第8話

家に着くと…

大平は俊一郎さんと飲んでいた…

香奈さんも珍しくワインを飲んでいた…


昌幸「おお、おかえりー。随分遅い帰りじゃんか。

実は俺も札幌に、コミュニティのみんなと行ってきたぜ」


気分転換にこいつの話題に乗ってやることにした…

そこに彰美ちゃんは居なかった…


香奈さんの話では札幌のお土産を置いて、部屋に入って寝たそうだ…


香奈さんは、とても疲れているようだったから、

起こさない方が良いとだけ俺に言った。


大平は酒蔵から俊一郎さんとワインを運んでいたので…

会うことは無かったそうだ…


優吾「ただいま…今日は近くの森に撮影に行ってたんじゃないのか?」


そんな話を聞いて、俺は話題を変えて大平にこの質問をした。


昌幸「いやー…写真を何枚か撮っていたら、メールが来てさ。

酒屋から車が来て名所案内してくれたんだよ」


俊一郎「優吾君の配達が終わった時だから同じ時間帯だったようだよ…

はは、お土産は二つになってしまったね。

途中で会わなかったのかい?」


優吾「いえ…」


昌幸「いやー、実はさっぽろイルミネーションで見かけたんですけどね。

邪魔しちゃ悪いかなーって思って、

仲間とお店でビール飲みながらジンギスカン食べて過ごしましたよ」



こいつ…あの現場を見ていたのか…

俺はちょっとだけ機嫌悪めに言葉を投げる…


優吾「別に邪魔だなんて思ってないよ…スルーすることは無いんじゃないか?」



昌幸「んー、見慣れない可愛い女の子もいて、

彰美ちゃんもお前と一緒で

三人とも気軽に話せないmoodムード出してたしなー」


…冗談じゃない…


香奈「あら、そうだったの…ふーん、なるほどね…」



香奈さんは察しが良いので、

気づきはじめているような感じで俺を見ていた。


香奈「今日は彰美も色々あって疲れちゃったみたいだし、

たまには、一人でゆっくりさせてあげましょう、ねっ…貴方…」


俊一郎「ん?まあ、あの子も久しぶりの遠出で疲れている様子だったし…

明日はゆっくりと寝かせてあげよう」


どこか含みのある言葉だった。

そう聞こえてしまう…俺は俊一郎さんにワインを注いでもらい…

大平と写真部の札幌撮影会の話を聞いて、深夜一時ごろに部屋に入った…



昨日の夜と今日の朝の狭間の時刻…

日付は12月28日…


俺は眠れずにベッドに横になり…考えていた…


二人への…折り合いのつけ方を…

soldierソルジャーが迎える決戦前夜のような…

そんな緊張感高まるnightナイト…


それすらも過ぎた…今しがたの光の昇る朝…


俺はひたすら悩んでた…

二人の想い…選択肢……

それが…許されない恋人への裏切りのchoice(選択)…


裏切りの汚名…汚名というmud(泥)…

そう…俺は泥人形…


一夜限りの過ち…故意でも事故でも、

犯してしまった事を悔やむ、泥人形…


汚れた俺を…熱の入った怒りに目を向ける恋人でいて欲しい…

それで捨ててくれれば…泥人形には相応しい…


けれど、薫は…それすらせずに…俺の瞳に映った…あの笑顔をくれた…


俺は…愛を貶め…堕ちていく…

それを自覚し…暗い気持ちになってしまう…


優しすぎる笑顔は…俺の心を醜くさせていく…


あいつは手の届かなくなった自分を…忘れたと泣くだろうか…

