で曲がったことが嫌いな…けれど娘への事も考えてくれる…そんな人だ…


小学生の頃に…薫を家まで送った時に…

俊一郎さんから話しだけは聞いていた…


そして謙三さんと初めて会った時は緊張していた…

初めて見た謙三さんは…

優しくけれど男として俺を見る強さを持った目で見て…

そのまま屈んで、俺の目線に合わせて、こう言ったんだ…


薫を守るように、家まで送ってくれてありがとう…

君が薫を守ったように…

街を守るのが俺の仕事だから、優吾君は安心してこの街を歩いて、

この街を好きになってくれって…


その後に報酬代わりと照れ笑いで…

ご馳走してもらった…あの時からの初めての薫の家族との触れ合い…


その時の謙三さんの言葉で、俺……

薫の家族との一時も…

悪くないなって、思いはじめたんだ…


俺は謙三さんに頭を下げて、

同じくらいの身長になった謙三さんと目を合わせて微笑む…

あの時からの感謝も込めて…


優吾「謙三さんも元気そうで何よりです。…大吾さんは?」


謙三「親父なら書斎で原稿書いてるよ…あとでそのワインを持って行ってくれ。

親父の奴…会うのが恥ずかしいんだろうな…

佳穂ちゃんもくつろいでくれ…時間は大丈夫か?」


佳穂「ありがとうございます。私と優吾君は五時まででしたら、

大丈夫ですので…」


謙三「そうか、母さん…今日は寿司でも頼もう」


俊美「貴方ったらお酒のつまみが欲しいだけでしょ?