それとも俺の幸せを願うだろうか…


都合の良い男の描くfantasy…


一度なくした愛は…困難を乗り越えて…大きくなるという…


俺は二人を離して、薫の元に戻って…

今以上に薫への愛が大きくなるだろうか…


そう…揺れ動いても…俺は…白紙の選択…


二人の選択なんて…passさ…


そう遠くない日に…

泣くのは…3人…

迷ったことで薫を傷つけた、俺と…

俺を見ていた二人の女…


薫はこのことで…泣くのだろうか…


そう…誰一人…幸せには…なれない…

出来ることは…二人の女の傷を深くしない…悪者の気遣い…


そう…俺は…捨てられもしない泥人形…

愛した女を次々と傷つける…堕天使気取りの泥人形…


目に焼き付くのは…いつか傷つけることを決断した、

答えが見つかった朝日…




朝になり、酒屋の手伝いをしている時に寝不足なのは俺だけじゃなかった…


昌幸「ういーす…俊一郎さん、酒強すぎ…

フラフラしながらベッドで寝て起きたら、頭が痛いじゃんか…」


俊一郎「それはすまないことをした。けれど昌幸君…昨日は楽しかったよ。

香奈も喜んでいた。

ワインを始めた若い頃の味が蘇った気がするよ」


昌幸「俊一郎さん、あんだけ飲んだのに…

いつも通りで楽しそうとか…

流石っすよ。マジパネェっす」


大平は二日酔い…久しぶりにワインを飲んだ香奈さんは、

バイオリンと締切に間に合った小説の後だったらしく、

ワインを結構飲んでいて…今でも部屋で寝ている。


大平の話では俊一郎さんと楽しく話していて、

まるで新婚のようだったっと言っていた。

俊一郎「今日は私が配達する代わりに、店番頼むよ、頑張ってくれ。

夕方には戻るから、後は二人で店番の交代の時間でも決めてくれ。

優吾君…昌幸君には初めて来たときにやり方を教えたから安心してくれ」


昌幸「まあ、優吾は昼に出かけちゃうから、

それまで俺はもう一眠りしてますよ」


俊一郎「そうだ、横田さんの家に行くんならこれを持って行ってくれ。

謙三の好きな日本酒と大吾さんのお気に入りのワインなんだ。

私が持っていくより、優吾君が行った方が喜ばれるだろう。

料金も貰って、電話は昨日してあるから遠慮せずに行くといい」


優吾「俊一郎さん、ありがとうございます。

今日行くことも事前に話してくれて…」


俊一郎「いやいや、配達のついでだよ…気にしないでくれ。

それじゃあ、後は頼んだよ」


俊一郎さんが大平と俺の積んだ荷物を載せたジムニーで去っていく。


彰美ちゃんは俺たちが手伝いをしている時に、

女子高の友達の家に遊びに行ったようだ。

居間のテーブルに、

作られた朝食とそのことが書かれたメモ紙が置いてあった…


香奈さんの分の朝食をテーブルに残して俺たちは店番をした。


昌幸「それじゃあ、俺寝るから昼になったら起こしてくれ。

起きたら俺の店番がレディゴーだから用事もないのに起こすなよー」


優吾「昨日飲み過ぎだから、そんなことになるんだぞ」


昌幸「昨日の美味しいワインとつまみで、

俺のtensionテンションはフルスロットル!

無料の笑顔に、注ぎこまれる銘酒はエンジン爆発…

limitbreak(限界突破)まで駆け抜けちまって当然だゼ☆

つまり、今日の朝をダルくさせても仕方ないじゃんか」


優吾「まだ昨日の酒が残ってるんじゃないのか?