簡単なの作りますから出前は無しですよ」


俊一郎さんに頼まれた日本酒を渡して、

嬉しそうにして、、

おおっ待ってたぞって喜んでいるところは…

昔から変わらない…


謙三「優吾君…成人したんだし、酒でも付き合え…

大人になったら一緒に飲んでみたかったんだ。

俊一郎に一番乗りで先に飲んじまったのは、ちょっと残念だがな。

まあ、酒はあいつの専売特許だし、仕方ないか…」


楽しそうに笑って、

お酒を注いでもらうと子供の声が聞こえた。

薫の年の離れた弟の明あきら君だった。今年で確か11歳…


明「あ、ユーゴお兄ちゃん!帰ってきたんだ!佳穂姉ちゃんもいるー!」


佳穂「明君、元気そうね。来年の四月から六年生だね」


優吾「明君…久しぶりだね」


明君は俺の背中に抱き付いた。

甘えん坊なのは相変わらずだ…薫にも良く甘えていたっけ…

結構気に入られて…兄弟のように仲良く遊んでいた時期もあった…


薫が高校に進学したころはまだランドセルをしょい始めたばかりで…

俺や薫にお菓子をねだっていたりもしていたな…

俺の作るお菓子で薫も明君も二人そろって喜んでいたな…


あの時の薫は明君と同じように子供みたいに喜んでいて可愛かった…


明「パパ!ユーゴ兄ちゃんとおねいちゃんと遊んでいい?」


謙三「悪いが明…パパはちょっと優吾君とお話があるんだ…」


明「えー!独り占めーひどいよー!」


佳穂「それじゃあ、お姉ちゃんと遊ぼうか」


謙三「すまないね」


佳穂「いえ…」


明「部屋でゲームしようよ!ユーゴ兄ちゃんも後で遊ぼうよー」


優吾「後で来るよ…」


明君は佳穂と一緒に部屋に行った後で…謙三さんに日本酒を注いだ…


優吾「一昨日…薫の墓参りに行きました」


謙三「そうか…ありがとうな…あいつも喜んでいるよ…」


俊美さんがおつまみと良い匂いのする料理を持ってくる…


俊美「優吾君…薫の事を想ってくれるのは、おばさん凄く嬉しいし、

とても素敵なことだと思うわ…でもね…」


いつかの忘れて自分の道を進めと言う言葉が…

四年越しに帰ってきたような気がした…


謙三「母さん…優吾君もあれから4年経ったんだ…

薫の事を想い続けるのも自由だ…

それは優吾君が決めることだし、昔から間違ったことはしない子だ」


優吾「…俺は今でも薫の事を想っていますし、

悲しいことがあったけど…それでも忘れられませんから…」


謙三「…そうか。仮に薫以外の女性と交際しても…

俺は君が幸せなら薫は気にしないと思うぞ。

なんせ俺の自慢の娘だからな、ひねくれたことは考えない、

むしろ真逆の優しい良い子だよ」


俊美「出過ぎたことを言うかもしれないけど…

あの子は君に幸せになってほしいと思ってるの…」


二人は俺に新しい恋人を見つけて欲しいことを願っているようだった。


優吾「それでも薫の事…よく思い出すので…まだ好きなんだと思います…

それはたぶん、これからも…」



謙三「そうか…あいつは果報者だな…

あんまり考え込むようなことがあれば相談にのるぞ」


優吾「…ありがとうございます…謙三さん」


この話はこれまでって感じで謙三さんはお酒を注いだ…


謙三「今日はな…お前の顔が見れたことが何より嬉しいぞ。ほれ飲め飲め!」


俊美「あんまり若い人にお酒を強要しちゃ駄目ですよ。

おつまみ今度から作りませんよ」


謙三「おいおい、それは困るから止めてくれ。今日は特別だ、

なんせ俺の場合は公務で忙しいし、

優吾君に次に会えるのは、おそらく来年の夏だろうしな。

昔からの馴染みと酒を飲める日なんてめでたいことだぞ」


俊美「もー、しょうがない人ね」


楽しい団欒の一時に俺は楽しく過ごせた。


にぎやかになっていた時にドアを開けて70代の老人が入ってくる…


大吾「来ていたのか…」


謙三さんのお父さん…さっきまで書斎で、

出版社からの原稿を書いていた…

高齢ながらにミリオンセラーの本を出した…

香奈さんも同じ小説家として尊敬している人…


市役所の元監査委員を行ったこともある公務員で…

威厳の残る強さを見せた温かみのある老人…

聡明な瞳は衰えていない様にも見えた…

孫には優しい人…


優吾「お久しぶりです、大吾さん」


薫を家族として大事にしていた横田大吾よこただいごさんだった…


大悟「私も同席しよう…かまいませんか俊美さん…」


俊美「もちろんですわ…ね、貴方」


謙三「親父…日本酒飲んでる時にワインを飲むなんて…困るぞ」


大悟「俊美さんがかまわないと言ったんだ…お前には関係のない事だ」


謙三さんは大悟さんの言葉で、ばつの悪そうな子供の顔を見せていた…

二人はこれでも仲が良い…たまに子供のような喧嘩をする時があるが…

お互い公務で正義を信じることは親子で共通している…

俺の踏み込めない関係にある絆の深い親子なんだと…昔から思っている…


二階から降りてきた佳穂と挨拶をする大悟さんと…

大悟さんに無邪気に抱き付く明君を優しく撫でる暖かい老人を見ながら…


久しぶりに横田家の団欒を楽しんだ…



四時半を回るころに俺はそろそろ行きますと…

名残惜しさもあったがそう言った…


謙三さんは楽しそうにしていたが…


謙三「なんだ、もうそんな時間か…楽しかったぞ。

やっぱり子供の頃から成長した男と酒が飲めるのは良いもんだな」


大悟「謙三…そんな言葉を父親の前で言うのは十年早いぞ…

こういうことは言葉に出さず、静かに飲んで楽しむものだ…」


謙三「まったく親父はキザだな…

佳穂ちゃん、明の面倒ばかりで酒も注がずにすまんな…」


佳穂「いえいえ、俊美さんの料理は相変わらず美味しかったですし、

私運転もありますから…」


俊美「お母さんに今度また遊びに行くって伝えといてね。

お菓子も持ってくるからね」


明「二人とも帰っちゃうのー?また来てよー!」


帰り支度をするときに大悟さんに呼ばれた。


佳穂は先に車に乗っていると言い、

謙三さんは親父…長話を外でするなよ…って言葉を残し部屋に戻った。


俺と大悟さんの二人だけになった…


これから出す話は解っていた…

この人は薫の事を家族で大事にしていたから…


大悟「君が今でも薫を愛しているのはわかる…

君が男らしく見えるのも誇りや愛があるからなのだろうな…」


優吾「そんなこと…ありませんよ」


大悟「ワシの前で謙遜はいらない…

薫が亡くなってから抜け殻のようになったと周りは行っていたが…

少なくともワシには今も昔も君が抜け殻になった男には見えないな」



優吾「ありがとうございます…

ですが…亡くなった恋人をいつまでも想う愛は…

成就出来るわけがありません。

そう思ってしまうことが…少なからずありました…」


大悟「やはり悩んでいたか…」


俺のすべてを見ているような、けれど暖かい目で俺を見ていた…


大悟「恋とは成就し愛になる… 

恋をしてこその愛だ、想いに勝る信仰はない… 

愛はある、そこにな…」


そういって大悟さんは言葉を続けた…


大悟「人とは単純なようで複雑…複雑なようで単純だ… 

一本の道を進むようでいて…

多くの選択の道を無意識に歩いている。

時には気づき自分の歩く道を進みながらも立ち止まる…」


そう言い終え…薫と俺の映った写真を差し出した…


大悟「娘が大事にしていたものだ…ワシには家族で映る写真が似合う…

…君が今も歩いている道が…どんな結果であっても…

誇りを持って進んでいる男だと思っている…

それは君にとっても、娘にとっても…誇りのある道だよ…」


優吾「道…ですか…」


横田「ワシの娘は君の幸せを願える子だ…

たとえ君が他の想いを見つけても…

君の幸せを願う、薫はワシには過ぎた宝だよ…

…書斎で荒山の酒を飲むことにする…

信じよ…君が信じて決断することを…

我が愛娘は、君のこれからの幸せを願っている…

過去に立ち止るな…

娘は他の想いの事で君を止めやしない…幸せを願っている」


優吾「ありがとう…ございます…」


大悟さんは俺を優しく見て…無言で書斎に戻っていった…


大悟さんの言葉で…どこか救われような気がした…

やっぱり大悟さんは俺の気持ちを解っていてくれた…


敵わないな…あの人には…

そう思い、俺はいつの間にか流れていた涙を拭いて…

佳穂のいる車に乗った…

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