飲みすぎて病院にpitstopピットインしなくて良かったな」


昌幸「おっ、今日は朝からノリが良いじゃんか」


優吾「いいからさっさと寝てこい」


昌幸「OK!任せてくれよな隊長。睡眠任務…

しっかりmissioncompleteミッションコンプリートしてやるぜ!」


そう言って左手敬礼をした大平は部屋に戻って行った…



店番をして酒屋に買い物にきた商店街の常連の人たちに、

帰郷の挨拶をしては、大きくなったねえとか、いい会社はいったじゃない、

なんてお世辞を受けながら…レジをこなし、店番を続ける。


昼になり、香奈さんが起きてレジに向かい…

大平を起こしに行く間だけ、店番を頼んで部屋に行く…


優吾「おい、起きろよ…念願のレディゴーだぞ…」


俺は寝相の悪い友人をユサユサと揺らして起こす…

大平はようやく眠そうな目を開けて、体を起こす…


昌幸「ういー、secondmorningセカンドモーニングだな。

良い夢見てたんだぜ…

セクシーな女とのsweetスイートなdanceダンス…」


優吾「寝ぼけてるな…

それはお前の女性に対する欲求不満が見せたmonkeydanceモンキーダンス…

顔洗って店番代れよ。香奈さんにいつまでも店番やらすなよ」


大平を起こして俺は佳穂との約束の場所に行くことを伝えた。


大平は香奈さんと店番を代って…


香奈さんは完成した原稿を取りに来た出版社の編集と

居間で次の原稿の打ち合わせを始めた…

ガレージの車を香奈さんに断って、借りようかと思ったが…


あれは香奈さんが冬以外に趣味で使っているロードスターで…

冬に走らせる車ではないので、佳穂に電車で行くので遅くなることを電話した。


第一に、雪道にあれをチェーン付きで走らせるほどの腕は俺には無いし危険だ…


佳穂「あ、それなら私が車で迎えに来るから大丈夫だよ。

横田さんの家にも寄るんでしょ?大学の前に送るね…

遅くならなければ大丈夫だよ…

こっちが頼んだことだし、ベースの準備でもしてて…

それじゃあ40分くらいしたら着くから、またね」


その電話の後に…

気を遣っても、気を遣われることに慣れない自分に、今更気が付いていた…



そして、ただの友達だと割り切り、

手紙の差出人だとしても友人でいようと決めた俺は…


自分の部屋の奥に閉まっていた…

久しぶりに見る…高校時代までの愛用ベースを取り出し…メンテした…


俺の高校時代の愛用ベースで、

ありふれていながらも多様性のある音が出せるエレキベース…

Fender Jazz Bass…

バンドの仲間がメンバー結成時…サクセスライブ記念に張り付けた…

特製のステッカーも…色あせてはいるが…懐かしい


引き出しにあるメンテ道具を取り出し、さっさと弾けるように準備した…

4年ぶりにメンテした俺のFender Jazz Bassは、

何だか俺を歓迎するかのように見えた…


そう見えたのは…スムーズにメンテが進んだこともあるせいだろうか…

音のチューニングも良い感じに仕上がり、回数も短かった…

むしろ、長くもなく、短くもないちょうどいいペースで…

それが少しだけ楽しかった…

目をつぶって思い出す…


高校時代のメンバーと知り合いの紹介でライブハウスで演奏した事…


文化祭のライブ…薫が落ち込んでいた時に弾いた曲…


薫の誕生日にバンド仲間と遅くまで部室を借りて、

薫を呼んで演奏した新曲…


こいつと共に過ごした時間を振り返る…


そこには、薫やバンド仲間たちと…

練習を本番と思って弾き続けた日々や…

本番のライブで歓声を上げるgalleryギャラリー…

アンコールの中、輝くライトに向けて弾いたみんなが一体となった独特の高揚感…


どれもかけがいのない素敵な時間だった…


言葉には出さないが…こいつも、こんな日がまた来るとは思わなかっただろう…


その思い出を過ごしたベースが、

手に持つと少しだけ小さくなったような気がする…

俺はこいつに心の中で言葉を添える…


ただいま…もう一度だけ…あの日々を思い出して…一緒に演奏しよう…相棒…



優子…いや、中村さんもバンドをしていることを…思い出した…

もしかしたら…その時、また、こいつを弾くかもしれない…


帰るときに持ち帰らずに部屋のケースに置くことを俺は誓った…


こいつにはここでずっと待っていて欲しい…

俺がまたここに戻ってくるときまで…


続けていて良かったかもしれない…そう…思えた…


大学時代に、あの荷物が届いた後に…

新しいベースを買って三年半使い続けた…

東京に置いてきた…もう一人の相棒…

Fender Precision Bass…

昔から改良されている定番ベースの最新型…


それよりも俺はこのFender Jazz Bassを…

Fender Precision Bassよりも、2年長く弾いていた…


だからこいつには愛着はあった…


弾いている時に…薫が楽しそうに聞いていた…

二人だけの夕日の部室を思い出しながら…

俺は音のチューニングも、メンテも終えたベースをケースにしまう…


インターホンが鳴って、俺はケースと荷物を持って、下に降りた…

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